一瞬の惨劇にシホたちは言葉を失ったまま立ち尽くしていた。そこに――
「シホ、ご苦労だったわね。誓い通りに『失われし魔術書』を取り戻した功績は大きいわ」
上空から星女王ハレイが目の前に降り立つ。地に足をつけることはなく、地上から数十センチの空中に浮遊している。
「そしてミーティア……結果的にあなたの行動も役に立ったわ。それに免じて過去の事は水に流しましょう」
そう言ってハレイはいつものような穏やかな表情を浮かべた。
「星女王さま……『失われし魔術書』は、起動しません。奇跡なんて起こせないんです……! だから……!」
「……そう? それは――どうかしら? まあ、仮にそうだとしても――」
シホの言葉にハレイは少し首を傾けたが――
「それはあなたが考える事ではないわ。私が決めることよ」
そう言って……微笑む。
シホはその微笑に寒気を感じた。
……何? 何なの? 『失われし魔術書』には、何かわたしたちの知らない秘密が……?
「さあ、『失われし魔術書』を渡しなさい。これでこの蒼星に用は無いわ。帰りましょう」
ハレイがシホに向かって色白な細い手を差しだす。
「……その前に――一つ教えてください」
「いいわ。……何かしら?」
シホの態度に、ハレイは怪訝そうな顔で応じる。
「仮に――仮に奇跡が起こせたとして。星女王さまは、その後どうするつもりなんですか……」
「さっき説明した通りですよ。キャトラと手を結び、先頭となって星々を――宇宙を導く」
「導く、って……どういうことなんでしょうか……」
ぼそりとシホが呟くように聞いた。
「あなたたちは実感できていないでしょうけれど、この世界ではどこかで必ず争いが続いているのですよ。永遠に絶えることなく。願いがぶつかり合い、己の望みを叶えようと足掻き、互いを蹂躙し合う。愚かな生き様を晒しながらね」
打つ手なしと言わんばかりに、ハレイは頭を振るが――
「そんな世界を――変えるのよ。私が――星の魔女の力で」
強い眼差しになり一点を見つめる。
「いつまでも甘美な夢を見て暮らせる、痛みを感じない世界で宇宙を包み込んであげる。そして人は、その夢の世界で魂を燃やすのよ。約束された幸福を享受して――尽きるまで」
シホたちに背を向け、夜の明けかかった空を見あげた後――
「そう……私の作った壮大な籠の中で――どうです、最高の世界だと思うでしょう?」
向き直ってハレイはそう言った。その表情からは常人には窺い知ることのできない真理を携えたかのような自信が溢れ出していた。
異様な空気に包まれた沈黙が続き――
「シホ、聞くだけ時間の無駄だったな。……イカれてやがるぜ、コイツは」
「人は――みんなは、あなたの人形じゃない。魂を冒涜しないで……」
ミーティアが口を開き――シホが応えた。そして二人は想いを言葉として紡いでいく。
「自由も、望みも 願いもないままに与えられる幸福? なんだよそいつは? 全く――大きなお世話だ」
「人は他人と交わって、惹かれあって――」
「時に間違って、傷つけ合って――」
「迷って、後悔して――」
「それでも互いを想って、支えて合って――」
「自分で選択して、手をとり合って――」
「その先に見つけるのが希望、本当の幸せだ!」
「あなたが用意した偽りだらけの世界で魂を無駄に使うなんて――そんなもの、不幸以外のなんでもない!」
シホとミーティアが法器を構え――
「だから――『失われし魔術書』は渡さない!」
自分たちの選択を告げる。
「……だってサ。ハレイ、君の選択ハ?」
クエイザが肩をすくめてみせ――
「思い出しましたよ。確かステラもそんなことを言っていましたか――全く、母娘ともども……嘆かわしい」
ハレイが結論を口にする。
「――逆らうと言うのですね……この星女王・ハレイに……!! あなたたちには――私の籠の中で――死の救いすら届かない、永遠の絶望を見せ続けてあげる……!」
星女王の足元に魔法陣が浮かびあがり、周囲を震わせるように光が灯った。
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