今、船には、加羅、刀利、平川、七雄、リッキー。五人である。
リッキーの本名は、まだわかっていない。聞けば答えてくれるだろう。
あだ名というのは不思議なものだ。
大抵、あだ名には、元になる言葉がある。
しかし、元の言葉を知らない人間でも、あだ名を使う。
元の言葉は忘れ去られ、消え去ってしまう。
あと一人の女が到着すれば、出発出来る。
五人は、事件の話など無かったかのように、白良島の話をした。
主に話をリードしていたのは七雄。白良島で起きる催しを知っていた。
ささやかな食事会が開かれるらしい。
そして、ビリヤード等を遊戯室で遊ぶなど、歓談の時間が設けられているようだ。
何故、七雄がそこまで詳しいのか、誰も触れなかった。
加羅が少し気にした点は、日焼けした男、リッキーの言葉。
七雄のことを、坊ちゃんと言っていた。
白良島に七雄が行ったことがあるのは間違いない、と加羅は思った。
しかし、どのような立場なのかは、想像もつかなかった。
いや、想像する気が無かったというべきか。
ビリヤードは苦手だな、とぼんやりと思って煙草を吸っていた。
五人は談笑していた。十五分程だろうか。
船には中央に白いボックスのようなスペースがあり、その中で会話を交わしていた。
「絶好のリゾート日和なのだ」
刀利がニコニコしている。
空は曇りである。全然、リゾート日和ではない。
しかし、天候など関係ないのかもしれない。
晴れが好きな人間もいれば、雨が好きな人間もいる。
リゾート、と一言で言っても、そのシチューエーションは、人によって異なる。
「すみません、この船は白良島行きですか?」
船の外からやや大きめの声が聞こえた。女の声だ。
船内に居たリッキーが慌てて出ていった。
「はい、この船は白良島行きですが」
「よかった、私、白良島に招待されて……船が港から出ると聞きました。白井と申します」
白井という女は、黒のジャケットに、同じく黒いパンツ。そして、黒いサングラス。
刑事の平川も顔負けの服の黒さだ。
髪も黒いロング。
白い招待状を手に持っている。
「ああ、もうお客の皆さんは船の中にいますよ。あなたが最後の一人です」
待っていた、とはリッキーは口に出さなかった。
プレッシャーを与えたくなかったからだろうか。
このような配慮が社会を円満に回している。
「さあ、船に乗りましょう」
「お邪魔します」
リッキーと白井が船に乗り込んだ。操縦はリッキーがするのだろう。
船の中では、加羅と平川が急いで煙草を揉み消していた。白井が来たからだ。
やはり、この時代では煙草を吸うのは難しい。
刀利は二人に吸ってもいいよ、と言っているので、気が置ける。
「みなさん、初めまして。白井と申します」
白井が船内にいる加羅達に向けて頭を下げた。
初めまして、と皆が挨拶した。
「あなた、どこかでお会いしたことがありますか?僕は七雄といいます」
七雄が白井に聞いた。
「七雄さん……いえ、勘違いだと思います。私は会ったことがありません」
「そうですか、失礼。忘れてください」
刀利はその様子を眺めていた。
「口説いてるのかな?」
加羅に耳打ちする刀利。そしてバシッと加羅に頭を叩かれた。
「では、出発しましょう」
リッキーは船の先頭付近の、操縦席に座った。
操縦席は狭い。一人しか乗り込めない。
「船旅なんて初めてだなぁ」
刀利は楽しそうだ。
曇りだった天気が、少し、雨模様に変わった。
雲は灰色に見え、何かの暗い暗示のようだった。
船は出発した。
港に、不審な人物は、加羅の観察では、見当たらなかった。
平和そのものの風景に見えた。
平和とはなんだろうか?
それは、平和でない状態、悲惨な状況を知っているものだけが、
強く意識することだろう。
平和な状態しか知らない人間は、平和を意識することがない。
目の前の幸せを、強く知らない。
平和であることの、幸せ。
海の上を進む船。
船が揺れる感覚が心地よいな、と加羅は思った。
少し、加羅は考えた。七雄が色々と知っているようだったからだ。
だが、聞かないことにした。島でもっと情報が集まってから、話せば良い。
それに、聞かなくても話してくれそうな雰囲気だった。
事件について考える加羅。
アイドル、北央七瀬。気になる点は二点。
一点。何故、島にアイドルがいたのか。
二点。島で亡くなったのは、本当に北央七瀬だったのか。
というのも、死体は、発見されていないのである。
島に訪れていた北央七瀬が、島の館からいなくなったという事実と、
崖から海に人間が落ちた痕跡が、残っていただけ。
警察は、事件現場の状況から、海に落ちたのは北央七瀬だと決定したようだった。
見つからなかったのは死体だけ。
七瀬の荷物は、全て、海の上の崖に置いてあった。遺書はない。
怪しいと思われる。だが、北央七瀬が生きていたとして、身を隠す場所はないはずだ。
船の出入りの検査。そこに、当然、北央七瀬の姿は確認されていない。
食物無しで、島に隠れて生き延びられるとも思えない。
隠れられる場所があるとすれば、住民の住む館だが、その可能性は極めて低い。
自殺にみせかけて、住民達が七瀬の存在を隠蔽する必要性がないと思われる。
そんなことをしても、いずれはバレるのだ。
やはり、海に落ちて、死んだのか。
加羅の頭の中を、想像が駆け巡っていた。
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