プロデューサー、事務員、アイドル候補生はもちさん、アイドルはまとり(るんるん)さんに描いていただきました。
転載禁止。
「アイドル将棋を作ってみた」
「は?」
「正式名称は『アイドルプロモーター』。ポーンはアイドル候補だ。ポーンをボードの一番奥まで進めると、プロモーションしてアイドルに成れる」
「それただのチェスじゃない」
「もちろんこのゲームだけのルールもあるぞ。たとえばこれはプロデューサー。チェスでいうビショップとルック、そして中国将棋(シャンチー)の炮だ」
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●●●炮●●●
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※前後左右に走れる
敵の駒を取る場合、必ず駒を飛び越えないといけない
炮──→馬 × そのままでは馬は取れない
炮─兵→馬 ○ 間に駒がいればジャンプして馬を取れる
「チェス以外の駒もあるんだ」
「あとで古将棋の能力のある駒も出てくるぞ」
駒にはプロデューサーのイラストが描かれている。
左上からアイドル候補、新人プロデューサー、ベテランプロデューサー、女性プロデューサー、事務員
アイドルアニメやゲームに出てきたプロデューサーがモデルだ。
「ボードに描かれてるのはスカウトの聖地・渋谷と原宿。そしてこのゲームではプロデューサーだけがポーンをスカウトできる」
「スカウトって?」
「将棋の持ち駒制度だよ。このゲームではプロデューサーでポーンを取った場合のみ持ち駒を使える」
「プロデューサーつよい」
しかもチェスがベースだから2歩や打ち歩詰めの反則もない。
将棋と同じ感覚でプレイすると死ぬ。
「ポーンがアイドルに成ってる場合はどうなるの?」
「ちゃんと持ち駒にできるぞ。スカウトというか引き抜きだけどな。しかもすでにアイドルとしてデビュー済みだから、ポーンじゃなくてアイドルとしてボードに打てる」
「……アイドルつよすぎ。キングとナイトはなんの役職なの?」
「キングは芸能プロダクションの社長、ナイトは事務員だ」
「ちゃんと黄緑なんだ」
「お約束だからな」
アイドルゲームの事務員は緑が多い。
解説キャラとしてプレイヤーにチュートリアルをしてくれたり、ログインボーナスをくれたりする。
ただプレイヤーにガチャを推奨することもあるため『緑の悪魔』と恐れられているのだ。
「アイドルものとして成立してるけど、もっと派手さがほしいわね」
「派手な要素はまだいくつか用意してある。その一つがアンパッサンだ」
「えーと、チェスの特殊ルールだっけ?」
「ああ」
アンパッサンといえばフランス語で『通りすがりに』を意味する特殊ルール。
4PP(敵のポーン)
3↑
2P
1
abcd
2aのPが4aへニマス移動した
4 /
3P(敵のポーン)
2
1
abcd
4bのPはアンパッサンで斜め前の3aに進み、ニマス進んだPを取れる
チェスでポーンを2マス動かした時、相手のポーンはこう動くことができる。
いわば時代劇ですれ違いざまに斬り捨てるように、2マス動いたポーンを取れるルールだが……。
「ポーンはアンパッサンでプロデューサーをカットできる」
「どういうこと?」
「こういうことだ」
実際に駒を動かしてみせる。
8R
7↑P(敵のポーン)
6|
5|
4|
3|
2R(ルック)
1
abcd
2aのRが8aへ移動した
8
7 /
6P(敵のポーン)
5
4
3
2
1
abcd
7bのPはアンパッサンで斜め前の6aに進み、横を走り抜けたRを取れる
「ポーンが2マス進んだ時みたいに、ポーンの横を走るプロデューサーを取れるってこと?」
「ああ。たとえるなら『街中ですれ違ったプロデューサーを自分の虜(とりこ)にする能力』だな。斜めに走るビショップすら殺せるから、うかつに走れない。一枚のポーンで大駒の足を止めることができる」
「強すぎない?」
「相手の駒をスカウトできるのはプロデューサーだけだからな、バランスを取るためにアイドルも強化した」
アイドルだけでもプロデューサーだけでも勝てないゲームデザイン。
それが理想だ。
「一局指す前になんかつまむか。なにがいい?」
「アイドルプロデューサーといえば杏仁豆腐でしょ!」
「ゲームに杏仁豆腐とか出てきたか?」
「出てきたわよ、スタッフロールに」
「……スタッフロール?」
意味がよく分からないものの、ファンにとって杏仁豆腐は特別なものらしい。
あとでチェックしておこう。
「お茶は『さんぴん茶』ね」
「あいよ」
「それとオレンジジュース」
「……無難に緑茶にしとけよ」
「オレンジジュースがいいの!」
「わかったわかった」
これはイベントに出てきたので知っている。
さんぴん茶はジャスミンティーだ。
沖縄出身のアイドルが、さんぴん茶があまり売ってないのでジャスミン風味のする『さんぴん粉』を持ち歩き、色んな飲み物をさんぴん茶風にして飲んでいるというイベントだ。
そこでプロデューサーがオススメの飲み物を紹介し、それがジャスミンに合う飲み物なら好感度UP、まずければ下がってしまう。
選択肢が多いので地味に正解するのが難しい。
ミックスジュース、青汁、ソーダは外れ。
カフェオレはコーヒーが強くてジャスミンの風味が死んでしまうらしい。
緑茶は無難。
「あ、オレンジジュースのどさんぴん。意外にいけるかも」
オレンジジュースは好評(グッドコミュニケーション)だ。
しかしどれも正解ではない。
なぜならこのイベントの大好評(パーフェクトコミュニケーション)は『時間切れ』だからである。
選択肢に時間制限があり、制限時間が過ぎてしまうとプロデューサーが『それ、水に混ぜてみたらどうだ?』とオススメするのだ。
ただのジャスミン風味の粉末と思っていたさんぴん粉は実はジャスミンティーの粉末で、普通に水で混ぜて飲むのが一番うまかったという落ちである。
自力で正解にたどり着けたプレイヤーはほとんどいないだろう。
「ジャスミンティーのシロップを杏仁豆腐にかけてもうまいぞ」
「さんぴん粉混ぜなきゃ」
「おいやめろ」
バッドコミュニケーション。
「じゃあ、一服したところで一局指すとするか」
最初はチェスとあまり変わらない。
だが指し進めている内に、どんどんチェスからかけ離れていく。
特にやばいのは、
「これでプロモーション」
「ぎゃー!?」
チェスにない持ち駒制度だ。
チェスはポーンをボードの一番奥へ進ませないと成れないため、将棋よりも成る条件が厳しい。
だがこのゲームには持ち駒制度があるため、アイドル候補が一手でボードの好きな場所に移動できる。
チェスよりも遥かに少ない手数で成ることができるのだ。
しかも、
「ポーンを火鬼にする」
「は?」
「ポーンは『キング以外の駒に成れる』駒だ。古将棋の駒に成れても不思議はないだろ」
「ええ!?」
チェスのプロモーションはほぼクイーン、たまにナイトに成るという固定観念がある。
しかしこのゲームはチェスではない。
チェスの駒はもちろん、火鬼や飛将など古将棋のあらゆる駒に成れるのだ。
「プロモーションすれば好きな駒に成れるといっても、アイドルにはそれぞれ個性があるからな。同じアイドルは1人もいない。つまりボード上に既に存在しているアイドルには成れない」
「早い者勝ちってことね」
左上からポップ(ポピュラー)アイドル、スクールアイドル、ゴスロリアイドル、バーチャルアイドル
俺がゴシックロリータ(ゴスロリ)のアイドルを作ったので、もうゴスロリにプロモーションすることはできない。
ゴスロリがボード上からいなくなっても同じだ。
「まだ負けないわよ! こっちもプロモーションさえすれば簡単に逆転できるんだから!」
瑞穂が冷静にゴスロリの筋を観察して社長を逃がす。
ならばと、こちらはプロデューサーも前進させて敵陣に切り込む。
このプロデューサーは炮だ。
炮は駒を一つ飛び越えないと敵を攻撃できない不便な駒ではあるものの、このゲームならではの面白い使い道がある。
気づかなければ即死だ。
「事務員(ナイト)もらうぞ」
さて、狙いがうまくいくかどうか。
炮
│
│
│ポ
ポ
↓
ナ
※ポーンを飛び越えてナイトを取った
「アンパッサン!」
すかさず瑞穂が斜め前にいたポーンで俺の炮を取ろうとする。
かかった。
「残念だったな、それは取れない」
「え、なんで?」
「俺の炮はアンパッサンですれ違うポーンを飛び越えるからだ!」
「ええ!?」
「なにかおかしいか?」
「え、えーと……。炮は飛び越えなきゃ相手の駒を取れないし、アンパッサンは斜め移動して同じライン上をすれ違うんだから、ルール的にはおかしくないのかしら?」
どのようにすれ違っているかで解釈がわかれる。
だが今回は瑞穂も納得したらしい。
もう少しごねると思ったのだが、
「じゃあポーンもらうぞ」
「ナイトを取られるよりマシよ」
損得勘定が理屈を上回ったらしい。
さっき取ったナイトを盤に戻し、炮でナイトの前にいるポーンを取りなおす。
炮
│
ポ
↓
ポ
ナ
※アンパッサンしたポーンを飛び越えて後ろのポーンを取る
「詰んだぞ」
「え?」
「お前はアンパッサンした。つまり一手指したんだよ。だから次は俺の手番だ」
「あ!?」
そこでようやく気付いたらしい。
そう、ナイトの後ろにはキングがいるのだ。
ポ
炮
│
ナ
↓
キ
俺の炮(プロデューサー)は事務員を飛び越えて社長を詰ませていた。
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