天の川は紫苑*Shionさんに、駒のイラストは朱身つめさんに描いていただきました。
転載禁止。
「シャンチーをしまショー」
「中国将棋か」
アリスが将棋ともチェスとも違う変な模様の盤を取り出した。
駒は丸くて赤と黒に分かれ、漢字がでかでかと一文字。
しかも駒をマス目にではなく、囲碁や広将棋のように線と線の交点に置く。
車─馬─象─士─将─士─象─馬─車
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┠─砲─┼─┼─┼─┼─┼─砲─┨
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卒─┼─卒─┼─卒─┼─卒─┼─卒
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│ 楚 河 漢 界 │
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兵─┼─兵─┼─兵─┼─兵─┼─兵
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┠─炮─┼─┼─┼─┼─┼─炮─┨
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俥─午─相─仕─帥─仕─相─午─俥
※『午(うま)』はシャンチーだと人偏(にんべん)に馬
機種依存文字なので午で代用
「おもちゃのような駒ですね」
「……まあ、逆に言えば中国人にも日本の将棋がおもちゃに見えてるってことですけど」
「なんでこれ、真ん中でボードが途切れてるの?」
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│ 楚 河 漢 界 │
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「それは鴻溝(こーこー)、河(リバー)ですネ。『象(エレファント)』はこーこーを越えられまセン」
「変なルール」
「『楚漢(そかん)戦争』を模しているんですね」
「項羽(こうう)と劉邦(りゅうほう)か」
ボードでは漢界の文字が上下逆になっている。
楚河サイドが項羽、漢界サイドが劉邦だろう。
「この斜線も気になります」
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仕─師─仕
「それは『九宮(きゅーきゅー)』ですネ。『将(キング)』と『士(シー)』はそこから出られまセン。なので『ワンプージエンワン』というルールがありマス」
「わ、わんぷー?」
「なにその呪文」
「『王不見王』と書きマス。『対面笑(トイメンシアオ)』ともいーマスね。チェスでは『キングを向い合せるのがチェックメイトするコツ』ですが、シャンチーでは負けデス」
「間に何の駒もいない状態で玉同士が向かいあっちゃいけないってこと?」
「イエス」
将 将
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│ │
兵 │
│ │
│ │
師 師
○ ×
素で向かい合ってはいけない
「たとえば玉の前の駒をどかして向かい合わせた場合。どうなるんだ?」
「その手(ハンド)を指したプレイヤーの負けデス」
「……相手への王手じゃなくて、こっちが詰むのか」
これが王手ならわざと向い合せて相手の玉を動かせるのだが。
『向かい合ったら即死』のルールだと玉や玉の前にいる駒に働きかけて、相手を誘導するしかない。
「これは『炮(パオ)』。ムーブは飛車(ルック)デスが、アタックする場合は駒(ピース)を一つジャンプしないといけまセン」
「駒を飛び越えないと攻撃できない? なにそのルール」
「たぶん放物線じゃないかと……」
「ああ、大砲だから放物線を描かないと敵を撃てないのか」
「飛び越える駒は敵でも味方でもいいの?」
「イエス」
炮──→象 × そのままでは象は取れない
炮─兵→象 ○ 間に駒がいればジャンプして象を取れる
「ルールはだいたいわかった。どうせなら古将棋の駒も使って、新しいゲームにしたいな」
「デハこーこーをミルキーウェイにしまショー」
「みるきーうぇい?」
「天の川だ」
「七夕の織姫と彦星も川で2つに分かれてますから、シチュエーションも合ってますね。九宮は紫宸殿や大極殿ですし」
「紫宸殿とか大極殿って平安京にもあるやつ?」
「はい。中国の紫禁城などもそうですが、紫は紫微星、つまり北極星のことです。太極も天の中心という意味なので同じですね。織姫の父親である天帝がいる場所です」
「すると将と帥は織姫と彦星か。九宮から出られないわけだから、天帝に閉じ込められてるんだ」
「天の川を渡って織姫を助けに行くのね!」
「結婚して仕事をしなくなったから離ればなれにされた伝説なので、相手の駒と向き合う=相手のことを思い出して仕事が手につかなくなるというイメージでしょうか」
『働いたら負け』ならぬ『働かなくなったら負け』だ。
「それなら勝利条件と敗北条件を分けよう。勝利条件は天帝、もしくは彦星の飼っている牛を取ること。牛を育てて天帝に献上するか、立派な機(はた)を折って牛を買えば勝ちのイメージだな。そしてお互いに士の駒の1つを織姫と彦星にして、働けなくなったら負け」
織姫・彦星・天帝(玉皇大帝)
「いいじゃない」
名前はシンプルに七夕将棋。
七夕将棋
鳥はカササギだ。
織姫と彦星が天の川を渡れるように、自分たちの体を橋にするという。
「九宮を日光東照宮や仙台城にしてもいいかもしれません」
「なんで?」
「日光は江戸の北に存在し、北極星を模しているという説があります。実際に江戸の方角から東照宮を拝むと、真上に北極星が来るようにデザインされているとか」
「へー」
「家康が東照大権現っていう神として祀られてるのも、自分を太陽の神・天照(あまてらす)に見立ててるからだしな」
東照の読み方を変えると『あずまてらす』になる。
東を照らす神、すなわち天照だ。
自分は北極星のように不動(不滅)の存在であり、同時にこの国を照らす太陽のような存在だと主張しているのである。
ここまで自分を徹底的に神格化しているのが家康のすごいところだ。
「家康の息子・松平忠輝と伊達政宗の娘・五六八(いろは)姫は結婚しますが、大坂の陣で忠輝や政宗が反乱を企てていたことから、二人は離縁させられてしまいます。家康が天帝なら、五六八姫と忠輝は織姫と彦星ですね」
「仙台七夕祭りの創始者は伊達政宗っていう説もあるから、七夕祭りを呪術的な儀式にして天帝である家康を崇め奉り、二人が1年に1度だけ会えるようにしてもらったと考えられないこともないな」
「なにそれすごい」
こじ付けではあるが、知識さえあればいくらでも壮大なストーリーを組み立てられるのが歴史の面白さだ。
「象は河を越えられないわけだから、天の川ならもっと大きな制約があったほうがいいな」
「天の川を越えて持ち駒を打てないとか?」
「ぐっどあいであ」
「古将棋の駒は強力なものが多いので、持ち駒が打てないぐらいでちょうどいいと思います」
あくまで『河を越えて駒を打てないだけ』なので、自陣に打った後に敵陣へ飛び込むことはできる。
象よりマシだろう。
「ルールもできたから一局指してみるか」
「では『麻花(まーふぁ)』を賭けまショー」
「まーふぁ?」
「チャイニーズ・かりんとー」
「お前が作るのか」
「イエス」
まあ、かりんとうなら間違いはないだろう。
小麦粉・水・砂糖・塩そして中国らしくラードを混ぜた生地をこね、棒状にし、
「ねじねじ」
ねじり鉢巻きのようにねじる。
そして生地をしばらく寝かせ、弱火でじっくり揚げた。
「シュガーはお好みで」
「はーい」
パラパラと表面に砂糖をまぶせば完成だ。
カリッ
「かたっ!?」
「日本のかりんとうより硬くてカリカリなイメージですね」
「これに合わせるなら鳳凰単叢(ほうおうたんそう)あたりか? シナモンドーナツっぽくして『東方美人』に合わせてもいいな」
「アリス的にはプーアルがオススメなのデス」
「じゃあプーアルにしよう」
こうしてお茶を楽しみながらシャンチーを指し進める。
「……持ち駒は川を渡れないので自陣の守りが堅くなっていきますね」
「宮殿を出れないから、守りもそこが中心になるのよね」
自然と駒が中央に集まっていく感じがある。
これが将棋なら取った駒で攻めを繋ぐこともできるのだが、川があるのでそれがやりにくい。
ああでもないこうでもないとシャンチー独特のルールに試行錯誤していると、
「アタック!」
アリスが味方を犠牲にしながら貫通駒の飛将を走らせ、九宮へ突入してきた。
反射的に飛将を取り返す。
「チェックメイト」
「は?」
「ワンプージエンワンですヨ?」
「あ」
細かいルールなので存在をすっかり忘れていた。
俺は飛将を彦星で取ってしまったので、織姫と彦星が向かい合ってしまっている。
「飛将を走らせたのは間にいる駒をまとめて消すためか!?」
「ぬふふ」
「くっ!」
王不見王またの名を対面笑(トイメンシアオ)。
その由来をまざまざと思い知らされた。
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