正義の代償

真実は少女の夢を見るか?
夜乃 凛
夜乃 凛

魔の孤島へ④

公開日時: 2021年9月29日(水) 17:45
文字数:2,116

 今、船には、加羅、刀利、平川、七雄、リッキー。五人である。

リッキーの本名は、まだわかっていない。聞けば答えてくれるだろう。

あだ名というのは不思議なものだ。

大抵、あだ名には、元になる言葉がある。

しかし、元の言葉を知らない人間でも、あだ名を使う。

元の言葉は忘れ去られ、消え去ってしまう。



 あと一人の女が到着すれば、出発出来る。

 五人は、事件の話など無かったかのように、白良島の話をした。

主に話をリードしていたのは七雄。白良島で起きる催しを知っていた。

ささやかな食事会が開かれるらしい。

そして、ビリヤード等を遊戯室で遊ぶなど、歓談の時間が設けられているようだ。



 何故、七雄がそこまで詳しいのか、誰も触れなかった。

 加羅が少し気にした点は、日焼けした男、リッキーの言葉。

七雄のことを、坊ちゃんと言っていた。

白良島に七雄が行ったことがあるのは間違いない、と加羅は思った。

しかし、どのような立場なのかは、想像もつかなかった。

いや、想像する気が無かったというべきか。

ビリヤードは苦手だな、とぼんやりと思って煙草を吸っていた。



 五人は談笑していた。十五分程だろうか。

船には中央に白いボックスのようなスペースがあり、その中で会話を交わしていた。


「絶好のリゾート日和なのだ」


 刀利がニコニコしている。

空は曇りである。全然、リゾート日和ではない。

しかし、天候など関係ないのかもしれない。

晴れが好きな人間もいれば、雨が好きな人間もいる。

リゾート、と一言で言っても、そのシチューエーションは、人によって異なる。


「すみません、この船は白良島行きですか?」


 船の外からやや大きめの声が聞こえた。女の声だ。

船内に居たリッキーが慌てて出ていった。


「はい、この船は白良島行きですが」


「よかった、私、白良島に招待されて……船が港から出ると聞きました。白井と申します」


 白井という女は、黒のジャケットに、同じく黒いパンツ。そして、黒いサングラス。

刑事の平川も顔負けの服の黒さだ。

髪も黒いロング。

白い招待状を手に持っている。


「ああ、もうお客の皆さんは船の中にいますよ。あなたが最後の一人です」


 待っていた、とはリッキーは口に出さなかった。

プレッシャーを与えたくなかったからだろうか。

このような配慮が社会を円満に回している。


「さあ、船に乗りましょう」


「お邪魔します」


 リッキーと白井が船に乗り込んだ。操縦はリッキーがするのだろう。

 船の中では、加羅と平川が急いで煙草を揉み消していた。白井が来たからだ。

やはり、この時代では煙草を吸うのは難しい。

刀利は二人に吸ってもいいよ、と言っているので、気が置ける。


「みなさん、初めまして。白井と申します」


 白井が船内にいる加羅達に向けて頭を下げた。

 初めまして、と皆が挨拶した。


「あなた、どこかでお会いしたことがありますか?僕は七雄といいます」


 七雄が白井に聞いた。


「七雄さん……いえ、勘違いだと思います。私は会ったことがありません」


「そうですか、失礼。忘れてください」


 刀利はその様子を眺めていた。


「口説いてるのかな?」


 加羅に耳打ちする刀利。そしてバシッと加羅に頭を叩かれた。


「では、出発しましょう」


 リッキーは船の先頭付近の、操縦席に座った。

操縦席は狭い。一人しか乗り込めない。


「船旅なんて初めてだなぁ」


 刀利は楽しそうだ。


 曇りだった天気が、少し、雨模様に変わった。

雲は灰色に見え、何かの暗い暗示のようだった。

 船は出発した。

 港に、不審な人物は、加羅の観察では、見当たらなかった。

平和そのものの風景に見えた。

 平和とはなんだろうか?

それは、平和でない状態、悲惨な状況を知っているものだけが、

強く意識することだろう。

平和な状態しか知らない人間は、平和を意識することがない。

目の前の幸せを、強く知らない。

平和であることの、幸せ。



 海の上を進む船。

船が揺れる感覚が心地よいな、と加羅は思った。

 少し、加羅は考えた。七雄が色々と知っているようだったからだ。

だが、聞かないことにした。島でもっと情報が集まってから、話せば良い。

それに、聞かなくても話してくれそうな雰囲気だった。


 事件について考える加羅。

アイドル、北央七瀬。気になる点は二点。

一点。何故、島にアイドルがいたのか。

二点。島で亡くなったのは、本当に北央七瀬だったのか。

というのも、死体は、発見されていないのである。

島に訪れていた北央七瀬が、島の館からいなくなったという事実と、

崖から海に人間が落ちた痕跡が、残っていただけ。



 警察は、事件現場の状況から、海に落ちたのは北央七瀬だと決定したようだった。

見つからなかったのは死体だけ。

七瀬の荷物は、全て、海の上の崖に置いてあった。遺書はない。


 怪しいと思われる。だが、北央七瀬が生きていたとして、身を隠す場所はないはずだ。

船の出入りの検査。そこに、当然、北央七瀬の姿は確認されていない。

食物無しで、島に隠れて生き延びられるとも思えない。



 隠れられる場所があるとすれば、住民の住む館だが、その可能性は極めて低い。

自殺にみせかけて、住民達が七瀬の存在を隠蔽する必要性がないと思われる。

そんなことをしても、いずれはバレるのだ。

 やはり、海に落ちて、死んだのか。

 加羅の頭の中を、想像が駆け巡っていた。

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