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ハマカズシ
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参謀ランゲラク

公開日時: 2021年1月27日(水) 18:00
更新日時: 2021年12月18日(土) 20:22
文字数:4,754

 ターゲットであるケンタが馬車に乗ってソの国に向かっていることは、もちろんジェイドは把握していた。


 今もその馬車の頭上を小さな目玉が追っている。ジェイドの【監視】スキルである「第三の目」だ。この目が見た映像を、ジェイドはどこにいてもリアルタイムで見ることができる。


 今はその映像を、自室の大きなディスプレイに出力させている。


 ターゲットたちは明朝にはソの国に着くと思われたが、途中で馬を操縦していた商人の男が仮眠をとるために休憩したので、夜が明けてもまだ国境付近を走っていた。


 ソの国に着くまではまだしばらくかかるだろうと、ジェイドはその映像が映るディスプレイから目を離し、着替え始めた。


「ペリクル、起きろ」


 小さなドールハウスのような家の屋根をこつこつと叩くジェイド。


「はぁーい。起きますぅ。むにゃむにゃ」


 声は聞こえてくるが、一向に出てくる気配のないペリクル。


 寝起きの悪い妖精に呆れるのも、毎朝のことだ。一日の睡眠時間は二時間あれば十分なジェイドとは違い、妖精は人間たちと同じように一日の1/3は眠らなければいけないらしい。なんとも不便な種族だ。


「私は魔王様へ朝のご報告に行くから、ターゲットの監視をしておいてくれ。しばらくは動きはないと思うが」


「はぁーい。むにゃむにゃ」


 寝ているのか起きているのか分からない返事がして、ジェイドは小さく舌打ちをする。


 魔王の執事である以上、この毎朝の謁見は欠かすことはできない。今は何よりもこの任務の進捗具合を報告しなければいけないのだ。


「では、行ってくるぞ。任せたぞ!」


 できれば自分でずっとターゲットの監視を続けたいが、そうもいかない。この妖精を頼るしかない。


 ジェイドは背中の羽を出し、塔の上から魔王城へ向かって飛び立った。


 

 魔王城へと向かう橋の手前で下り、今日もここから長い回廊を上って魔王の部屋へ向かうジェイド。ワープの魔法や、最上階までそのまま飛んでいったほうが楽なのだが、これが彼なりの礼儀であった。


 橋を渡っている途中、魔王城側から歩いてくる影が見えた。


「ランゲラク様……」


 毎日この時間にジェイドがここへ来るのは日課になっているのだが、ランゲラクは待ち構えていたようにちょうど橋の真ん中あたりで立ち止まっていた。


「ジェイド。魔王様のところへ行くのか」


「はい」


 わかりきったことを聞くランゲラクに、ジェイドは小さく頭を下げながら返事だけをした。


 ジェイドは魔王との距離が近くなるにつれ、この老参謀のことが苦手になっていくのであった。その感情を苦手と表現すればたやすいのであろうが、その奥にあるのは恐怖でもあった。


 ランゲラクは魔王ベリシャスよりも以前から、先代の魔王のときより仕える重鎮である。


 絶対的な忠誠を誓っていることは当然のことではあるが、どこか信頼できない「影」をランゲラクに感じるのである。


 考えすぎる性格ゆえ、見えないものを疑ってしまうのは仕方がないのかもしれない。


「して、ジェイド。任務は捗っておるのか?」


「……任務、といいますと?」


「【蘇生】スキルのことじゃ」


「!」


 ランゲラクの口から、その言葉が出てきてジェイドは分かりやすく反応してしまった。


 このことは魔王とジェイドだけの内密な任務だったはずである。


(やはり、尾行されていた?)


 この数日の行動が、ランゲラクに筒抜けだったことを危惧する。


 部屋を監視されている可能性まで考えたが、あの部屋はジェイドも結界を張って魔法による干渉が起こると感知できるようにしている。【監視】スキルでは魔王軍の中でもジェイドの右に出る者はいないので、突破されるはずがないと考えていた。このランゲラクであっても、だ。


「そう警戒するではない。魔王様から、わしも別の頼みごとを承っておるのだ。この件についてな……」


 ジェイドの思考を読むように、ランゲラクは無表情のままではなるが少しだけ声のトーンが上がった。


 まるでジェイドが焦るのを見て、楽しんでいるかのようだった。


 橋の上で向かい合う老参謀を、じっと見据える。


「何のことをおっしゃっているのか、私にはわかりませんが?」


 あくまでこの任務はランゲラクであろうと漏らすわけにはいかない。


 魔王がランゲラクに頼みごとをしたという話も、眉唾として受けとる必要があった。今こそジェイドの慎重さが生きてくる場面である。


 単純な腹の探り合いでは敵わぬことは理解しているジェイドだが、このような誘導尋問にまんまと乗るわけにはいかない。


「おぬし、【蘇生】スキルを持つ人間を探しておるのだろう? 見つかったのか、と聞いておるんじゃ」


 対するランゲラクも、若いジェイドを試すように情報を小出しにしてくる。すべてを知っていると思わせながら、どこまで周知しているのかを悟られないような絶妙の匙加減である。


 これにはジェイドも、すべてを隠すことはできなくなった。


 少なからず、情報はランゲラクに漏れている。ソースが魔王からであるかは、この際考えないことにした。


「いえ、まだ……」


 ジェイドは無念そうに、首を横に振った。


 ターゲットのケンタのことは、触れるわけにはいかない。


 今、ランゲラクは「【蘇生】スキルを持つ人間は見つかったのか」と聞いてきた。


 これは最初から見つかってはいるのだ。そう、あのケンタというターゲットは、魔王から教えられたことであった。


 ジェイドの任務は、そのターゲットが「【蘇生】スキルを使えるかどうかを確かめること」である。


 ランゲラクはすべてを把握しているわけではないと、ジェイドは考える。


(やはりランゲラク様は、ふっかけてきている!)


 確信したジェイドは、ランゲラクに乗ることにした。


「そうか。いやなに、困っておるのなら、このおいぼれの昔話でも参考になるかと思ってな」


 ランゲラクがいわくありげに、白いひげを撫でる。


「何か、ご存じなのですか?」


 ジェイドもこれを無視するわけにはいかない。


 はっきりいって、任務について成果が出ているわけではなかった。あのターゲットが本当に【蘇生】を使えるのかどうか、その参考になるのならば、ランゲラクに頭を下げることは厭わなかった。


「なに、最近【蘇生】を使える魔法使いに会ったことがあっての」


「本当ですか?」


 ジェイドはつい、大きな声を出してしまう。


 霧立ち込める魔王城の橋の上、老人と若者以外には誰もいない。


 ランゲラクはひとつ間を置き、じらすように語りだした。


「名前は知らんが、この魔王城に勇者がやってきたことがあったじゃろう? 10年ほど前だったかの」


 何百年も生きるランゲラクにとって、10年などつい昨日のことのようであろう。


 ジェイドもその時のことは知っているが、当時はまだ四天王の一人パラモアのもとに仕えていて魔王城にはいなかった。魔王直属の執事に抜擢されたのは、ちょうどこの後のことだったのだ。


「そのときに勇者パーティーにおった魔法使いがの、どうやら【蘇生】の魔法を使えたらしいのじゃ」


 確か無謀にもこの魔王城にやってきた勇者はあっけなく殺されたと聞いている。ランゲラクが相手をするまでもなかったはずだ。


 その仲間の魔法使いが、【蘇生】の魔法を使えたというのは、ジェイドも初耳であった。


「おぬしも知っておるとは思うが、まあ弱っちい勇者での。わしが手を下すまでもなく、真っ先に死におったわ。んふふ」


 その時のことを思い出すかのように、一瞬笑うランゲラク。


「そのパーティーの中で一人、ちょっとだけ見ごたえのあったのがその魔法使いでの。自分以外のパーティーが死んでも最後まで一人で抵抗しおっての。わしが相手をすることになったんじゃ」


「なんと無謀な」


 その魔法使いに同情するジェイド。


 ランゲラクと戦って、勝てる人間がいるはずがない。おそらくさっさと死んだほうがよかったと、後悔したに違いない。


 魔王軍一残酷なのは、間違いなくこのランゲラクである。


「まあそう言ってやるな。戦ってみると、そこそこわしも楽しめたのじゃ。人間にしては、殺すには惜しい奴じゃった。それでわしは、生かしてやることにした」


 人間に対して憐憫など感じることないランゲラクが、そんなことを思うのは珍しいことである。


 ジェイドは冗談かと思ったが、ランゲラクはいたって真面目だった。


「ただ、魔法が一切使えない呪いをかけてな。んふふふ」


 今度ははっきりと、いやな笑い声をあげるランゲラク。


 ジェイドも察した。この男が、ただで人間を解放するはずがないのだ。


 魔法使いたる者が、その魔法を使えなくなるということは何を意味するか。それはジェイドでも想像するにたやすい。


 それは死ぬよりも屈辱たることだった。生きる尊厳をすべて奪われるようなものだ。それでも解放し、恥をさらしながら生き続けることを、ランゲラクは強要したのだ。


 悪趣味極まりない行為である。モンスターでありながらこのような恥辱を与えるランゲラクには、やはり哀れみの心など一切ない。


「で、その魔法使いが【蘇生】を使えたと?」


「うむ。そのことを知ったのは、最近のことなんじゃがの」


「最近? そいつは、どこにいるんですか?」


 呪いならば、ランゲラクによって解呪することができる。


(まさか、解呪を条件に何か取引を持ちかけようというのか?)


 ジェイドはこのランゲラクの魂胆を見抜こうとしたが、それは間違いであった。


「いや、そいつは死んだみたいじゃ。残念だったの」


 なぜか嬉しそうに言うランゲラクに、ジェイドは舌打ちをしそうになるのを我慢する。


「そうですか……。では、私はそろそろ」


 期待するだけ無駄であった。


 ただからかわれただけと感じたジェイドは、その場を去ろうと歩き出す。


「まあ、待て。その魔法使いには、弟子がいたそうなんじゃ」


 ランゲラクの横をすり抜けようとしたとき、新たな情報を出してくる。


「弟子?」


「その魔法使いの生涯唯一の弟子は、今も生きておるらしいんじゃ。【蘇生】の魔法も、その弟子に伝承している可能性はある」


 ちらっと、横目でランゲラクの顔を見る。


 嘘か誠か、まったく変わらぬ表情からは読み取れない。


(まさか、その弟子があのケンタというアイソトープ? それならば、話がつながる……)


 点と点が線につながりそうになるジェイド。


「もし【蘇生】を使える人間がおったとしたら、これは魔王軍の脅威になるやもしれんな。先代魔王様の怨敵を甦らそうとなどと考えている奴がいれば、直ちに処分せねばなるまい。そう思わんか?」


「その通りでございます」


 ランゲラクがどこまで知っているかは把握できないが、ジェイドとは別角度の情報を持っていることは確かであった。


 そしいぇモンスターが【蘇生】について危惧することだけは一致していた。


 ――ウハネの復活。


(やはり魔王様も、そのことを考えてらっしゃる?)


 もしランゲラクの言うように、その魔法使いの弟子が【蘇生】スキルでウハネを復活させようとしているのなら、今のうちに処分しようとしているのか?


「んふふふ。おぬしはその線を追ってみるがよい。どちらにしても、生かしておくわけにはいかぬからな」


 ランゲラクはゆっくりと歩き出す。


 ジェイドは思いもよらぬところで有力な情報を得ることができて、これからの任務の方針が見えてきた。


 まずはそのランゲラクによって呪いをかけられた魔法使いのことを調べる必要がある。


 その魔法使いの弟子があのケンタなら、ほぼ間違いない!


 そのとき、再び声をかけられる。


「おお、思い出した。その弟子の名前。確か、シャルムじゃ」


 それを最後に、ランゲラクは霧の中へ消えていった。


「シャ、シャルム……?」


 ジェイドが期待していた名前とは違ったが、その名には聞き覚えがあった。


「あのハローワークの、所長?」


 つながりかけた線は、らせんを描きながら交差し始めた。


 ジェイドは魔王の部屋へ向かうことも忘れて、しばらくその橋の上に佇んだ。

 


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