著:破魔 恭行
「……ホ、シ――。……シホ――、シホ……」
誰かが――呼んでる。わたしのこと。でも――眠い――もう少し……
「シホってば!」
わわっ!?
……そこで目が覚めた。
急速に覚醒した意識の中、真っ先に目に飛び込んできたのは――目の前に鎮座する、猫。
全身の毛並みは艶やかで、灰汁色。頭部には長く青白い毛が生えていて、逆立った髪の毛みたいに見える。ちょっとワイルドだ。
その猫がじっ、蒼い瞳でこちらを見つめている。
当然、目が合った。
「あっ、おはよう。グレイ」
シホはにっこりと笑みを浮かべて答える。
「おはよう、じゃないよ。まったく……キミは何十時間寝てるつもりだい」
「えっと……平均は大体一一〇時間くらい? あっ、でもね最高記録はなんと一八〇――」
「そんな事が知りたくて聞いてるんじゃないよ」
シホがとっておきの自慢話をしようとしたが、灰色の猫――グレイ――は呆れ顔で首を振りながらそう言った。
えへへ、とシホは照れ隠しに笑う。
まだ少しあどけなさの残った屈託のない笑顔。うなじの上で藤色のおさげ髪が揺れる。
さらさらとした藤色の髪を包むのは大きなツバのとんがり帽子。
とんがりの部分――クラウンはあまりに長くて、くしゃくしゃとジグザグに折れ曲がってしまっている。その先端には星型の金属がぶら下がり、光を照り返していた。
「やれやれ……」
そんな様子のシホをグレイは溜息交じりに見やる。
彼女が纏うのは鮮やかな青と紫を混ぜ合わせたような宇宙色に染まる装束。
大きなスカーフを巻いた水兵服のようなデザインのトップスと膝上丈のスカート。
その華奢な身体をすっぽりと包み込めるほどの大振りのマント。
細く可愛らしい脚は同じく宇宙色のショートブーツに収まっている。
そして彼女が跨っているのは――一見すると、竹とワラで作った箒、のような物体。
しかしこれが断じて竹箒などではないことは明らかだった。
注意深く観察すると物体の表面は鈍色に輝いていることから何らかの金属製であると思われるし、穂のようなその部品の表面は美しく研磨され、緩やかなカーブを描いている。更にそれらが精緻に計算され、一つ一つ等間隔に柄のような本体に接合されていた。
そして何より、穂のような部品が囲む中心からは青白い炎の熱線と共に推進剤を激しく噴射し続けており、目下、延々と続く暗黒――宇宙空間を力強く進んでいる。
その竹箒のような物体の先端に、グレイはシホと向き合う形でちょこん、と座っていた。
「ふう……ボクもいろんな‘星の魔女’の付き添いをしてきたけど、初めての星間飛行でこんなに熟睡できる魔女を見たのはキミが初めてだよ。シホ」
「……あ、あはは。それが景色も見飽きちゃって。けっこう宇宙って変化がなくて退屈じゃない?」
ぽりぽりと指で頬を掻きながらシホが答える。
「そんなことないよ、キミが寝てる間に中性子星が生成する電子のリングや、超新星爆発の光だって見れた。数千規模の流星群ともすれ違ったし」
「ええーっ! どうして起こしてくれなかったの!? 見たかったのにー!」
「ボクは何度も起こしたよ。それでも起きなかったんだから、シホの自己責任さ」
訴えをさらりと受け流され、シホがしょげる。
「それにしても――キミの操縦テクニックだけは感心したよ。ベテランの魔女でもあそこまで深い眠りで法器を乗りこなせる腕の持ち主はそうそういないんじゃないかな?」
「えっ、本当? わたし操縦だけは得意で試験でもトップだったんだよね。……まあ、それ以外は全然だったんだけど」
思わぬ賛辞の言葉に、ぱっ、とシホに笑顔がこぼれた。ころころと表情が変化する。
「そうかい。じゃあ快適な着陸、期待しているよ」
「もうすぐ着くの?」
「ああ。ほら――もう見えてきただろう? あのひときわ蒼く輝いている惑星。あれがキミの配属先。蒼星だよ」
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