「シリウス……。あいつ、勇者パーティーに入れたのか?」
膝をついて泉をのぞき込むながら、久しぶりに見るその顔にくぎ付けになる。
このダジュームに転生してきて、戦闘訓練を続けながら勇者パーティーに入ることを夢見ていたシリウス。
一度は勇者クロスに直談判し、こてんぱんに叩きのめされ、諦めかけたあのシリウスが、今は勇者と一緒に魔王軍のモンスターと戦っているなんて。
俺は信じられない気持ちだったが、大きな剣を振り回すシリウスを見て、それが現実なのだと実感する。
「知り合い? あら、イケメンじゃないの」
俺の顔の横にアオイが近寄ってきて、シリウスを見て弾んだ声を出す。
俺に初めて会った時と大きな違いである。
「俺と同じ時期に転生してきたアイソトープだよ。まさか、勇者パーティーに入ってるとは……」
「へえ、やるわね。顔だけじゃないのね、このイケメン」
アイソトープと聞いてもなお、イケメン扱いされるシリウス。
そうですよね! 俺はただのできそこないですもんね!
俺はちょっとだけ拗ねて、顔を上げる。
「シャクティ、これって昨晩って言ったよな? 今はどこにいるんだ?」
『この後、魔王軍は一時撤退したようですので、勇者たちはデンドロイの町に滞在していると思われます』
シャクティからの声が届く。
どうやってこの映像を映しているのかは分からないが、これが始まりの妖精の力というものだろう。
「町の人たちは、どうなったんだ? 金鉱で働く人たちは無事なのか?」
パっと見ただけでも、家々は燃え、今も煙が上がっている。道にもモンスターの死体に交じって、人間も倒れているように見える。
出稼ぎの町という特性上、深夜に外を出歩く人は少ないと思われるが、被害は少なくなさそうだった。
俺は金鉱で働いていた時の同僚たち、そして居候させてもらっていたビヨルドさんの顔が浮かぶ。
みんな無事で会ってくれと願うが、こうなったのも自分に責任があるので胸が痛い。
『被害は見てのとおりです』
俺の質問に対し、そっけない答えのシャルム。
「見ての通りって、どうなってんだよ! もっと町の映像はないのかよ!」
俺は自分への怒りが、表に出てしまう。
「ちょっと、ケンタ! そんな無茶言うんじゃないわよ! シャクティ様に向かって!」
ペリクルに諫められたが、俺も分かっている。
誰のせいでこんなことになったのか。俺があのデンドロイの町に滞在していたから、勇者と魔王軍をおびき寄せてしまったんだ。
そして自分だけが間一髪、こうやって逃げている。
まるで町の人をおとりにしたように。
『私は今日は疲れました。では』
俺の失望には興味がないように、シャクティはそう告げた。
「ちょっと待てよ、シャクティ! シリウスは、勇者たちはこれからどうするんだ?」
俺の叫びも空しく、シャクティは再び木の中へと吸い込まれるように、姿を消してしまった。
「シャクティ様は転生の儀を終えて疲れてらっしゃるのよ! 失礼よ!」
ペリクルに後頭部を叩かれる。
「お前らも、デンドロイで勇者と魔王軍が戦っていることを知ってたのか?」
振り返ってペリクルとアオイの顔を交互に見る。
二人はお互いの顔を見合わせて、一瞬眉を下げた。
「知ってたわよ。こうなるのが分かってたから、あなたを逃がしたんじゃないの」
ペリクルは少しだけ、申し訳なさそうな顔をして言った。
やっぱそうだよな。俺がデンドロイの金鉱で働いていた三か月間。ペリクルはずっと俺を監視していたんだ。
俺を妖精の森に逃がすつもりなら、もっと早くてもよかったはずだ。
なぜあのタイミングでいきなり俺に声をかけてきたのか。
「そうだよな。お前は魔王軍に仕えてる妖精だもんな。魔王軍がデンドロイに迫ってることくらい、知ってたはずだもんな」
「それは……」
ペリクルは今、俺を追っている魔王軍のランゲラクというやつの下にいるジェイドに仕える妖精だ。魔王軍の行動など、ジェイドを通じて把握していて当然だった。
となると勇者の動向も知っているはずだし、昨晩に勇者と魔王軍がデンドロイにやってくることは予想できたのだ。
だから、このタイミングで、俺が勇者や魔王軍の手に落ちないギリギリのタイミングで俺を逃がしたのだ。
「だって、しょうがないじゃないの! あなたがまだあの町にいたら、もっと被害が出ていたはずよ? 今回の戦闘も魔王軍から仕掛けたわけじゃないし、それに撤退してるじゃない。あなたがいれば、もっと大きな戦闘になってたわ」
ペリクルが俺を逃がしたことを正当化してくる。
確かに、魔王軍が撤退していったのは俺がいないことが分かったからかもしれない。
もし俺が勇者に捕まっていたら、魔王軍はもっと攻勢をかけていたかもしれない。
でも、俺はそれですべてが腑に落ちるわけではなかった。
「俺のせいで、こんなことに……」
俺がいなければ、俺が【覚醒】なんてスキルを持っていなければ。
「違うわよ、ケンタ。シャクティ様もおっしゃってたでしょ。あなたはダジュームの憎しみの連鎖を絶てる可能性がある力を持ってるって!」
「そんなの、勝手だよ! 俺にそんな力があるもんか!」
「だったらここまで逃がさずに、とっくに私があなたを殺してるわよ!」
ペリクルが真剣な顔で、俺の前に回り込んできた。
「私もあなたがダジュームを救えるようなアイソトープには見えないわよ! でも、魔王様やジェイド様やシャクティ様は、あなたの力を信じてる。悔しいけど、あなたはできそこないじゃないの!」
少しだけ、ペリクルの瞳が涙でうるんでいるのが見えた。
泣きたいのはこっちのほうだが、俺はそんなペリクルを見ないように顔を下げる。
「あなたのために、どれだけの人が頑張ってると思うのよ? 運命を受け入れなさい」
アオイまで、俺を諭すようなことを言ってくる。
何も知らないくせに。よく言うよ。
「運命なんて言葉で、俺が納得すると思わないでくれよ」
「ほんと、覚悟がないわね! うじうじする男は嫌いよ!」
「うるせーよ! ほっといてくれ!」
俺は映像が消えてしまった水面を眺めたまま、固まっていた。
ペリクルやアオイの言うことも承知しているのだ。
でも、まだ自分の中で納得はできていない。
俺はやっぱり、そんな立派な人間じゃない。
「もう、知らないわよ。ペリクル、行きましょ!」
「アオイ……」
妖精二人にも、ついに俺は愛想をつかされたみたいだった。
「ケンタ、またあとでね」
ペリクルは最後に俺に声をかけ、キラキラと羽がはばたく音が遠ざかっていく。
泉に一人残された俺は、森の静寂の中で自分の気持ちに耳を澄ませる。
俺はどうしたいのか、何をするべきか。
こんな形とはいえ、シリウスが元気にやっている姿を見れたのは素直に嬉しかった。それもあいつは夢をかなえていたのだ。
勇者パーティーに入ったということは、魔王軍のモンスターと戦うのは当然のこと、危険と隣り合わせであることは承知の上であろう。
だけど、なぜこんな町の中で戦闘をしたんだ。
町の人々を危険にさらすことくらい、わかるはずだ。モンスターを倒すよりも大事なことじゃないのか?
お前はダジュームの人々を助けるために、勇者パーティーに入りたかったんじゃなかったのか?
俺がショックなのは、シリウスの本心が見えないからだった。
もちろん、デンドロイには俺の知り合いもたくさんいたのは確かだ。
でも、自分の夢をかなえるために、他の人を泣かせるのは違うんじゃないか?
俺はぐっと、地面の土を掴む。
「……それは、俺も同じか」
ようやく、俺は立ち上がった。
滝が落ちる水しぶきが、目に入る。
「俺だって、自分が死にたくないからって逃げっぱなしだったじゃないか。何をショック受けてんだよ……」
情けなくなる。
今までずっと俺はモンスターと戦わずに、スローライフを送りたいと考えてきた。
でもそれは平和な世界が大前提のことだ。
今のダジュームは魔王がいて、そこら中にモンスターがいる。
勇者は魔王を倒そうと戦っている。
そんな中で、自分だけが現実を見ないようして、理想を語っていただけなんだ。
勇者や魔王に買いかぶられ、この【蘇生】スキルを求めて身を追われている。
かたや妖精たちには世界を救う救世主扱いされている。
それが、俺。
自分がどう思っていようと、今の俺はこのダジュームの中心に立ってしまっているのだ。
そんな俺が今、できること。しなければいけないこと。
それは――。
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