「チップは豆菓子でお願いします」
「あいよ」
黒胡麻豆腐豆や白胡麻豆腐豆、昆布豆、枝豆、そら豆、カシューナッツ、グリーンピース、ピスタチオ、大豆、雀の卵etc。
甘い豆から塩辛い豆まで取りそろえた。
余った枝豆はバナナや豆乳と一緒にミキサーにかけて豆乳ドリンクに。
豆乳が嫌なら牛乳とハチミツを混ぜてミルクドリンクでもいい。
ハチミツの代わりにオレンジやバナナにしてもイケる。
変化球ならヴァニラアイスを混ぜた『ずんだシェイク』だろう。
ヴァニラの香りに枝豆のほのかな甘味と苦味、そして豆のつぶつぶ感が癖になる一品だ。
「ではポーカーを始めましょう」
カードが配られる。
JJ
既にワンペア。
それも絵札でかなり強い。
「レイズ!」
初っ端から強気でいく。
ポーカーは手番が早い人間ほど情報が少なくて不利であるものの、最初に高額のベットをして機先を制することもできる。
同じ役でも1対1で戦う場合と、4人と戦う場合とでは最大で30%ぐらい勝率が違うらしい。
これで1人か2人フォールドしてくれれば勝てる確率は飛躍的に上昇する。
「フォールド」
計画通り。
「コール」
「ちっ」
だが先生は踏みとどまった。
各プレイヤーの共有するコミュニティカードが3枚公開される。
2・6・10
俺の役はJのワンペアから変わらない。
「コール」
静かにゲームが進み、残りの2枚も公開された。
3・8
……最後まで俺はワンペアだった。
ショーダウンで勝ちに行くのなら、最低でもスリーカードかツーペアが望ましい。
ワンペアで勝負に行くのは冒険だ。
ただ今回のコミュニティカードで一番数字が大きいのは10。
つまり俺のJはプレイヤーの知りうる限りで一番強いワンペアだ。
コミュニティカードで作れるトップペアが10なのだから、ワンペアで俺の上を行くには最初に配られた手札がQQ・KK・AAでなければならない。
QQ・KK・AAは勝率が極めて高いプレミアムペア。
手札でプレミアムペアが来ていたのなら、いかに先生でも多少はそういう素振りが出そうなものだ。
しかしそういう気配は一切なかった。
JJはスリーカードやツーペアには及ばないものの、今回のゲームでは最強(と予測される)のワンペアだ。
勝ち目はある。
「レイズ!」
「コール」
ショーダウン。
「ワンペアです」
「スリーカードですよ?」
「げ!?」
あえなく撃沈。
やはりワンペアで勝負するのは無謀だったのかもしれない。
それとも単純に読み負けたと考えるべきか?
「……ポーカーで勝負するときの注意点って何かありますか?」
「手札を見せないことですね」
「は?」
「たとえばフォールドする時、もしくは自分以外のプレイヤーが全てフォールドした時、あるいは先に相手が手札を公開して自分が負けている時。安易に手札を見せてしまうと『こういう手札の時、この人はこういうプレイをする』という具合に、性格からプレイスタイルにいたるまで手の内を見透かされてしまいます」
「そんなところまで見られてるのか」
「はい。特にトーナメントでは相手に情報を与えてはいけません。隠せる時は手札を隠してゲームを終えましょう」
「いつも見せてるじゃない」
「ハンデです」
言い切った。
……まあ、俺たちが何も考えずに手札を公開しているから先生もそうせざるを得ないのだろう。
最近はアナログなゲームが流行っているので本格的なポーカーも増えたが、日本でポーカーというと金を賭けないドローポーカーだった。
純粋に役の強さだけで勝負したり、レイズもフォールドもないから、そもそも手札を隠すという発想がない。
ポーカーは身近なようでいて、実は日本人とは縁遠いゲームなのだろう。
「他に気を付けることは?」
「腕時計や指輪ですね。カジノではテーブルに置いた腕時計やアクセサリは賭け金と判断されます。場合によっては携帯電話もチップとして持っていかれてしまうので、カジノのテーブルにはうかつに物を置いてはいけませんよ?」
いかにも素人がやらかしそうな失敗だ。
肝に命じておこう(そもそも本場のカジノに行く機会があるのか微妙だが)。
「ネクストゲーム!」
気分新たに手札が配られる。
JQ
数字が連続しており、しかも絵柄がそろっている。
悪くない。
まあ、フラッシュの確率がプラスされても、勝率は3%ぐらいしか上がらないのだが。
「コール」
今度こそ勝つ。
だが今回も先生はフォールドせず、積極的に参加してくる。
どうすればフォールドさせられるだろう?
コミュニティカードで8と9が落ちる。
同じ絵柄のカードも2枚出てきたが、あいにく俺のとは種類が違う。
フラッシュは狙えない。
だが8・9・J・Q。
ストレートドローだ。
あと1枚でストレートが成立する。
とはいえ、これはいわゆる『歯抜け』。
横文字で格好よくいうなら『インサイドストレートドロー』か『ガットショット』だ。
これが9と10の9・10・J・Qなら、両端の8かKを引けばストレートになる『アウトサイドストレートドロー』であり『両面(りゃんめん)待ち』なのだが……。
今回のような歯抜けの場合、ストレートが成立するのは10だけ。
両面待ちに比べて確率がかなり落ちる。
しかしストレートドローには違いない。
現在の賭け金を確認する。
前回のゲームよりは少ない。
やはりここは……
「レイズ」
これで賭け金は前回を上回る。
負ければさっき手に入れたばかりのチップを丸ごと失う。
入手したばかりのチップや儲けたチップは失いたくない。
それが人間心理。
「レイズ」
だが俺のレイズに反発し、先生がプレッシャーをかけてくる。
かなり強い役が出来ているような気がするし、ブラフのような気もする。
いずれにしろこっちはストレートドローだ。
どうしても最後のコミュニティカードを見たくなる。
見ずにはいられない。
10
来た。
「レイズ!」
「フォールド」
よし、先生が降りた。
これで勝ったと思いきや、
「コール」
まだアリスがいた。
……この流れはよくない。
ショーダウン。
「ストレート」
「フラッシュ」
「ぐはっ?」
先生にばかり意識を集中しすぎたのが失敗だった。
「もう1ゲームだ!」
こうなったら意地だ。
是が非でも勝ってやる。
さいわい、またしても手札がいい。
これは大勝負ができそうだ。
「チェック」
「コール」
レイズなしにゲームが淡々と進む。
「ん、シェイクがなくなったか」
自分の手番が回ってくる前に席を立ち、カウンターへ行ってラムネを調達。
そしてビンを置き、ラムネの玉押しをしないままプレイ再開。
「レイズ」
「うえいと」
アリスが止めた。
「……なんだ?」
「そのラムネ、賭金(ベット)に入ってマスね?」
「……」
「え、どういうこと?」
「カジノではテーブルに置いた腕時計やアクセサリは賭け金と判断される、ですね。そして私たちが賭けているのは飲食物」
「いえす。このラムネはアユ太のレイズに含まれているのデス」
「ええ!?」
「今回のゲームはずっとチェックとコールで進行していました。だから一回ぐらいレイズされてもそれほど金額は大きくならないので負けても痛くない。そう油断しているところへ、ラムネの分の賭け金を上乗せして請求する。万が一負けてしまっても、ラムネを賭け金にするとは宣言していないわけですから、普通にラムネ玉を押しこんで飲めばいい。そういうトラップです」
「……油断も隙もないわね」
「ストリングベットと違ってルール違反じゃないぞ」
「マナー違反でしょ!」
ラムネのレイズがバレたせいで俺の役の強さもバレる。
「フォールド」
先生とアリスは降りたが、瑞穂は降りなかった。
強い手札を持っているらしい。
「でもチップがないのよね」
うーんと悩んでいたかと思うと、不意に笑顔で手を叩いた。
「よいしょ」
瑞穂がテーブルにちょこんと腰掛ける。
「……なにしてる?」
「賭け金はわ・た・し」
「いらん」
「なんでよ!」
『もう俺のだからだ』というと調子に乗りそうなので黙っておいた。
「……わかったわかった。そのベットを認めよう。後悔するなよ?」
「しないわよ」
ショーダウン。
「俺はまたストレートだ。お前は?」
「えーと……」
瑞穂が手札を伏せたままテーブルに置いた。
「あー、私の負けね」
テーブルを降り、俺の横に座る。
今まで4人でテーブルの四方を囲んでいたのが、真横に来たのでテーブルの一角が空いた形だ。
「……くっつくな、動きづらい」
「仕方ないでしょ、あんたのものになったんだから」
「ならこのラムネ戻して、ミキサーで豆のジュース作ってこい。別に飲みたくてラムネ持ってきたわけじゃないしな。枝豆が足りなかったら、そら豆かグリーンピースでもいいぞ」
「はーい」
鼻歌を歌いながらカウンターに引っ込んだ。
なんで負けたのに嬉しそうなんだ、あいつは。
「ん?」
コミュニティカードと、瑞穂が伏せた手札が目に入ってハッとする。
「……先生。瑞穂が伏せたこの手札。手の内を隠すために秘密にしたわけですけど……。オフィシャルなゲームでこのカードをオープンさせることはできますか?」
「ある意味ショーダウンでのフォールドですから。不正がなかったことを確認するために、要求することは出来るはずです。開示(かいじ)要求しますか?」
「いや、やっぱりやめときます」
「なに? なんの話?」
「なんでもない」
コミュニティカード5枚の中で、絵柄がそろっているカードは3枚ある。
瑞穂が役を作れたとしたらハートのフラッシュだろう。
俺のストレートよりも強い役だ。
しかし手札を開いていない以上、全ては憶測に過ぎない。
自分の身が賭かっているのに、わざと敗けるなんてのはバカだけだろう。
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