「ゆ、勇者だって?」
勇者クロス。
俺も会ったことがあるし、二人きりで話をしたこともある。
しかしあの時はまだ俺が【蘇生】スキルを使えるなんて、思ってもいなかったころだ。
「勇者があなたを探しているって情報が入ってきたのよ。私たち魔王軍は、勇者の行動をすべて把握してるからね」
自信満々に魔王軍の情報収集力を誇っているが、それが嘘ではないのは俺自身が身を染みて感じている。
「で、あなたを探してる理由を知って、またびっくり。勇者はあなたの【蘇生】スキルを手に入れようとしているのよ」
「なんで勇者が、俺のスキルのことを?」
次から次へと出てくる情報に、俺の頭は混乱し始めた。
「知らないわよ。勇者もどこからその情報を得たのかはわからないけど、勇者パーティーが今このソの国に向かっていることは確かなのよね。あなたを殺しに、ね」
「じゃあ勇者は俺が【蘇生】スキルで先代の魔王を復活させようとしてると思って、俺を始末しに来るっていうのか? そんなのありえないよ!」
「勇者にとっては小さな杞憂でも摘み取っておくのがベターだと考えたんじゃない? いつの時代も考えが浅はかなのよ、勇者って奴は。そのへんを歩いてる敵意のないモンスターも、すぐに殺しちゃうような奴らなのよ?」
何百年も生きているペリクルが呆れたように言う。
「いや、ちょっと待てよ」
俺はふと、先日石化の呪いによって死んだと言われる戦士スカーのことが思い浮かんだ。
まさか勇者クロスは戦士スカーを生き返らそうとしている?
それならば、勇者が俺に会いに来る理由はある。
「それは違うよ。勇者は死んでしまった戦士を生き返らそうとしてるんじゃないか?」
「あの石化の呪いで死んだ戦士? あんなのもうとっくに火葬されてるわよ。生き返らせることは不可能よ」
すでに俺の浅はかな考えなど先回りして否定されていた。
じゃあ本当に勇者は俺の【蘇生】スキルを恐れて……?
「いやいや、ちょっと待てよ! そもそもなんでお前たちは俺を狙ったんだよ! ことの発端はジェイドが俺の【蘇生】スキルを確かめに来たことだろ? お前らはなんで俺の【蘇生】スキルが必要だったのかは聞いてないぞ!」
敵や味方、人間やモンスターがひっくり返ってややこしくなってきたが、そもそものきっかけはジェイドだ。
勇者が俺のところに来る理由も不明だが、俺が狙われる理由はまだ聞いていない。
「隠すつもりはないんだけど、私が知ってることも少ないのよね。最初は魔王様から直々に頼まれたのよ、ジェイド様が。あなたが【蘇生】スキルを持っているか確かめて来いってね。魔王様がなんでそんなことを言い出したのかは、私もジェイド様も知らないの」
「ま、魔王が直々に? 俺のことを?」
「そう。頼まれたら、従うしかないでしょ。で、勇者からの情報によりあなたの【蘇生】持ちが確定したところで、新たな任務が来たのよ」
「それが、俺を守ることなのか?」
「そう。これも魔王様から直々に」
魔王が俺を守れだって?
アイソトープという存在の俺が、魔王に守られるなんて意味が分からなさ過ぎて混乱してきた。
俺はこのダジュームに転生してからずっと、魔王なんてものに関わらずに生きていきたいと考えてきたのだ。
それはモンスターに対する恐怖という一心だったのだが、なぜか今は魔王に守られる立場になっている。
どうしてこんなことに?
「勇者としては先代魔王様だけじゃなく、これまで倒してきたモンスターを生き返らせることができるあなたを脅威に思っているんでしょうね。もしあなたが魔王軍の手に落ちて悪用されたらたまったもんじゃないと。勇者的にはさっさと殺しておくに越したことはないわよ、【蘇生】持ちのアイソトープなんか」
「待てよ! だからってお前たちが俺を守るのは理屈が通らないだろ! 魔王も俺を利用するつもりなんだろ!」
「だからぁ、利用するつもりなら私なんかがこんなところに来ないわよ! もっと凶悪なモンスターを使って拉致すりゃいいんだから! 私はまどろっこしいことが大嫌いなの!」
腕を組んでがっつりと言い返してくるペリクル。
話が堂々巡りになるのは自覚しているが、俺としてはモンスターの言うことをすんなり受け入れられるほど素直ではないのだ。
魔王軍に命を狙われて逃げてきたら、今度は勇者に狙われてるだって?
「これは魔王様の命令なの! あなたを守れってね! じゃなけりゃ私がアイソトープの子守りなんかするわけないでしょ!」
「魔王がなんで俺を保護するのか分からないって言ってんの! ていうかなんで妖精なんだよ? ジェイドは何してんだ?」
「失礼なアイソトープね! ジェイド様は事情があって、この仕事から外されたのよ! ……あ」
明らかに口を滑らせたようなペリクルである。
「魔王直々の命令だったんじゃないのかよ? なんかやらかしたのか?」
魔王軍の人事や上下関係はよくわからないが、なんだかペリクルの様子は妙だった。
「やらかしたわけじゃないんだけど、別の幹部に引き抜かれたのよ。で、この任務は宙ぶらりんになっちゃったんだけど、責任感の強いジェイド様が私をあなたにつけたってわけよ」
「なんだかよく分からんが……、魔王軍内でもいろいろあるんだな。権力争い的なやつか?」
「さあ。でも、ジェイド様の新しい上司がまたよくわからないジジイなのよね。そいつが……」
ここでペリクルが視線をそらして言葉を飲み込んだ。
「そいつがどうしたんだよ?」
「……もう言っちゃっていいわよね。私、あいつ嫌いだし」
自問自答するペリクル。
魔王軍でもいろいろあることがうかがえる。
「ランゲラクって言うんだけどね、そいつ。魔王軍の幹部で実質ナンバー2なんだけど……。絶対内緒だからね?」
口の前で人差し指を立てるペリクルだが、俺が誰に言うと思っているのだろうか?
だが俺も素直に頷く。
「ジェイド様はね、ランゲラクがあなたを殺そうとしているんじゃないかって心配してるの!」
「ほら、やっぱり! 結局、俺を殺すんじゃん!」
な? なんだかんだ守るとか、勇者が黒幕的なこと言ってたけど、やっぱりモンスターも俺を殺そうとしてんじゃん!
俺は床のゴールドソードを再び拾おうとした。
自分を守れるのは自分だけ!
「違うわよ! ランゲラクと私たちを一緒にしないでよね! 魔王軍にもいろいろと派閥があって思想も違うのよ! だから私はあなたを守りに来たの。勇者と、ランゲラクから!」
ゴールドソードを掴んだところで、ペリクルがまた俺の顔の前に回り込んできた。
「同じ魔王軍だろうが! 魔王は俺を守って、ナンバー2の幹部が俺を殺そうとしてるって、意味が分からんぞ!」
「魔王軍も複雑なの! いい?」
そう言うとペリクルは再び説明を始めた。
「まず、魔王様はあなたが【蘇生】スキルを持っているのかどうか、ジェイド様に確認してくるように依頼をした。それでジェイド様はあなたを監視していた。そこに勇者があなたのスキルを求めて探しているという情報が入ってきたの。これによってあなたの【蘇生】スキルの有無が確定して、今度はあなたを守ることが目的になった。ここまではいいわね?」
俺は黙って頷く。
「すると今度はランゲラクっていう魔王軍の幹部がジェイド様を自分の部下にしたいと、魔王様に言ってきた。魔王様も断る理由がなくって、ジェイド様は仕方なくランゲラクのもとに入ったわけ。同時に魔王様からのあなたを守る任務は自然解消よ。それでジェイド様は考えたの。ランゲラクはあなたを殺すのに、ジェイド様が邪魔だったんじゃないかって」
「ちょっと待てよ。なんでランゲラクは俺を殺したいんだよ? 魔王が俺を守ろうとしているのに、そのランゲラクって奴が俺を殺しちゃったら魔王に背くことになるんじゃないの?」
「そうよ。ランゲラクは何を考えているのか分からないけど、あいつにとって【蘇生】スキルは邪魔なんでしょうね。魔王様の目的とは正反対。ジェイド様はそう考えてる」
俺は頭がこんがらがってきた。
魔王は【蘇生】スキルがある俺を守りたい。
だけど同じ魔王軍の幹部であるランゲラクは俺を殺したい。
魔王の目的が、ランゲラクって奴には都合が悪いってことか?
「これって内ゲバっていうか仲間割れというか……。そのランゲラクって奴は魔王に背いてクーデターを起こそうとしてるのか?」
「その可能性もあるってこと。あなたの存在が、魔王軍を真っ二つにしようとしてるの」
「そんなの知らないよ! 勝手に俺を魔王軍のキーマンにしないでくれよ!」
「だからジェイド様はそうならないように、あなたを守ろうとしてるの! あなたは今、人間にもモンスターにも狙われている立場なの。勇者と、ランゲラクからね。それを魔王様とジェイド様は守ってあげるって言ってるんだから、黙って従いなさい!」
「どういう立場なんだよ、俺は? 魔王がランゲラクって奴に注意すりゃいいだろ! 上司なんだろ?」
「そんな簡単なものじゃないの! 魔王軍をなめないで!」
なめてるわけじゃないが、いつの間によくわからない相関図が出来上がってんじゃん?
俺、何もできないただのアイソトープだぜ?
「このダジュームを混乱させる火種になる可能性があるのよ、あなたは。あなたをめぐって、すでに勇者とランゲラクが動き出してるの。今のあなたは簡単に死んでも、どちらかに捕まってもいけない存在。勇者とランゲラクが争えば、ダジュームは火の海よ!」
「そんな怖いこと言わないでくれよ! 死にたくもないし捕まりたくもねーから!」
絶対に勇者対魔王軍の全面戦争のきっかけになんかなりたくない。
「だから、ここにいちゃ危険なの。勇者はすでにこの場所に向かってるし、ランゲラクもどこまで情報を掴んでるか分かったもんじゃないの」
「じゃあどうすんだよ?」
「逃げるのよ! 勇者やランゲラクの目的が判明するまで、身を隠すの」
「はあ? 逃げるって、どこへ?」
「妖精の森よ。あそこなら、誰にも見つからない」
「よ、妖精の森?」
「ぐずぐず言う男は嫌いよ! あなたはもうダジュームの中心人物なんだから! あなたが勇者やランゲラクに捕まったら、ダジュームは戦争よ。それを止められるのはあなただけなの。生きるも死ぬも、あなたの存在がこのダジュームの運命を握っているのよ!」
ペリクルは俺を逃がすためにやってきたというのだ。
勇者と、そしてランゲラクという魔王軍の幹部から命を守るために。
ハローワークから逃げてこの金鉱にたどり着き、さらに逃亡生活を送ることになった俺は一体どうなるのでしょうか?
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