朝。身体はけだるかった。昨夜は――懐かしい夢を見た気がする。
テーブルの上の時計は、じき九時を指し示すところだ。
ベッドから這い出し、バスルームへ向かう。
熱いシャワーを浴びると、けだるげな気分とほの甘い眠気を幾分洗い流せた気がした。
手短に支度を整え、シホは家を出る。
…………
山頂の休憩所へと足を踏み入れると、既にベンチにはヴィエラとベネットの姿があった。
「おはよう、二人とも」「よっ、おはようさん」「おはようですの」と――いつもと変わらない挨拶を交わし、シホも座る。
「改めて昨夜はお疲れ。心配かけてすまなかった。んで、今後の事について少し考えてみた」
ヴィエラが立ち上がって切り出した。シホとベネットは注目する。
「昨夜星団長から指摘された目標達成率についてだが、当然これまでのやり方を続けたところで、何も変わらないだろう。となると‘質’か‘量’、どっちかで効率を上げてく必要がある」
「うん……確かに」
「その通りですの」
シホとベネットが相槌を打つ。
「質を上げるってのは、前にシホが疑問に思ってた件。依頼人を選ぶ、って方法だ。より大きな願いを持つ依頼人に絞って仕事をこなす。当然、クーヴァとの戦闘はハードになるけどな」
言いながらヴィエラが右手の人差し指を立てた。
「対して量を上げるってのは、単純により多くの依頼をこなしていくって方法になる。正直今までとそれほど変わりはない。ただし時間の使い方を意識し、より手間のかからなそうな依頼を短時間で多くこなすって方向性だ。あとは単純にアタシらの稼働時間を上げる……要するに残業するって事」
今度は左手の人差し指を立てる。
「わたしは……長く働くのでも構わないかな……。出来るだけ多くの人の願いを叶えたいし。危険も少ないに越したことはないよ」
「わたくし残業は嫌ですの。睡眠不足は女の敵と言いますし。わたくしの才能を以ってすれば、クーヴァが幾ら湧いて出ようとも問題ないですの。大きな願いに絞って頂いて結構ですわ」
シホとベネットが各々の見解を口にする。意見は真っ向から分かれたようだ。
二人の経験と自信、そして理想とする自分の在り方への差だろうが……それとは別に睡眠時間の件は成長期真っ只中のベネットにとって、とある側面で女の価値に影響を及ぼしかねない、深刻な問題なのだろう。きっと。
希少性も立派な価値なのだが……ベネット嬢の進路希望は違うらしい。
「だろうな。二人はそう言うと思ったよ。だから……チーム分けの導入を考えた」
したり顔でヴィエラは言った。
「それはメンバーを分けて、質と量、優先する担当を決めるってことですの? 確かにそういう方法をとってる星群もあるのは知ってますわ。けど、わたくしたちは……」
「ほかの星群とちがって、メンバーは三人しかいないもんね。分けると言ってもどうしてもニ対一になっちゃう」
「その通りですわ。かえって効率が悪くなるんじゃありませんの?」
難色を示す二人に、ヴィエラは両手の指を交差させて言った。
「慌てなさんな。だから……チームは分けない」
「?」
ヴィエラの言葉に、シホとベネットが首を傾げる。
「分けるのは日の方だ。‘質’を優先する日と‘量’を優先する日を決めて三人で活動する。これなら、日々の目標達成の状況を見ながら調整もできるし、出来るだけ多くの人の願いを叶える、っていう方針も捨てることなく仕事をこなせるって算段だ」
そう言ってヴィエラはウインクする。
「いい! 名案だよ! ヴィエラ天才! わたしはそれ賛成!」
「質も量もこなす。未だ誰も成し遂げていない、実にわたくしにふさわしい偉業ですの。ポリシーを曲げることなく、かつ目標を達成できるとあれば、多少の残業には目をつぶりますわ。ま……さすが、わたくしが認めただけはある星群長ですわ」
シホとベネットが賞賛の声をあげる。
「いやー、はっはっはっ。よせよ二人ともー。褒め過ぎだって」
そう言いつつもヴィエラはまんざらでもない様子で笑っていた。
方針は決まった。多くの人の願いを叶え、そして星の魔女の務めも果たす。
もしお母さんが聞いたら、どんな反応をするんだろう……? ううん。いつかきっと、話せるときが来る。そう信じて……今は頑張ろう。
軽く頬を叩くと、シホは決意を新たに、空へと飛び立った。
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