身体が――重い。そして冷たい。
虚ろに闇に撒かれた砂粒のような星々の光がシホの目に入る。
もう――眠ってしまいたい。シホが目を閉じかける。
…………
「ふふ。さあ――命を枯らす前に願いを見せてちょうだい」
見下ろしながらハレイが呟く。すると――
シホの落ちていく先に、魔力のうねりが生じ――何かを形どっていく。
それはやがて、とんがった帽子となり――
藤色の長い髪となり――
刺繍の編みこまれた宇宙色の法衣となり――
ハレイのよく知る、片時も忘れたことのない人物の姿となった。
「――やはり、願いはそれですか。シホ――」
母の姿に気づいたシホが、弱々しく右手を伸ばし、幻覚を掴もうと死力をしぼる。
それに応えるように幻覚も手を伸ばし――愛娘を抱きかかえる。
「ふふ――母、ステラとの再会……いい夢を贈れて私も満足です。そして――」
ハレイが手をかざし――
「私もこれで長年の怨みを晴らせるというもの! 娘の前で消えてみせるがいい……!! ――ステラっ!」
二本の白磁の槍が放たれる。
娘が寄り添い、母の顔を見あげた瞬間、一本がステラの頭を貫き――
シホの瞳が絶望に染まった直後――
もう一本の槍がシホの首を撃ち抜いた。
幻覚が醜く崩れて消え、シホが力なく漂う。
「はっ――ははは……ふははははは……! 忌まわしき母娘をまとめて貫くこの快感! 堪らないッ……あとは本当に蒼星を消すだけ……!」
その光景に、ハレイが身体を震わせる。
「『失われし魔術書』も手に入れた。やったッ……やったぞッ……! これで私は宇宙を導く存在となるのだッ! 我が願いは成就したッ……!!」
そして手の中にある『失われし魔術書』を掲げ、狂喜の声をあげ――
――――。
「――ふはははは……!! は……、は……? …………。ま……待て……待てッ、何か――何かがおかしいッ! なぜ……なぜ、なぜッ……!」
ハレイの瞳が揺らぐ。
「……なぜ、‘私’の願いが叶っているッ……!?」
願いの光が、粒子となって――
「甘美で――」
法器の先端へと集い――
「痛みを感じない――」
陣に包まれ収束すると――
「約束された――」
巨大な星型の輝石となって――
「偽りの幸福の味は――」
シホの手に収まった。
「どうだった? 間抜けな星女王さま!」
ハレイに見せた夢から帰還し、シホが法器を構える。
「ゆ……夢!? 幻を見せられていただとッ! 一体……一体いつからッ……!?」
『接近してあたしらの最大の魔法をかませば勝機はあるはずだ』
…………
グリップを握りしめた手から血を垂らしながらシホが疾走し、ついにハレイの前へとたどり着く。慣性に身を任せシホが法器から飛び降り――
しばし――至近で視線が交差する。
――――!
「きっ、貴様――あの時にっ……!!」
ハレイの手の中から『失われし魔術書』が霧のように消失した。
シホがヘクセリウムを掲げる。輝石が分解され、数多の虹色の光の帯となり、白金の法器へと流れ込んでいく。
法器の表面に魔力がほとばしり、幾何学の血脈のようにラインを描き――
原子を震わせる呻りをあげ――
その力を解放する――!
「くッ――シホ……貴様、スター・バスターの力をっ……!」
ハレイが身を反らし、白き巨人の顔に光が集う。
シホの構えた白金の法器が、先端に幾重もの魔法陣を描く。
純白の魔法陣が宿り――
――シホお姉ちゃん、がんばって!
紺碧の魔法陣が宿り――
――シホ、ここが踏ん張りどころだ。しっかりな!
黄金の魔法陣が宿り――
――シホ、今こそ宇宙を救うときですわ!
山吹の魔法陣が宿り――
――シホちゃん、大丈夫、勇気を信じて。
真朱の魔法陣が宿り――
――さあ、派手に決めようぜ! シホ!
「これが――わたしたちの希望――お願い……届いて!!」
シホが想いを込め、法器が光を放つ。
魔力が陣を捉え、うねり、増幅し、拡散し、更にうねり――
五色の希望を纏い、『凶星を堕とす者』が極大の波動を吐く――
虹色の光が闇を払い、白き魔王へと突き進む!
「シホ――忌まわしき落とし子……! 塵となり消滅するがいい……!!」
巨人が叫びをあげ、これを『希望を消し去る者』が無慈悲な熱線で迎え撃つ!
…………
分子を破壊し、原子を震わせる奔流が激突し――
宇宙を軋ませる――――!!
「はああああああああッ……!」
「ぬああああああああッ……!」
二人の魔女の魂が叫び、魔力がうねる。
そして――
「――くっ……ぐうううううっ……!!」
僅かずつ――僅かずつ虹色の波動が後退し、白金の法器が悲鳴を上げる。
シホの手が、骨が、筋腱が、髄が、五臓が、躰が震え、異音を刻む。
「……ふっ、ふははははは――! ゴミ同然の分際で……この星女王を堕とせると少しでも思ったか……!!」
星女王が両手を掲げ、更なる魔力を放出し――
「……ホ、シ――。……シホ――、シホ……」
誰かが――呼んでる。わたしのこと。でも――もう……
かろうじて踏ん張るシホの目の前に、白金の階級章が舞い降りる。
そして――
懐かしい、心落ち着く香りに包まれた。
藤色の長い髪が頬にあたる。
背中の方から、刺繍のついた宇宙色の装束がなびいているのが見えた。
見上げると、大きなツバのとんがり帽子。そしてその下から覗く――
――忘れるはずもない、その強く優しい瞳と目が合った。
「……お母さん――!」
「バ……バカな……。ステラ――!」
シホが、ハレイが驚嘆の声をあげる。
「――ありがとう、シホ。お母さんの言葉を忘れないでいてくれて」
ステラが耳元で囁き、優しく微笑んだ。
「お母さん――わたし……わたし……っ」
シホが涙を浮かべ、何かを伝えようとするが――言葉にならない。
「――何があっても、私はあなたの味方。そして――お母さんも、後悔のない生き方を選ぶわ」
落ち着かせるように頷くと、ステラはシホに手を添え、共に法器を構える。
――――。
「ステラ……ステラステラステラ、ステラァーーーーーーーーッ! 貴様だけは許さぬ……母娘共々、消え失せろォォォォーッ!」
ハレイが鬼神の如き叫びをあげ、魔力を込める。巨人が揺らぎ、轟音と共に熱線の威力を上げる。
「――シホ。大切な仲間たちの、蒼星の全ての人の、そして宇宙の。希望を、願いを私たちで叶えましょう――!」
地球から陽炎のように、虹色の光が立ち上り、ステラへと集まり――
白金の法器の吐き出す光が輝きを増す!
「これが――わたしたちの、星の魔女のあるべき姿! 消えるのはあなたの方――魔女王・ハレイ!」
虹色の波動が、死を撒く熱線を打ち破り――
「なッ――なにいィィィーッ!! こ……こんな、バ……バカなッ! バカなァァァーッ……!!」
白き魔女王の頭を撃ち抜く!
巨人が崩れ落ち――砕けた白磁のように塵となり、散っていく。
やがて――虹色の奔流は霧となり――銀河に溶けるように……消えた。
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