葬式戦線ハンニャ・サガ

おじいちゃん、なにしてくれてんの
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第3話 エイリアン、コンビニに行く

公開日時: 2020年10月17日(土) 17:05
文字数:6,014



【件名:塩垣桃太様の孫、塩垣一華様へ】

 

 突然の連絡をお許し下さい。

 先日、桃太様の葬儀に参列し、ご挨拶に伺った者です。

 

 この度はご愁傷様です。

 どうかくれぐれも、お気持ちを強く持って、ご自愛くださいませ。 


 本題ですが、先日申し上げた通りです。

 おじいさまに関して、重要なお話があります。


 五月十二日 午後八時半

 六門公園にてお待ちしております。

 立会人を伴っていただいても、構いません。

 火急の用故、私と直接お話し下さるよう、お願い申し上げます。

                         

                               合掌




 追伸:


 僭越ながら、忠告をさせてください。

 不審な人物の接触や、見慣れぬ現象に、ご用心を。

 ご自身とおじいさまの身の安全を第一に、お考えください。

 

 もし万が一、上記のような事態に遭遇した場合、

 どうかためらわず、私に折り返しご一報を下さい。

        

                           三叉寺さんさでら 鈴音すずね





【1】


 塩垣一華しおがきいちかは、夜道を歩いていた。なんてことはない、単に近所のコンビニに向かっているのだ。

 ベージュのカーディガンを羽織り、ジーパンを履き、自宅のマンションから出てきた。


 葬儀の後片付けが終わり、香典の整理も半分は終わった。

 骨壺は、ひとまず自宅の和室に安置した。本人たっての希望で、仏壇などは用意していない。埋葬や散骨の問題は、先送り。そういえば、郵便もいくつか届いていたな。

 スマホを手に取り、授業担当の教授から欠席連絡に返信が来ているのを確認。葬儀業者の人からの連絡も確認。一応祖父の遺品のスマホも電源を入れ、を再確認。

 祖父の遺骨と向き合い、今日はこれぐらいにして食事で一息つこうと思った。そう、その矢先。

 

 ティッシュが切れていたことに、気が付いた。


 街灯が照らす夜道。雲の合間の月は、上弦の三日月。歩道には、人の姿がちらほら。

 夜分に出歩くのは危ないし、やめておこうかと一度は思った。も聞いたし、の事もある。

 ただ、一華は不安だった。

 

 夜中に急に鼻をかみたくなったら?

 寝ている間、枕が濡れるほど涙を流したら?

 

 ありえなくはない事態だ。後者は一度あった。

 空腹なのも事実だ。葬儀で忙しく、食材の買い出しもしていない。ティッシュのついでに弁当を買って、済ませよう。メールの件も、ついでだ。

 

 一華は足早に歩く。

 そしてとうとう、問題の「六門公園」に通りかかる。


(ここで待ってるって、書いてあったな)

 思い返すのは、祖父のスマホに届いていた

 そして、差出人であろう「ドレッドロックスの男」のこと。


 参列者に交じり、ドレッドロックスの髪をしたアジア人で、「」と言っていた、あの男。

 

 送られてきたの差出時刻は、昨日。


 本文を一通り読んで、一華は「なんだこれ!?」と思った。

 文面が丁寧な「お悔やみ状」スタイルなのはもう突っ込んでいられないが……


 まず、夜中の公園に来いと書いてある。指定は近所の公園。まさか住所がバレている?

 人を連れてきてもよいと書かれているが、気付いたのは今日。こんな時間に『立会人』など用意できそうもない。マンションのお隣さんに話したら変に思われるだろう。

 あの、名刺をくれた甘崎さんは――――却下。

 立会人がいないなら公園に出向くのは当然一人。だが、この不気味な誘いに、一華がのこのこ一人で顔を出す道理などない。

 そして、追伸。


『警告』?

『不審な人物』? 

『見慣れぬ現象』?

『ご自身とおじいさまの身の安全を確保してください』?


 一体……これは何のことだ?

 不穏な警告付きのお悔やみ状が、この地上にあるだろうか。いや、たぶんない。第一、自分はともかく、祖父はとっくに死んでいる。『身の安全』など祈られても仕方がない。

 一番の『不審な人物』はこの差出人だろうし、『見慣れぬ現象』とはこのメールそのものではないか。それでいて、そういうのに出会ったら連絡してほしいと書かれている。

「あんたが一番怪しいよ」と送るべきか、迷う。


 これは不謹慎で変に手の込んだイタズラか? 

 それともオカルト詐欺か? 

 あるいは本当の本当に危険なナンパのたぐいか? これは自意識過剰?


 差出人の「三叉寺 鈴音」とは何者か? 女の名前? しかし、『重要なお話』ということは、あの「ドレッドロックスの男」なのか? 差出人の欄はメールアドレスだけで、手掛かりが無い。

 とにかく不審すぎる。身の安全を考えるなら、待ち合わせなど無視すべきではないか。

 しかし――――本当に、待っていたら?


 相手の目的はどうあれ、待ち人を放置するのも気が引ける一華であった。「六門公園」はコンビニへの道すがら通るし。

 ただ、怖い。待ち合わせに出向くのはかなり、怖い。何をされるか分からない。一華は腕っぷしに自信が無いので、夜の公園で掴みかかられでもしたら、勝ち目はない。

 とはいえ、『おじいさまにとって重大なお話』というのも気になる。事実なら、孫の一華が申し出を無視して、他に誰が話を聞くのだろうか? 何か大変な事態が起きていたらどうしよう?

 恐怖と、亡き祖父への想い。 

 板挟みになった一華が導き出した、妥協案とは――――



(とりあえず、チラっとだけ様子見て、!)



 そう、様子だけ見て、相手の姿だけ確認して、そのまま素通り。相手があんまり困ってそうなら、状況を見て、声はかける。身元は明かさない。


 つまりは、をとる!



【2】


 この惑星に住む、「垂流人たれながしじん」の話は聞いたことがある。


 実家に出入りしていた仲介屋が、酒のさかなに話した、ちょっとした与太話だ。観測の安定しない恒星系と、辺境の原住民、電波――――そして富を築いた行商人の物語。


 現地時間、20時12分。

 間車まくるま市内、住宅街の片隅の「六門ろくもん公園」にて。

 周辺で最も背が高い建物は、14階建ての集合住宅。明かりが灯る部屋は半分ほど――今、一つ消えた。

 雑木林を背にしたベンチに、一人の男が座っている。


 この男、髪型はケーブルのように振り乱したドレッドロックスで、顔立ちはが浅く、目が細い。この土地では恐らく「アジア系」と認識されるだろう。

 痩せた体を包む服装は、ややサイズの大きい黒い着物、白袴しろばかま、そして右肩掛けの五条袈裟ごじょうげさ

 いわゆる、法衣である。


 喪主の女性との接触から、48時間以上が経過した。

 男は内心焦っている。3その他のせいで、「仕事」の計画に遅れが生じているのだ。

 撃退には成功し、式場には到達できた。だが、こちらもタダでは済まなかった。小破した〈商売道具〉の修復と、周辺の安全確認に、ずいぶん時間を取られてしまった。安全確認と言っても、潜伏中のを探し出す方法は無いので、せいぜいが見回りだが。

 葬儀場もこちらの予想を超えていた。人目が多かった。更に、受付での『宗教的弔問、禁止』の説明。あの場で下手にを起こすわけにはいかなかったのだ。だから、偵察とに留めたのだ。


 ――――できる限り早く、彼女と話をつけなければならないというのに。


  夜風が吹き、男は立ち上がる。 越しに冷たさは感じない。この公園にまだ人影は現れない。


 待ち人は現れない。

 公園内に垂流人――一般住民の姿も見えない。

 鬼女ダキニの使いは、襲ってこない。 

 

 ――――怖い。


 男は恐怖している。顔には一切出さない(構造上出せないというべきか)。

 これまで場数は踏んだ。辺境惑星に足を踏み入れたのは、一度や二度ではない。そういう仕事だ。危険を冒し、足で稼がなければ、たちまち食い詰める。

 鬼女ダキニの使いの猛攻にも、耐えた。辺境に湧く、あの軍勢のことだ。誰が「ヴァルハラ」とやらに行くものか。

 野蛮な敵対者への侮蔑と反抗心、それは変わらない。向こうが仕掛けてくるのなら、啖呵タンカをきり、迎え撃つ。

 だが、「の真言」すら通じない者たちが再び現れた時、自分は果たして生きて戻れるだろうか?

 どれだけ危険に晒されようと、生物である以上、は消せない。消せないなら、ひたすら精進し、恐怖に耐えるだけしかない。


 (この辺境で、父ならどう行動した?)


 男は思わず、懐に手を入れる。真空パックされた依頼状に触れる。

 単なる与太話に過ぎないと思っていた「垂流人と行商人の物語」。物語に登場する行商人と公園のベンチに座る男では、扱う商売道具も危険性も異なる。しかし今、それは心の中でリアリティを伴い、確かに重みを増していく。

 自分は、その舞台に足を踏み入れたのだから。

 ここでするわけにはいかない。


 その時、背後の雑木林で音がした。


 男は素早く、懐の中を探り、〈数珠〉に手をかけた。

 

(奴らか?)


 男はたじろぐ。

 

 林内の茂みから姿を現したのは、四足獣である。


 外見上の体の構造は、恐らく左右対称。全身が短い体毛に覆われている。

 身体の後方(推定)では、縄のようにしなる尾が揺れている。

 突起のある小さな頭部には、光を放つ器官が二つ。「目」か?


 体長は――この星の単位でおよそ40cm(目測)。

 あれは――「ネコ」だ!


 男は安堵する。危険な生物ではない。こちらを観察しているが、手を出さなければ襲われないだろう。


 ――――そういえば。返信が来てはいないだろうか? 


 男は、今度は懐からを取り出す。

 そこで、重大なことに気が付いた。



【3】


 チラッとだけ。

 そう、チラッとだけ。


 問題の公園を覗こうと決意した一華。

 しかし、いざ「公園」の入り口に差し掛かると、なかなか踏ん切りがつかない。


 姿勢を低くし、生垣から門へ。門の端から顔を出し、チラッと見る。

 これで、バレないだろうか? 

 公園をのぞく時、公園もまたこちらをのぞいているのだ。

 向こうから近寄ってきて話しかけられたら? もう話すか、全力で逃げるしかない。式場で会った「ドレッドロックスの男」なら、一華のはずだ。遠くからこちらの姿を見つけて、積極的に接触してくるかもしれない。

 

 これはいくらなんでも怯えすぎか? メールの文面は丁寧だし、変な警告でこちらの身を案じている。話すだけ話せば、素直に帰してもらえるだろうか? ただ、万が一があったら困るし…………

 

 塩垣一華は、小心者である。

 人の顔色をうかがい、和を乱さぬことを第一にして、生きてきた。少しでも相手の機嫌を損ねたらどうしようかと、常に怯えている。仲のいい友人と話すときも、“地雷”を踏んで嫌われてしまうのではないかと、内心怯えている。

 この地域の治安が良いのは重々心得ている。暴漢などの出没は、報告されていない。が、実は夜一人で出歩くのも、まだ少し怖い。

 祖父と引っ越すマンションは、オートロックを第一条件にして選んだ。そうしたら今度は、鍵を忘れて締め出されやしないかと、怯える日々が始まった。


 塩垣一華は、小心者である。

 そして、一介の女子大生である。すなわち、小市民だ。

 たとえ祖父への想いが本物であろうと、恐怖に打ちてるほど強いではないのだ。

 (おじいちゃんなら、どうするだろう?)

 一華は祖父のことを思い出す。

 その時である。


「失礼?」


 突然、野太い声で呼び止められた。

 一華はびくり、と大きく震え、恐る恐る振り返る。


 「ドレッドロックスの男」が、一華の近くに立っていた。

 

 ――――見つかった。 


 「は、はい……?」


 一華は震えを抑えて返事に務める。

 間違いない。葬式で会った男だ。ドレッドロックスの髪型、細い目、日本人のような顔立ち――――やはり、この男はどこか異様だ。いや、今回は殊更に異様だ。


 数珠どころじゃない。ドレッドロックスに――――

 ちらと見やると、足元には光沢。

 ブーツだ。

 頭はドレッドロックスで、足元は革のブーツ。体は法衣。8:2ぐらいの和洋折衷ファッション。これはやはり……異常事態だ!

 ここは、「パリ・オートクチュール・コレクション」の会場でもないし、今は5月で、ハロウィンの時期ではない。ファッション的異常事態だ!

 

 一華は混乱している。様子を見るどころか、相手に先手を打たれたのだ。「小心者の安全策」は頓挫し、彼方に消え去った。

 ドレッドロックスの男は、一華をじっと見ている。いわおのような顔は、蒼白で、無表情だ。


 この男の目的は何か。

 突然葬式に現れ、

 不穏な警告を送り付け、

 夜の公園に呼びつけ、

 暗がりで呼び止め、

 そして今、法衣姿で、一華の目の前にいる。


 一華の恐怖と混乱は、最高潮に達しようとしていた。

 返事をしたまま固まった喉は、悲鳴も上げられない。 




 (何を、考えている?)


 ドレッドロックスの男は、一歩踏み出す。


 (何を、しようとしている?)


 男は、重々しく口を開く。


 (私に、何を、望んでいる――――)


 一華は身構える―――― 


「『コンビニ』は、どこに?」

「……はい?」

 

 流暢な日本語で、男は続ける。


「驚かせてしまったのなら、申し訳ない。『コンビニ』への道筋は?」

「あー、あそこの橋を渡って、歩道を右に曲がって、しばらく歩くと、郵便局が見えるので、左に曲がると、見えます」


 思わぬ相手の言葉に、一華は冷静に、しかし的確に道案内した。


「感謝する。急いでいるので、これで」


 そう言うと男は、コンビニの方向へ走り去っていった。




【4】


 一体何だったのか?

 そもそも、一華に『重要な話』があるのではなかったか?

 一華だと気付かなかったのか?


(もしかして、待ち合わせは……あの人じゃないの?)


 なんだか気の抜けた一華は、あっさりと公園に歩み入る。

 公園内に、人の姿はない。もぬけの空である。

 広々とした敷地はは雑木林に隣接し、芝生は照明に照らされている。外れには、滑り台やジャングルジムといった遊具。そして砂場。

 雑木林を背にするように、ベンチ。


(バカバカしい。メールはやっぱりイタズラだったんじゃないか)

 

 一華はベンチに腰掛ける。冷たい。

 自分は何を怯えていたのか。

 あのドレッドロックスの男は、あそこで危害やらなにやらを加える腹積もりは毛頭無かったのだ。

 単に、慣れない土地でコンビニを探し、困っていただけだ。公園内にトイレはあるが自販機はないので、買い物だろう。自分が小心者だと知っていた一華も、これほど空回りしてしまっては、なんだか鼻白はなじろむ思いだ。

 再会して早々、詐欺師だのナンパだの不審者だのと疑ってしまって、あの男に申し訳なくなってきた。


 背後でガサガサと音がする。少し驚く。

(野良猫かな?)

 もう変に怖がることは無い。


 ただ、ドレッドロックスの男が話があると言っていたのも確か。そう、葬式の時に。

 改めて、会う機会があるだろうか? もしかしたらメールの差出人はやっぱりあの男で、ここで待っていたのでは? コンビニでの用事を済ませて戻ってくるかもしれない。

 あんまり長いこといると、鉢合わせる。

 彼には、悪いが、もう少ししたら自宅の方へ引き返そう。ちょっと遠くなるが、遠回りして別のコンビニに行こう。やっぱりここで話すのは怖い。一華は決めた。


 まあ、とにかく――――



「あーあ。変に用心して、損したな」

「おや。用心して、損はなかろうよ?」



 人気のない公園で、突然聞こえた女の声。

 一華は辺りを見回し、声の主を探す。

 誰もいない。

 これは……と思い当たり、恐る恐る、振り向く。




 暗い雑木林。暗い木々の間。




 夜風に揺れる枝葉の隙間に、「鬼」が、見えた。

 


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