異世界ハローワークへようこそ!

――スキルもチートもありませんが、ジョブは見つかりますか?
ハマカズシ
ハマカズシ

ラブコメ・イン・ダジューム(1)

公開日時: 2020年11月25日(水) 18:09
更新日時: 2021年12月16日(木) 12:22
文字数:3,420

「ラの国ハローワーク所長代理、ケンタ・イザナミくん」


 議長から指名されたとき、頭は真っ白だった。


 会議出席者だけではなく、傍聴者たちの視線が一斉に俺に集まるのが分かった。


 あいつ、アイソトープらしいぜ。


 アイソトープがハローワーク会議に出席してるのか?


 これは訓練じゃないんだぜ。


 そんな声があちこちから聞こえてくるようだった。


 耳をふさぎたくなるが、そんなことはできない。


「ケンタ・イザナミくん?」


 動かない俺に、議長がもう一度俺の名を呼ぶ。


 ここで俺はへこたれるわけにはいかないのだ。


 俺は静かに立ち上がり、傍聴席を眺める。


 俺のことをいぶかしく思う視線の中で、最後列にカリンがじっと俺を見ている。 


 俺は一つ、カリンに向かって頷いた。


 そしてマイクを持って、発表を始める。


「ラの国ハローワークの収支報告と、今後の活動方針を発表します」


 大丈夫だ。俺はハローワーク所長代理、ケンタ・イザナミ。

 


 

「すごかったね! さすが所長代理!」


 カリンは手を合わせて、まるで自分のことのようにはしゃいでいた。


 すでに三々五々に傍聴者は退席しており、前方の出席者の机にカリンがやってきた。


「はぁ。緊張した……」


 会議が終わり、俺は机に突っ伏していた。


 緊張の糸が解け、一気にやってきた脱力感。


「まったく書類も見ずに発表してたじゃない! いつの間にぜんぶ覚えてたの?」


「先週からずっとこの書類とにらめっこしてたから、覚えちゃったんだよ」


 そう、俺はシャルムから託された書類を見ずに、すべて空で覚えて発表を行ったのだ。


 もちろん、最初はそんなことするつもりはなかったのだが、あのソの国のハローワーク所長がアイソトープをバカにしたようなことを言ったので、少し反抗する意味でもあった。


「決算の細かい数字も、全部覚えてたのはすごいよ! ケンタくんを見直しちゃった!」


 バチンと俺の背中を叩くカリン。


 若干痛かったが、その痛みも今は誇りに思えてくる。


「間違ったらいけないし、ちゃんと見ながら読もうと思ってたんだけど、つい勢いでさ」


「【暗記】スキルも目覚めるかもね! さすが所長代理!」


 カリンが気持ち悪いくらいにほめるものだから、俺も悪い気はしない。


「じゃあ、行こうか。やっと肩の荷が下りたよ」


 ようやく立ち上がり、会議場を後にしようとしたところ……。


「ケンタくん、ちょっといいかね」


 声をかけられて振り向くと、そこにはプロキス――ソの国のハローワーク所長が立っていた。


「なんですか?」


 まず反応したのはカリンだった。


 さっきまで機嫌がよかったのに、腕を組んでプロキスをにらみつけている。


 いやいや、そんなにあからさまに敵対心持っちゃだめだって!


「いや、そんなに睨まんでくれ。私は謝りに来たのだ」


 後頭部をさすりながら、申し訳なさそうに眉根を下げるプロキスに、俺とカリンは顔を見合わせる。


「さっきは軽率なことを言って申し訳なかった。この通りだ」


 プロキスは俺とカリンを交互に見て、頭を下げた。


「あ、その、謝らないでください! 別に、気にしていませんから!」


 むちゃくちゃ気にしていたが、もう終わったことである。


 あれがあったからこそ、俺も発表がうまくできたといってもいい。結果論ではあるが。


「いや、こういうケースは初めてだったので、私も口が滑ってしまった。さっきの発言は取り下げさせてほしい」


 さっきとは違い謙虚なプロキスに、カリンもようやく留飲を下げたように肩を下す。


「私もハローワークの所長として、アイソトープのことを見直さなければならないと、君たちを見て反省させられたよ。聞いたところによると、先般のアレアレアの事件にも君たちが関わっていたと?」


 どこから聞いたのか、あの事件で俺たちが絡んでいたことは隠されているはずだ。


 俺とカリンもどう答えていいのかわからず、口を閉じてしまう。


 そこへ、さっきの会議を仕切っていた議長がやってくる。


「一般人は知らない話だが、ハローワーク協会界隈では有名な話だよ。シャルムのところのアイソトープはいつも優秀なんだ」


 そう言う白いひげを蓄えた議長は、どこかスネークさんを思い出させるような老人である。


「あれは、俺たちは別に何もしていないですよ。たまたま、あそこにいただけで……」


 俺は謙遜ではなく、事実を話す。


「謙遜することはない。ラの国のハローワークは、いつも評価が高いのだよ。シャルムの手腕もあるが、君たちの頑張りも大きいのだろうね。これからもがんばりなさい」


 議長は俺とカリンを励まし、会議場を去っていった。


「議長もおっしゃったように、ラの国にハローワークはひとつしかないので保護されるアイソトープは少なくて実績は出にくいのだが、シャルムはその中でもアイソトープの教育とジョブ斡旋の数字はずば抜けているんだ」


 プロキスはシャルムのことも絶賛する。


 確かソの国にはハローワークが三つあると聞いていた。


「我々のソの国のハローワークは保護するアイソトープの数は多いが、その分就業率はなかなか上がらないのだ。シャルムがうらやましいよ」


 これは以前、シャルムもぼやいていたことだ。


 国からの補助金はアイソトープの保護数によって支給されるらしく、シャルム一人でラの国のアイソトープをカバーするのは難しいと。


 その観点ではプロキスのほうが儲かっているのは間違いない。


「私たちはシャルムさんを信頼して訓練を受けてますからね!」 


 カリンが言い返す。


「ああ、それは十分伝わってくるよ。じゃあ、シャルムによろしく伝えてくれ。困ったことがあったら、いつでも言ってくれと」


 それを最後に、プロキスも会議場を後にした。


「……やっぱりシャルムはすごいんだなぁ」


 プロキスや議長がシャルムのことをほめているのを聞いて、改めて感心する。


 ドSで金にうるさいところもあるけど、アイソトープのことを考えてくれているのは確かだし。あと、俺にだけは厳しいけど。


「そうね。私たち、ラの国に転生してきてよかったのかもね!」


 カリンもうなずく。


「じゃ、ケンタくんも立派に一仕事終えたし、ホテルに戻ろっか!」


「あ、ああ。そうだな……」


 一仕事終えて肩の荷が下りたとはいえ、また新たな問題に直面している。


 カリンと二人で、あのホテルに泊まるのだ。


 同じ部屋で、男女が二人……。


 やばい、また緊張してきたんですけど?

 




 ホテルに戻りフロントでカギを受け取る。


 俺はさっきからカリンの顔がまともに見れなくなっていた。


「ごゆっくりどうぞ」


 フロントの女性の笑顔に、俺もひきつった笑いを返す。


 俺は完全にカリンを意識していた。


 同じアイソトープとして、俺たちはスキルを身につけるために一つ屋根の下で生活している。今までの共同生活で、そんなこと考えたこともなかったのに、なぜかカリンを女性として意識してしまっているのだ。


 俺とカリンは同い年。


 もとの世界で出会っていたら、普通の男子高校生と女子高校生として、どのような関係になっていたのだろうかとすら考えてしまう。 


 いや、この異世界に転生したからこそ、出会ってしまったのだ。


 それが今はこうやって一泊二日の旅行に来ている。


 こんなの、まるでカップルじゃないか?


「ケンタくん、どうしたの?」


 部屋の鍵を握りしめてフリーズしている俺に、カリンが話しかけてくる。 


 ちらっとカリンの顔を見ると、俺の懊悩などまるで気づいていないかのように,くいっと口角を上げて微笑んでいた。


「い、行こうか」


 何とか平常心を取り戻そうと歩き出すが、右手と右足が同時に動いてしまう。


 しっかりしろ、俺!


 俺とカリンは家族みたいなもんじゃないか! それを、カップルとか変な風に考えちゃいかん! けがれているぞ、俺の感情!


「あ、ケンタくん! 待って!」


 部屋へ向かう俺の手をつかむカリン。


「ど、どうしたんだ?」


 ぴたっと石化したように制止する俺に、カリンはどこかを指さしている。


 その指が示す先には……。


「まだ部屋に行くには早いし、あそこでお茶していこうよ!」


 ホテルの中にあるカフェを指さし、有無を言わさず俺を引っ張っていくカリン。


「そ、そうだな!」 


 このまま部屋に行って二人きりの状況になってしまったら、俺の中の何かが暴走してしまいかねん。


 ここはカフェでお茶でもして、心を落ち着けようではないか。


 もしかしたらカリンも同じ気持ちなのかもしれないな。


 そして俺とカリンは、カフェに向かうのであった。


 俺はハローワーク所長代理として会議に来ただけで、カリンとどうこうとかは考えてませんから!


 この一泊二日に、ラブコメ要素はありませんからね!

 

 

 

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