「アレッタちゃ~んっ!」
「いらっしゃいませ、イギーさん」
「また来たの? 暇ねぇ」
イギーが教会を訪ねると、アレッタとコロンビーナは古着の山を繕っているところだった。信徒から寄付されたものを修繕し、貧しい人に与えたりバザーで売って経費の足しにしたりするのだ。
「針仕事? 手伝うぜ。オレ、そういうのも得意だからさ」
相手の同意を待たず、アレッタの隣に腰を下ろして針と糸を手にする。ほつれた折り返しを滑らかに縫い上げ、大きめの穴は端布を当てて塞ぐ。得意というのは嘘ではない。何でもこなせるからこそ何でも屋なのだ。
「勝手にやってくれるのはありがたいけどねー。こっちが頼んだ訳じゃないんだから、お金とか出さないわよ」
「失礼ですよ、シスター・コロンビーナ。イギーさんは心からの善意でお手伝いしてくださってるのでしょうから。ね、イギーさん」
そんな話をしながら、ふたりとも作業の手は止めない。
「ま、カネは入らないけどさ。アレッタちゃんにちょっと手伝ってほしい事があってさ」
「ええ、わたくしにできる事でしたら」
「こいつらとの付き合いが長いし、先輩として助言するけど、内容も確かめないで安請け合いしない方がいいわよー」
「大丈夫大丈夫。アレッタちゃんに、そんな無茶な事はお願いしないからさ。ちょっとした仕事のお手伝い」
思いっきり善良そうな笑みで、ウインクする。
イギーはイギーで、長身を縮めるようにしてちまちま運針している。実際、いろんな事をそこそこのレベルでこなす器用さは持っているのだ。
「……お仕事、というと何でも屋さんの?」
「そ。あ、そうだ。一応確認しておくけど、アレッタちゃんってこの街の生まれじゃないよね? オレの事もコロンビーナから聞いたくらいだし」
「ええ。こちらに配属されるまではずっとアールヴで」
北の山裾に近い小さな町の名を、アレッタは口にした。
「うん。だったら問題なし。昼過ぎから夕方まで付き合って欲しいんだよね。どう? アレッタちゃんが暇な日でいいからさ」
「申し訳ないですけど、暇な日などありませんわ。時間に余裕があるのなら、聖職者として果たすべき務めがありますし。例えば、この針仕事も……」
「ごめんごめん。オレの言い方が悪かった。急ぎとかどうしても外せない用事とかなくて、都合がつけられるタイミングって事でさ。どう?」
アレッタ本人だけでなく、上司とも言うべきコロンビーナにも目配せする。付き合いが長いコロンビーナは、アレッタと違って俗物の常識も腹芸も通じるはず。
「……ま、確かに信徒の頼み事っていうなら、無碍に断る訳にもいかないしね。夜中に連れだそうとかじゃなくて、その時間帯だったら構わないかな?」
「そうですね。それでしたら、明後日ならお付き合いできると思います」
「お付き合い? そうお付き合いね。くぅ~~っ!」
もちろんこの『お付き合い』に特別なニュアンスがないのはわかっているのだけど、嬉しさで変な声が漏れてしまう。それを、コロンビーナは呆れ半分面白がり半分で眺めているけれど、口にした当人のアレッタは意味がわからずきょとんとしているだけ。
「で、そのお手伝いってのはどんな内容なの? 内容次第じゃ、あたしは責任者として今からでもストップかけるけど?」
作業を終えた針と糸、鋏を片付けながらコロンビーナが尋ねる。3人とも、話をしながらも手はずっと動かしていたのだ。
「実は--」
「ぷっ! は、はは……なるほど。そういう事にした訳ね。OKOK、アレッタ、付き合ってあげて」
「はい。承知いたしましたわ」
イギーの説明を聞いてコロンビーナは腹を抱えて笑い出したが、アレッタは真面目な微笑みで頷いただけだった。多分、彼女はコロンビーナが勘づいたイギーの真意を理解していないのだ。
そして2日後--正午を少し回った頃に、イギーは教会のドアを叩いた。
「アレッタちゃん、用意できた?」
「は、はい……。あの、これで宜しいのでしょうか?」
中から出てきたアレッタは、いつもの聖導尼スタイルではない。
シンプルだが品のいいブラウスに、派手すぎない柄の入ったスカート。襟元や袖には飾り布を巻き付け、手首にはブレスレットまで着けている。普通の--というには美人すぎるが--町娘の格好だ。いつもは布で覆っている明るい色の髪も、今日は自然に下ろして背の半ばまで届かせている。
「うんうん。似合ってるよ。ていうか、アレッタちゃんだったら、何を着ても最高なんだけどさ」
「そういう言い方は、見立てたあたしとしては面白くないんだけどなー。せっかく見栄えのいいように工夫したのにー。今からでも専任者権限でキャンセルしよっかなー。その気になれば仕事はいくらでもあるんだしー」
ドアの奥からひょいと顔を出したコロンビーナが棒読み気味に告げる。こっちは毎度の聖導尼スタイルだ。
教会付の聖導尼はお洒落な私服なんて持っていないから、アレッタの服装は昨日の古着の中からコロンビーナが見繕ったものである。腕などの飾り布も、実は継ぎ跡を巧みに隠す工夫だ。
靴も、普段の実用一辺倒の地味なものではなく、僅かながら高い踵のついた小洒落たものだった。コロンビーナが「いざという時」のために持っている私物を貸したのだとか。
「あ、いや! シスター・コロンビーナ、さすがのファッションセンスっ! お見事っ! アレッタちゃんの美貌に力負けしないって凄いコーディネートっ!」
「歯の浮くようなお世辞、ありがとね」
へこへこ頭を下げるイギーにコロンビーナが笑う。
「では、行って参ります、シスター・コロンビーナ」
「うんうん。お・し・ご・との手伝い、ちゃんと頑張ってねぇ~」
一礼するアレッタと隣のイギーを、コロンビーナは手を振って見送った。わざとらしいアクセントで含みを持たせながら。
遠くの街にいる婚約者が近々ヴォルニッテを訪れる。その時に街を案内したいが、どういうコースがいいのかわからない。女性に喜ばれるコースを試し、プランを作ってほしい。
そういう依頼を何でも屋として受けたというのが、イギーの『設定』だった。
『この街をまだよく知らない女の子の目で見てもらいたいからさ。コロンビーナとか、他の知り合いじゃ頼れない訳よ。その点、アレッタちゃんなら条件ぴったりだし。で、ちゃんとそれらしい服でお願い。聖導尼の格好だったら、お店の人も対応変えちゃうだろうからさ』
早口で一気にそう説明したら、コロンビーナが笑ったのである。
もちろん、本当にそんな依頼があった訳ではない。アレッタをデートに連れ出すための、普通に聞けばあからさまに苦しい言い訳。疑いもせずに受け入れるのは、純真なアレッタくらいだろう。
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