「ケンタくん?」
そんなカリンの声を無視し、俺はその地面で倒れたままの男性に近づき、そのそばに跪く。
「ど、どうしたんだい、君?」
医者の目の前に倒れているのは初老の男性だった。
白髪が目立つが、どこか優しそうな表情をしたまま、動かなくなっている。
医者も俺の行動に驚くが、止められることもなかった。
「俺なら、もしかしたら……」
俺はそっと、その男性の胸の上に両手を置いた。
熱い胸板は、ピクリとも動いていなかった。
――あのときと同じだ。
その老人は死んでいた。
「何してるんですか、ケンタさん?」
「ケンタくん?」
いつの間にかホイップとカリンも俺のすぐそばにいた。
が、今の俺には目に入っていなかった。
――俺なら、生き返らせることができるかもしれない。
突然、目の前で心臓発作で亡くなった人を見て、俺は放っておけなかったのだ。
この行動には自分でもはっきりと説明がつかない。
本能というか、無意識に俺の体は動いていた。
これまでは事なかれ主義で、厄介なことには巻き込まれたくないと、逃げることが最優先の人生を送ってきた。
それはこのダジュームに来てからも変わらなかった。
異世界で生きることになってむしろ厄介なことは爆発的に増え、俺は今まで以上に慎重になった。
モンスターから逃げ、訓練から逃げ、ちょっとでもしんどそうなことからは逃げた。
昨日と変わらない今日に安心し、今日と変わらない明日を願った。
それは、自分が何もできない存在だと知っていたから。
スキルもないし、やる気もない。
俺にはできるはずがない。
そんな諦めが、俺の中にずっと潜んでいたから。
俺は望んでこんな異世界にやってきたわけじゃない。
元の世界で死んだから、ここに転生してきたなんて言われても信じられるか。
俺には死んだときの記憶なんかないのに。
だけど……。
いつまでもそんな消極的ではいられなかった。
どこか心の片隅にある焦燥を、必死で隠し続けてきたのに。
同じ時期に転生してきたカリンやシリウスは、元の世界での過去や後悔や乗り越え、必死で生きていこうとしている。俺とは違い、俺なんかよりもつらい過去を背負いながらがんばっている。
そんな二人を見て、俺は少し変わったのかもしれない。
いや、変わらざるを得なかったんだ。
無力だから諦めていたが、それは諦める理由ではなかったんだ。
無力だから、諦めちゃいけなかったんだ。
そして、俺はついに力を手に入れたかもしれないのだ。
それが【蘇生】スキル……。
シャルム曰く、俺にはまだ自由に使いこなせるスキルではないかもしれないが、現にシリウスを生き返らせという事実があった。経験があった。手ごたえがあった!
俺にもできることが見つかったのだ。
あの経験が俺にも自信を植え付けてくれた。
俺はもう無力じゃない。
できることがあった。
異世界ダジュームで生きていく。
生きていけるんだ!
「……生き返れ!」
スネークさんに託された白い腕輪を左腕につけ、俺はぐっと老人の胸を押さえる。
状況はあの時と同じだ。
【蘇生】の魔法は、俺の寿命を削って、死者を生き返らせるスキル。
通常の魔法は体中のオーラを手のひらに集めるのだが、【蘇生】の魔法は俺の命を集めるのだ。
シリウスの時は何がどうなったのかわからないまま、傷口を押さえていた俺の両手が光りだしたのだ。
無意識のうちに、俺は【蘇生】の魔法を使っていた。
できる。俺はできる!
「生き返れ!」
もう一度、俺は叫ぶ。
周りにはいつの間にか再び人だかりができていた。
カリンとホイップは、何も言わず俺のことを見つめている。
俺がシリウスを生き返らせたことは、もちろんこの二人には話していない。シャルムと俺だけの秘密である。
それは単純に俺が自由にスキルを発揮できないのと、俺の寿命を削ることになるから。
そして、俺が【蘇生】スキルを使えることが知れたら、魔王にも利用されるかもしれないということ。
だが、今はそんなことを言っていられない。
目の前で人が死んだんだ。
俺が、俺が助けないでどうする!
これがようやく俺が見つけた、このダジュームで生きていく道なんじゃないのか!
「……生き返れ! 生き返れ! 生き返れ!」
俺は老人の胸を、心臓マッサージをするように押し付ける。
医者も何か言いたそうにしているが、黙って俺を見ている。
「生き返ってくれ……」
絞り出すような声を出し、首をもたげる。
俺の額から滝のような汗が流れる。
これは【蘇生】の魔法を使う労力から出る汗ではなかった。
何も起こらないことに対する焦りであることは、俺が一番よく理解していた。
「生き返っ……」
俺の声は、嗚咽でかき消された。
なぜ何も起きない?
なぜ手が光らない?
なぜ生き返らない?
「ケンタくん?」
カリンの声で、俺は老人の胸から手を離す。
顔をあげると、カリンとホイップが俺を見つめている視線がとても痛かった。
「……さあ、運んで」
医者がスタッフに指示し、俺は手で払いのけられてしりもちをつく。
そのまま何事もなかったように、老人は担架に乗せられて運ばれていった。
地面に両手をついて、俺は放心状態になっていた。
【蘇生】の魔法は、ちっとも現れてくれなかった。
なぜこんなことをやってしまったのか。
自分で自分が信じられなかった。
ただの慢心。
俺は力があると勘違いして、出過ぎたことをやってしまった。
脱力を認めたくなくて、すっと立ち上がる。
「なんか、ごめん」
顔の汗をぬぐいながら、二人に謝った。
カリンもホイップも、俺の行動に戸惑いを隠せないでいた。
死亡した老人の胸をいきなり押さえつけるという俺の奇行に驚くのも無理はない。
「ううん、行こっか」
カリンは無理して笑顔を見せてくれる。
気を使わせていることに、俺は胸が痛くなる。
説明したほうがいいとは思うが、信じてもらえるはずがない。
俺が【蘇生】のスキルを持っているだなんて。
いや、やっぱり俺は何もできないただの無力なアイソトープだ。
きっとシリウスも、死んでなんかいなかった。俺が生き返らせたわけでもなかったんだ。
勘違いをして自信を持ってしまった自分に罪悪感がたまる。
そしてテーマパークを楽しんでいたカリンに水を差してしまって、俺は本当に自分が嫌になった。
無力な俺は、すべてを失った気がしたんだ。
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