「これは『無明』だ」
●□●
□無●
●□□
「どういう駒なんですか?」
「無明は取った駒と入れ替われます」
「無明で飛車を取ると、飛車になれるってこと?」
「逆だ。無明を取った駒が、無明の成り駒『法性』になる」
「取った駒を弱体化させる駒ですね」
「いえ、逆です。法性はクイーンと獅子の動きができますから。かなり強いですよ」
「は?」
「クイーンの動きをした後に獅子の動きはできませんけど。盤上を縦横無尽に走り回れる獅子です」
「……なにそれ、いまいち使い処がわからないんだけど」
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●●●●●
●●法●●
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●●●●●
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□□●●●□□
●●●法●●●
□□●●●□□
□●□●□●□
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一手目で『自分の周囲8マスを越えて移動する』と、2回目の行動はできなくなる。
つまり『クイーンの動きを2回することは不可能』。
文字通り獅子の動きと、クイーンの動きしかできない。
「法性を取っても入れ替わるんですか?」
「はい」
「ぶつかると体が入れ替わる。漫画みたいなシチュエーションね」
「個人的には牛鬼のイメージだな」
『牛鬼を殺したものは牛鬼になる』という恐ろしい妖怪だ。
「あれ? 無明を取った駒は盤上から消えるのよね? その場合、どっちの持ち駒になるの?」
「……そりゃ、無明を取ったプレイヤーのものだろ」
「それだとこうなりますね」
「あ」
先生が飛将で『自分の無明』を取り、法性と入れ替えて、飛将を『自分の駒台』に置く。
「……これはまずい」
無明を取った駒を自分の持ち駒にできるということは、同士討ちでも自分の持ち駒になると解釈できないこともない。
法性は強い駒だ。
自分で無明を取って法性を作り、なおかつ角将を持ち駒にできてしまう。
持ち駒は好きな場所に打てるから凶悪だ。
つまり『初手で法性に成り、なおかつ飛将を好きな場所に打てる状況を作れてしまう』のである。
無明の配置を変えたとしても、自分で法性を作って貫通駒を持ち駒にできることに変わりない。
「無明を取られた側の持ち駒にするべきね」
できるだけ弱い駒と交換するのが肝だ。
「でも無明だけだと物足りないわね」
「なら『奔王(ほんおう)』を使おう」
「中将棋のクイーンですね」
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●●●奔●●●
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□●□●□●□
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「はい。中将棋では成れませんけど、天竺大将棋では『奔鷲(ほんじゅう)』に成れます」
駒をひっくり返す。
「複数回行動できる駒だっけ?」
「それは大局将棋の奔鷲だな。天竺大将棋の奔鷲は動きこそクイーンだが……。飛車、つまり縦横に走る場合だけ敵味方問わず『駒を何枚でも飛び越える』ことができる」
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□□●○●□□
○○○鷲○○○
□□●○●□□
□●□○□●□
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○の範囲では駒を飛び越えることができる
例 鷲─金─銀─桂─香→王
間に何枚の駒がいても、それを飛び越えて駒を取ることができる。
「地味に強いわね」
「だな」
たとえ穴熊に組んでいても、間に7枚の駒がいても、奔鷲なら軽く飛び越えて玉を取れるわけだ。
どんな駒も飛び越えるので合駒も利かない。
王
鷲
奔鷲に王手をかけられると、
王
○←合駒
鷲
合駒(玉と相手の駒の間に駒を打って盾にする)を打っても奔鷲はそれを飛び越えられるので意味がない
能力こそ地味だが、実は古将棋で一番重要な駒の1つである。
「奔鷲みたいに天竺大将棋と大局将棋で動きが違うと、動かし方を間違えませんか?」
「……あー、たしかに紛らわしいですね。プロでも金と銀を間違えた人がいますし」
「金と銀をどうやったら間違えるの?」
「金と『銀の成り駒』を見比べてみろ」
歩・桂・香・銀の成り駒は全て金の崩し文字
「駒を美術品として観賞する場合、金に成れる歩・桂・香・銀はそれぞれ漢字の崩し方が違ってて面白いんだが。銀の成金と『金将の金』はそこまで大きな違いがないだろ? 一文字駒だと見間違えてしまう危険性がある。『金を取ったつもりが銀だった』ならともかく。駒台の成り銀を金と間違えて打ったらその時点で反則負けだ」
「古将棋は名前が同じなのに動きの違う駒がいくつかありますから、駒台に置く時は気を付けないといけませんね」
「代わりの駒はないの?」
「じゃあ、こっちにしよう」
奔王を仕舞い、『車兵』という駒を取り出す。
「車兵は横に2マスしか動けないクイーンだ。でも『四天王』に成るとクイーンの動きで駒を飛び越えられる」
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□□●●●□□
□●●車●●□
□□●●●□□
□●□●□●□
●□□●□□●
横には走れない
○□□○□□○
□○□○□○□
□□○○○□□
○○○四○○○
□□○○○□□
□○□○□○□
○□□○□□○
全方向に走れて、なおかつ駒を飛び越えられる
「じゃあ今日は無明と四天王を使って賭けよう。なにがいい?」
「チーズケーキ!」
「コーヒーとアールグレイと釜炒り玉緑茶(たまりょくちゃ)、どれがいい?」
「か、かま?」
「中国の緑茶と同じ製法で作られたお茶だよ。茶葉が勾玉みたいにぐりっとしてるから玉緑茶。カマグリ茶とも呼ぶ」
「へー。じゃあそれ」
「コーヒーでお願いします」
「あいよ」
香りが高く、渋味や苦味が少なくて飲みやすい。
さっぱりしたお茶なので、濃厚なチーズケーキとの相性もいい。
俺はコーヒーだ。
それもブラックがいい。
ブラックコーヒーを頼む常連は、だいたいチーズケーキを注文する。
王道の組み合わせだ。
タンポポの根で淹れるタンポポコーヒーもノンカフェインで飲みやすい。
女性客はだいたいこっちを注文する。
オススメだ。
「さて……」
チーズケーキをつつきつつ、肝心の将棋を進める。
鍵は四天王。
いかにこれを作るかで勝負が分かれる。
……と瑞穂は思っているだろう。
その裏をかく。
「これでどうだ!」
大胆に法性で敵陣へ切り込む。
「? 法性取ればいいだけじゃない。法性は強い駒だけど、取ったら私の駒と入れ替わるのよ?」
「へえ。どの駒で法性を取るんだ?」
「え」
瑞穂の手が止まった。
「ああ、玉じゃ法性取れないじゃない!」
そう、無明や法性を取った駒は盤上から消えてしまうので、玉や太子で取ると負けてしまうのだ。
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