「くっ……う――ううっ……」
急斜面を転げ落ち、茂みへと突っ込み、巨木の幹にぶつかり、ようやく停止した身体に力を込める。なんとか上体を起こし、茂みの中から空を見上げると――自分を探す魔女たちの影が見えた。
幸いなことに、見つかってはいないようだ。
今下手に動くのは危険だ――シホはそう思い、身を伏せ、息をひそめる。
…………
しばらく経つと空を舞う影は見えなくなり――夜行性の鳥の鳴き声だけが響く。
そっと顔だけを茂みから出し、周囲を確認してから――そこからごそごそと這い出す。
最初に蒼星に来た日も似たような事があった気がする。けれど――
そう思い、立ち上がる――と右足に激痛が走った。
「ッ……!!」
見ると右のふくらはぎに小指ほどのサイズの穴が開き、足を赤く染め上げている。
さっきの魔法射撃で射抜かれたのだろう。肩や、腕、頬、全身にかすり傷があるが、あの熱線の雨の中、これくらいで済んだのは幸運と受け取るべきか。
ひとまず……身を隠せる場所を探さなくては。こんな場所で携帯住居を展開しては――星の魔女には――あっという間に見つかってしまう。
法器に身を任せスロットルグリップを捻った――が反応はない。
重力に引かれ、どさり、とそのまま地べたに倒れこむ。
「……っ! んっ……」
それでも身を起こし、故障した法器を杖がわりにシホは暗い林の中を歩き出す。
安息の地を、時を求め、シホは進む。
一体――どこで、どこで間違えたのか。なぜ今自分はこんな目に合っているのか。何が正しかったのかも、わからない。
ヴィエラはもう居ない。ベネットも、きっともう――ミーティアは……どうしているだろうか。きっと愛想を尽かして、もう自分のことなど忘れているだろう――
そんなことを考えながら、シホはよろよろと進み――ついに、一本の木の麓にずるずるともたれかかると、座り込んだ。
もう身体を支える体力が――それよりも気力が……無い。
もう駄目か――
こんなに苦しいのなら、いっそ――
シホが目を閉じかけたとき――
…………
――ゅ、ぐぉん!
独特の周波音と共に濃緑のおぞましい輝きが、身を任せる幹を貫き、顔のすぐ横から生える。
――!
半ば重力に身を任せ、シホは光から逃れるように倒れ込む。
闇夜に残光を刻み、刃が巨木を薙ぎ払った。
「見つけたわよ。ふふ……。私の可愛い星の魔女」
執念に憑りつかれた魔女が倒木の地響きの中から現れる。
「あ……」
「ふふ……ほら、落ち着いて。急に走り出すから、驚いちゃったじゃない」
倒れ込んだまま、その顔を凝視するシホを見下ろしながら、プラーネが近づいてくる。
「どうしてこうなったのかしら――? 初めから……一つずつ確認しましょう? まず、確か……このあたりだったかしら?」
そう言うと、プラーネは刃をミーティアとの戦いで撃ち抜かれた左肩の傷に突き立て、そして、ゆっくりとねじ込んでいく。
「――っ! があっ!!」
塞がりかけていた傷口を押し広げ、内へ内へと侵入してくる熱に身体が疼き、悲鳴を上げる。
反射的にシホが身体を捻り、逃れようと足掻くが――
「そんなに焦らないで。時間は取ってあるから、ゆっくり語り合いましょう?」
プラーネがシホを蹴り飛ばす。シホは数度転がり――そして気を失ったのか、ぐったりとしたまま動かない。
「睡眠時間は長い方みたいね? でも安心なさい……すぐに目を覚ましてあげるわ」
プラーネがゆっくりと右手を持ち上げ――
熱を帯びた刃をシホの左の眼窩へと押し当てる――
――!?
寸前、プラーネが振り返る。
森の闇の奥から殺到するのは、ばら撒かれた赤い閃光の群れ。
「……くっ! こざかしいっ!」
刃を振るい、次々と迫る魔力の矢を払い落とすと――
プラーネの周囲の地面が蠢き、数体の黒き獣が産まれ――一斉に襲い掛かる。
「ちっ――こんな時にッ!」
覆いかぶさる黒い塊に数多の斬撃が走り――それらを一瞬で霧へと変える。
プラーネが振り返ると――すでにそこにシホの姿は無かった。
「――あの道化師め……いいところを邪魔してくれる……」
顔を歪め、プラーネは爪を噛んだ。
ミーティアは気を失ったままのシホを肩でかかえ、周囲を警戒する。
気配がないことを確認すると、ごつごつとした岩肌に手を添えた。
岩肌が魔法陣と化して消え――そこに口を開けた洞窟へとミーティアとメテオラが入っていく。
少し置いて――洞窟は再び口を閉じた。
…………
それを遠くから見つめる一組の瞳があった。
「……ああ――ハレイ、聞こえるかい? ボクだけど――」
読み終わったら、ポイントを付けましょう!