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東方不敗(ひがしかた・まさる)
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古将棋セット【オムレツ・フライの類】

公開日時: 2020年11月30日(月) 21:17
文字数:3,565

松林の中を歩いて


あかるい気分の珈琲店(カフェ)をみた。


遠く市街を離れたところで


だれも訪づれてくる人さへなく


林間の 隠された 追憶の夢の中の珈琲店(カフェ)である。



 萩原朔太郎の『閑雅(かんが)な食慾(しょくよく)』の一節だ。

 うちはこういう店である。

 詩的な店といえば聞こえはいいが、『だれも訪づれてくる人さへなく』実態は悲惨なものだ。

 だからこそ『追憶の夢の中のカフェ』なのである。


 ただ幸いなことに『閑雅な食慾』には続きがあった。



乙女は恋恋(こいこい)の羞(はじらい)をふくんで


あけぼののように爽快な 別製の皿を運んでくる仕組


私はゆったりとフォークを取って


オムレツ フライの類を喰べた。


空には白い雲が浮んで


たいそう閑雅な食慾である。



 詩のなんたるかもわからない一般人でも、閑雅な食慾は心に訴えるものがある。

 これを売りにしない手はない。

「お、お待たせしました」

 というわけで瑞穂に閑雅な食慾を再現してもらった。

 恋恋(こいこい)ではなくコスプレの羞(はじらい)だが、メイド服でオムレツ・フライの類を運んでくる。


 自分で着るのはよくても、人に着せられるのは照れるらしい。


 オムレツやフライは手作りだ。

 バイトなのだからこれぐらいは作れないと困る。

「とりわけまショー」

 アリスがオムレツを四等分し、小皿に取り分ける。

 問題はフライだ。

「……なんだこれ?」


「カニのフライだけど?」


「フライっていったらエビフライだろ! 百歩譲ってもアジフライかカキフライだ!」

「だったらそう言いなさいよ」

 ……指示を出さなかった俺がバカだった。

「なにをどうやったらカニのフライになるんだよ」

「だって『足長おじさん』に出てきてたんだもの」

「運動会の祝勝会で登場したものですね」


 個人的にはカニのフライより、バスケットボールの形をしたチョコレートアイスのほうが印象に残っている。


 ともかくカニのフライだ。

 カニのハサミを使った豪華なものである。

 殻を綺麗に割って、ちゃんと丸く衣をつけて揚げている。

 ゆったりとフォークを取ってフライに刺した。

 外はサクサク、中はふんわり。

「ど、どう?」

「まあ、及第点だな」

「よかった……」

 ホッと胸をなでおろす。

 こんなでも緊張していたらしい。


「これで時給アップね!」


 ……金の心配だった。

「調理テストの次は将棋よ! 早くお客さんと対局できるようになって、もっと時給上げるんだから!」

「金のことばっかだな、お前」

「早く早く!」

「わかったわかった」


 ホワイトボードにでかでかと『宇宙はヒモで出来ている』と書く。


「ヒモ理論だっけ?」

「ああ。ヒモは弦であり、世界は宇宙ヒモという弦楽器の奏でる曲で形作られている」

「ロマンチックですね」

 まあ、実のところ宇宙物理学のことはさっぱりわからないのだが。ここは説得力を増すためにそれっぽいことを語っておけばいい。

「実は将棋も似たようなもんでな。こいつをどう思う?」



歩歩歩

香銀金

玉桂金


穴熊囲い



「鉄壁(アイアンウォール)」

「じゃあこれは?」



歩 歩歩歩

 歩銀金

 玉金角

香桂


矢倉囲い



歩歩歩歩歩

金 銀玉

 金 桂香


美濃囲い



「穴熊に比べると脆そうな感じがします」

「美濃も矢倉に比べてスカスカしてる感じ?」

「そもそも守りの思想が違うからな。矢倉は上からの攻撃に強くて、美濃は横からの攻撃に強い」

「んー、いまいち実感がわかないんだけど……」

「だから教えるんだよ。ヒモの概念を理解した時、囲いの美しさを知るだろう。……ところで詰将棋は毎日解いてるか?」

「一日十問ぐらい解いてます」

「私は問題数じゃなくて時間単位ね。囲碁もやらないといけないから30分だけだけど」

「アリスは?」


「ノープロブレム!」


「やってるのかやってないのかはっきりしろ」

 チェスでは詰将棋(と必至問題)を『プロブレム』と呼ぶ。

「やってますヨー」

 強くなりたいなら一問でもいいから毎日詰将棋を解くことだ。

 いきなり十問や二十問では挫折してしまう可能性があるので、最初は一問だけでいい。

 重要なのは詰将棋を解く習慣をつけること。

 習慣になれば解くのも苦にならない……わけではないが。

 解かないと落ち着かなくなるのは確かだ。


 毎日やっていることをやらないのは心理的に居心地が悪い。


 解くと安心する。

 勉強と同じだ。

「とりあえずこれだな」

 盤に簡単な詰将棋を並べる。

 一段目に玉、そして玉から一マス開けて三段目に歩がある形だ。

 持ち駒は金。

「頭金ね」



・ 王←相手の王

・ 金 ・

・ 歩 ・


 頭金(金で王手をかけている)



「そう、詰将棋で無意識にやってるこれがヒモだ。玉の頭に金を打つ。金を歩の効果範囲に打つことで、金と歩がヒモで結ばれた。この金を取ったら歩を引っ張ってしまうことになり、玉は刺される」


「ワイヤートラップですネ」


「初級者はいかにタダで敵の駒を取るかと考えがちだが、将棋は価値の低い駒と高い駒を交換するゲームだからヒモは欠かせない。たとえば歩にヒモを付けて前線に送り出し、金銀のような価値の高い駒で取らせてから取り返す。ヒモの付いていない駒は『浮駒』といって、タダで取られるだけだから気を付けろ」

「はーい」


「ちなみにヒモは玉にも付ける」


「? 玉を取られたら意味がありませんよね?」

「王手をされたら玉は逃げますよね? それを追ってもう一度王手をかけると?」

「ああ! 玉にはヒモが付いてたわけですから、追ったら駒を取られるんですね!」

「『王手は追う手』という格言もあります。無意味な王手は玉を逃がす上に、無駄に駒を取られるだけです。でもヒモがなければ、直前に玉がいた位置に駒を打っても取られることはありません」


「ヒモを発展させた形が囲いなのね」


「そうだな。美濃囲いを見ろ。美濃は展開によって高美濃や銀冠に組み直すが、どれも金銀のヒモの付き方が格好いいだろ。特に高美濃の銀。まあ、美濃と高美濃は玉にヒモ付いてないんだが」



歩歩     歩歩歩歩

金 歩歩   金 銀

 銀玉     金玉

金 桂香     桂香


高美濃     銀冠



「玉だけに玉に瑕ってね」

 誰が上手いこと言えと。

「今日はこいつを使うか」

 古将棋の駒を取り出す。


『自在天王(じざいてんのう)』


「四文字駒!?」

「文字数が多くて窮屈そうですね」

「コレは強いのデスか?」


「こいつは泰(たい)将棋の王将で、盤上のどのマスにでも行ける」


「は?」

「一手で盤上のどこにでも移動できるってことだ」

「詰まないじゃない!」

「くれいじー」


「ただしヒモのついてる駒は取れない」


「取ったら負けなんだから当たり前でしょ」

「いや、当たり前じゃない。試しに一局指してみよう」

「望むところよ!」

 自在天王と古将棋の駒を並べて対局開始。

「王手」

「そんなの効かないわよ」

 瑞穂の自在天王が瞬間移動して王手から逃げた。

 しかし、


「チェックメイト」


「は?」

「どこにでも移動できるってことは、相手の玉も取れるんだよ」

「はあ!? つまり味方のヒモがつかない場所に動かしたら、相手の自在天王に取られて即死するってこと!?」

「そういうことだ。ヒモのついてる駒を取れないのは、即死を防ぐためのルールなわけだな」

「自在天王こわい」

 一手でどこにでも移動でき、一手のミスで即死する。

 王将でありながら、ある意味最強の駒なのだ。

 ヒモの重要性を理解する上で、これほど役に立つ駒はない。


ぐー


「……腹減ったな」

 オムレツ・フライを4人で分けたのがいけなかった。

 中途半端な量を食べてしまったせいで、逆に食欲が刺激されてしまったらしい。

「オムライス食べる?」

「頼む」

「任せて」

 オムレツの時とは違い、豪快なフライパンさばきでテキパキとチキンライスを仕上げた。

 素人にありがちなべたついたチキンライスではなく、口当たりもいい。


「……なんで最初にオムライスを出さなかった?」


「あんたが閑雅な食慾とか言ってるからでしょ」

 得意料理でテストするべきだったのかもしれない。

 ボウルに卵と生クリームを投入し、空気を含ませながら混ぜ、多めのバターで軽く玉子に火を通す。

 フライパンの柄をトントンと叩いて玉子を丸め、チキンライスの上へ。

 スーッと包丁で玉子の真ん中をなぞり、半熟玉子が広がってチキンライス全体を綺麗に覆った。

 仕上げにケチャップで『LOVE』と書いて完成だ。


 ……これをやりたいがためにオムライスを練習したな、こいつ。


 正直、オムライスにはうちの特製ドミグラスソースをかけたいのだが、

「どう、美味しい? 美味しい?」

「ああ」

「ふふん」

 たまにはこういうのも悪くない。


 空には白い雲が浮んで たいそう閑雅な食慾である。


「はい、お茶」

「おう」

「はい、バスケットボール型チョコレートアイス」

 ……やはりこっちもちゃんと作っていたらしい。

 いたれりつくせりだ。


「あらあら」


「な、なに?」

 先生が近所の奥さまのような顔をして、なにやらアリスに耳打ちする。

「アリスさん。ああいう風に自分の趣味にうつつを抜かして、女性に養ってもらう人のことをヒモっていうんですよ?」


「変なこと教えないで!」


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