正義の代償

真実は少女の夢を見るか?
夜乃 凛
夜乃 凛

魔の孤島へ②

公開日時: 2021年9月26日(日) 11:37
文字数:2,082

白良島に行く当日。

白良島には、船で行ける。

否、船でしか行けないのだ。ヘリコプターが着地できるような設備が無い。

加羅と刀利の目的地は、島の大屋敷だ。

そこで、パーティーが開かれる予定なのだ。

加羅の友人の平川は、調査は徹底的でなくても良いと、加羅に言っていた。

そこまで深刻な事件ではないのかもしれない。



今、加羅と刀利は、白良島に向かう船着き場のすぐ傍にある、喫茶店にいた。

天候は、曇り。

加羅、刀利、平川の三人で船に乗り込む約束になっていた。まだ、平川は来ない。

刀利と平川は、お互いに顔を知っている。加羅の店で会うことがあるからだ。



「平川さんって、服装もうちょっと軽くならないのかなぁ」



人気のないフロアで、アイスコーヒーを啜る刀利が呟いた。

茶色の円を描いたテーブルには、刀利のアイスコーヒーと、加羅のホットコーヒー。

まだ九月。少し暑さが残っている。

刀利は、白いパーカー姿だった。それが、一番自信があるのだろう。



「刑事に慣れ切っているからだろう」



加羅の黒髪は、恐ろしいことに寝ぐせが立っている。

しっかりしているのは白いジャケットだけ。黒のシャツに茶色いパンツだ。

遠くを見るような目で、コーヒーを飲んでいる。



「なかなかいけるな」



「私のパーカー?」



「このコーヒー」



「あ、そうですよね。これ、美味しいよ」



うんうんと頷く刀利。それでよいのだろうか。



二人は、最近読んだ本について喋っていた。刀利はミステリー、加羅は社会学の本だった。

そこに、平川がやってきた。

上下、黒のスーツ。白髪一本無い黒髪は、オールバックに固められている。

一見、怖さを感じさせるスタイルだが、目元が優しい。



「平川師匠、おっす」



刀利は椅子から立ち上がり、笑顔で平川に手を振った。



「僕は師匠じゃない」



「じゃあ師範」



「じゃあ、の意味わかってる?」



加羅がツッコんだ。



「わかってますとも。平川さん来たから、いつでも白良島に出発ですな」



刀利は、もう行く気満々のようだ。



「刀利君、付いてきて大丈夫なの?」



平川が心配そうな顔をした。

それが刀利には意外だった。



「あ、大丈夫です」



大丈夫じゃないほうがいいんですが、という言葉を隠す刀利。

大丈夫じゃないの意味は、秘密であある。



「しかし平川、本当に船しか交通手段は無いのか?」



加羅は別の方法があるのではないか、と言いたそうだ。



「無いな。ヘリが止まれないし……泳ぐわけにもいかないしな」



平川は周りを見回している。

日差しを遮る喫茶店で何かを探している。

窓がなく、オープンなスペースなので、開放感がある。



「吸うか?」



加羅が胸ポケットから煙草を取り出し、平川に勧めた。



「吸えるのか。悪い、貰う」



平川は加羅から煙草を受け取った。加羅がライターで火をつけてやった。



「以心伝心のコンビプレイだなぁ」



刀利は二人のやり取りを見ながら笑った。

昔は、もっと気軽に煙草が吸えた。

それが、今はもうない。

喫煙者は押されているサッカーチームのように、じわじわと後退するのみ。

加羅も平川も無論、押されている側の住人だった。

平川は加羅の店によく来る。

加羅の店は煙草が吸えるのである。

そして、コーヒーが美味い。そこは、加羅のこだわりである。



「ところで、事故死があったって聞きましたけど」



刀利は平川に事情を話してもらいたかった。



「ああ、加羅が言ったのか……そう、、事故死。一人、崖から落ちて死者が出た。三週間ほど前に」



「どうして事故死ってわかったんですか?」



刀利の言葉に平川は少し黙った。

言葉の意味するところが、誰かに殺されたのではないか、と同義だったからである。



「アリバイがあったから」



「アリバイ?」



「そう。島の住人全員が、被害者の死亡推定時刻に、同じ館に集まっていたから」



「島の住人ってそんなに少ないんですか?」



刀利は口を開けている。白良島は、パンフレットを見る限り、そんなに小さい島ではなかったはずだ。



「事件当時は、白良島には七人しかいなかった」



「あ、それは少ない……七人が、全員嘘をついていたとしたら?」



刀利は首を傾げている。考えているポーズ。



「それはない」



横から加羅が断じた。煙草を手に持っている。



「どうしてですか?」



刀利は当然疑問だ。



「島の関係者がいたのはともかく、外からの客がいて、

島にまったく無関係の人間が、島の人間の辻褄合わせに付き合うとは思えない」



「お客、ですか……実はお客じゃなくて、関係者の可能性もあるんじゃ?」



「動機は?」



「うーん……被害者がとんでもない極悪人で、恨みを持った人たちが計算して動いたとか」



「被害者はアイドルだった」



「え!アイドル……有名ですか?」



「女性アイドルの、北央七瀬」



「うーん……聞いたことないですね」



「想像が止まらないのは、お前の悪い癖だぞ」



加羅がぽかりと刀利の頭を叩いた。

刀利が手を合わせお辞儀。ごめんなさいのポーズ。



「待たせて悪かった。いつでも出発出来るわけだけど、船、乗る?」



煙草を吸い終わった平川。吸い殻を携帯灰皿に入れた。



「行くか。ここより多少寒くなるだろうな」



加羅がジャケットを正して、椅子から立ち上がった。

刀利も立ち上がる。刀利の頭は、まだ事件の想像をしていた。

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