異世界ハローワークへようこそ!

――スキルもチートもありませんが、ジョブは見つかりますか?
ハマカズシ
ハマカズシ

欠員

公開日時: 2020年10月26日(月) 18:00
更新日時: 2021年12月16日(木) 10:38
文字数:3,681

 勇者クロスとの密会を終えた俺は、アレアレアの町を出て馬に乗ってハローワークへと帰る。


 ――戦士スカーが死んだ。


 クロスのその言葉が、ずっと俺の心の中でさまよい続けていた。


 そもそも勇者パーティーがアレアレアの町に来た目的は、石化の呪いを受けてしまった戦士スカーを助けるアイテムを、スネークから受け取るためだったのだ。


 スネークは死んでしまったが、そのアイテムはシャルムから勇者の元へ届けられたはずだった。


 だが、それが間に合わないまま、スカーは遥か遠くグの国で死亡したとのことだった。


 金の針をグの国に届けに行った勇者パーティーの二人、魔法使いサラメットと祈祷師ムサから、今日アレアレアに残るクロスに連絡が届いたらしい。


 結局、このアレアレア襲撃事件は、スネークさんと戦士スカーの死をもたらしただけだった。




 

「おかえりなさーい!」


 夕方になり、いつもより少し早くハローワークに帰ってきた。


 扉を開けると、ちょうどエプロン姿のホイップが俺の目の前を横切った。


「あれ、今日はホイップが食事の支度をしているのか?」


 ここ最近はカリンに任されている夕飯の用意だが、エプロンを付けたホイップが食材の野菜を重そうに抱えて飛び回っている。


「そうなんですー! 忙しいんで、ケンタさんに構ってる暇はないですからね!」


 かぼちゃのような野菜を抱えて、ホイップはそのままキッチンへ飛び去った。


 なんだよ、俺が邪魔してるみたいじゃないか!


「カリンはどうしたんだろ?」


 と、リビングに入ると、そこには珍しくシリウスだけがソファに座っていた。


「あ、ケンタさん、お疲れ様です」


 軽く頭を下げるシリウス。


「あれ、今日はもう訓練が終わったのか? 早くないか?」


 いつも地下の道場でシャルムから遅くまで格闘訓練を受けているシリウスだが、夕方からここにいるのは珍しい。


「ええ、今日は午前中だけになったんです。昼からは自主練を終えて、今はこの通りです」


 読んでいた本を掲げ、まったりモードに入っているシリウスだった。


「そうだったのか。珍しいこともあるもんだ」


 俺もソファに座る。


「で、シャルムは? カリンもどうしたんだ?」


 キッチンで忙しそうにするホイップをチラリと見ながら、シリウスに尋ねる。


 ちなみにホイップは食事の準備を俺たちが手伝おうとするとものすごく嫌がるのだ。


 どうやら慣れていない者にキッチンをいじられるのが大嫌いみたいで、これは俺とシリウスがサボっているわけではないことを強く言っておきたい。


「シャルムさんとカリンさんは、面接に行きました」


「め、面接?」


 思いもしなかったシリウスの言葉に、俺は肩を揺らした。


 そして言ったシリウスは、どこか表情が切なかった。


「今朝、急にオファーがあったみたいです。アレアレアの町のパン屋さんから」


「カリンにか? そりゃすごいや!」


 パン屋ということは、カリンの【パン屋】スキルが認められたということだろう。


 憧れのカフェ・アレアレではなかったが、これはカリンにとっては願ったり叶ったりのジョブではなかろうか?


「シリウスさん、オファーじゃないですよ。新しい求人が出たんで、カリンちゃんから応募しただけですよ!」


 ソファでくつろぐ俺たちに、ホイップがコーヒーを持ってきてくれた。


 忙しそうにしながらも、気が利く妖精である。


「とあるパン屋で店員さんに欠員が出たそうで、急遽求人が出たらしいんですよね。それでシャルム様がカリンさんに」


「ああ、それで面接に行ったってわけか」


「そうですよ。シャルム様は所長としての付き添い兼、ボディーガードです」


 なるほど。カリン一人でアレアレアに行くのは、まだ危険かもしれないからな。


「じゃあアレアレアでニアミスしてたんだな。言ってくれればいいのに」


「急に決まったことだから仕方ないですよ。それにシャルム様もカリンちゃんも、アレアレアに行ってまでわざわざケンタさんなんかに会いたくないですよ。面接前に縁起が悪いです!」


 またもホイップの毒舌炸裂である。


 こいつ、俺のこと嫌ってる?


「まあ、ジョブが決まればいいよな」


「そうですよねー。ケンタさんは短期とはいえ、カリンちゃんにも一か月ちょっとでジョブが見つかりそうなのは幸先がいいです。みなさん優秀ですね!」


 そう言い残し、ホイップはさっさとキッチンへと戻って行った。


「俺と会ったら縁起が悪いってどういうことだよな? シリウ……?」


 雑談の流れでシリウスを見ると、がっくりと俯いていた。


 その目もうつろで、まるでゾンビのようにうなだれている。


「シリウス……? どうした?」


「僕だけが、足を引っ張っていますね……」


 がっくりと肩を落とすシリウス。


 さっきのホイップの言葉にショックを受けたようだった。


 俺やカリンにジョブの話が来て、自分だけ何も成果が上がっていないことに傷ついてしまったのだろう。


「それは違うぞ? だってお前は戦闘ジョブを狙って訓練してるわけじゃん? 俺たちは生活スキルでのジョブだからさ、比べるもんじゃないよ」


「そうですけど……」


 なんとか慰めようとするが、シリウスのテンションはどん底のようだ。


 こうなるとシリウスはなかなか浮上しない性格なのだ。


「俺もカリンもさ、ジョブに欠員が出て、たまたま俺たちのスキルが当てはまっただけじゃん? 実力って言うか補充的なジョブなんだからさ、たまたまなんだし!」


 たまたま【薪拾い】と【配達】スキルがあった俺なんて、ラッキー丸出しだ。


「運も実力のうちですよー」


「ホイップは黙ってろ!」


 キッチンからホイップが口を出してくるのを、シャットアウトする。


 昨日は俺のこと、悪運が強いだけなんて言ってたくせに!


 あいつ、いちいち心をえぐってくるんだよな! シャルム以上にドSなんじゃないか?


「欠員が出るだけましですよ。だって勇者パーティーなんて、そう簡単に欠員なんか出ませんからね」


 あくまで戦闘ジョブの最高峰、勇者パーティーへの参加を望むシリウスが死にそうな声でのたまった。


 なんとか励まさなければと、俺はつい口が滑ってしまう。


「実はなシリウス。戦士スカーが亡くなったそうだ」


「え……?」


 おそらく勇者パーティーの情報は、いずれきっちりと全世界に向けてアナウンスされるはずだ。雑誌にも、パーティーの動向は載るに決まっている。


 だがこの情報は、今日勇者クロスから直接聞いた話で、まだ誰も知らない情報だった。


 俺はこんな重要なことをさらっと言ってしまってよかったのかと、少し心が泡立つ。


「戦士スカーが、死んだんですか?」


 当然の如く、シリウスは食いついてくる。


 シリウスも先日のアレアレア事件のときに俺と一緒にいて、すべての真相を把握している。


 あのパレードで偽の戦士スカーも見たし、化けていたモンスターがシャルムに倒されたのも見ている。


「そうだ。実は今日、アレアレアで勇者クロスに会って……」


 俺は今日、薪の配達を終えた後に起こったことを一部始終、シリウスに打ち明けた。


 きっと俺の代わりにシリウスがあの場にいたら、クロスはシリウスに同じ話をしただろうとも思う。


「……そうだったんですか」


 話を聞いたシリウスは、深く考え込んでしまった。


 この衝撃の事実にシリウスが何を考えているのか、俺は大体想像がついてしまう。


 奇跡的に、勇者パーティーに欠員が出てしまったのだ。


「おいシリウス? これは俺たちとはケースが違うんだからな? 変なことを考えるんじゃないぞ?」


「勇者パーティーも欠員の補充をしなければいけないということですよね?」


 俺の悪い予感は当たってしまった。


「おい、補充とかそういうことは言うもんじゃないよ」


 俺も戦士スカーが亡くなったことは非常に残念に感じている。それはシリウスも同じことだろう。戦士スカーは魔王たちと戦う英雄の一人なのだ。


 しかし今のシリウスが勇者パーティーの「空席」を気になってしまうのは仕方ないのかもしれない。


 俺とカリンがジョブに就きそうなことが、そうさせるのだ。


「僕、明日、アレアレアに行ってきます」


 顔を上げたシリウスの目は輝いていた。


 これまで目標にしていたものがついに見えたというような、そんな希望に満ち溢れていた。


「待て待て! お前、勇者パーティーに入ろうとしてるのか? クロスに直談判しようとしてるだろ?」


「もちろんです。勇者パーティーに入るには、今しかありません! 僕の実力を示せば、もしかするかもしれません」


「いやいや、まだ早いって! お前、まだモンスターともろくに戦ったことないし!」


「これはチャンスなんです! ここでじっと訓練しているわけにはいきません!」


 もはや希望を掴もうとするシリウスを止めることは、俺にはできなかった。


 そもそも勇者パーティーって、直接志願しに行って入れるものなの?


 いや、そのへんの仕組みやガイドラインを含めて、とりあえず、今はシャルムの帰りを待とう。


 きっとシャルムなら、この無謀なシリウスの頬をぶっ叩いてでも止めてくれることだろう。


「僕はやりますよ! ケンタさんやカリンさんみたいに!」


「……ああ、そうか」


 俺はシリウスの説得を諦め、あとはシャルムに託すことにした。


 だが、これが大変なことになるとは、俺は思ってもみなかったんだ。

 

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