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ハマカズシ
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第三章『勇者が街にやってきた!』

大魔法使いスネーク(1)

公開日時: 2020年9月28日(月) 18:00
更新日時: 2021年12月16日(木) 10:12
文字数:3,684

「ケンタくん、着いたよ」


 肩を揺らされ、俺はようやく目を覚ます。


 どうやら眠っていたようだ。馬車の窓からは太陽の光が差し込んでいる。


「あ、ありがとうございます」


 ここまで馬車で送ってくれた御者ぎょしゃのスマイルさんにお礼を言い、馬車から降りる。


 事務所から一時間ほど馬車に揺られていたはずだ。


 出発したときは朝が早くて眠かったが、馬車の揺れが心地よくてすぐに眠ってしまった。


 まるでワープしたかのような、一瞬の移動だった。


 この世界にはワープできる魔法があると聞くが、こんな心地よい移動ならば俺には必要ない。


「また夕方、ここに迎えに来ればいいですか?」


 御者のスマイルさんが、丁寧に帰りの予定を尋ねてくれる。


 この世界では馬車が移動の手段として、タクシーのような役目を担っているのだ。このスマイルさんは、シャルムが信頼を置いている馬車なのだ。


「ええ、お願いします」


 帰りの約束をして、スマイルさんは片手を上げてそのまま来た道を馬車に乗って去ってしまった。


 いつも笑顔で真摯しんしなスマイルさんの姿を見送り、振り返るとそこには大きな門がそびえたっていた。


 この門の先はラの国第三の町、アレアレア


「……なんだか久しぶりに来たな」


 俺は門を見上げる。


 門は高さ10メートルほどあるだろうか。厳重に閉ざされ、その脇には警備兵が槍を持って立っている。


 アレアレアの町は全体が壁で囲われているのだ。


 およそ正方形型の町の四隅には見張り塔が立っており、侵入者を厳しく見張っている。


 この壁や塔はモンスターからの襲撃を守るためで、住民の安全は確保されていた。


 町の東西南北に一つずつこのような門があり、それぞれの門で手続きをしなければ町には入ることはできない。俺たちの元の世界でいう、空港の入国審査みたいなものだと理解していた。


 四方の門はそれぞれ通行できる人が決まっており、俺が今いるのは南門で、ラの国の住民専用の門になっている。


 ちなみに西門はラの国以外の国から来た人の入り口で、東門はアレアレアの住人専用の入り口に、そして北門は王族や来賓専用の門で、普段は固く閉ざされているらしい。


「身分証を」


「はい、これです」


 門の隣に設置されている窓口に並び、身分証を提示する。


 こういったところは、元いた世界となんら変わりがなくて、ここが異世界だということを忘れてしまいそうになる。


 ちなみに身分証とは、異世界ハローワークを通じて作ってもらった、アイソトープ証明証というやつだ。見た目は免許証と同じで、名前・写真・住所などが書かれている。


「ケンタ・イザナミ……。シャルムさんとこのアイソトープね。ごくろうさん」


 証明証と俺の顔を交互に確認して、それ以上は何も聞かれることなく町への入場は許可された。ここでもシャルムの名は通っているらしく、俺もほっと安心する。


 このように身元さえしっかりしていれば、町に入ることはそう難しいことではない。それは俺たちのような転生者、いわゆるアイソトープだとしても。


「お邪魔します……」


 あの大きな門は車両専用のようで、隣の小さな勝手門から町の中に入る。


 そこにはいわゆるファンタジーの町並みが広がっていた。


「いつ来ても、ゲームの世界に入ってきたみたいだな……」


 俺は壁に囲まれた大きな町を見渡しながら、ぼそっとひとりごちる。


 アレアレアの町にはこれまで数度来たことがあるが、俺にとっては決して忘れられない場所であった。なぜかというと……。


「お、裸のあんちゃん。お使いか?」


 町に入って大通りを歩いていると、さっそく声をかけられた。大きな荷物を持った商人のような男である。


「ええ、そうですけど……。その呼び方、やめてもらえません?」


 俺は眉をひそめ、その男に小声で言い返す。


 初めて会う男だが、俺は一方的に知られてしまっている。


「何言ってんだよ。裸のあんちゃんは、裸のあんちゃんだろうが! ブハハ!」


 バチンと背中を叩かれて、その商人はどこかへ行ってしまった。


「おう、裸のあんちゃん、お疲れさん」


「裸のあんちゃん、またうちの店に来てくれよ。サービスするぜ」


「シャルムさんは一緒じゃねえのかい? 裸のあんちゃんだけじゃつまんねんな」


 引き続き、道を歩いていると次々に声をかけられる。


 そう呼ばれるたびに、俺は顔を赤らめながら素通りする。


 なぜ「裸のあんちゃん」と呼ばれているのかって?


 そりゃ……。


「あの人よ。ここの広場で、裸で転生してきたアイソトープ!」


 町の広場に差し掛かったところで女性二人が俺を指さして、ひそひそ話をしている。


 そう、俺は一か月ほど前に、ここに真っ裸で転生してきたのだった。


 それ以来、俺はアレアレアの町に来ると「裸のあんちゃん」と呼ばれるようになっていた。


 やはり俺の転生してきた状況のインパクトは大きかったようで、今ではこうやって嬉しくない方向で人気者になっている。


「もう別にいいんだけどさ……」


 慣れとは怖いものである。何度自己紹介しても「裸のあんちゃん」としか呼ばれないので、俺はもう諦めていた。


 何度ケンタだって名乗っても、まったく覚えちゃくれねーんだよ!


「ええっと、どっちだっけ?」


 その思い出深き広場で、俺は地図を確認する。


 このアレアレアの町に来た目的は、遊びに来たわけでも、懐かしむために来たわけでもない。


 これは仕事というか、異世界ハローワークの訓練のひとつというか……。


「おう、裸のあんちゃん。どこ行くんだい?」


 またもでっぷり太ったおっさんが話しかけてきた。


 アレアレアでは人気者になったと言っても、こうやって声をかけてくるのは男ばかりなのが悲しいところである。


 まあ女子が近づいていくる可能性なんてないんですけどね!


「スネークさんっていう方の家に届け物なんですけどね」


「おお、大魔法使いの!」


 名前を出すと、男はすぐに心当たりがあるかのように手を打った。


「魔法使いなんですか?」


 しかも魔法使いときた。


「なんだよあんちゃん、そんなことも知らずにスネークさんとこに行こうとしてたのかい?」


「ええ、地図を渡されて、なかば無理やりパシらされてるだけですから」


 俺がこのアレアレアに来た理由。


 それは訓練という名のもとの、ただのパシリであった。


 もちろん、俺にこの届け物を頼んできたのは、異世界ハローワーク所長のシャルムである。


 シャルムのもとでジョブを探すための訓練を受けてかれこれ一か月。


 これまで訓練として俺はひたすら裏山で薪拾いをさせられてきたのだが、それとは別に新たな訓練が追加されていた。


 それがこの、配達という名のパシリである。


 俺はシリウスみたいに戦闘スキルを身につけるつもりはないんだけど、もうちょっと生活スキルに直結するような訓練はできないものかしら?


 こんなのただの雑用じゃんか!


「スネークさんの家なら、すぐそこだよ。ほら、南東の塔の近くの、赤い屋根の家だ。行けばすぐわかるさ」


 おっさんが指さす先には、南東の見張り塔が高くそびえたっていた。


「じゃあ、行ってみます。ありがとうございました」


「おう、がんばりな」


 親切なおっさんに頭を下げ、俺は目的地であるスネークという魔法使いの家を目指して歩き出した。





 

 南東の見張り塔をランドマークにして歩いていると、目的の家はすぐに見つかった。さっきのおっさんが言う通り、屋根が赤い家は一軒しかなかった。


「大魔法使いって言ってたけど、ほんとか?」


 その赤い屋根の家に前に立ち、地図の場所と見比べる。


 だがその家は名の知れた魔法使いが住んでいるとは思えないような、ごく普通の一軒家だった。


 小さな庭があるが草が生い茂り、家の壁もところどころ傷んでいる。空き家だと言われても、信じてしまいそうな外観である。


「すいませーん!」


 俺は敷地内に入り、ドアをノックする。


 シャルムからは今朝早くに叩き起こされたと思ったら地図と荷物を渡され、「アレアレアのスネークに届けてきて」と命令されただけなのだ。


 そのまま朝食も取らず、無理やり馬車に乗せられてやってきただけなので、スネークさんという人の素性はまったく知らされていなかった。


 スネークさんが魔法使いと聞いて、俺も少し緊張していたが、この家を見て少し和らいでしまった。


「スネークさーん? お届け物です!」


 もう一度ドアを強めにノックする。


 ちなみにこの異世界ダジュームにも宅配便のサービスはあるのだが、いかんせん俺たちが生活する異世界ハローワークの事務所は僻地にあり、特別料金がかかってしまうらしい。


 それを嫌ったシャルムが俺にわざわざ届けさせているのだから、これをパシリと言わずしてなんといえようか! 


 だからってバイト代が出るわけでもないんだぞ?


 訓練という名の搾取さくしゅ、強制労働だよ!


「まさか俺に【宅配】のスキルを身につけさせようとしてるんじゃないのか?」


 俺たちアイソトープがハローワークで訓練を受けているのは、すべてはスキルを身につけてジョブに就くためだ。


「スネークさん!」


 何度ドアを叩いても返事がなく、諦めかけたそのとき。


「うるさいのう! 開いとるから勝手に入ってこい!」


 家の中から、怒鳴り声が聞こえた。


「スネークさんいるんですか? 入りますよ?」


 俺はドアを開け、その家の中に入った。


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