長いことラノベ作家やってますが、実は投稿サイトでの本格的長編は初めてです。
いろいろ不慣れな点もありますが、楽しんでいただければ幸い。
異世界だけど転生もスキルもモンスターも、それどころは魔法すらない!
じゃあ何があるのかって?
愛だよ、愛。愛しかねえよ、この話!
まあ、そんなお話です。
「アレッタちゃん」
イグナティオ・クレベーロはまだ血の残る指で、シスター・アレッタの手をぎゅっと握りしめた。
「はい? 何でしょうか、イグナティオさん?」
アレッタはきょとんとした顔で、イグナティオを見つめ返す。
美しい顔だった。
いかなる想像力と技巧を持った名匠名工でも、これに迫る美貌を描いたり刻んだりするのは不可能だろうと思えるほどの。しかもその端正な顔立ちの中に、生身の人間ならつきものの僅かな邪念邪心も混じっていない。
「オレの話を聞いてくれ!」
「はい。聞いておりますけど?」
前のめり気味の男と、素直すぎる女。
「あ、そうか。そうだよな、うん。いや。そうじゃなくて、これから喋る本題の方をちゃんと聞いてくれって事!」
「わかりましたわ、イグナティオさん」
「イギーって呼んでくれ。その方が慣れてるし、嬉しい。堅っ苦しい本名って、他人行儀で嫌なんだ」
「はい、イギーさん」
イギー、イギー、イギー--鈴を転がすようなアレッタの明るい声を、イギーは耳の奥で何度も反芻する。
「くぅ~~っ! いいなぁ。そんな風に名前を呼んでくれてっ! アレッタちゃんとの距離がぐっと近づいた気がするぜっ!」
「本題というのは、お名前の呼び方だったのでしょうか?」
「そうじゃないっ! これからが本題っ!」
小首を傾げるアレッタの手を、イギーはさらに強く握る。
会話がかみ合わないのも当然。
下町の流行に沿って、なめした革を多用した着崩し気味のファッション。明褐色の前髪をひと房赤く染めている派手で品行方正とはほど遠い男と、黒に近い濃紺一色の僧服で髪まで被り布で覆い隠した禁欲的な聖導尼。
一見しただけで、ほとんど接点のないのが明らかな組み合わせだ。
寂れた夜の教会。ステンドグラスを通った月明かりの複雑な色合いと、蝋燭の灯りの揺らめきが不釣り合いなふたりをほのかに照らしている。
服装も会話もズレていても、壁に映るシルエットはひと繋がりだった。
「アレッタちゃん」
「はい?」
改めて名を呼ぶイギーの表情は、これまでの二〇年の人生で最も真剣なものであった。
とは言っても装いの通りに根っから軽薄な質なので「最も真剣なイギー」であっても、常人の日常レベルでしかないのだが。
「やっぱさ、この世を貫くいちばん大切なものは愛だと思うんだよ。うん、愛」
愛。
その単語に、思いっきりアクセントを込める。
「ええ。そうですわ。愛こそ最も尊く、確かなものです。愛こそ、神の本質です」
アレッタの口唇が紡ぎ出すのは、ただの呼吸のような滑らかで自然な音色。
「だろ? だからさ、オレ、結婚したいんだ!」
「それは、素敵ですわね。男女が結ばれ、子を成すのは神が勧める人の営みですもの」
「お願いだ、アレッタちゃん。お、お、オレ……」
声がうわずり、裏返る。こめかみに汗がにじみ出る。
二〇年間で最大の緊張。
真面目に口にした事のない単語が、喉につかえる。
激しく乱打される心臓の圧力で、胸が内側から張り裂けてしまいそうだ。この鼓動が、握った手を通じてアレッタに伝わってしまわないだろうか。
まるで初めて異性に触れる少年の頃に戻ったみたいだ。
いや、違うだろ。オレはガキの頃からその手の純情さとは無縁じゃねえか。
まだしも冷静な無意識の片隅からツッコミが入ったが、そんなものは拒絶する。
「大丈夫ですか、イギーさん? 具合が悪いのでしたら、お水をお持ちしましょうか?」
離れようとしたアレッタだが、握った手が離れない。
「お、お、オレっ! けけけけけっ、結婚したいんだよ、アレッタちゃん!」
言った。
ついに言ってしまった。後戻りできない一言を。
後悔はない。
いちばん深いところから出てきた、混じりけのない気持ちだ。
たとえ、アレッタとはついさっき出会ったばかりでも、この感情に嘘はない。
返事まではほんのひと呼吸、心臓が一拍打つほどもなかった。沈黙と呼ぶにも当たらない。それでも、イギーには永劫の時間に感じられた。
「ええ」
アレッタが微笑んで、頷く。
「わたくしで宜しければ、喜んで」
「ホント? ホントにホント? 間違いないよね?」
聞き違いじゃないのか。耳の穴をほじくり返したいところだけど、握った手は離したくない。
「もちろんですわ。神に仕える身として、言葉を翻したりはいたしません」
「イヤッホーっ! やったぁ! やったぜ! オレ様万歳っ! 神様万歳っ! ああ、人生って素晴らしい! 今日まで生きててよかったぜ!」
手を握ったまま、年甲斐もなくその場でぴょんぴょん飛び跳ねるイギー。その勢いに引っ張られるままアレッタもにこにこと笑っていた。
イギーは間違っている。何もかも間違っている。
彼が幸福の絶頂から垂直落下地上激突するまで、あと少し。
これは、ラブストーリーである。
決して結ばれない相手に恋してしまった、かわいそうなチンピラの物語である。
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