アレアレアの町が見えた。
町の上空にはバリアが張られているため、このまま空から町に侵入することはできない。いや、もしかしたら俺やジェイドレベルのモンスターならバリアを破ることも可能かもしれないが、あのバリアを張った人物のことを考えると実行する気にはならない。
町全体に今もバリアを張り続けているのは、あのシャルムなのだから。きっとバリアに異変があると、飛んでくるだろう。そして俺はしばかれるに決まってる。
「いったん、下りるぞ」
町が見える丘の上に、俺とジェイドは下りる。
「本当にあの町にペリクルがいるんですね? 嘘ついたらしばきますよ」
ちょこんと俺の肩の上に立つホイップが怖ろしいことを言いながら、その街を眺める。
なぜ俺の周りにいる女子は簡単に俺をしばこうとするのだろうか?
「いや、実はその保証はないんだけど……」
「なんですって?」
ホイップが拳を固めた。
「いや、ちょい待ち! ここでペリクルと別れたのは本当なんだって! あいつだけ町の中に入れてさ、カリンとコンタクトを取ってたはずなんだよ。だから俺たちもカリンに会えばペリクルの居場所が……」
「そんなあやふやな情報でここまで連れてきたんですか? ケンタさん、あなたって人はいつも行き当たりばったりだから魔王軍に行ったり、不良の友だちを作ったり、そんな姿になるんですよ!」
「す、すいません……」
小さな妖精にまっとうに叱られる俺、デーモン。
「おい、不良とはどういうことだ。さっきからお前はモンスターにい対する偏見が過ぎるぞ。魔王様はダジュームとの協和を願っておられるのだからな」
ここにジェイドまで口をはさんでくる。
「魔王のお気持ちなんて知りませんよ! モンスターはモンスターで、これまで何百年も、このダジュームで悪さしてきた事実は消えませんからね! 私は歴史の語り部として、ちゃんと見てきたんですから!」
「そ、それは……」
さすがに歴史を持ち出されては、ジェイドも分が悪いようだ。
これまでモンスターがやってきたことは、過去として歴史として消えることはない。
それらをすべてフラットに戻して協和をしようなんて、人間側にとってみたら調子がいいと言われてもおかしくない。
これは妖精のホイップの言う通りで、魔王に共感する俺にとっても他人ごとではない。
「でもシャクティはそんな関係を越えて、憎しみの連鎖を終わらせたいって考えてるんだろ?」
「シャクティ様はそうおっしゃりますけど、だからって仲良くすることだけが答えではないですよ。それではあまりにもモンスター側に都合がよすぎますからね!」
相変わらずはっきりとものをいうシャクティに、俺もジェイドも言い返せなくなる。
妖精の森を出て、人間でもなくモンスターでもない立場から自らの目でダジュームを見てきたホイップだからこそ、思うことは大いにあるのだろう。
「仲良くしなくても、人間かモンスターか、どちらか一方が全滅すれば、憎しみの連鎖は自動的に消えるんですから」
「ホイップ、それはいくらなんでも……」
過激なことを言うホイップに、俺はチラリとジェイドに目を配る。
ジェイドは黙って、腕を組んでいた。
ジェイドだってわかっているのだろう。それが一番簡単な解決方法だってことを。
だからこれまでダジュームでは人間とモンスターは戦い続けてきたのだから。そして今も、ランゲラク軍はそれを目指している。
「と、とにかく、俺たちは喧嘩するためにここに来たわけじゃないからな。ペリクルに会うために来たんだから!」
空気が悪くなりそうなのを、なんとか俺が間に入る。
「そうだな」
「あなたは帰ってもいいんですよ。ペリクルは会いたくないかもしれませんからね」
「ふん、ペリクルもお前のような妖精には会いたくないかもしれないだろう」
「何も知らないくせに、モンスターは勝手にに決めつけますよね」
「何も知らないのはどっちだ」
なんだかいつの間にか犬猿の仲になってしまっている。これは先が思いやられるぞ……。
「で、ケンタさん? どうやって町に入るんですか? そんなモンスター丸出しの恰好で、入れるわけないでしょ?」
それは前回ここに来たときに思い知らされたことだ。
ペリクルと三文芝居を打った結果、なぜか俺はボジャットに捕らえられてしまったのだ。そのまま勇者に売り渡されることになり、それがケガの功名でホイップと再会したのだが。
「ジェイドなら、ここから遠隔でペリクルに連絡を取れるんじゃないのか? だってお前、【監視】スキルとか得意なんだろ?」
「まさか無策だったのか? ここまで来て人任せにするとは……」
ジェイドが呆れたような声を出す。
「そういうところですよ、ケンタさん! 人任せにしてるから、いつもごたごたに巻き込まれるんですからね!」
ジェイドとホイップの意見が一致する。
「す、すいません……」
そうですね、俺のことを犠牲にして仲良くやってください!
「デーモンになったとて、しょせんはアイソトープということだ。過度の期待をした私がバカだった」
そう言うと、ジェイドは右手を上げ人差し指をぴんと立てた。
すると指の先が白く光った。何らかの魔法であることは明らかで、無力な俺は黙ってその一部始終を見守る。ホイップも俺の肩の上で、無駄口は叩かずにおとなしくしている。
「……ペリクルよ」
ジェイドは口を閉じたままだったが、確実に声が聞こえた。
俺にも周辺の空気が研ぎ澄まされたような気が感じられた。
「【コンタクト】の魔法ですね。無知なケンタさんにも分かるように説明すると、テレパシーみたいなものです」
ホイップが俺の耳にこっそり教えてくれる。それくらい大体は分かるよ!
期待していた通り、ジェイドが町の中にいると思われるペリクルにコンタクトを取ってくれているようだ。
すると間もなくして、また声が聞こえてくる。
『……ジェイド様?』
「ペリクル!」
真っ先に反応したのはホイップだった。
何十年か何百年かは知らないが、久しぶりに聞いたその声には黙っていられないようだった。
もちろんホイップの声はペリクルには届いていない。
ジェイドもホイップの様子を気にかけながら、【コンタクト】を続ける。
「……ペリクルよ。アレアレアの町にいるのか?」
『……そうです。連絡が遅れましたが、今はダジュームに下りてきています。ジェイド様もダジュームに?』
ペリクルの声はいつも俺に接するときとは違っていた。やはり上司と部下という間柄が見て取れる。
おそらく【コンタクト】が通じる範囲は限界があるのだろう。ペリクルもジェイドが近くにいることを察したらしい。
「……うむ。所用があってアレアレアの町の近くにいる。それで……」
ジェイドはチラリとホイップを見る。
ホイップは両手を握って、何度も瞬きをしていた。
「……ペリクルよ。お前に会いたいという者と一緒にいるのだが、我々はあいにく町には入れそうにない。町の外に出てきてくれないか?」
ジェイドはホイップに気を使ってくれたようだった。
『……私に? まさか、ケンタ? ダジュームに下りてきたのは魔王様の命でありまして、ジェイド様に報告していなかったのは事情がありまして……』
結果的に上司のジェイドには報告せずにダジュームに来ていたことを気にしているペリクルだった。仕事にホウレンソウ(報告・連絡・相談)は重要だもんね。
だけどまさかペリクルに会いたいというのがホイップとは夢にも思っていないようだった。
「……ダジュームに来ていることを咎めるつもりはない。魔王様の命ならば、連絡を省くのも当然のことだ。安心して町の外に出てきてくれ」
『……は、はい。今すぐ!』
そこで【コンタクト】の魔法は切れたようだった。
俺たち三人はそれ以上は何も言わず、ペリクルが町から出てくるのを待った。
ただホイップだけがそわそわと、あたりをくるくると飛び回っていた。
いつも気丈で毒舌のホイップだったが、ついにペリクルとの再会のときが来たので無理もない。
先日の話だと、一緒に森を出たがったペリクルを【睡眠】の魔法で騙すように置き去りにしてきて以来の再会となる。
お互いの気持ちを思い図ると、俺まで胸が締め付けられるようだった。
そしてまもなく、アレアレアの町のほうから一人の女性が走ってくるのが見えた。ペリクルは今は魔王の魔法で人間の姿になっており、空は飛べない。
「ペ、ペリクル?」
遠目からその姿を確認したホイップは目を細めたが、その瞳には光るものが溜まっていた。
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