馬車を揺らさないように慎重に飛んでいたものの、ポラス村には30分くらいで到着した。
川辺に広がる小さな集落で、いきなりデーモンが馬車を運んできたものだから、村人たちは総出で俺たちを迎えてくれた。
いや、迎えられたというか、警戒されたというか……。
「モンスターじゃ!」
「弓を持て!」
「撃ち落とせ!」
こうなるのも当然である。
村のそばに馬車を下ろすと、そんな村人たちの迎撃態勢を押さえてくれたのは、さっきの髭面の男だった。
「私はアレアレアの護衛団第二分隊隊長のゲジカルだ! このモンスターに危険はない!」
荷台から下りると、真っ先に矢面に立って、村人の攻撃を止めてくれた。
俺は馬車だけ村に下ろしてそのまま去ろうと思っていたのだが、村人たちは素直に武器を下げた。
ゲジカルと名乗った髭面の威厳だろうか、アレアレア護衛団のその名前が大きかったのだろうか。
すると、村人の中から白いひげを蓄えた老人が歩み出てきた。
このパターン、あれだ! きっと村長に違いない!
「私がポラス村の村長じゃが、どういったことでしょうか?」
当たり! 俺はデーモンながら、このお約束の展開に嬉しくなる。とりあえず話だけは聞いてみようと、地上に降りた。たぶん、攻撃はされないだろう。
「このモンスターを輸送中に事故に遭って、このありさまだ。中にもう一人、けが人がいる。悪いが手当てしてやってくれないか?」
村長はゲジカルの話を聞きつつも、視線はずっと俺から外さないでいた。
村人たちの視線も感じる。ダジュームではモンスターなど当たり前の存在だろうが、こうやって人間を助けているモンスターに会ったのは初めてなのだろう。
ていうか、俺はモンスターじゃないからね!
「それで、そのモンスターは……?」
村長もいよいよ切り出す。
「ああ。我々を助けてくれた。危険はないと言ったはずだ。だが、村には入れないようにするので、安心してくれ」
ゲジカルは俺のことを信じてくれたようだった。初見ではビビり散らかしていたのだが、考え直してくれたのだろう。
しかし俺も言葉が喋れるということは村人たちには知られないほうがいいだろう。ゲジカルの言う通り、村には入らないほうがいい。
「ゲジカルさんも足を怪我されているんじゃないですか?」
村人たちが気を失っている護衛団の若い男を運び出し、ゲジカルにも声をかけた。
「いや、私はいい。そいつの手当てをしてやってくれ。私はモンスターを見張っておくので」
ちらりと俺のほうを向くゲジカル。
こういう場合、俺は人間の言葉を理解していないふりをしなきゃいけないのかしら? 俺は手持無沙汰でもじもじとする。
村人たちはそのまま若い男を連れて、村の中へ戻っていった。
村の外に残された俺と、ゲジカル。
「……説明してもらおうか。どういうことだ?」
馬車の荷台に腰掛け、口を開いた。どうやら俺に向かって言っているらしい。
「どういうことって……。聞きたいのは俺のほうですよ、ゲジカルさん」
「ふん。人間の言葉もすべて理解してるってか」
ゲジカルはポケットから煙草を出して、火をつけた。足は痛くないのだろうか? ただの強がりだとしたら、さっさと村で手当てしてくればいいのにとも思う。
「俺を勇者のところに連れていくつもりだったんですよね? なんのために?」
俺も状況だけははっきりさせておきたかった。
「団長の命令だよ。勇者からモンスターの死体を引き渡すように、連絡が入ったらしい」
ゲジカルは生きている俺を、つま先から頭のてっぺんまでじっくり眺める。
「死体じゃなくて悪かったですね」
「ボジャット団長に殺されたんじゃなかったのか?」
「あいにく、ちょっと一芝居を打ったまでです。で、勇者はこの先のファの国にいるんですね?」
「ちょっと待て。お前ばかり質問してるんじゃねえよ。お前はナニモンなんだ? ただのモンスターじゃねえな?」
紫煙を吐き出し、ぎろりと睨んでくる。
「俺は、その……。まあいろいろあってこの姿でいるわけで……」
まさか魔王に魔法をかけられたなんて言えるわけもないし、言ったとしても信じてもらえるわけがないだろう。
むしろ魔王軍の手下だと思われて、余計ややこしくなりそうだ。
「団長との関係は?」
「それも昔にいろいろあって……」
「なんも言えねえってか?」
「……そうですね」
ゲジカルは大きく息を吐き、ポケットに手を突っ込んだ。
俺がアレアレアの町を救ったケンタということもバレるわけにはいかない。今や俺は全国指名手配の身でもある。
「まあいいや。団長にはなんて説明すっかな。死んだと思ってたモンスターに逃げられたって言って、信じてもらえるかどうか」
俺が何も答えないので、ゲジカルは現実に戻って頭を抱える。
「それは問題ありませんよ。勇者のところに届けたって報告しといてください」
「あん? そんなもん、勇者から連絡が来てすぐにバレるだろうが。いつまでもモンスターの死体が届かないんじゃな」
「いやいや、バレませんよ。だって俺はこれから勇者のところに行きますから」
「……はぁ?」
ゲジカルは眉をひそめ、ぽかんと口を開けた。
「お前、逃げるんじゃないのか?」
「なんで逃げなきゃいけないんですか。勇者が俺に会いたがってるんでしょ?」
「そうだが……。お前、一体ナニモンだ? 勇者とどういう関係だ?」
少し後ずさるゲジカル。
俺みたいなモンスターが勇者に会いたがるなんて、当然不審がってもおかしくはない。
「勇者と戦うつもりはないですよ。そういうやつじゃないですし、ちょっと話し合うだけですよ。きっと向こうも俺が死んだとは思ってないはずですから」
他戦闘になったらきっと今の俺ならば、勇者にも勝ってしまうかもしれない。
そんなことしても、なんのためにもならないし、ダジュームでさらに生きづらくなってしまう。そもそも俺はダジュームでスローライフを実現させる予定だったのに、勇者を倒すなんて考えられない。
だが勇者に俺がケンタとバレてしまったとなれば、逃げるよりは一度会ったほうがいいだろうという俺の判断だった。
今の俺は魔王の執事であり、ダジュームに憎しみの連鎖を起こしかねないファクターなのだ。
魔王ベリシャスの意向通り、協和を図れるならばそのきっかけになるかもしれない。
「お前は、モンスターじゃないのか? モンスターが、勇者と話し合うっていうのか?」
「そうですよ。変ですか?」
「変っていうか……」
ゲジカルはなんとも言えない顔で、髭をさすっている。
ダジュームの人間にとって、勇者と話し合うモンスターなんて想像もつかないのだろう。勇者とモンスターは敵対して殺し合うのが、普通の関係――。
それがダジュームでの常識でもあるのだ。
俺は否定はできない。それがダジュームの歴史でもあるのだから。
「ところでひとつ聞きたいんですけど、ペリ……、じゃなかった。俺と一緒にいた猛獣使いの女を知りませんか? 一応、あれでも俺のご主人様的な設定でして……」
アレアレアではぐれたペリクルのことをそれとなく聞いてみる。
ボジャットの話だと、町の中に侵入したペリクルはカリンには会ったようだった。だがそのあとどうなったのかは依然と知れない。
ホイップがアレアレアにいたのかどうかも、気になって仕方がない。
「いや、その女のことは何も聞いていないが……」
「そうですか。じゃあいいんです。ただじゃ死なないと思うんで……」
おそらくアレアレアから脱出しているだろう。もしホイップに会うことができていたならば、そのまま妖精の森に戻っている可能性もある。
俺的にはカリンに会えなかったのが残念ではあるが、この姿じゃしょうがないか。
「じゃ、俺は勇者に会いにファの国へ行きますんで。ゲジカルさんもちゃんとその足、診てもらってください」
「おい、ちょっと待て!」
羽を開いて飛び立とうとしたところで、ゲジカルに呼び止められる。
「どうしたんですか? ボジャットさんには無事に送り届けたって言っておいてください。それで問題ないでしょう?」
「そうじゃない。もし、お前さんの事情がうまくいったときは、何が起こってるのか教えてくれよ。このままじゃ俺はずっともやもやしっぱなしだ」
謎を謎で塗りつぶされたような顔をするゲジカル。
最初はどうなることかと思ったが、こうやって会話ができたことはひとつの成果だった。話せば分かってもらえるのだ、人間とモンスターであろうと。
「そのときは、俺はたぶんもうデーモンじゃないですよ。じゃ!」
俺はそれを最後に、地上を蹴って空へと舞い上がった。
何も言えないのは、誰も巻き込みたくないからだ。
ダジュームに来た目的はちょっとずれてきたが、これから勇者に会いに行く。
これは避けては通れない道だと信じて――。
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