永遠の箒星(とわ の ほうきぼし)

― star witch’s story ―
破魔 恭行
破魔 恭行

★第八章★ 永遠の箒星(8)

公開日時: 2020年11月1日(日) 23:03
文字数:1,450

 冷えたココアは、すっきりとした甘さ。涸れたものを満たしてくれる。

 公園のベンチに座り、遅くなった夕暮れを眺めながら、シホは最後の一口を飲み干した。

 隣りではアビスが丸くなり、残る陽光を浴びて欠伸をする。

 揺れ動くことのない遊具の向こう、遊歩道沿いの木々には、薄紅の兆しが感じられる。

 柔らかな風に木々が揺れた。

「シホ、そろそろ時間よ。行きましょう――」

 アビスが静かにそう言い、シホが立ち上がる。

 からんからん、と側らのごみ箱が惜しむように鳴いた。

 …………

 周囲の針葉樹を眺めながら登山道を進んでいく。

 左右にぽつりぽつりと並ぶ街灯はまだ灯ることなく、静かにシホを見つめていた。

 踏みしめた砂利が、その背を見送るように手を打ち続ける。

 ときどき現れる急斜面では、階段代わりの木板が哀歌を謡う。

 ――汗が滲んだ。

 そして――十五分ほどかかり、ようやく山頂に到着する。

 振り返り、景色を望む。

 夕闇に包まれた空の下、遠くにはぽつりぽつりと灯りを灯す住宅街が見える。

 そして天には、正三角を描く星の輝きが宿っていた。

 それを見届け、シホは山頂の休憩所へと向かう。

 …………

 扉を開け――

 ひんやりとした空気と、ほのかな木の香りを浴びながら中に入る。

 正面のテーブルの前へと進み、買ったばかりのココアの缶を置く。

 軟らかな硬音が部屋に響いた。

 しばらく、それを見つめた後――僅かに表情を和らげ、シホは休憩所を後にする。

 再び扉を潜る、と――

「おっ、シホ、やっと来たな。もういいのか?」

「遅いですわよ! シホ! もうとっくに約束の時間は過ぎてますの!」

「はっ、おっせーぞ。もう置いてくところだったぜ。シホ」

 ヴィエラが、ベネットが、そしてミーティアがシホを迎えた。

「えへへ……。ごめん、みんな。ほら、つい……ね?」

 シホが頭を掻きながら、てへっ、と舌を出して笑う。

「……だから言ったじゃない。山頂まで歩くなんてやめときなさいって」

 見た事か、とばかりにアビスが溜息交じりに言った。

 …………

 かたん――と音を立て、テーブルの上が空になる。

「よっし。んじゃ、行くとすっかー」

「久々の星間飛行ですの、お肌が荒れなきゃいいのですけれど……」

「シホ、居眠りしてはぐれても知らねーからな」

 三人は空へと飛び立つ。

「あっ、ちょっと! みんな待ってってばー!」

 シホも慌てて法器を跨ぎ――その先端にアビスがちょこんと飛び乗る。

 グリップが絞られ、エンジンノズルが青白く輝く。

 三人に続きシホも空へと舞い――

 ふと、振り返る。

 遠ざかる山頂。休憩所の傍らには――優しくシホを見送るステラの姿が見えた――気がした。

「――また、いつか……きっと。会いに来るね。お母さん」

 次第に――母なる地球ほしが遠ざかっていく。

 シホは宇宙そらを見上げ、もう一度強く――グリップを握る。


「みてみてーっ! お星さま! お星さまがお空に飛んでいくよ!」

 満月が明るく照らす夜空を見上げたまま、少女ははしゃいだ声を上げた。

 青白い尾を描きながら夜空を上る四筋の光芒。 

 しばしその幻想的な光景に少女の心は釘づけになっていたが――

「おやおや――まあ、とても綺麗ねえ、ほら早く――」

 カナエがにっこりと笑い、その顔を見ると――

「うんっ! ねえねえーっ、はやくはやくーっ。みてみてーっ、おかあさーん!」

 レイナは慌てて部屋を飛び出していった。

 その姿にカナエは微笑み――手の中の水晶盤を見る。

「ありがとう――シホちゃん。そして――ステラ……お姉ちゃん」

 ――――――――。

 天へと上る箒星。

 その伝説は、語り継がれていくでしょう。

 いつまでも、いつまでも。

 永遠に――永遠に。


★あとがき★


ここまで本作にお付き合い頂き、本当にありがとうございました。

作品へのご評価、レビュー、ご意見等々。お気軽にお寄せ頂ければ幸いです。大変励みになります。

別の作品でも再びお会いできることを心待ちにしております。


願いを込めて、最後に。

『貴方にも、流れ星からの素敵な贈り物がありますように――』   破魔 恭行


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