葬式戦線ハンニャ・サガ

おじいちゃん、なにしてくれてんの
cent_u
cent_u

第9話 『弔問客・地上決戦編』エピローグ

公開日時: 2020年10月21日(水) 00:50
更新日時: 2021年1月9日(土) 20:03
文字数:5,383


【1】


「……は?」

「だから、『帰れ』ってのは気が早いぞ」

「いや、だって……」



 機械の身体を持つサイボーグ鬼――泰良タイラは確かに言った。

「『お引き取り下さい』というのは、ちょっと待て」、と。


 しかし一華も言った。「祖父の魂は誰にも渡さない」、と。

 もう戦わせないし、如来真言宗にょらいしんごんしゅうのお経も結構――――喪主・塩垣一華は、確かにそう主張した。

 もし遺族の声を尊重するなら、この3人の弔問客たちは、大人しく帰るべきではないのか。そうでなくとも、この“地獄の鬼”とやらが、ワルキューレと宇宙葬儀屋を引き留める道理はないのだ。


 しかしこの鬼・泰良は、あろうことか新たなる波乱を巻き起こそうとしている……!


「一華も、そこの二人も、よぉく聞け! …………一華のじいさん、塩垣桃太の魂は――――狙われている!」


 泰良の美声によって発せられる、驚愕の事実。

 その衝撃は、八畳の和室を、骨壺を、その前に集った4人を、震わせた。


「あの、それは今に始まったことじゃ――――」

「人の子・一華よ。これは、星圏革命軍せいけんかくめいぐんのワルキューレだの、宇宙葬儀屋だののことではない!」


 大音声で告げる泰良。

 一華に続き、推測を口にするのは、イザベル。


「じゃあ、他にも敵対勢力が、イチカ殿の周辺に? 三叉寺……さんを襲った人物でしょうか?」

「それもあるが……恐らくは別。他にもいる。……ワルキューレ・ゴンドゥルよ」

「気やすくその名で呼ばないでッ!」


 抗議するイザベルを掌で制する泰良。

 その隙に三叉寺も、言葉を発する。


貴女あなたは知っているのか? その、新たな敵勢力を」

「うむ。疑うなよ、変な髪形の男?」

「名前を覚えたらどうだ、泰良」

「ど忘れした。もう一回言って?」

「うぅ……鬼よ。俺は、三叉寺さんさでら涼音すずねだ」


 無表情のまま呆れた様子の、三叉寺。

 再び緊張が高まるかとおもえば、どこか気の緩んできた塩垣家。

 鬼のマイペースさには、異種族ではついていけない。


「一華よ、骨壺を守れ。これは言い辛いが……墓を建てるのも後だ。今すぐにでも、じいさんの遺骨を隠した方がいい」

「祖父の遺骨を―――隠す? なんで!?」

「もたもたしてると、奪われるぞ。遺骨とは、亡者を探し出す最大のよすがぞ!」


 奇怪な横やりが入ったとはいえ、一華の中で、祖父をとむらう段取りは整っていた。葬儀は終わり、遺産の整理に取り掛かり、次は墓標ぼひょう……というところで「墓は後回しにしろ」、ときたのだ。

 これは寝耳に水である。言葉のあやではない。睡眠不足の一華は、現に寝ぼけ眼なのだ。


 混乱は極まり、疑問は自然と口をついて出る。


「だから、誰がおじいちゃんを探すんですか?」

「狙っとるのは、過激派の鬼どもだ!」


――――「過激派の鬼ども」。


 泰良はそう告げるとこほんと咳払いし、混迷してきた場を収めた。

 気ままにに場を乱し、そして収める。

 ほんとうに、マイペース。

 それが鬼か。


「過激派の……鬼?」

「あるいは、極右きょくう、保守派ともいう」

「は、はあ?」

「『最近の地獄は生ぬるい』と考えている連中だ。議論を待たず、勝手に生者の世界に踏み入り、片っ端から亡者をしょっぴこうとする、不届ふとどきな奴らよ……!」


 静かに、しかし怒りに任せて過激派を糾弾する泰良。

 話を聞くに、地獄も近代化して久しいらしい。


「――――『亡者の権利を認めるから、地獄が衰退した』『地上の生者どもが“人権”なぞ広めるから、悪党が減った』だのとだのと、『相対的剥奪感そうたいてきはくだつかん』を訴え、そこかしこで幅を利かせておる」

「た、大変ですね」

「他人事ではないぞ、一華よ」

「はい?」

「お前のじいさんは――――奴らの第一目標だ!」

「ええっ!?」

「そんな!」

「なんと!」


 衝撃の発言に、イザベルと三叉寺までがおののく。

 地獄の鬼の"近代的怪談”は、まだ続く。


「過激派の鬼どもも、既にこの地に飛んできたことだろう。史上稀にみる『大量殺人者』を力づくでも奪い去る、と心に決め、あの〈八郎丸〉のような“鬼造きぞう大鬼おおおに”を伴ってな…………」

「大量……殺人者……」


 一華はまた息を呑む。

 喉が痛くなるほど呑み込もうとしても、物々しい祖父の罪科はだけは、喉を通らない。


「おれは、穏健派の鬼たちから役目とこの絡繰からくりの身体を託された。処遇が決まるまで、塩垣桃太の魂を、奴らから守らねばならぬ。そこで、だ」


 泰良は、イザベルと三叉寺を直視した。

 今度はしたり顔ではない。真剣な面持ちである。


「ここは一つ、“共同戦線”を張らないか? そこな二人」

 

 鬼は人差し指を立て、提案を告げた。


「我々3人が、共に、この遺骨を守るのだ」




【2】


「――――あなたがたの、地獄ジゴクの内乱に、手を貸せと!?」

「そうではない。お前らの利益にもなる!」

「そんな巨人的な!」


 最初に口火を切ったのはイザベル。相も変わらず気が短い。いや、ここは素直というべきか。

「巨人的」という言い回しの意味合いは、相変わらず一華には分からない。


「一華のじいさんを連れていかれては、困るだろう? 恐らく、お前たちの求める“魂”と、地獄に向かう“亡者”は、同一のもの」

「くっ……それはたぶん、そうですが」

過激派鬼かげきはおにに先を越されては、『ヴァルハラ』とやらには連れて行けなくなる。連中は、この世が終わるその時まで、塩垣桃太に責め苦を与える気だ」


「責め苦」という単語に反応したか、三叉寺も黙ってはいない。

 彼は、即席であっても僧侶の端くれなのだから。


「だが、貴女も同じではないか? 死霊しりょうを連れ去り、量刑を与えると言った」

「お前も手伝うんだ、変な頭」

「三叉寺だ」


 一向に名前で呼ばれず、調子を狂わされた三叉寺をよそに、鬼はあくまで冷静に説く。


「だから、まだ議論の最中だ。量刑も、放免するか否かも。この未曽有みぞうの亡者をどう扱うか、まだ結論は出ていない」

「では……」

「過激派鬼は、それすら待たんやからだ。暴挙を許すのは、地獄の沽券こけんに関わる」

「沽券だと?」


 三叉寺は、にわかに目を見開いた。

 

「そうだ。汝も矜持ある葬儀屋であり、僧侶なら、故人の安息に手を貸してくれ! 顧客を地獄に送られたら――――謝礼も受け取れんだろう?」

「よもや、地獄道じごくどうの鬼に、そんなことを説かれるとは……」


 (宇宙仏教にも鬼、いるんだ……)と本題から意識を逸らす一華。この急展開にはついていけない。まだ眠いし。

 一方泰良は、とうとう頭を下げだした。


「〈八郎丸〉は傷を負い、完治までに襲われたら、連中を追い払えるか怪しい。三叉寺を襲った謎の人物もいる…………図々しいのは承知だが、頼む! この通りである! 力を貸してくれ!」


 助けを請われた残りイザベルと三叉寺の回答は――――――


「私の一存では、無理です! 現地の紛争に武力介入するなんて……しかも、一度は敵対したのに」

「論外だ……俺の〈機動仏壇〉も、まだ自己修復が済んでいない。貴女たちにやられたのだ」

「おお、昨晩は、悪かった! ちょ、一寸ちょっとやりすぎた! あれは、実力を確かめようと思ってだな…………謝る、この通りだ!」



 鬼の頼みを、ワルキューレと宇宙葬儀屋は、あくまでも突っぱねる。

 一華は、どうすべきか判断がつかない。

 土下座する“女の子鬼”は少々可哀そうだが、助けに入るには……眠い。

 繰り返すが、塩垣一華はラップ現象で睡眠不足なのだ。霊のささやきや奇怪な物音に安眠を妨げられ、これ以上理路整然と話す体力は残っていない。


「無理です」

「論外だ」

「頼む!!」


 何度かの押し問答の末、鬼はようやく、頭を上げた。


「…………そうかむを得んな。では、交渉はこれまでか――――なあ、一華よ」

「えっ、はい?」

「この二人はともかく、おれは――――この地獄の外交鬼・泰良は、お前のじいさんを守る。これからも、変わらずな」

「え、ええ……」


 昨晩の戦闘と祖父の顔を思い出し、迷う一華。

 祖父をお願いしますと言うべきか、冗談じゃないというべきか。


「おれに任せろ。ゆるしを請うなら、伝えておこう」


 泰良の借りた美しい体は、美声を放つ。 

 ……しかし、続く彼女の言葉は、底冷えのするものだった。


「そして、閻魔に誓って勝手は許さん。――――そこの二人もな? 抜け駆けしたら、おれがまた、出陣する」


 泰良に睨まれ、また睨み返すイザベルと三叉寺。

 壁に背を預けた〈鍋〉――――〈大鬼〉の器。

 すくみ上がる一華。

 明朝の塩垣家には、今一度緊張が走った。


「とにかく、共同戦線は不可能です」


 イザベルは、首を振った。


「わたしはもう行きます。…………イチカ殿、どうか考え直してください。ヴァルハラなら、ひとまず安全です。脅威が迫っているのは、事実のようですから。何かあったら、お渡しした電話番号に、ご連絡を…………」

「……あ、はい。お気をつけて…………」


 一華に一礼すると、ワルキューレ――――イザベルは玄関から出て行った。

 スーツに不釣り合いな編み上げブーツを履いて。


「俺も、協力はできん。地獄の鬼など……」


 三叉寺も、首を傾げた。


「そろそろ隠れ家に戻る。…………一華さん、ご用心を。俺は一層、“再葬儀”の必要性を痛感した。如来様の御許みもとであれば、鬼の魔の手は迫らない。襲われたら、あのメールに、迷わず返信願う」

「……え、ええ。道、分かりますか…………?」


 一華に合掌すると、宇宙葬儀屋――――三叉寺涼音は出て行った。

 法衣におよそ不似合いな革のブーツを履いて。


 一華と泰良の二人きりになり、再び静まり返る塩垣家の和室。

 朝日の差し込む居間から、声はしない。

 冷めた粗茶に手を付ける者は、もういなくなった。


【3】


「さて、と」


 和室で立ち上がった泰良はすたすたと大股で居間に向かった。腰まで届く薄紅の髪がなびく。

 台所付近までやってくると、彼女は重々しい〈鍋〉を持ち上げ、背負った。


「どっこらしょっと! 行くぞ、八郎丸」

ラジャ


(鍋が喋った!?)と今更驚く一華。

 〈鍋〉を担いで玄関へ向かう泰良に、一声かける。


「あ、あの」

「一華よ、おれは見回りに行く」

「今から、ですか?」

哨戒しょうかいだ、哨戒。もう過激派の鬼が、来とるかもしれん。留守番を頼む」

「哨戒って…………その格好で?」

「え、何か変か?」


 泰良は“ロボットのような見た目”をしている。

 額のツノソケットや、回路基板のような模様を刻んだ蒼白の肌…………

 しげしげと見られれば、人間でないと気取られかねない。


 おまけに、この鬼、美形である。

 見た目には、“十代の美少女”にも見える。

 身を包む着物とも言えない装束や、強気な表情の美顔、頭頂から毛先までグラデーションの入った髪などは、とても目を引く。


 このまま巨大な鍋を背負って出ていくのは、とても正気の沙汰ではない。


「その、変装とか」

「……それもそうだな。外明るくなってきたし」


(一体なんであんな身体借りたんだ……)とぼやきながら、クローゼットを開いた一華。

 嗅ぎなれた古着の匂いの中から、祖父の使っていたヨット・パーカーを持ち出す。


「これ、どうぞ」

「守ると言った手前、かたじけないな……では、行ってくる。留守番がてら、ゆっくり休むといい」

 

 ちょっとサイズの大きい祖父の遺品を着込んだ地獄の鬼――――泰良。

 彼女は一華に軽く手を振ると、草履のようなものを履いて出て行った。

 巨大な鍋を運び出すのに、難儀しながら。


 再び訪れる、静寂せいじゃく

 嵐の後の静けさ。

 襲い来るのは、睡魔の波。


 塩垣一華は、一人自宅に残された。

 2LDKマンションの一室には、もう誰もいない。

 ワルキューレも、宇宙葬儀屋も、鬼も――――そして、祖父も。


 乳白色のカーテンからは、朝焼けの光が漏れている。一華は、両手でカーテンを開いた。

 ガラス戸の向こうでは、ビルの合間から朝日が出迎えた。暁光は、傷一つない間車市街を鮮やかにふち取り、塩垣家の居間に注ぎ込む 


(写真……飾ろうかな)


 振り返る。日の光が差し込む部屋。

 戸棚の上には、電源の切れたデジタル・フォトフレーム。

 スイッチを入れ、記録されている“アルバム”を、一枚一枚めくっていく。

 

『新生児を抱く夫婦』

『公園で笑う、両親と娘』

『はにかんた老人と、孫娘』

『小学校の門前に立つ、老人と孫』

『大学のキャンパスに立つ、老人と孫』

『一面に移った、老人の笑顔』


 まだまだ『想い出の写真』は続く。

 巨大な幽霊や、奇怪な弔問客など、どこにも写ってはいない。

 できれば、全部夢だったと思いたい。しかし、静かになるとまたしても「ゴソゴソ」「クスクス」とラップ現象が聞こえてくる。


(ほんと、なにしてくれてんの…………おじいちゃん)


 徐々に高くなってきた朝日が反射し、デジタルフォトフレームの画面が、白く輝く。

 一人きりになった部屋の空気は、まだほんのりと温かい。

 

(分かりません、じゃ済まないよね…………さっきの話)


 祖父と1年過ごした部屋には、もう一人だけ。

 祖父の遺体は今や灰と骨になり、想い出はデータの中に残された。

 しかし、葬式と供養は――――まだ終わっていない

 一華は、卓の前で立ち上がった。

 そしてもう一度、ガラス戸の外を眺める。


 ――――全部本当かどうかは、まだ分からない。


 詳しいことはまた今度話すと、あの鬼は言っていた。他の2人も、まだこの辺りに逗留するつもりだろう。ならば、もっと話して、聞き出そう。

 祖父と、祖父を狙う者の――――情報を。

 寝不足の頭は混乱していたが、今、一つの結論にたどり着いた。

 未知の恐怖に立ち向かう方法は、「決意」の他にもう一つある。

 それは、「理解」だ。


 ――――そう、分からない。自分で、確かめるまでは。


 間車市には、今日も変わらぬ朝が来た。

 昨夜の騒動が、まるで嘘のように。



読み終わったら、ポイントを付けましょう!

ツイート