「え、これ、死んでるの……?」
女が口を抑えている。
数人の男女が、倒れている人物の前に並んでいる。
場所は室内。前方に灯ったモニターが、明るい。
倒れている人物の背中に、鋭い刃物が刺さっているように見える。
割れた窓ガラスが、見える。外では、激しい雨と、激しい風が吹いている。
「嘘でしょ?」
「見てはいけない」
「だって!」
「見るな!」
強い風が吹いた。
しかし、その場の雰囲気を吹き飛ばしては、くれなかった。
九月のこと。
とある男、千之時 加羅(せんのじ から)は、コーヒー店に居た。
黒い髪はぼさぼさだ。しかし、着ている白のジャケットは、ピシッとしている。
髭は、しっかりと剃られている。
何故、髭に気を付けて髪の毛に注意を払わないのか、とも思える。ポリシーだろうか?
ジャケットの内側は、黒いシャツ。季節的に、そろそろ恰好も変わるだろう。
下は茶色のパンツだった。
今、加羅がいるコーヒー店……喫茶店だ。だが、加羅は客ではない。
ここで、加羅が店を切り盛りしているのだ。
つまり、オーナーである。
店内の様子は古びている。
たくさんの赤い椅子に、低いテーブルが並んでいる。
テーブルには一台につき一つ、灰皿が設置されている。
加羅は、煙草が好きなのだ。
世間の風当たりは強いが、彼は吸っている。
「マスター、おかわりぃ」
加羅を呼ぶ声。やや低めの声だ。
客の座る椅子に、女が手に持ったカップを上げて、座っている。
「常習無銭飲食犯がなにか言っているな」
「たまに手伝ってあげてるでしょーう」
女は笑顔だ。異質なる青いショートカットの髪。目が大きく、眉は真っすぐだ。
来ている白いパーカーは彼女のトレードマークで、時折、意味もなくフードを被る。
彼女の名前は、笠吹雪 刀利(かさふぶき とうり)。
若い。二十一歳だ。加羅と親し気である。
「お前も、そろそろ何か始めたらどうだ。仕事とか」
店に入って左手のカウンターの内側で、加羅が頬杖をつきながら返す。
「まだ、その時期ではないのである」
「大学でも行ったらどうだ?金はあるんだろう?行っておいたほうがいい。大学院にも、進むかもしれないからな」
「心配してくれてありがとう。でも、使いすぎるのもね……」
刀利が目を細めた。
彼女の両親は、事故で亡くなった。
その遺産が、たった一人の子である刀利に引き継がれた。
そのお金で、刀利は生活している。
加羅の営業する喫茶店を、手伝うこともある。
刀利は、加羅の店の雰囲気が、気に入っていた。
時代遅れか、というまでに古い雰囲気が漂っているのだ。
一つ、文句があるとすれば……。
「また煙草?」
「自分の店なんでね」
加羅はライターで煙草に火をつける。
細い煙を、すっと吐き出した。
刀利は、やれやれ、といった様子で肩をすくめた。もう加羅の煙草好きには慣れている。
加羅がおかわりを入れる気がないと見ると、
刀利はすっと立ち上がり、ささっと、加羅の目の前の机に置いてある、コーヒーポットまで近づいた。
「キリマンジャロはいります!」
笑顔でコーヒーを入れる刀利。
加羅は煙草を吸っており、止める気も無さそうだった。
白いパーカーの刀利は、めでたくコーヒーをゲットした。
そして、刀利は気が付いた。
加羅が煙草を吸っている、カウンターの上。
何かの雑誌が置いてある。
刀利はそれを手に取った。
見出しは、白良島(はくらとう)。
刀利はその雑誌をぺらぺらと捲ってみた。
白良島という名前の島の情報が書いてある。
島の風景、場所。観光施設では無さそうに見える。
孤島らしい。緑が多いが、なんの設備も無さそうに見えた。
「加羅さん、この白良島ってなに?」
「ああ、そこに行くんだよ」
「え?なんで?」
「これ」
加羅は胸ポケットから、小さな紙を取り出した。
そこに書かれている文字。招待状。
「招待状……加羅さん、この島に友達でもいるの?」
「正確には、この島に行く友人がいる」
「その人に一緒に来てって言われたの?女じゃないよね?」
「男だよ」
「やりぃ」
なにがやりぃなのか、と加羅は思ったが、口には出さない。
「白良島って、リゾート地じゃないみたいですけど、何をするの?」
刀利はまだ雑誌を捲っている。
「簡単なキャンプだよ。バーベキューとか」
「え!?持って帰ってきてね!」
「無理だろう」
「じゃあ、私も一緒に行くしかないですな」
「行くか?」
「え?」
刀利は目を丸くした。
「行けるの?」
「招待状が二枚ある」
「え、え、ラッキー!リゾートだ!花火だぁ!ねずみ花火だ!」
しかも加羅さんと一緒だ、という言葉は心にしまう刀利。
武器は隠し持たなければならないのだ。
しかし、嬉しいので飛び跳ねた。
パーカーが白いので、兎がジャンプしているように見える。
「いつ行くの?」
刀利はシミュレーションしながら言葉を発した。
孤島のシチュエーション……。
もしかしたら、もしかしてしまうかもしれないと。
にやにやする刀利。
「来週だが、その変な顔はなんだ」
「生まれつきです。来週ね、わかりました」
刀利は手で丸を作った。オッケーの合図だろう。
「ただ遊びに行くだけではないから、はしゃぎすぎるなよ」
「お仕事?」
「人が死んでる」
加羅は煙草を灰皿に置いた。
刀利は真顔に戻った。
「ええと……殺人?」
「事故死」
「事故死で、なんで加羅さんが呼び出されるの?」
「事故死なんだが……平川の奴が、調査を依頼してきた。不審な点があるらしい」
「あ、平川さんから招待状をもらったんですね」
「そう」
加羅は二本目の煙草に火をつけた。
加羅はコーヒー店を営むオーナー。
しかし、客はコーヒーを飲みに来る客だけではない。
加羅の友人の平川という刑事が、事件のアドバイスを得るために訪れることがある。
加羅は幾度か、警察も手こずる事件を解決してきたのだ。
一般人などに意見を求めるな、という批判も平川という人物は言われていた。
しかし、平川は、加羅は頼りになると思っている。
「調査がメインってことなんですね。うーん、それは、深刻……」
「危険はないから安心してくれ」
「エスコート頼みます」
加羅はそれをスルーして、煙を吐き出した。
後に、危険はないから、という点を修正しなければならないとは、この時は思わなかった。
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