葬式戦線ハンニャ・サガ

おじいちゃん、なにしてくれてんの
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第8話 緩衝地帯のラップ現象

公開日時: 2020年10月20日(火) 23:59
更新日時: 2021年2月5日(金) 19:15
文字数:18,292

【1】


 4人乗りの国産乗用車は、もう傷だらけだ。

 ガード・レールや生垣の木の枝に何度もこすり、シルバーの車体はもう見る影もない。


(後でカーディーラーに持ってかないとな。うちの、車……)


 薄暗い歩道。路肩の

 街灯の明かりを頼りに、サイドミラーを確かめるのは、一人の紳士。


 この男――甘崎太一郎あまさきたいちろう

 そう、塩垣桃太の葬儀に参列し、孫の一華と言葉を交わした、あの紳士である。

 

 家族に仕事と嘘をつき、“家庭内歌劇”に付き合い、暗い夜道を自家用車で飛ばし、隣の阿賀武あがたけ市からはるばるやってきた。


 甘崎はため息をついた。嘆いているのは、自家用車の傷ではない。

 夜の市街地の静けさに、である。


(終わり際しか……見られなかった……)


 『巨大幽霊』と聞いて熱に浮かされていたが、たどり着いてみたら既に騒ぎは収束している。

 戦う巨影は途中で3体に増えたそうだが、甘崎は一目見ただけ。対向車と2度目のヒヤリ・ハットを演じた際に、「棒のようなもの」を振るう巨体の、おぼろげな姿を確認しただけだった。

 夜遊びに出てきて、やっと得たのは傷だらけの国産車一台。

 再びため息をつく甘崎。

 道行く人々を呼び止めて事件の詳細を聞いてみても、「土地神」「大怨霊」「自衛隊の機密」「マスキュラ」だのと、要領を得ない証言しか得られない。

 街中で目撃者の証言を集めることはできるものの、やはりを自らの眼で見なければ、急いだ意味がない。ある程度の情報なら、後日聞きこんだり、SNSで収集することもできるのだから。


(帰って車を見られたら、またあおいたちが……)


 熱が冷め、肩を落とす甘崎。

 また変に心配される前に帰ろうと車のところに戻り、ドアに手をかける。サイドガラスの下には、すり傷が目立つ。

 運転席に乗り込み、キーを回し、おもむろに発進したその時、気にかかることがあった。


 ――――ところで、塩垣さんのお孫さんは、大丈夫か?

 ――――様子を見に行くのは、余計なお世話だろうか?


 周囲の街に、目立った被害はない。

 だからこそ、目撃されたのは怪獣でもロボットでもなく、巨大な“幽霊”なのだ。怪我人がいるとしても、せいぜいがパニックに陥っての軽傷ではなかろうか。

 件の孫――塩垣一華も、まさにこの近辺に住んでいる。騒ぎを目撃してはいるだろうが、無事である可能性は高い。ならば、こんな時間にわざわざ押しかけずとも、後で連絡する程度にとどめておくべきではないか。


 ――――しかし、だとしても、だとしてもだ。

 ――――どうしても、気になる。


 アクセル・ペダルに足をかけ、ハンドルを握り直す。


 ――――塩垣老人は、親友だったから。


 甘崎は、思い立ったら止まらない性質たちである。

 アクセルを踏み込み、故人から聞いていたマンションへ向かう。

 そして、近辺にたどり着き、目標のマンションを探そうとしたその時。


 彼は目撃した。


(……あれは?)


 フロントガラス越しに見たのは、人影。

 こそこそと夜道を急ぐ、4人の男女の姿であった。




【2】


 カタカタ……

 ケラケラ……


 暗い部屋。

 見慣れた部屋。

 誰もいないはずの部屋。


 ささやくような物音や笑い声を聞き、一華は目を覚ました。

 眠りを妨げられたのは、これで何度目か。

 布団から起き上がり、電灯を点けて確認するが、自室には誰もいない。

 時計を見る。現在時刻は、3時46分、早朝。


「やはり! この方は事実の歪曲わいきょくを――――」

「貴様こそ、誤魔化すのはやめたらどうだ?」

「だから、喧嘩すなー!」


 居間の方からは、話し声が聞こえてくる。

 自室の“ラップ現象”とは違う、実体を伴った3つの大声が。


(やっぱ、夢なんかじゃないか……) 


 ――――頭がぼうっとする。


 何度も中途半端に覚醒し、寝たのか、寝ていないのか、自分でも分からない。

 あの3人から話を聞いて、パソコンで記録をつけた後、倒れるように寝ていたのだ。

 部屋着のまま廊下に出て、居間の方へ向かう。


「ですから、わたし以外にワルキューレはいないと!」

「なら、何故俺は襲撃された?」

「ですから、それは貴方あなたの――――」

「……おい、お前ら」


 卓を囲んで議論しているのは3人。

 そのうちの1人――――「地獄の鬼」が他の2人に促す。


「喪主のお出ましだぞ。礼を尽くせ」

「イチカ殿! おはようございます!」

「一華さん、おはよう」


 体ごと向き直った残りの二人。

 一人は、「ワルキューレ」を名乗る金髪の乙女。

 一人は、「宇宙の葬儀屋」を名乗るドレッドロックスに法衣の男。

 二人の挨拶を見届けると、「地獄の鬼」がフランクに一華に告げた。

 

「おーっす。昨晩は休めたか?」

「よく、分からないです…………」

「うむ? 仔細しさい、話してみよ」

「それが…………変な音や声がして……なんども、目が覚めて……」


 金髪乙女とドレッドロックスの男が、会話に参加してくる。


「やはり、わたしたちが〈馬〉を出して戦闘に及んだせいで…………」

「この地域の“心霊環境”を乱してしまったようだな……」

「……あなたのせいでもあるのですよ?」

「先に武器を抜いたのは、貴様だろう?」

「わたしは、警告したのに!」

「何を言うか!」

「だから…………喧嘩すなーっ!」


 何度目かのいさかいを始める二人に、鬼の一喝。

 相変わらず、澄んだ声である。見た目も不自然なまでに整っている。自宅の明かりの下で改めて見ると、まるで芸能人アイドルのような美貌を、この鬼は持っている。

 座布団の上で足を崩した、鬼らしいガサツな身のこなしが、本当にもったいないと、一華は思った。

 もっとも、素肌に刻まれた回路基盤のような模様や、角を差し込んだソケットは、とても無骨だが。奇天烈な服も、ところどころ煤《すす》けている。

 なお、あの1m弱の〈鍋〉は、台所付近の壁に立てかけてある。公園で言っていた通り、かなりかさばる。


 そんな鬼は改めて、一華に話を振る。


「…………さて、一華よ。寝ぼけまなこのままであろうと、今一度、話さねばならん」

「もう一回、ですか……」

「ほら、一回寝たし。多少は疲れが取れたろ? おれがこやつらの言い分をまとめるから、な?」

「あ、はい……」


 重い瞼を持ち上げ、塩垣家の居間と、3人の客人を見渡す。

 間車市街で各々おのおの謎の〈兵器〉を乗り回し、塩垣家にやってきた、3人の客人。

 彼らは一様に、一華の祖父に用があって、ここにいる。

 もう茶の間で遺骨になってしまった、祖父に。


(おじいちゃん……本当に、でなにしてくれてんの…………)


塩垣桃太おじいちゃんは実は宇宙の戦士でした」などと唐突に言われ、その孫娘は、未だに信じ切れていなかった。




【ワルキューレの言い分】


「よし、まずは――そこな金髪のおなご!」

「はい!」

 金髪乙女がはきはきと返事をする。彼女も鬼に負けず劣らずの麗しさである。  

 LEDの光に輝く羽毛のような御髪おぐし翡翠ひすい色の瞳は、やはりこの世のものとは思えない。


 鬼が、その言い分をまとめる。 


「汝、『ワルキューレ』なる一団の使者。こことは異なる『もうひとつの地球』を飛び立ち、星の彼方に一寸ちょっと行って戻ってくることで、『この地球』にたどり着いた者」

「平たく言うと、そうなります……」

「そんなんで、来れるんだ……」


 あまりに大雑把な平行世界間の移動方法に、呆然とする一華。

 解説を続ける鬼。


「汝は、『民主社会主義みんしゅしゃかいしゅぎノルン党』と『星圏革命軍《せいけんかくめいぐん》』なる者たちによって『特務少尉とくむしょうい』のくらいに任ぜられ、初仕事を与えられた。その狙いとはずばり――――『名だたる傭兵・塩垣桃太の魂』!」


 「塩垣桃太の魂」――――その言葉に、生唾を飲み込む一華。


「ワルキューレ」というのは、北欧神話における主神の使いである。

 若い乙女の姿をしていて、死にひんした英雄を探しては、その魂を“ヴァルハラ”――――神の膝元ひざもとへと運ぶのだと言う。

 そして彼女らは、最終戦争ラグナロクに備えるのだという――――


 北欧神話の神々が実在するのかは定かでないが、話を聞くに、“平行世界の”地球には、その「ワルキューレ」を名乗る種族が存在して、宇宙に進出し、この世界にやってきて、「祖父の魂」を求めていることになる…………


 顔を伏せる金髪の乙女。

 葬儀に現れた時も、別れ際にこんな表情をしていたような気がする、と一華は回想する。


「そうなのです。おじいさまの魂。そのためにわたしは…………」

「『知り合いの娘』と嘘を吐き、葬式にやってきた」

「その通りです」


 肩をすくめて、一層縮こまる金髪の乙女。

 鬼はあくまで、彼女の言い分をまとめ、まくしたてる。


「次に、偶然を装って再会し、やがては遺骨を借り受けようと、雑貨屋コンビニで張り込んでいた。しかしそこで『妙な髪形の坊主』に遭遇し、あの騒ぎに発展したと」

「そうです……」


 レディース・スーツのまま三つ指ついて、金髪乙女は一華に向き直った。


「あなた方の生存圏をお騒がせして、申し訳ありません。その、『ラップ現象』や『ポルターガイスト現象』も、わたしたちのせいです。我々の心霊兵装は物理的破壊力を持ちませんが、霊的な環境をひどく荒らすのです……」


 頭を下げた金髪乙女に、恐縮する一華。


「い、いえ……その、仕方なかったんでしょ? 戦いになったのは?」

「はい。そうです。そこの『巨人的資本主義者』が、わたしの警告を無視して呪われた〈数珠ぶき〉を抜いたばかりに……」


 そこで、ちらと顔を上げ、卓の反対側を睨む。

 『資本主義者』呼ばわりされ、押し黙っていた妙な髪形ドレッドロックスの男も、顔を上げる。夜の公園に現れてから一貫して無表情だが、彼は剣呑な雰囲気をまとっている。


「聞き捨てならんな? 鬼女ダキニの――」

「……おい。もう一回、槍や金棒で殴り合いたいか?」

「う…………」

「この部屋は、“中立地帯”ぞ」


 鬼に睨まれ、罵倒を呑みこんで沈黙する、ドレッドロックスの男。

 そうして会話が中断したところで、一華はおずおずと切り出した。


「あの、ええと………失礼ですが…………名前、もう一度お願いします」

「え? は、えっと、名前……わたしの、名前は……」


 当初のはきはきとした口調はどこへやら。

 急に顔を赤くして、もじもじし始める金髪乙女。


「あの……?」

「うぅ……」


 一華が再び呼びかけると、そこでついに自分の名前を告げる。


「わたしの名前は、『ゴン」――――」

「ごん?」

「――――『ゴンドゥル・マクシュエン・イザベル』と、いいます……」

「…………」

「…………うぅ」

「…………へ、へえ。立派なお名前、ですね!」


 世辞を言う一華。

 これは皮肉っぽく聞こえないかと、言ってから心配する。


「イチカ殿。過去の偉人ワルキューレに由来するこの古風な名を、わたしはとても重荷に感じているのです」

「偉人、ですか」

「その偉人も主神思想オーディニズム身命しんめいを捧げた同志なのですが、名を継いだわたしめは、まだ一介の新兵。『ゴンドゥル』とは、果たしてこの身に背負いきれる雅号がごうなのかと、常に思い悩んでいるのです…………」


 ――――「ごんどぅる」。

 重いというか、女の子にしては“力強ゴツい名前”である。もっとも、本人が気にしているのはその部分ではないが……

「過去の偉人に由来する」ということは、「吉田よしだ 清少納言せいしょうなごん」とか名付けられるようなものなのか?

 日本人基準で、一華は推測した。


「どうか、家名みょうじの『イザベル』にてお呼び下さい、イチカ殿……」

「じゃ、じゃあイザベル、さん」

「なんでしょう?」

「………私の『祖父の魂』をお国に持って帰って、どうするの?」

「主神の御許みもとにて……星圏諸種族せいけんしょしゅぞくの調和と連帯のために、おじいさまのお力を貸してほしいのです。」

「ええと、具体的には?」 

「それは――――」


 宇宙規模のイデオロギーの話にいまいちついていけず、具体的な説明を求める。

 そこに割り込む一つの声。


「《心霊兵器〉の、メイン・ユニットに、組み込むのだ!」


 またも、ドレッドロックスの男が口を挟んだ。

 石造のような顔は一層険しい雰囲気を放ち、眼窩がんかに開いた青い目で、金髪の乙女――――イザベル特務少尉を睨んでいる。


「……『メインユニット』? それってつまり――――部品のことぉ!?」


 思わず身を乗り出した一華。額からは冷や汗が吹き出す。

 イザベルは、何も言えない。


「そうだ。遺骨に捧げた『葬式』によってみ上げられた、つわものの魂――――意識には、多くの“用途ようと”がある」

「“用途”って?」

「“火器管制かきかんせい”、“戦術支援せんじゅつしえん”、更には“極限環境下における宗教行為支援”に、重宝されるのだ。シオガキ・トウタさんの意識は」

「おじいちゃんが!? そんなこと、できるんですか!?」


 生前の祖父の様子を思い出し、上げられた“用途”と見比べ、一華は混乱する。

 一華の知る、将棋やビデオ・ゲームに興じていた祖父の姿と、宇宙軍所属の祖父がいそいそと“火器管制”や“宗教行為支援”に及んでいる光景との間には、やはり埋めがたいギャップを生じる。


 ドレッドロックスの男は疑問に答える。


可能だ! 『ワルキューレ』、これすなわち鬼女ダキニの使い達は、『葬式工学』を発展させた種族の一つ」

「な、なにそれ……」

「奴らの、バチ当たりな心霊技術テクノロジーの終着点。言うもおぞましい所業だ。植民地戦争の手駒てごま欲しさに、侵攻した惑星で英傑えいけつを探しては、その墓を暴いて“埋葬そうしき”を勝手に執り行い――――」

「お、お墓を!?」

「――――それは党内でも重々問題になってます! 他惑星での『強制埋葬行為』は革命軍内外において厳に取り締まられ、訴追されるのです!!」


 金髪を振り乱し、唾を飛ばして反論するのはイザベル。


「派兵先で無理矢理『お葬式』を執り行った不埒者ふらちものは、督戦騎兵とくせんきへいに連行され、ただちに軍法会議と人民法廷フォルセティに引き出されます!

 そして、『“市民権”や“有機肉体ゆうきにくたい”の剥奪はくだつ』といった極刑の審判が下されるのです!

 だからこそ、わたしはイチカ殿に接触を試みました! あくまで平和的に、おじいさまへの協力を仰ぐために!!」

「なんか、怖いこと言わなかった!? イザベルさん!」


 ――――有機肉体ゆうきにくたい”の、剥奪はくだつ!?


 平行地球の司法制度におののく一華。

 おびえる彼女をよそに、塩垣家の居間には、再び争いの気配がただよう。


「だから、野蛮人だと言うのだ……!」

「また、そんな差別的ジャーゴンを!」

「なれば、鬼畜きちくな習慣を改めよ。仏敵め」

「ああ、なんという反主神思想はんしゅしんしそう! この方を改心させるには、やはり、武力しか――――!」

「わーかった、わーかったから! 双方静まれって!」 


 卓を挟んで争う二つの種族を、再び鬼が制止する。両腕をいっぱいにのばし、両者を必死に停戦ラインへと押し戻す。


(私が別室で横になっている間、こんな「プチ・宇宙戦争」を、何度も繰り返していたのか……)


 頭を抱える一華。

 このワルキューレの喧嘩っ早さと、ドレッドロックスの男が抱く深い猜疑心さいぎしんには、鬼すらもほとほと困り果てている様子がうかがえた。 


「……また止めに入るのは、おれもごめんだぞ! 〈八郎丸はちろうまる〉とて、無事ではない!」

「……」

「……」

「……あの、じごくの、はらから?」


 ひと段落付いたところで、司会の鬼がまとめる。


「つまり、『葬式のワルキューレは、一華のじいさんに再び体を与え、戦わせたい』ということだな?」

「あの、その表現はちが――――」

「次に参ろう!」

「…………」


 それ以上、ワルキューレ――イザベルは何も言わなかった。




【宇宙葬儀屋の言い分】


「お次は――変な髪形の坊主!」

御意ぎょい


 ドレッドロックスの男は、しっかりと頷いた。

 相も変わらず無表情のままで。


「汝、緊那羅キンナラなる惑星から来た、異星人。宇宙を股にかける『葬儀業者』にして、『即席の僧侶そうりょ』!」

「そうなるな」

「グ、グローバルなお仕事……」


 職場は地球グローバルどころではないのだが、ひとまずそう理解した一華。


「汝は星々の国を巡り、さまざまな種族に経を上げ、葬式を仕切り、金一封きんいっぷうを受け取っては生活の足しにしてきた、と」

「さまざまといっても、専門は『大乗仏教だいじょうぶっきょう・如来真言宗《にょらいしんごんしゅう》』だ。その信徒はあまねく銀河に、存在する」

「しかし! 汝は、働けど働けど暮らし向きは楽にならず、親から継いだ葬儀会社は火の車! このままじゃ、にっちもさっちもいかん。 〈小型携帯数珠こがたけいたいじゅず〉や〈機動仏壇きどうぶつだん〉を買い替える余裕すらない、と」

「うむ」


 鬼相手に頷く男。恥じらいは見て取れない。

 こっちはこっちで、地球人たる一華の首を傾げさせる話を語っていた。

 イザベルの語る北欧神話といい、まさか宇宙人エイリアンが仏教を伝えた、とでもいうのだろうか。


 まさか、宇宙にも"仏教らしき宗教”が広まっており、その信徒、僧侶、そして葬儀業者が存在するとは……


 その葬儀屋がどんな仕事ぶりなのかはさっぱりだが、貧乏にはなんとなく同情する一華。

 宇宙葬儀会社の窮状に、「もっと世のため神のためになる仕事をすれば……」と呟くイザベル。


「で、そんな経営状況を一息にくつがえす『商機』を、汝は得た」

「そうだ」


 その一言に、身構える一華。

 何度見ても、あれには納得できないのだ。

 そう、このドレッドロックスの男が持つ、あの「書類」。


 彼は再び、卓上にそれを乗せた。


「繰り返し確認願いたい。『委任状』を」

「…………」


 差し出されたのは、樹脂を固めたような薄い直方体。

 A4より一回り大きい、透明なシートの内部には、一枚のが閉じ込められている。素材の知れないその紙には、“立体的な文字”らしきものが無数に盛り付けられている。判読は不能。

 そして――その最下部には2次元的な日本語の印字と、一つのがある。


『三叉寺葬儀代行サービスに、私の葬儀の一切を任せる』

『依頼人氏名:塩垣桃太』


「桃太さんの筆跡で、間違いないな?」

「……はい。たぶん」


 ――――「太」の「、」を打つとき、あの人は必ず「大」の左払いに引っかける癖がある。


 パッキングされた書類にある署名の「太」も、間違いなく「大」の左払いに、「、」が引っかかっている。その他の細かな特徴も、間違いなく一華の記憶と、家に残る文書の数々と一致する。


 間違いなく、一華の祖父、塩垣桃太の筆跡。

 これは一体いつのものか。そもそも、本物なのか。


「これ、一体どういうこと……」

「持ってきたのは、仲介人ブローカーだ。間に何人も通して、俺に――我が社に葬儀を依頼してきた」

「祖父とは、お知り合いで?」

「武勇伝を仕事の最中に聞き及んだ。一華さんにはご無礼ながら、実在するとは思ってもみなかった」

「その依頼は一体……」

「正体不明の依頼者は、不足ない前金と、を提示してきた」


 彼は、もとより貧しい身の上の葬儀屋である。このままでは遠からず食い詰め、会社は倒産する。親から受け継いだ、大切な会社が、だ。

 目の前の商機を、みすみす手放すことはできなかったのだ。たとえそれが眉唾で、危険な冒険を伴う、異星の葬式であろうと。


 金よりもなによりも、彼は「宇宙の葬儀屋」なのだから。


「そして、指定された。おもむく惑星、地域、服装――――そして、葬式の“日時”を」

「でも…………それって!」

「驚いたが、俺は赴いたのだ。確かにご本人は死去し、そして何故か『宗教的行為を禁ずる』葬式が、この町で開かれていた」

「そんなの――――おかしいですよ!」


 急に顔色を変えた一華に、鬼とイザベルも反応する。

 不思議なのは、遺書との矛盾や指名先のことではない。


「確かにこれは、一寸ちょっと腑に落ちんなあ、一華よ」

「イチカ殿? それはどういう……」

「やっぱり、こんなの、まるで――」


 ――――おじいちゃんの死が、事前に分かってたみたいだ。


 戸惑う一華に「俺も一度は疑った」とドレッドロックスの男は言う。


「葬儀の準備、現地語の習得、環境や文化の調査。そして、渡航」

「……それは」

「急いでも、“一週間以上”かかる。この惑星の時間でね」

「ありえません! 私が訃報を出してからあのお葬式まで……みっ、3!? 連絡先見たら海外の人もいるっぽかったから、遺体を長めに保存してもらってたけど……」

「どうか信じてほしい。これは、冗句ジョークではない」

「そんな遠くの星で、準備して、お葬式に間に合うわけが……」

「しかし……医療の発達した星ならあるいは、と思った。事前に自分の死期を正確に察知し、依頼を持ち込むこともできる、と」

「そんなわけないです! 高血圧だけどまだ元気だったし、私が気付いた時には…………もう、布団のなかで……」


 徐々にか細くなる、一華の声。

 ドレッドロックスの男は、静かに目を閉じる。

 即席と言えど、僧侶の端くれなのは本当であろう。故人を想う遺族の姿に、同情を禁じ得ない様子だ。


 今度はしんみりとした居間で、鬼が再び場を仕切る。


「……そしてお前は三叉寺さんさでら涼音すずねと名を改めて、一華に“メール”を送った。間違いないか?」

「然り。我々の発音は、あなた方の種族には再現困難だ。語意ごいを維持し、日本語に翻訳した」


 ――――「すずね」。


 まるで、女の子みたいな日本名だ。

 (元は一体全体どんな名前なんだろう?)

 一華は、「怪しげなお悔やみメール」のことを思い出した。


「昨日直接会って、お話と警告がしたかった。なにか、粗相があっただろうか? 何分なにぶん、この惑星の端末で交信するのは不慣れでね…………」

「い、いえ! とても丁寧でした!」

「そうか、ならば無問題」


 実のところ、あのメールに色々突っ込みたいことはあったが、一華は言葉を飲み込んだ。

 実際のところ、大変な事態が迫っていたのは間違っていなかったのだから。


「あの……警告というのは、イザベルさんのこと?」

「違う。また別の奴だ。この惑星に降りてから――――既に一度、俺は襲われている。葬儀の直前の夜だ。心霊兵器で、互いに交戦した」

「こ、交戦!?」


 また別のエイリアンやら、神話存在やらが出てきては、たまったものではないと一華は慌て出す。ワルキューレ、葬儀屋、鬼…………ただでさえ理解が追いつかないというのに。


 鬼は眉根を寄せて細顎に手を当て、イザベルは翡翠の目で三叉寺を睨み始める。


「よく聞けば声が違うので、そこの『イザベル』ではない」

「じゃ、じゃあ……また別のエイリアンとか?」

「違う。あの口ぶりは――――間違いなく、鬼女《ダキニ》の使い!」

「嘘ですっ! イチカ殿!」

「イザベルさん!?」


 突如いきり立ったのは、またしてもイザベルである。

 彼女は身を乗り出し、立ち上がると、身振り手振りを駆使して演説を始めた。


敵対者ワルキューレへの印象を悪化させようと、この男は“巨人的情報操作ラタトスクのたのしみ”を試みているのです! この、“巨人的資本主義者”は! 真実を見極めて、喪主・イチカ殿!」

「何を言うか! 葬儀道具のスコップを持ち、白いまとい、執行妨害しっこうぼうがいだの『よとぅんのけんぞく』だのと並べ立て、突っかかってきた。あれが貴様の仲間でなければ一体…………!」

「だから何度も説明しているではありませんか! この地域に降りた騎兵ソルジャーは、わたし一人です!」

「ならば、何故俺は襲われた!」

「知ったこっちゃありませんよ! ?」

「今度は何を言い出す、仏敵!」

「そもそも、あなたの“如来真言宗ニョライシンゴンシュウ”とかいう宗教が、いかがわしいのです。……イチカ殿?」

「はっ、はい!」

「またしかし、ケッタイなことに巻き込まれたなあ、一華も!」


 突然呼びかけられて、一華は動転する。

 鬼は、他人事だとばかりに肩をすくめてわらう。昨夜、一緒に暴れておいて。


「イチカ殿は、この“如来真言宗”について、知っていますか?」

「え? なんかこう、“宇宙の仏教”……的なものだって」


 一華は、三叉寺の奇怪な説明を思い出す。

 前述の通り信じがたい話だが、地球外にも「仏教」とおぼしき宗教が広まっており、星々に信者が点在している、ということらしい。

 これは偶然なのか、古い時代に星間交流があったのか。歴史のミステリーである。そもそも、地球での源流である「バラモン教」や「インド神話」とはどのような関係にあるのか……。

 ともかくこの、“宇宙大乗仏教”の中でも、とりわけ“如来真言宗”の信者を、三叉寺涼音は顧客としているらしい。もちろん彼の故郷にも信者は多く、おかげで仏教用語は訳しやすいんだとか。

 一方、主神思想オーディニズムなるものを信ずるイザベルは、毅然としてこの“邪教じゃきょう”を批判する。


「彼らの教祖は〈簡易葬送かんいそうそうプロトコル〉とでも言うべきものを配布し、星の海の至る所で葬式を行うよう、推奨しているそうです」

「なにそれ……?」

「プロトコルとは、遺骨を用いた儀式――『お葬式』です。機材を用意してこれを適切に行うと、死者の意識が星の海の彼方かなたに転送されます。……そして、それによって送られた魂が、この宇宙のどこに行くかなど、ご遺族には知りようもないのです!」

「それは、地球のお葬式でもある意味同じというか……」


 念仏を唱えて送られる極楽や死者の世界とは一体全体どこにあるのか――一華は小学生の頃から不安だった。


「"如来真言宗”は、集めた魂を燃料とし、恐るべき陰謀に利用している、との未確認情報もあります。そんな陰謀の巣におじいさまを送ってはいけません……!」

妄語たわごとを言うな!」

「三叉寺さん?」


 今度は、三叉寺がイザベルの言葉にいきり立った。

 信仰への侮辱が我慢ならないといった様子で、法衣のそでを振り乱す。いわおのような顔のしわが、心なしか深くなったような気もする。


「送られるのは、『宇宙紐如来うちゅうひもにょらい』のご本尊の元だ。決して、ブラックホールのたぐいではない。迷える故人の意識を経によって導き、救済するんだ!」

「う……うちゅうひもにょらい?」


 謎めいた響きの御名みなに、口をぱくぱくさせる一華。

 三叉寺は彼女の目を見て、如来の姿を語り伝える。


「――――その光背こうはいは42の天を抱き、顎から伸びた17本の御手おては乳海をかき回し、お膝元には摩睺羅伽マホーラガが歌う、とされている」

「それは、どういう御本尊様ごほんぞんさまなんですか!?」

「皆、自分の種族に似せて如来像を作りたがる。おおまかな共通点こそあるが……如来の御姿おすがたは、信仰の形と同じだけ、化身けしんが存在する」

「…………」


 ――――つまりは、一口に名状しがたい、と。


 これは、万が一にも祖父を預けていいものか……と一華は悩む。

 如来信仰を邪教と批判したイザベルは、故郷の神話に語られる「閉ざす者ロキ」について思い出している。

 鬼はというと、薄型テレビや、紙書籍と映像ソフトを収めた棚に、興味を示している。神仏の話そっちのけで。 


 再び沈黙が訪れる塩垣家の居間。

 またしてもしめやかな空気の中、一華は一つの疑問を抱えていた。

 如来の尊顔よりも気になるそのことについて、彼女はまたおずおずと切り出した。


「あの……ええと……如来様でなくて、三叉寺さんご自身のお姿についてなんですけど」

か? 現地に詳しい仲介屋ブローカーが、偽装外皮ぎそうがいひを用意した」


 三叉寺は自分の顔を指し示す。

 一華は、遠慮がちにその頭を差し示す。


「その、髪型は?」

「偽装外皮に付属していた」

「その、服は?」

「これが、この地域での僧侶の普段着と聞いている」

「喪服は、スーツでしたよね?」

「葬儀の前後で、急ぎ、着替えた」

「…………はい」


 (なんだかズレているような……)と、いまいち納得のいかない一華をよそに、鬼がまとめる。


「要は、『宇宙の葬儀屋は塩垣桃太本人の依頼を受け、報酬金のために今一度、葬式を取り仕切りたい』ということか?」

「……しかり」

「ならば、次」


「祖父の死期の予言」と「もう一人のワルキューレ」。

 更なる謎を残し、話題はいよいよ3人(?)目の言い分に移る。




【地獄の鬼の言い分】


「で、最後はか」


 とうとう最後の3人目――美形の鬼は、腕を組んでにんまりと笑った。

 この鬼、夜通し喧嘩を仲裁してはあれこれと場を仕切っていたが、自身のことはほとんど話していないのだ。


 ――――「おれは地獄から来た鬼だ」以外は。


「貴女は一体何者なのですか? イチカ殿とは今日会ったと初めて会ったとお聞きましたが。なぜ、心霊兵器に直接打撃が可能なのですか?」

「この惑星の原住民なのか? もしくは、俺と同じ『宇宙葬儀屋』か? その身体は、生身ではないだろう?」


 二人の弔問客が、口をそろえて問いただす。

 一華も、それに続く。


「すみません……お名前を、まだ聞いてませんでしたよね?」

「ふふ、心して聞くがいい」


 名乗るにあたって親指で自分を指し、胸を張る鬼。

「ゴンドゥル」のファースト・ネームに恥じらうイザベルとは、対照的だ。


「吾が名は、『天海猩々院てんかいしょうじょういん泰澄亜由良信女たいちょうあゆらしんにょ』――――」

「い、いいお名前で……」


 誉れ高い本名に得意満面の、鬼。

 仰々しい『戒名かいみょうネーム』に顔をひきつらせる、一華。祖父にも、立派なのをつけてもらうべきか――――いやそれは『宗教的行為』か。


「――――親しき地獄のともがら親戚鬼衆しんせきおにしゅうは、『泰良タイラ』とおれを呼ぶ!」


 長い本名からの、呼びやすい通称に、一華はほっとした。

 毎度毎度あの戒名ネームを呼んでいては、いつか舌を噛み切ってしまうだろう。


「じゃあ、私もそう呼んでいいですか?」

まにまに! (好きにしろ)」


 ようやく名前を明かしたところで、彼女――泰良の来歴や用件に話が移る。


 彼女のやってきた「地獄」とはどこにあるのか?

 何故、塩垣一華に接触してきたのか?

 そして、「勝手に地獄行きにはさせん」とは、どういう意味なのか?


「その……『地獄』というのは?」

「地獄は地獄。悪人の行きつくところ、と伝わってはいまいか。そこに連れていかれると鬼が待ち構えており、生前の罪に応じて。」

「それは、他の星? あなたも、異星人?」

「違うな。恐らく地獄は、この地球と紐づいている」

「じゃあ、地の底に?」

「出入口が何か所かあるだけで、そこに地獄はないと聞いた」

「だったら一体どこに……」

「もはや、この現世げんせにはない世界、としかおれには言えぬ。おれにこの身体を貸した者らは、『情報空間』とか『精神世界』とかなんとか言っとった。ただ、最近になって“出入り口”が増えてな…………この話、ややこしいし長くなるから、今度でいい?」

「あぁ、はい……では、また後日……」

 

 まともに眠れていない一華は、これ以上小難しい話をされては睡魔すいまに耐えられないと思い、そこで地獄の話を打ち切った。さりげなく再会の約束をとりつけられた気もするが。


 そして今度は、祖父・塩垣桃太の話題に移る。


「それで――――『祖父が人殺しだ』というのは、宇宙に行って戦争をしていたから、ということですか?」

「そうだな。……一華のじいさんのことなんだが、殺生した場所も、人数も、でな。これが世界中の地獄や冥界を巻き込んで大問題になっててさぁ~」

「え? じゃあ、うちの家族がご迷惑を!?」


 眠気と超現実でだんだんと思考力を奪われた一華は、素っ頓狂な声を出した。

 なおも真剣な面持ちのイザベルと三叉寺は、食い入るように鬼の話に耳を傾けている。

 彼女らにとって、泰良タイラの話は自分たちの仕事に関わる重大な情報なのだ。


「鬼のはびこる地獄といえど、無法ではない。『閻魔帳えんまちょう』が吐き出し続ける、おびただしい亡者の罪をきっちり裁き、担当する地獄を決め、適切なを課さねばならん。お前のじいさんも例外ではない。だからこそ、議論は紛糾ふんきゅうしている。……そもそも、当該亡者を地獄に連れてくる仕事も、楽じゃあないし。人相書きを頼りに、地獄の外を探さにゃならん」

「地獄も、大変なんですねぇ……ていうか、こっちに鬼さんたちは来られるんですか?」

「来れる。亡者は鬼が直接しょっぴくゆえに。ま、こうして人の子が見ている世界とはだいぶ違うがな」


 鬼はそう言って居間のなかを見渡すと、流れるように、ぎんじるように、また語る。


「ただ、出入りはできるとはいえ、。地上に出た鬼は、人の子の目に見えんし、声も聞こえん。亡者をしばけるのだから、地上では幽霊も同然。それで、ようやく霊感のある人の子に出会えたと思えば――――『化け物だ!』と逃げられる……」

「う…………ごめんなさい」

「まあ、止むをえまい……」


 昨晩、突然後ろから話しかけられ、逃げようとしたことを一華は懺悔ざんげする。

「あの時、六門公園でも、本当に話がしたかっただけだったんだな……」と気が咎める。


 ……なにせ、目の前の鬼の女の子は、とても悲しそうなのだから。


「ま、こうして借り物の体で直接話が出来ている。良い時代になった」

「そのお身体は、どこで?」

「アフリカ資本の電子産業だかなんだか……この話も複雑だし、また今度でいい?」

「はい」

「またはぐらかすのですか!? 我々にだけ話させておいて!」


 同意する一華に対し、静聴していたはずのイザベルが、またも乱入。


「後で話すと言っておろうが。なんとも気の短いおなごよ」

「……じゃあ、これだけは教えてください。〈愛馬〉の目ではっきりと見ました。なぜ貴女は、“心霊兵器に直接攻撃できる”のですか?」

「た、確かに……」


 はっきりとは見えなかったが、それは一華も確認している。

 この泰良は、ほとんど幽霊のような〈僧兵〉を、思いきり蹴飛ばしていた。

 同じく「巨大幽霊」である〈大鬼〉――〈八郎丸〉には、〈鍋〉を介してしがみついていたというのに。


「鬼の本体は幽霊みたいなもんだと言ったろう?」

「はい。確かに」

「この借り物の手足には、〈ド・ブロイ波干渉位相はかんしょういそう瞬間縮退しゅんかんしゅくたいソレノイド〉だったっけ? ともかくそういうが仕込まれておる。一定条件下でこれを使うことで、一時ではあるが己が本体を垂れ流し、貴様らの操る霊体に、直接打撃を見舞えるのだ。相棒の〈八郎丸〉も、同じ。…………もっとも、そんな大仰おおぎょうな細工よりは、出された茶菓子を食える胃袋が欲しかったがな!」


 つまり、彼女ら鬼の本体とは機械の身体の中に格納されていて、人間――人の子には触れることも見ることもできない。

 が、例の"心霊兵器”とやらには触れられる。したがって、ちょっとだけ身体からはみ出させることで、攻撃ができる。

 鬼というのが、「情報空間」「精神世界」と呼ばれる地獄に住まう存在だというのなら、一応は納得できる理屈だ。


 説明し終わると、鬼・泰良は先刻よりも更に悲しい顔をした。

 一華が粗茶を薦めた時も、同じように悲しい顔をしていた。身体はあれど胃袋がない、というのは相当こたえるらしい。


 他方、質問したイザベルと、聞いていた三叉寺は、鬼の回答に納得がいかなかったらしい。


「……この地に、そんな“心霊テクノロジー”が!? 失礼ですが、イチカ殿をはじめ、この地域の人々は“心霊兵器”など見たことも無いご様子でしたよね? あなたも原住民だとおっしゃるなら、どうしてそんなものを?」

「確かに。この惑星には初歩的な“心霊インフラ”も敷かれていない様子だ。地獄の住人と“心霊兵器”がほぼ同一の存在だとしても、なぜ、それを機械文明と合一させられる?」

「それはたしかに……泰良さん?」


 なんとなく同意した一華にまで詰め寄られ、泰良は、少し迷って回答した。


「それがなぁ、お前らの操るその“心霊兵器”とやらの情報を…………大半の人の子に先んじて、地獄の鬼が手に入れたのだ。それを例のアフリカの学者たちの持つ知識と併せ、〈八郎丸〉の大釜と、この身体は造られた」

「えっ?」

「出所は、一華のじいさんの『生前の罪状』――――『閻魔帳』の解読から、得られた情報だ。」

「は――――はぁ!?」


 脱線していた話が再び一華の祖父の罪状に戻る。


 なんでも、地上の亡者の罪と死期は『閻魔帳』――――地獄の閻魔大王が持つという帳簿――――に記されている。正確には、そこからされる。

 泰良が言うには、「百目の鬼の百人体制」で、来る日も来る日も『閻魔帳』の情報を解読し、膨大な“凶悪亡者プロファイル”を作成しているという。

 そんな忙しい百目の鬼の一人が、ある日、「気になる記述」を『閻魔帳』の出力データの中に発見した。それを聞いた他の鬼々は、ひっくり返ったという。


『この星の外で、大殺生だいせっしょうをはたらいている者がいる!』、と。


「それが、祖父のことだった、と」

「そうだとも。生まれはこの日本のようだが、聞いたことも無い土地に旅し、聞いたことも無い勢力に属し、聞いたことも無い〈武器〉で殺生をはたらいていた、謎の亡者の記述だ」

「…………」

「数え方にもよるが……この町一つ分は、ゆうに殺めている」

「…………そんな」


 ――――この町、一つ分。

 ――――間車市の人口って、10万ぐらい?

 ――――いや、せめて、5万ぐらいであってほしい。


 泰良は述懐じゅっかいを続ける。

 孫娘の動揺をおもんばかりつつも、しかし無情に。


「……更に、罪を犯した場所がバラバラだった日には、これまた、ややこしいことになる。日本で生まれた男が、アメリカの土を踏み、拝火教を信じ、罪を犯した……なんて場合は、もう国外地獄と亡者の取り合いよ。お前のじいさんの場合、『地球外で罪を犯したなら、もう放っておけ』と投げやりになる鬼すらいる」

「りょ、領事裁判権……?」

「それに、兵隊の扱いはやっかいでなあ。それが生業なりわいならおいそれとやめられんし、お上の命令には逆らえんし、合戦場かっせんじょうで情けをかけていては、自分の命をとられるし。一体どこまでがで、どこまでがなのやら…………この辺は、諸説分かれている」

「それは、こっちでも、まあ……」


 傍らで頷く三叉寺。

 首をかしげるイザベル。

 

「それに、とむらう者がいれば、情状酌量じょうじょうしゃくりょうの余地はある。『誰か一人でも線香をあげる者がいたのなら、その分善行は積んでいる。真の極悪亡者ではない』と唱える鬼もいる」

「…………たとえば家族、ですか」

「そうだ。その『家族』から、生前の様子を聞き出し、真に地獄行きにふさわしいか、見極める。それこそが、此度こたびのおれの役目の一つ」

「…………」

「おれが言わば“外交鬼”としてこの地にやってきたのは、塩垣桃太に、一人の――――塩垣一華、お前がいると、聞いたからだ」

「それで、公園で…………」

「そうだ」

「祖父の人となりを、私の言葉から判断しようと?」

「そうだ。…………だが、お前と語らい、と殴り合い…………おれも、決めかねている」

「…………」

「お前のじいさんが、地獄行きにふさわしい、“悪人”かどうか」


 泰良は、顔を逸らした。

 当の一華は、続く言葉が出てこない。

 昨夜泰良と交戦した、二人のは、神妙な面持ちで見守っている。


 先ほどまで騒々しかった塩垣家の居間は、通夜のように静まり返っている。

 デジタル時計は、もうとっくに午前4時を回っていた。

 未明の静寂を破り、地獄の鬼が一華に問うた。


骨壺こつつぼは、どこにある?」

「骨壺……祖父の、ですか?」

「うむ。身体や国境またぎの準備があって参列は遅れたが…………おれ今や、弔問客だ。塩垣桃太殿に、改めて哀悼の意を表したい」


 鬼はそう言うと、当惑する一華に頭を下げた。


「じいさんに、会わせてほしい」




【喪主の言い分】


 祖父――塩垣桃太の骨壺は、和室に安置されている。生前、本人が寝室に使っていた部屋だ。

 畳の上には葬儀屋さん(地球人)から借りた簡易祭壇かんいさいだんが設置され、花瓶に挟まれるようにして、カバー付きの骨壺が置かれている。


 和室に通された泰良は、鬼とは思えぬ所作で手を合わせ、塩垣桃太を追悼している。続いて通された残りの二人――「ワルキューレ」と「宇宙葬儀屋」も、それに倣って手を合わせた。ふすまの端から見ていた孫の一華も、彼らの間で手を合わせる。

 生まれや来歴は違えど、この4人は塩垣桃太の逝去をきっかけにして、ここに集ったのだ。

 

「………塩垣桃太殿よ。孫娘やご自身の行く末は、どうかこのおれに任されよ」


 泰良は、手を合わせたまま告げる。ほかの弔問客二人は、やや不服そうである。

 一華は、泰良の背中に声をかけた。


「『任せる』……昨日、『勝手に地獄行きにはさせん』って言ってましたけど、どういうことなんですか? イザベルさんや三叉寺さんが、地獄に送ろうとしているってこと?」

「いいや、違う。恐らくこいつらは、単に自分らの文化でだけだ。この遺骨を、再び供養して、な」

「遺骨を………」


 一華は、再び沈黙した。


「そんなこいつらに、ここらで旗色を明確にしてはみないか、一華よ? 聞いた話を忘れんうちに」

「……というと?」

「じいさんの魂を、こいつらにやってもいいかどうか。今この時点で、言えることを申してみよ」

「それは――――」


 一華は、3人の弔問客に向き合う。

 彼らは、各々が祖父・塩垣桃太の魂を欲している。

 各々のの話は支離滅裂に聞こえるが、対立しつつも奇妙に符合しており、「巨大幽霊」――“心霊兵器”を目の当たりにしたこともあって、もはや信じるしかない。

 3人は、ワルキューレと宇宙葬儀屋と、地獄の鬼。彼らが自分たちの人生をかけた仕事として、祖父を取り合っているのだということは、これまでのやり取りから察せられる。そして、実際に祖父を得られるのはこの内の誰か一人、ということも。


 畳の上に正座したまま、一華は思案し続ける。祖父の死から始まった、この超現実的事態と、奇怪な弔問客たちについて。


 ―――この人たちは、自分たちの利益のために祖父を求めている。

 ―――主神思想? 宇宙仏教? 

 ―――戦争? お金?

 ―――仕事?

 ―――祖父を使って一体何がしたいのか、何度聞いても聞き足りない。 

 ―――でも、この人たちは。



 ―――少なくとも、故人と喪主に、礼を尽くしてはいる。


 一華は、閉ざしていた瞼を開いた――――一念発起いちねんほっき

 分からないことだらけで、考えはまだまとまらない。

 でも、今言えることを言えばいい。

 と同じだと、一華は、自らを奮い立たせた。


 一華はまず、左隣りのゴンドゥル・マクシュエン・イザベル――ワルキューレに向き合った。


「イザベルさん。お香典、ありがとうございました」

「では……!」

「でも祖父は…………渡せません」

「っ! おじいさんを、決して悪いようには――――」

「…………戦わせる、でしょ?」

「それは、そう……です」


 期待して、落胆して、イザベルは顔を伏せる。

 縮こまった彼女に、一華は告げる。


「祖父は戦うのが好きで…………実際強かったかも、しれません。」

「……」

「それでも、最後に故郷ここに帰ってきました」

「……」

「最後の時間は、本人の望み通り穏やかに過ごせたと、私は……そう思いたいです。だからもう、今更戦争に行かせたくは…………ないです」

「……」

「遠いところをご足労そくろう頂いて……ありがとうございました。ですが、どうか……お引き取り下さい。祖父は、ヴァルハラへ行かせられません……」

「…………イチカ殿」


 次に一華は、右隣りの三叉寺涼音――宇宙葬儀屋に向き合った。


「三叉寺さんも、お香典ありがとうございました。メールの待ち合わせに行けなくて、ごめんなさい」

「それはいいんだ」

「でも、その、『如来様』のところにも、祖父はお渡しできません」

「地獄にいくのを避けられる、としてもか」

「…………はい」

「……むぅ」


 説得を試みたものの、沈黙した三叉寺。

 腕を組んだ彼に、一華は語る。


「祖父の遺言については、もうご存知と、思います」

「……」

「祖父は『宗教的行為』を拒みました。お経をあげるのはもちろん……その、如来様のところへ、向かうのも。きっと」

「……」

「宇宙にいたときに、三叉寺さんのところに依頼はしたのかもしれません。でも――――」

「……」

「でも私は、直接遺言状を受け取って、もうお葬式を開きました」

「……」

「遠いところをご足労頂いて……ありがとうございました。ですが、どうか……お引き取り下さい。祖父は、如来様のところへも、行けません…………」

「…………そうか。一華さん」


 最後に、前方の泰良――――地獄の鬼と向き合う。


「泰良さん。いろいろ気を回してくださって、ありがとうございます」

「よいよい。気にするな」

「公園で逃げようとして……ごめんなさい」

「是非もないだろう。あの時は、後ろから脅かされたのだからな」


 鬼は、悲しげに、そして穏やかに笑う。

 一華は、その顔に胸を撫でおろし、言う。


「祖父は、確かに人を…………殺したかもしれません」

「……」

「海外に出てから何をしていたか……私には話しませんでした。今思えば、後ろめたかったのかも、しれません」

「……」

「でも、言いましたよね。祖父は私を、かわいがってくれました」

「……」

普通に、ここまで育ててくれました」

「……」

「だから、他の鬼さんに伝えてください。孫の私からお願いします。どうか、おじいちゃんをゆるしてください……って」

「遠いところをご足労頂いて……ありがとうございました。ですが、どうか……お引き取り下さい」

「……」

「…………一華よ」


 頭を下げた一華に、泰良は微笑んだ。

 そして、肩に手を置く。 


「よしよし。よくできた。今はそれでいい。おれたちも、判断を急いではいない――――お前らも、いいな?」


 泰良は一華を褒め、イザベルと三叉寺の方を見て言う。

 したり顔でぴしゃりと釘を刺され、彼らも口々に答えた。

 まず口を開いたのは、イザベル。


「わたしから、上層部に報告してみます。『シオガキ殿の遺族は埋葬を拒否した』と……ですが、もう戦闘行為すら発生したのです。今更決定が覆るかどうか……」


 言葉を濁らせたイザベルに続いて、三叉寺も話し出した。


「申し訳ないが、何と言われようと、俺は今更おずおずと帰れない。投資や報酬の問題以前に、葬儀屋としての矜持がある。が……喪主の意向は受け取った」


 無表情に、低い声。三叉寺は、

 二人の当座の納得を聞いた一華はというと……


(よかったぁ……また、宇宙戦争にならなくて)


 固い正座が見る見るうちにほどけ、その場にへたりこむ一華。

 彼女は安堵していた。逆上した弔問客たちが祖父の遺骨を巡って暴れ出し、自宅を滅茶苦茶にしないかと、恐怖に苛まれていたのだ。


 彼らは一定の理解を示してくれた。

 まだ油断はできないが、緊張の山を越え、塩垣家にはようやく束の間の平穏がおとずれたのだ。


 一方、一華の安息を見届けた泰良は――――険しい表情で告げた。


「喪主の挨拶は、よくできた。褒めてやる、一華。

 だが、『お引き取りください』と言うのは、ちょっと待て」

 

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