葬式戦線ハンニャ・サガ

おじいちゃん、なにしてくれてんの
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第7話 独白・祖父について その2

公開日時: 2020年10月20日(火) 21:44
更新日時: 2020年11月27日(金) 21:42
文字数:5,876

【1】


 私の名前は塩垣しおがき一華いちか

 年齢は19歳。日本在住で、大学生をしています。


 私は今、とても疲れています。

 夜の街で“変なもの”を見たり、

 居間から話し声が響いたり、

「ラップ現象」に見舞われたりで、ぜんぜん眠れません。

 でも、聞いたことを忘れないうちに、書き留めておこうと思います。

 明日殺されたり、“黒服の男たち”に連れていかれたりしそうなので。


 このテキストファイルを読んだ人。

 どうか、代わりになんとかしてください。

 自分ではどうしようもありません。

 起きたことをきちんと理解もできません。

 本当に困っています。マジで、勘弁して。


 さて、本題に入ります。

 これから記すのは、ある「サーガ」です。


「サーガ」とは、何か。

『元はアイスランドの散文物語で、古ノルド語で書かれたもの。「サガ」ともいう』

 だそうです。ネットで調べました。


 今では、長編の冒険物語や叙事小説、あるいは映画やゲームのシリーズを指す言葉としても使われています。聞いたことがあるかもしれません。


 エギルという人のお話なら、「エギルス・サーガ」。

 ヴォルスングという英雄とその一族のお話なら、「ヴォルスンガ・サーガ」。

 ユングリング家の成り立ちのお話なら、「ユングリンガ・サーガ」。

 兄に疎まれた悲劇の英雄のお話なら、「ヨシツネ・サーガ」。

 世界を変えた起業家のお話なら、「ジョブズ・サーガ」。

  

「――じゃあ、『平家物語』は『ヘイケ・サーガ』か。ハイカラだな」

 

来客の一人、鬼は言います。彼女は、冗談好きな鬼です。


 この「サーガ」は、3人の来客の語るとんでもない話と、自分の記憶、そして推測を頼りに、まとめたものです。

 長くなりますが、ちゃんと読んでください。

 そしてできることなら、この事態をなんとかしてください。

 お願いします。


 さて、今から記すのは「シオガキ・サーガ」。

 私の、祖父の話です。


【2】

 

 宇宙のあるところに、「辺境」がありました。

 宇宙に住んでいる人々は、この「辺境」に、まったく寄り付きません。

 この区域は、とても危ないところとして知られているのです。


 理由のひとつは、「野蛮人」の襲撃。

 この野蛮人は、なぜか「ワルキューレ」と名乗っていました。

 北欧の神話に出てくる、神様の使いの名前です。


 これを聞いた“来客たち”は、口々に言います。


「別名は鬼女ダキニの使い。辺境に植民地帝国を築き、勝手に葬式を行う、仏敵だ」

「もしや、そやつらのおかげで、この地球は、今まで無事だったのかもしれん……」

「野蛮人だなんて、差別感情丸出しです! 我々は、この人心に巣くう蔑視と偏見の闇を『諸種族しょしゅぞくの連帯』によって打ち破り、罪なき人々の住まう星の海に恒久的こうきゅうてきな平和をもたらさなければなりません。党大会で語られる『巫術長ふじゅつちょうスクルドの語録』には――――――」


 話がそれました。続きです。

 この「辺境」に“地球”という惑星があります。

 正確には、「ときどき、現れます」。

 一つの宇宙に代わる代わる現れる平行世界群、その内の一つ。


 そう、それこそが私たちの“太陽系第三惑星・地球”です。


 この惑星の「日本」という国に、「シオガキ」という少年が住んでいました。


 シオガキの若い頃を知る人は、おそらく限られているでしょう。

 もしかしたら乱暴者で、バイクを盗んで走り出す、不良少年だったかもしれません。

 少なくとも「閻魔帳えんまちょう」を読む限りでは、そうらしいです。


 シオガキは高校に通っていましたが、あるとき、故郷の国を飛び出します。

 狭い島国の常識やしきたりが、イヤになったのかもしれません。


 そして少年シオガキはおそらく、「ある職業」に憧れていました。


 その職業とは、「傭兵ようへい」です。

 「兵士」の一種ですが、一つの国に忠を尽くす「軍人」とは違います。

 いろいろな国を渡り歩き、いろいろな勢力に手を貸し、いろいろな戦場で戦い、その見返りにお金をもらい、生計を立てる仕事です。


 少年だったシオガキは、多分この「傭兵」に、多大な魅力を感じていたのだと思います。


 日本を飛び出したシオガキが向かった先は、某国です。

 何故かと言うと、その某国には「外人部隊」があったからです。その構成員には、大した実績も、教育も求められず、下手をすれば現地語が分からなくても採用されたといいます。


 シオガキはそこに所属して、傭兵の第一歩を踏み出しました。


 現地で訓練に明け暮れ、少しした頃。

 某国とは別の、とある国で紛争が起こります。


 シオガキは早速、この紛争地帯に送り込まれました。

 戦う相手は、現地の「民兵みんぺい」。


 関係ない人たちのために、関係ない人たちと精一杯戦うシオガキ。

 そんなシオガキは――――やがて大けがを負いました。

 仕方がありません。某国で訓練を受けていようと、彼はまだまだ未熟な青年です。“平和ボケ”の指摘される日本に生まれ育ったのでは、なおさらです。

 

 満身創痍まんしんそういのシオガキは、このまま自分は死ぬのかと思いました。

 しかし彼に、手を差し伸べる者がいました。


 それまで敵だったはずの「民兵」に助けられたのです。


 言葉は(たぶん)通じませんし、民兵の側には打算があったのかもしれませんが、命の恩人であることには変わりません。そして、彼らと過ごして、シオガキにも情が湧いたのでしょう。

 シオガキはその人たちに寝返り、少し前まで自分の所属していた外人部隊と戦いました。

 外人部隊にくみしたときと同じように、日本で暮らしていたときには縁のなかった人たちのために、必死に、必死に、戦いました。


 そうしてしばらくすると戦いは終わり、シオガキは生き残ります。


「お前がいてくれて、助かった!」

「お前は、“いい日本人”だ!」

「ありがとう! シオガキ!」

 

 紛争地帯での戦いが終わると、シオガキは旅立ちました。

 行き先は母国ではありません。

 また別の、戦場です。

 

 死ぬような目にあったシオガキは、全く懲りていないのです。

 そこでもまた、関係ない人たちに手を貸して、関係ない人たちと戦います。そして再び、なんとかして生き残りました。

 しかし、シオガキはまだ故郷へ帰りません。

 更に別の戦場へ向かいます。


 見知らぬ土地に渡っては、関係のない紛争に参加し、関係のない人たちのために、関係のない人たちと戦う。その見返りに、食事と寝床、報酬を手に入れる。

 彼はもう、いっぱしの「傭兵」なのです。


 いくつもの戦場を渡り歩き、そんな生活をしばらく繰り返して、「アフリカ」にやってきた頃。

 シオガキに、ある“お誘い”がかかります。


「いっしょに行こう。乗り物は、準備してあるよ」


 この“お誘い”の詳細は分かりません。

 本当に、こんなに穏やかな誘い方だったのか。それとも、乱暴な誘拐アブダクションだったのか。私には想像するしかありません。


 しかし確かなのは、どうもシオガキはこの頃……


「どこへ行くんだ?」

「遠い、遠いところだよ」

「どれぐらい遠いんだ?」

「そうだね、まずは……100光年ぐらい、かな」


 ……“宇宙に誘われた”ようです。


 話を聞くに、そうとしか考えられないのです。

 誘いに来たのは恐らく、別の星からきた「エイリアン」。

 地球での活躍から傭兵として雇われたのかは、分かりません。


「いいよ。わかった。連れて行ってくれ」


 シオガキはおそらく誘いに乗り――宇宙船で故郷の星を飛び出してしまったのです。


 宇宙に出た彼は、さまざまな星に行き、たくさんのと出会ったと伝えられています。

 そんな旅の途中、出会ったから“頼みごと”をされることも、しばしばあったようです。


 たとえばある星で、シオガキは頼みごとをされます。


「『宇宙怪獣』だ! ネコの手も借りたい! 来てくれ!」

「これは、放っておけないな」


 シオガキは、武器を借りて、仲間といっしょに戦いました。

 人々を襲っていた怪獣は、逃げていきました。


「ありがとう、シオガキ!」


 一件落着。

 シオガキは手を振り、また別の星へ。

 


 ある星で、シオガキはまた頼みごとをされます。


「『姫さま』が、さらわれた! 力をかして!」

「これは、放っておけないな」


 シオガキは、武器を借りて、敵のとりでに入っていきました。

 しばらくすると、お姫様を抱えて、出てきました。


「ありがとう、シオガキさん!」


 一件落着。

 シオガキは手を振り、また別の星へ。



 ある星で、シオガキはまたまた頼みごとをされます。


「『蛮族ばんぞく』が、ぼくらの星を狙っている!」

「これは、放っておけないな」


 シオガキは、〈武器〉を借りて、蛮族の星で大暴れしました。

 そして、ついに蛮族はこうさんしました。


「ありがとう、シオガキくん!」


 一件落着。

 シオガキは手を振り、また別の星へ………………


 シオガキは手を振り、また別の星へ………………

 シオガキは手を振り、また別の星へ………………

 シオガキは手を振り、また別の星へ………………


 宇宙は広いのです。

 遠くの星へひとっとびする手段には事欠きませんし、知的な種族のあるところ、争いの種は絶えません。

 見知らぬ惑星に赴き、関係のない種族に接触し、関係のない種族と戦う。

 地球で傭兵をしていた時と、同じように。


 この頃になると、シオガキは気付いていたのかもしれません。

「自分には、戦いの素質が備わっている」、と。


 でなきゃ、「ほっぺたに傷がつく」ぐらいでは済みません。


 シオガキは時に、「レーザー・ガン」を手に、独立戦争を戦い抜きました。

 シオガキは時に、「石と棍棒」でケイ素生物に立ち向かいました。

 シオガキは時に、「光る剣」で闇の騎士と戦いました。

 シオガキは時に、「人工甲殻」で変装し、要塞に忍び込みました。

 シオガキは時に、「心霊兵器」なるものでキャット・ファイトを繰り広げました。


 「宇宙艦隊」を前にしたのは、一度や二度じゃありません。


 彼にやられた人々は、シオガキを「野蛮人サベージ」だとののしりました。

 彼に救われた人々は、シオガキを「大英雄ヒーロー」だとたたえました。


 シオガキの噂は、宇宙のそこかしこに広まり始めました。

 広い宇宙にはありふれた、「英雄伝説」です。


 戦いに次ぐ戦い、冒険。

 多くの戦場、仲間との絆、ロマンス。

 そして、「生還」。


 休む間もなく戦うシオガキ。

 危ない目にあっては、なんとか生き残る綱渡つなわたりの日々。

 行く先々で、罵られ、感謝され、多くの星々を渡る。

 それは、「宇宙の傭兵」の日常。


 シオガキは、こうして歳をとっていきました…………




【3】


 シオガキが宇宙に飛びだしてから、何十年もたった、ある日のこと。


 戦い終えて、一息ついていたシオガキ。

 戦おうと思えば、戦えます。

 また別の星に行けばよいのです。前述の通り、広い宇宙は、争いごとで満ちています。


 でもシオガキは、もう戦場には向かいません。

 そろそろ「故郷の星」に帰ろうと、思ったのです。


 単に疲れたのか、飽きたのか。

 たくさんの人を殺したのを、気に病んだのか。

 それとも野蛮人呼ばわりにうんざりしたのか。

 あるいは年を取って「家族」が気になったのか。


 そう、「家族」です。

 いつの間にこさえていたのやら。

 シオガキは、地球に「息子」を残してきていました。


 国を飛び出し、長い時がたちました。


 シオガキの「両親」はもう死んでいるかもしれません。

 でも、「息子」はまだ生きているかもしれません。


 シオガキは、地球に帰りました。

 地球につくと、故国の日本を一目散に目指しました。

 そして、やっとのことで踏んだ故郷の土。

 でも、もう手遅れ。 


 彼の「息子」は、交通事故で死んでしまっていたのです。

 

 やっと故郷に帰ってきたのに、「息子」とは話せません。

 彼は、おかんに入っています。

 隣のお棺には、「息子」の奥さん。

 彼女も、一緒に事故にあったのです。

 「息子」の人となりを聞くことも、かないません。


 シオガキは、泣きました。

 喪服を着たまま、泣きました。

 年甲斐もなく、大泣きです。

 

 葬儀屋さんが驚くのもかまわず、シオガキは畳の上で泣きました。

 ほかの参列者は「事情」を察して、何も言えません。


 しかし、そんなシオガキに声をかける人が、一人いました。



「おじいちゃん、だれ?」



 泣いていたシオガキは振り向きます。

 シオガキはその人を見て、目を丸くしました。


 声をかけたのは、6歳ぐらいの女の子です。

 お母さんの友達に連れられて、ここにやってきました。

 そして、その女の子のほっぺたにも、涙のあとがあります。


 まず、シオガキはハンカチを取り出して、自分の顔をぬぐいます。 

 つぎに、喪服のえりをきちんと正しました。

 そして女の子の前にしゃがんで……話しだしました。



「わたしはね、きみの、おじいちゃんだよ…………」



 女の子は、シオガキの「孫娘」でした。

 地球に残した「息子」の一人娘。

 宇宙で冒険している間に、生まれていたのです。


「おじいちゃん?」

「みっともないところを見せたね。もう大丈夫だよ」

「おじいちゃん、泣いてたね」

「大丈夫、大丈夫。もう泣かないよ。……お名前は?」

「イチカ」

「いい名前を、つけてもらったね…………」


 シオガキは、「息子」を亡くして泣いていました。

 でも、もうひとりぼっちじゃありません。


 シオガキは、「孫娘」と二人で暮らし始めました。


 二人で朝ごはんを食べたり……

 二人で映画を見たり……

 二人でゲームで遊んだり……

 二人でお寺にお参りしたり……


 笑ったり、泣いたり、怒ったり。

 二人の住んでいたマンションの一室は、いつもにぎやかでした。

 

 外国での苦労。

 宇宙での冒険。

 戦いに次ぐ戦い。

 休まることのない傭兵生活。

 

 シオガキは、それらを曖昧に孫娘に語り聞かせました。

 それらは遠い、昔話。今暮らしているのは、平和な島国。

 もう、戦うことなどないのです。

 シオガキは、孫娘と毎日幸せに暮らしました。

(これは、孫娘の願望ですが)



【4】


 そうして、時は流れて。

 二人の出会ったお葬式から、14年の月日が経ちました。


 女の子はすっかり大きくなり、今では大学に通っています。

 87歳になったシオガキは、毎日のんびりと暮らし――――そして初夏のある日。


 彼は、ひっそりと息をひきとりました。


 シオガキの死に最初に気付いたのは、孫娘。

 おどろいて脈を測ったりしましたが、もう手遅れです。

 孫娘は、泣きました。

 ぼろぼろ、泣きました。

 14年前、お葬式で出会った祖父が、そうしていたように。


 でも、布団の中のシオガキの顔は、安らかでした。

 苦しんだ様子は、ありません。

 それは、これ以上ないくらい、安らかな死に顔でした――――

 


 宇宙の英雄「シオガキ」。

 故郷での名は「塩垣しおがき桃太とうた」。


 彼の話は、今でもまことしやかに語られています。


 彼は、野蛮人。

 彼は、英雄。

 彼は、旅人。

 彼は、宇宙の傭兵。


 そんな彼は、長い長い戦いと旅の終わりに、たった一人の家族と出会い、ようやく“やすらぎ”を手に入れましたとさ。

 

 めでたし、めでたし。


 ……しかし、この「シオガキ・サーガ」にはまだ「続き」があります。

 問題は、シオガキ自身の「お葬式」です。

 

 

 

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