屯田兵、アイヌ、典獄はmimozaさんに、囚人は@ヨロイモグラさん、永倉新八は朱身つめさん、北海道の地図はlafeuilleさんに描いていただきました。
転載禁止。
「新しい将棋をデザインしてみた。その名も『コタンの開拓者たち』だ!」
「……どっかで聞いた覚えのあるタイトルね」
「気のせいだ」
素知らぬ顔をしてボードを広げる。
とりあえず二種類用意してみた。
どちらを採用するか迷うところだ。
「なんで北海道なの?」
「コタンはアイヌ語で集落って意味だ。このゲームの舞台は明治の北海道。明治政府は囚人を使って北海道を開拓していたらしい」
「あ、『シルバーカムイ』のアニメで見た!」
「それなら話は早い。これは網走監獄と樺戸(かばと)集治監が協力して北海道を開拓してるっていう設定でな」
イラストの描かれた駒を並べる。
囚人はショベル、クワ、ツルハシ、斧、ハンマーの5種類だ。
囚人
「? 新撰組の駒が混じってるわよ」
「これは二番隊組長の永倉新八だ。樺戸集治監で剣術師範をしてたらしい」
「そういえばアニメにも出てきたわね」
他にも脱獄王の『五寸釘の寅吉(逃げる途中で五寸釘を踏んでしまったのだが、抜かずにそのまま逃げ続けたという)』や、偽札で有名な熊坂長庵などがいるが、差別化しづらいのでイラストはない。
囚人は赤っぽいオレンジの服を着せられているのでそこそこ派手だ。
2人1組で行動するように(逃亡しにくいように)腰に鎖を巻かれている。
重犯罪者の場合は2人1組ではなく、鎖を足に通して先端に鉄球を取り付けられるらしい。
脱獄を企てたりした囚人も罰として鉄球をつけられるそうだ。
北海道開拓に尽力したアイヌと屯田兵、そしてもう一人の玉である『典獄(てんごく)』もいる。
囚人ではないので赤い服は着ていないし、鎖もない。
「ルールは?」
「基本は将棋と同じだ。ただこのゲームには持ち駒に制限があってな」
「制限?」
「『持ち駒を5枚以上持ったら負け』だ」
「は?」
「相手から5枚以上駒を取ったら負け。ただし持ち駒を盤上に打ってる場合はセーフ。敗北条件はあくまで『駒台に駒が5枚以上集まる』ことだ」
「……なにそれ、どういう状況?」
「監獄っていったら脱獄だろ。このゲームでは『駒台に囚人が5人以上集まると協力して脱走する』んだよ」
「あー。囚人が悪だくみできないように持ち駒を打って仕事させるわけね」
「ああ。同時にこれは『厄介な囚人の押し付け合い』でもある。表向きは相手に協力するふりをしながら、脱走する疑いのある囚人を相手に押し付ける」
「開拓してなくない?」
「う……」
そういえば開拓要素がない。
囚人たちは国道12号や月形水道(日本初の上水道であり、監獄水道とも呼ばれている)、円福寺や北漸寺本堂など様々なものに携わっている。
開拓勝利も設定しておくべきだった。
「なら『盤上に3枚以上の成り駒ができたら開拓成功』にしよう」
「取りたくなくても取らざるをえないわけね」
「ああ」
開拓に成功するか、持ち駒がたまって脱走されるか。
おそらくこの2つがメインになるだろう。
「囚人を休ませても面白いんじゃない?」
「は?」
「一手消費すれば、自分の駒を持ち駒にできるのよ」
「なるほど。持ち駒は好きなタイミングで好きな場所に打てるから強い。だがこのゲームでは持ち駒を持つことがマイナスに働くわけだから、自分の駒ならいつでも持ち駒にできるというルールは諸刃の剣になるわけか」
「しかも序盤からガンガン攻められるわよ」
ただルール的に強すぎる気もする。
持ち駒がたまる中盤から後半には使えないルールとはいえ、一歩間違えるとゲーム性が崩壊しそうだ。
多用しないほうがいいのかもしれない。
「鎖で繋がってる囚人は同時に行動できることにしよう」
鎖が右に伸びているものと左に伸びているイラストがあり、駒を横に並べるときれいに鎖がつながる
「鎖で繋がってる駒を動かしたら、もう1枚の駒も一緒に動かせるってこと?」
「ああ。しかも『繋がってる駒を取ると2枚の駒を取らされる』ことになる」
「面白いじゃない」
「もちろん鎖のないアイヌや屯田兵、玉は繋がることはできない」
ただあまりルールを追加すると混乱するので、このあたりは選択ルールにしたほうがいいだろう。
ルールをいったん整理する必要がありそうだ。
「対局する前になんかつまむか」
「シルバーカムイっていったら飯テロだけど、ワイルドなアイヌ料理ばっかりだから喫茶店向きのメニューがあんまりないのよね。花園公園の串団子ぐらいかしら」
「なに団子だ?」
「たぶんみたらし」
「なら煎茶か芽茶だな。少し趣向を変えて紅茶のキャンディでもいい」
「じゃあキャンディ」
「あいよ」
みたらし団子は意外にキャンディと相性がいい。
モチモチ触感と甘辛さを楽しみつつ、キャンディを飲めば身も心もさっぱりすること請け合いだ。
「じゃあルールもまとまったところで始めよう。まず飛将で歩を取る」
「ぎゃー!?」
『敵味方問わず進行方向の駒を皆殺しにできる』飛将で『自陣の歩を殺し』瑞穂の駒台に置く。
「このルールでそれは反則でしょ!」
「じゃあ自分の駒を殺した場合は、自分の持ち駒になることにしよう」
「当たり前でしょ!」
初手はなかったことにして指しなおす。
「王手」
「ええ!?」
中央の歩を持ち駒にして、いきなり王手をかける。
歩歩歩歩 歩歩歩歩
角 飛
香桂銀金王金銀桂香
※5筋の歩を持ち駒にして、次の一手で王手をかける
やはりこれはやばいルールだ。
瑞穂は『取ってもすぐ持ち駒として打てばいい』とばかりに、安易に歩を取った。
「やってしまったな」
「あ、二歩!?」
気づくのが一手遅かった。
一つの筋(縦の列)に歩を2枚打つことは出来ない。
瑞穂はまだ歩を取られていないから、歩を捨てようとしても捨てられないのだ。
相手が歩を取った筋へすぐに歩を打って身を軽くするのがセオリー。
相手の駒を取らざるを得ないのなら、できる限り価値の高い駒を優先。
持てるのは4枚までだから無駄な駒は一枚もいらない。
想像よりもシビアなゲーム性だ。
瑞穂が歩の処理で戸惑っている隙にガンガン攻め、成り駒を作る。
「う」
これを受けるには俺の駒を取らなければならない。
普通の対局なら駒得すれば圧倒的有利になるのだが、瑞穂の持ち駒はもう3枚。
崖っぷちだ。
「王手!」
「ちっ」
瑞穂が何とか俺にも駒を取らせ、持ち駒を消費し、体勢を立て直そうとする。
コツを掴めてきたらしいが、それでもジリジリと形勢は俺に傾いていく。
持ち駒にばかり意識を集中させているから、どうしても駒組がおざなりになってしまうのだ。
駒組の不利を挽回しようとすると、今度は持ち駒が増えてしまう悪循環。
「王手」
「え、そこに香車打つの!?」
「『大駒は近づけて受けよ』の逆だな。離して打つと合駒打たれる」
「ああ、4枚!?」
王
○←合駒
香
※たとえば香車を玉から離して打つと、間に持ち駒を打たれてしまう
玉を追い詰めることができない上に、相手に持ち駒を消費され、相手の駒を取らざるを得なくなる可能性もある展開
王
香
※近づいて打てば合駒は打てず、相手に駒を取らせやすい
取れば持ち駒が増え、取らなければ押し込まれる。
どっちを選んでも地獄。
これがこの将棋の恐ろしさだ。
やむなく瑞穂が大駒を切って攻めてくる。
駒を持ちすぎて詰む『大脱走』を回避するには、もうなりふり構ってられないのだろう。
だが俺は無視して永倉新八を追いかけた。
「え」
「そりゃ持ち駒が4枚なんだからこうなるだろ」
「あ、この駒は取れないんだ!?」
そう、この駒を取ったら負けだ。
つまり『俺の駒は瑞穂の駒を無視して動ける』のである。
「5枚持ったら負けじゃない。4枚持ってしまった時点で詰んでるんだよ」
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