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東方不敗(ひがしかた・まさる)
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手数将棋セット【甘納豆とアッサム】

公開日時: 2020年12月12日(土) 17:12
文字数:3,549

「『飛車角の皆成りこむ一の谷』っと!」


 覚えたばかりの将棋川柳をつぶやきながら、威勢よく大駒を成りこんで王手をかけた。

 源義経は一の谷の崖を馬で駆け下り、平家に奇襲をかけて大勝利に導いたという。

 いわゆる『鵯越(ひよどりごえ)の逆落とし』だ。

 しかしここはむしろ、


「『飛車角を勝頼急いてただ取られ』だろ」


 長篠の戦いにおける武田勝頼は、飛車角の『武田騎馬軍団』を成りこませようと、数的不利にありながら信長の防御陣地に突っ込んでハチの巣にされてしまった。

 こちらも3000丁の種子島による『三段撃ち』よろしく、自陣を固めて瑞穂を返り討ちにする。

 そしてすかさず反撃。

 瑞穂の囲いはあってないようなもので、あっという間に詰み筋だ。

「う、参りました」


「『駒組みもせぬに王手は本能寺』。なんのために矢倉を教えたと思ってる」


「だって守っても面白くないし」

「攻めるために序盤で玉を囲うんだろ。その方が攻撃に専念できるし、駒を渡しても攻めきれる」

「でも囲いってどれぐらいの硬さにすればいいの?」

「相手と同じかそれ以上が目安だ。急戦や受けに自信がない限り相手よりも薄い状態で仕掛けるな。ただああいう例もある」

 隣で指している先生とアリスを指さす。

 両方ともガチガチに囲んで攻めあぐねていた。

「アマチュアは囲うとなると徹底的に囲いがちだ。こちらが存分に組んだ時は相手も組める。お互いに手を出しづらくなるぞ」

「アタック!」

 結局、焦れたアリスが無理に攻めて自滅した。

「うう……。無念デス」


「玉の左右に金銀を置くからだ。囲めばいいってもんじゃない」


「ゴールドとシルバーはディフェンダーでは?」

「形の問題だ。攻めは基本的に将棋盤の左右のどちらか一方から仕掛けるだろ。だから玉の左右に金銀を置いても効果が薄い。右から攻められた時、左側にいる駒は役に立たないからな。逆に逃げ道をふさいでる。金と銀は縦か横に並べろ。ただし金の下に銀を置くな。銀の脇を狙われるぞ」

「さー、いえっさー!」

「王手をされた時はどう逃げればいいんでしょうか?」


「広い場所へ逃げてください。守り駒がたくさんある場所でもいいですね。それから出来るだけ上に行くこと」


「『玉は下段に落とせ』の逆ですね」

「『中段玉は寄せにくし』です。高い位置に逃げられれば詰みにくくなる。入玉できたら最高ですね」

「にゅーぎょく?」

「敵陣に玉を突入させることだ」

 ちなみに上方では『逆馬』と呼んでいた。

 これが本当の一の谷だろう。


「『前進できぬ駒はない』は名言だが、後退できぬ駒はある。『入玉の討手残らず後じさり』は言い得て妙だな。将棋の駒は後ろにいる敵を倒すのに向いてない。後ろを振り向けないから後じさりだ」


「入玉されると詰まないの?」

「昔プロの香落ち戦で550手を超える長丁場があってな」

「550!?」


「『入玉は前九年ほど手間が取れ』っていうぐらいだ。だからお互いに入玉すると『持将棋』といって盤上の駒と持ち駒の総得点で勝敗を決める。お互いの得点が24点以上の場合は引き分けだ」

 江戸時代は持将棋のルールがなかったから延々と対局を続けてたらしい。

 相入玉になると決着がつかないので、観戦していた野次馬は囲碁に移動するという句がいくつも残っている。

「にゅーぎょくは狙ってできマスか?」

「相居飛車ならお互いに玉を正面から攻めるから、攻めを受けきれば正面が薄くなって入玉しやすくなるが……。最初から狙う棋士はいない」

 入玉をテーマにした棋書もあるが、棋譜が少ないこともあり体系化はされていない。


 データが少ないため将棋ソフトも入玉には弱いという。


「取りあえず受けの見本を見せてやろう。手数将棋だ」

「なにそれ?」

「名人・関根金次郎もやってた遊びだ。著作権切れてるからネットでも読めるぞ」

「へー」


 題名はそのものずばり『手数将棋』だ。


「決まった手数以内で相手を詰ましたら勝ちだ。今回は30手にしよう。30手以内に俺の玉を詰めたらタダにしてやるぞ」

「やるやる!」

「じゃあ何食う?」


「甘納豆!」


「渋いな」

 個人的に粒あんが好きなので、一粒で菓子として成立している甘納豆は大好物である。

「甘納豆ならアッサムだな」

 意外に和菓子と相性がいいのである。

 濃い宇治茶でもいい。


 落語『明烏』で吉原の女に相手にされなかった源兵衛が甘納豆を食べるシーンがあるのだが、上手い落語家の手にかかるとこれが本当に美味そうで、源兵衛の語るように甘納豆で濃い宇治茶をやりたくなるのだ。


 実際、八代目桂文楽が明烏をやると甘納豆が売り切れたという。

「戦型はこれだ。風流だから昔と同じように手数は碁石で数えよう。お前が一手指すごとに碁石を一つもらう。さて、詰めることができるかな?」

「楽勝よ!」

 瑞穂が怒涛の攻めを開始した。

 さすがに無謀な王手はかけない。

 冷静に玉の頭を押さえ、挟み撃ちにするものの、俺の玉はするすると避わして一向に詰む気配がなかった。

 しかもこの将棋のいやらしい所は『とにかく詰まなければ勝ち』なことだ。


 俺は瑞穂の玉を詰ませる必要はなく、それでいて攻撃することができる。


 『手数将棋』から抜粋するなら、


『とにかく50手なら50手と約束する。その間に詰ましてしまわなければならないのであるが、こちらばかり指しているわけではなく、相手も一手に対して一手だけは指してくるのだから、駒を突っかけて来られればその相手をして取らねばならなかったり、また王手をかけられれば体を避わさなければならなかったりして、10手やそこら無駄にされてしまうのは訳ないのである。しかも自分の陣営を堅固に守っては、そういうチョッカイを出してくるのだから始末にわるい』


 無慈悲に瑞穂の碁石が消えていく。

 この『相手が指すごとに碁石を取る』というルールも曲者だ。

「王手!」

「それじゃあ詰まんな。とういことでまた碁石もらうぞ」

「ああー!?」

 碁石はあっという間に半分減った。

 明らかに減り方が早すぎるのだが、瑞穂は気付かない。

 手数を数えるのは碁石に任せて、自分で手数を数えていないからだ。

 盤面にばかり集中しているから盤外の碁石へろくに注意が向いていない。


『攻める方はせっかちな人ほどいけない。うっかりして一手指したのに、碁石を二つやったりする。冷静に考えると、そんなバカな話はないのであるが、夢中になってくると、そういうことは間々あったものである』


 この分なら一手につき碁石を3つ取っても気付かないだろう。

 これは攻める方だけでなく、守る方も同じで、


『やはり夢中になっていたりすると、守る方では石を取りそこなうようなことが出来てきたりして、退治されてしまうのである』


 勝つためには焦らず、一手ごとに一つ確実に取らなければならない。

「サービスだ。甘納豆で俺の持ち駒を売ってやるぞ」

「じゃあ半分売る!」

「思いきったな」

「タダにする方が重要だもの。だったら出し渋っても意味がないわ!」


「『皇国の興廃この一戦に在り』ってとこだな」


「なにそれ?」

「Z旗ですね。日露戦争で用いられた旗の合図です」


 正確には『皇国の興廃この一戦に在り、各員一層奮励努力せよ』である。


 それにしても予想外に甘納豆が増えてしまった。

 これをどうするべきか。

「あれをやるか」

 窓を開けて積もっている雪をすくう。

「なにをやってるのデスか?」


「『単独行』だ」


「?」

「加藤文太郎の登山日記だよ」

 有名な登山家だ。

 昔は加藤文太郎の真似をして、遠足ではいつも服のポケットに炒り子や甘納豆を忍ばせてつまんでいた。

 甘納豆に関して、単独行ではこうある。


『いつの間にか雪が降り出してきた。手早くコッヘルを出して雪と甘納豆をほうり込み火をつける。雪がそろそろ融け出すと氷小豆という奴になっているのでもうたべられる。殊に身体の疲れている折などは冷い物の方がのどを通りやすい。そしてそれがあつくなった頃には殆んどすくい上げられているし、アルコールも燃えつくしている』


「氷小豆はようするにかき氷の金時ですか?」

「そうですね、かき氷では金時って名前なのに金時豆使いませんけど」

 雪の上に甘納豆をのせる。

 この甘納豆は小豆だけでなく金時や白花、うぐいすが含まれており、普通の金時かき氷とはまた違った味わいがある。

 そのままでも美味いが、やはりここは加藤文太郎のようにコッヘルで『甘納豆をたく』のがいい。

「う、美味しそう……」

「やらんぞ」

「わかってるわよ、課金アタック!」

 瑞穂は俺への不満を盤上にぶつけ、甘納豆で買った駒を躊躇なく投入して玉を詰ましにかかった。

 だが詰まない。

「なんでよ!?」


「Zだからな」


「Zがなに?」

「単に『ゼ』とも呼ぶ。将棋用語だ。『絶対に詰まない』の頭文字だよ。Zになると持ち駒が100枚あっても詰まない」

「は? じゃあ私に駒を売ったのって!」


「甘納豆うまいなー」


「きー!」


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