白良島に行く当日。
白良島には、船で行ける。
否、船でしか行けないのだ。ヘリコプターが着地できるような設備が無い。
加羅と刀利の目的地は、島の大屋敷だ。
そこで、パーティーが開かれる予定なのだ。
加羅の友人の平川は、調査は徹底的でなくても良いと、加羅に言っていた。
そこまで深刻な事件ではないのかもしれない。
今、加羅と刀利は、白良島に向かう船着き場のすぐ傍にある、喫茶店にいた。
天候は、曇り。
加羅、刀利、平川の三人で船に乗り込む約束になっていた。まだ、平川は来ない。
刀利と平川は、お互いに顔を知っている。加羅の店で会うことがあるからだ。
「平川さんって、服装もうちょっと軽くならないのかなぁ」
人気のないフロアで、アイスコーヒーを啜る刀利が呟いた。
茶色の円を描いたテーブルには、刀利のアイスコーヒーと、加羅のホットコーヒー。
まだ九月。少し暑さが残っている。
刀利は、白いパーカー姿だった。それが、一番自信があるのだろう。
「刑事に慣れ切っているからだろう」
加羅の黒髪は、恐ろしいことに寝ぐせが立っている。
しっかりしているのは白いジャケットだけ。黒のシャツに茶色いパンツだ。
遠くを見るような目で、コーヒーを飲んでいる。
「なかなかいけるな」
「私のパーカー?」
「このコーヒー」
「あ、そうですよね。これ、美味しいよ」
うんうんと頷く刀利。それでよいのだろうか。
二人は、最近読んだ本について喋っていた。刀利はミステリー、加羅は社会学の本だった。
そこに、平川がやってきた。
上下、黒のスーツ。白髪一本無い黒髪は、オールバックに固められている。
一見、怖さを感じさせるスタイルだが、目元が優しい。
「平川師匠、おっす」
刀利は椅子から立ち上がり、笑顔で平川に手を振った。
「僕は師匠じゃない」
「じゃあ師範」
「じゃあ、の意味わかってる?」
加羅がツッコんだ。
「わかってますとも。平川さん来たから、いつでも白良島に出発ですな」
刀利は、もう行く気満々のようだ。
「刀利君、付いてきて大丈夫なの?」
平川が心配そうな顔をした。
それが刀利には意外だった。
「あ、大丈夫です」
大丈夫じゃないほうがいいんですが、という言葉を隠す刀利。
大丈夫じゃないの意味は、秘密であある。
「しかし平川、本当に船しか交通手段は無いのか?」
加羅は別の方法があるのではないか、と言いたそうだ。
「無いな。ヘリが止まれないし……泳ぐわけにもいかないしな」
平川は周りを見回している。
日差しを遮る喫茶店で何かを探している。
窓がなく、オープンなスペースなので、開放感がある。
「吸うか?」
加羅が胸ポケットから煙草を取り出し、平川に勧めた。
「吸えるのか。悪い、貰う」
平川は加羅から煙草を受け取った。加羅がライターで火をつけてやった。
「以心伝心のコンビプレイだなぁ」
刀利は二人のやり取りを見ながら笑った。
昔は、もっと気軽に煙草が吸えた。
それが、今はもうない。
喫煙者は押されているサッカーチームのように、じわじわと後退するのみ。
加羅も平川も無論、押されている側の住人だった。
平川は加羅の店によく来る。
加羅の店は煙草が吸えるのである。
そして、コーヒーが美味い。そこは、加羅のこだわりである。
「ところで、事故死があったって聞きましたけど」
刀利は平川に事情を話してもらいたかった。
「ああ、加羅が言ったのか……そう、、事故死。一人、崖から落ちて死者が出た。三週間ほど前に」
「どうして事故死ってわかったんですか?」
刀利の言葉に平川は少し黙った。
言葉の意味するところが、誰かに殺されたのではないか、と同義だったからである。
「アリバイがあったから」
「アリバイ?」
「そう。島の住人全員が、被害者の死亡推定時刻に、同じ館に集まっていたから」
「島の住人ってそんなに少ないんですか?」
刀利は口を開けている。白良島は、パンフレットを見る限り、そんなに小さい島ではなかったはずだ。
「事件当時は、白良島には七人しかいなかった」
「あ、それは少ない……七人が、全員嘘をついていたとしたら?」
刀利は首を傾げている。考えているポーズ。
「それはない」
横から加羅が断じた。煙草を手に持っている。
「どうしてですか?」
刀利は当然疑問だ。
「島の関係者がいたのはともかく、外からの客がいて、
島にまったく無関係の人間が、島の人間の辻褄合わせに付き合うとは思えない」
「お客、ですか……実はお客じゃなくて、関係者の可能性もあるんじゃ?」
「動機は?」
「うーん……被害者がとんでもない極悪人で、恨みを持った人たちが計算して動いたとか」
「被害者はアイドルだった」
「え!アイドル……有名ですか?」
「女性アイドルの、北央七瀬」
「うーん……聞いたことないですね」
「想像が止まらないのは、お前の悪い癖だぞ」
加羅がぽかりと刀利の頭を叩いた。
刀利が手を合わせお辞儀。ごめんなさいのポーズ。
「待たせて悪かった。いつでも出発出来るわけだけど、船、乗る?」
煙草を吸い終わった平川。吸い殻を携帯灰皿に入れた。
「行くか。ここより多少寒くなるだろうな」
加羅がジャケットを正して、椅子から立ち上がった。
刀利も立ち上がる。刀利の頭は、まだ事件の想像をしていた。
読み終わったら、ポイントを付けましょう!