「ダーツ買ってみた」
「いきなりね」
「ネットカフェにはだいたいダーツとビリヤードがあるからな。うちにあってもいいだろ、アナログゲームだし」
「デジタルなボタンがついてるんだけど……」
「……電子ダーツボードだからな」
『ハードダーツ』は的にちゃんと刺さらなければ得点にならない。
だが電子ダーツボードでプレイする『ソフトダーツ』は的に当たりさえすれば(センサーが反応すれば)、的に刺さらなくても、衝撃でダーツが抜けてもポイントになる。
的もハードダーツに比べて微妙に大きいらしい。
それにソフトダーツは得点やゲームの進行を自動的に計算してくれる。
ダーツは1点から20点までのエリアが分割されており、更に得点が2倍になる『ダブルリング』、3倍になる『トリプルリング』という狭いゾーンがある。
※赤と緑の輪になっている部分がリング
外側の大きな輪がダブルリングで、内側の小さいリングがトリプル
中心がブル
一見、狙いを外したらボードの外に出て得点できない外周のリングがトリプルに思えるが、そこはダブルリング。
トリプルリングは内側だ。
内よりも外の方が的が大きいからだろう。
5点や10点のダブル・トリプルなら計算もそんなに難しくないが、キリの悪い数字のダブルやトリプルは計算するのが面倒だ。
しかしソフトダーツならば電子ボードが勝手に計算して素早く合計点も表示してくれるし、ゲームの成績を保存することもできる。
「これ、高いんじゃないの?」
「中古で買い叩いたからそれほどでもない。とりあえずカウントアップからやってみよう」
「なにそれ?」
「加点式のゲームだ。1ラウンド3投、それを8ラウンド行う。相手よりも獲得ポイントが多ければ勝ちだ」
「全部で24回投げるのね」
「ああ」
「真ん中って何点?」
「50点だ。ただ真ん中は二重丸になってるだろ? 競技によっては外側の円は25点とカウントされるらしい」
「カウントアップでは?」
「どっちに入っても50点だ。ちなみに牛の目に似てるから『牛(ブル)』と呼ぶらしいぞ」
「へー。……って50点? あのトリプルとかいうゾーンに入れば3倍なんでしょ? えーと、1点から20点まであるわけだから、トリプルでブルよりも大きくなるのは……」
「17までだな」
20のトリプルは60
19のトリプルは57
18のトリプルは54
17のトリプルは51
「ブルは5番目の得点だ」
「意外に低いのね」
ダーツをやらない人間からすると一番難しそうに見えるが、野球のストライクゾーンでいうならど真ん中だ。
たぶんダーツをする上で最も基本的な場所なのだろう。
「カウントアップする前に練習していい?」
「ああ」
「20点はブルの真上。つまりブルのちょっと上を狙えば、ブルを外しても20点入るってことね!」
「縦に外れればな」
「えいっ!」
ダーツは放物線を描きながら真っ直ぐ飛んでいき、
「あ」
ものの見事にブルの真下、即ち3点のエリアに突き刺さった。
予想通り過ぎる展開だ。
「うう……」
「次は俺だな」
交互にダーツを投げて感触を確かめる。
「重心は前にした方がいいな」
「そう?」
「後ろに重心があると、投げる時に前へ重心が移動してブレる。ダーツも重い方がいい。16から19グラムのやつをそろえてみたが、重い方が安定して飛ぶ気がする。軽いやつは少し感覚がずれただけで狙いが逸れるな。たぶん重いのは初級者向け、軽いのは繊細なコントロールが出来る上級者向けだ」
「へー」
「さて、ウォームアップもこれぐらいで充分だろう。ゲームを始めるか」
マシンをセットする。
「先攻後攻はダーツを投げて決めるらしい。ブルに近い方が勝ちだ」
「じゃあ私からね」
お互いにダーツを投げ合い、ブルに近い瑞穂が先手になった。
「えいっ!」
「げ」
いきなり20。
だが瑞穂は2投目で20を外して5、3投目も狙いが外れて1だった。
ブルは辞めて、20のトリプルを狙うことにしたらしい。
「ふう……」
深呼吸して狙いを定める。
さて、どこを狙うか。
ダーツの的をセットする時、ブルが地面から173センチの高さになるようにセットした。
これが公式の高さらしい。
173というと現代日本の男子高校生の平均身長ぐらいだ。
おそらく目の高さが173センチにくる身長が、ダーツの本場である欧米人の平均身長なのだろう。
ブルは俺の目線よりも少し上。
ブルを狙う分にはそれほど問題はないが、それより上を狙うとなるとどうだろう?
20点のあるエリアはブルより更に上。
ダーツに限らず、人に投げられた物体は放物線を描いて下に落ちるものだ。
自然と狙いより下に刺さりがちになる。
一方、上を狙う場合は角度をつけなければならない。
つまり上を狙うよりも下を狙った方が確実だということだ。
もちろん個人差はあるだろうが、俺には下の方が狙いやすい。
的の下に視線を送る。
注目すべきは左下。
11・8・16・7・19
ダーツの的は1から20までの数字が、高い数字・低い数字・高い数字・低い数字と交互に、そしてランダムに並べられている。
瑞穂が狙っている上のエリアは12・5・20・1・18という得点分布。
比べてみると左下に高得点が集中しているのがわかる。
まだ狙った場所に飛ばせない初級者が狙うならここだろう。
16点を中心に外しても8と7、瑞穂は20点を中心に外せば5と1。
加点式のカウントアップなら、この細かい差が後になって必ず響いてくる。
そして案の定、
「あれ、私負けてる?」
「ああ」
「おかしいわね。私の方が高得点取ってるのに……」
瑞穂が怪しみだした。
「そういえばあんた、最高でも16点しか取ってなくない?」
誤魔化すのももう限界だった。
瑞穂が左下の存在に気づき、そこを狙い始める。
お互いが同じ場所を狙うのなら、上手い方が勝つのが摂理。
「やった!」
「……くそ」
見事に俺は逆転を食らってしまった。
「そういえば何も注文してなかったわね。ダーツバーっぽい食べ物ない?」
「ならチョコプレッツェルだな」
スティックタイプのプレッツェルに、チョコレートをコーティングしたスイーツだ。
グラスに氷を入れて、チョコプレッツェルを刺す。
「オン・ザ・ロックね。これ、お洒落だけど意味あるの?」
「口溶けが滑らかじゃなくなる」
「ダメじゃない!」
「それがいいんだよ。口溶け滑らかってのは口に入れたらすぐ溶けるってことだ。人間の舌は平らじゃなくてデコボコしてるだろ? 固形よりも液体、つまり溶けた状態の方が舌の味覚を万遍なく刺激するから、強く甘さを感じる。甘いのを食べたいなら常温で保存された一口サイズのチョコがオススメだ」
「へー」
「逆に言えば甘さ控えめのチョコを食いたいなら、冷蔵庫で保存された板チョコがいい。口溶けが悪いからパリッとした歯ごたえになる」
「あー。口溶けが悪いとパリッとするんだ」
「これもベースのプレッツェルに歯ごたえがあるから、チョコはパリッとしてた方がいい」
「たしかに」
「お茶はほうじ茶だな。そのままでも相性はいいんだが、お前にはカクテルの方がいいだろう」
巨峰とほうじ茶でカクテルを作り、チョコプレッツェルをマドラー代わりにしてかき混ぜる。
「あ、お洒落」
「だろ?」
2人でチョコプレッツェルをつまみながら、何度かカウントアップをプレイする。
だいぶ慣れてきて、ある程度狙った場所に刺せるようになってきたのだが……。
「ふふん」
不本意ながら瑞穂の方が上手い。
この得意げな顔がむかつく。
「よし、次はゼロワンゲームってのをやってみよう」
「どういうゲーム?」
「カウントアップの逆だな。301もしくは501の持ち点から、獲得したポイントを引いていく減点式のゲームで、先に持ち点を0にした方が勝ちだ。あくまで0ぴったりにしないと勝ちにならない。オーバーしたら『バースト』といって、そのラウンド開始時のポイントに戻るらしい」
「上がりにくいように下2ケタが01(ゼロワン)に設定されてるのね」
「そういうことだろうな」
とりあえず301でやってみる。
ゼロワンもブルは内外問わず50点。
8ラウンド24投という条件の中で着実に得点を積み重ねるカウントアップと違って、ゼロワンは早い者勝ちのスピード勝負だ。
序盤はトリプルよりも当てやすいブルの50点狙いでいこう。
問題は100点を切ってからだ。
加点式ではなく減点式だから、いかに持ち点をコントロールするかが重要になる。
持ち点が60以下ならシングル3本で上がれる。
できるだけ3投同じ場所を狙えるようにした方がいい。
同じ場所を狙い続ければそれだけ命中率も上がる。
残り60なら20を連続して狙う。
自信があるのなら10を狙ってもいい。
狙い通り10のシングルを落せたらブルだ。
これまでゼロワンで狙い続けていたブルだから、命中率は高くなっているはず。
10が逸れて15のシングルに行けば、15のトリプルを狙う。
持ち点が奇数になってしまった場合はボードの下部にある7・19・3・17を狙えばいい。
ここは全部奇数だから点を調整しやすくなる。
60以下で点数を調節する場合、16を基準にしたらいいかもしれない。
16、32、48だ。
残りが16なら8と16を狙う。
8と16は隣接しているからだ。
16を外しても8なら、次に8のシングルを落せば上がれる。
16が基準になるのなら次は32。
16が逸れて8に行ったら残りは24。
8のトリプルを狙い、8のシングルに逸れたら16のシングルを狙う。
あるいは12を2回狙って24にしてもいい。
16の隣にある7に逸れたら残りは25。
8と16のように10と15も隣り合っている。
10と15の間を狙い、10に行けば15を、15に行けば次は10を狙う。
32の上は48。
これまでのパターンを応用して攻めればいい。
48の上は60だ。
64でも大した問題はないだろう。
こうして綿密に計算しながらプレイしていると、
「俺の勝ちだな」
「ぐ、やるわね」
ダーツの腕の劣る俺でも勝てる。
「また俺の勝ちだな」
「うう……」
連戦連勝だ。
なぜなら、
「えーと、このラウンドで持ち点が80以下になるのよね。それを効率よく上がるためには……」
瑞穂が指折り数えながら計算する。
「えーと、えーと……」
だが計算しているようでいて、何をどのように計算すればいいのかをそもそも理解していない。
ゼロワンはバカに向かないゲームなのだ。
「……ねー、どうすればいいの?」
とうとう泣きついてきた。
「64・68・72・76・80のどれかに調整しろ」
「なんで?」
「今あげた数字は16から20までの数字4本で上がれる。同じ数字を狙い続けることができるわけだから、上がれる可能性が高い。まずはトリプルを狙って、狙い通りトリプルを落とせたらシングル。トリプルが逸れてシングルになってもまたトリプル。それでもシングルになったら最後はダブル。これで1ラウンド以内に上がれる」
「???」
いまいち理解していないようなのでホワイトボードにまとめる。
64・68・72・76・80は16・17・18・19・20の同じ数字4本で上がれる。
1ラウンドで上がるには、
トリプル→シングル
トリプルを失敗してシングルになったら、
シングル→トリプル
二度トリプルを失敗したら、
シングル→シングル→ダブル
を狙えばいい。
シングルに当てられるのが前提ではあるが、3投の内1投でもトリプルかダブルに当てれば攻略できると考えれば精神的にも楽だろう。
最終ラウンドには4の倍数を残せば上がりやすいわけだから、持ち点が偶数なら偶数が隣接している16と8、10と6、18と4を狙うと4の倍数に調整しやすい。
「すごい!」
「……すごくない。小学生レベルの計算だぞ」
「ふふん。計算の仕方さえわかればこっちのものよ!」
「じゃあオフィシャルルールを採用しよう」
「へ?」
「大会では『ダブルフィニッシュ』が基本らしい。最後の一投はダブルじゃないと上がれないってルールだ。当然これまでとは計算の仕方も違ってくる。さて、計算できるかな?」
「えーと……」
瑞穂が両手の指を駆使して数えだした。
そして、
「……これ非公認の試合だから」
こいつが公式試合に出場することは永遠にないだろう。
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