アフロディーテはまとり(るんるん)さん、背景の神殿はコノハさん、駒のイラストはおにずさんに描いていただきました。
転載禁止。
「カレンダーって将棋盤に見えない?」
「見えない」
「見てから言いなさいよ!」
「わかったわかった」
仕方ないので棋書から顔を上げ、カレンダーを一瞥した。
「縦5マス、横7マスだぞ。ボードが狭すぎる。将棋だとカレンダーを横にしないと駒も並べられないだろ」
「変則将棋なんだから別にいいでしょ。重要なのはカレンダーだから時間の概念があるってこと」
「時間?」
「たとえば玉が土曜日にいる場合。ここから横に移動すると、次の段の日曜日に移動できるのよ!」
「うお、なんだそのルール!」
日月火水木金土
■■■■■■玉→
→玉■■■■■■
※玉を土曜から横に動かすと、次の段の反対側にある日曜日へ移動できる
「ちなみに移動できるのは玉だけじゃないから!」
土曜日からさらに右へ飛車を進ませ、日曜日に出ると、そのまま止まらずに水曜日にいた駒を取った。
日月火水木金土
■■■■■■飛→
―――→飛■■■
「な!?」
「進路に駒がいなければ2週3週って移動することもできるんだから」
「じゃあ月末から右に進むと1日に戻れるのか?」
「ループしてないからそれは無理」
「だろうな」
さすがにゲーム性が破たんしてしまうだろう。
無念。
「ならこういうのはありか?」
瑞穂とは逆に、日曜日から左へ飛車を進ませ、土曜日に戻り、そのまま月曜日にいる駒を取る。
日月火水木金土
■飛←―――――
←飛■■■■■■
「もちろんアリよ。っていうか、それできないと圧倒的に不利だし」
カレンダー将棋の楽しみ方がわかってきた気がする。
「ちなみに『どの駒も動かさない』つまり『パス』をする場合、1つだけ駒を明日に動かせるから」
「どんな駒でも?」
「どんな駒でも」
「明日のマスに他の駒がいる場合は?」
「移動不可」
相手の駒を取ることはできないらしい。
まあ、『時の流れに身をゆだねて明日に進む』だけなので、これで相手の駒を取れるのもおかしな話だ。
パスで昨日には戻れないので、先手と後手で若干の有利不利が出る。
選択ルールにするのが無難だろう。
「斬新で意外に面白いな。カレンダーさえあればなんでもボードになる」
「ふふん」
卓上カレンダーならそのまま卓に敷けばいいし、マグネット式のものも作れないことはない。
「カレンダーは毎年使うのも評価点だな」
「そうそう、毎年ボードを買ってもらえるのよ!」
毎年イラストを12枚用意する必要はあるが、固定客がつけば安いものだ。
純粋にたくさん売るということに関しては、今まで考えてきたゲームの中では一番かもしれない。
調子に乗るのもわかる。
こうしてルールを考えつつカレンダーの上の駒を動かしていると、
「楽しそうなゲームをしてますね」
先生が来店した。
「ふふん、私が考えたのよ!」
「これで完成系ですか?」
「まだ試行錯誤中です」
「ゲーム制作で一番面白い時期ですね」
先生もカレンダー将棋制作に加わる。
さらにやばくなりそうだ。
「カレンダーをボードにするわけですから、ギリシャやローマ神話をモチーフにするのはどうでしょう」
「なんで?」
「月の名前が神さまの名前になっているからです」
「あー、なんか聞いたことあるかも」
「するとプレイヤーはギリシャ神話の神々になるわけか」
「暇を持て余した神々の遊び!」
……とたんに安っぽくなった。
だがギリシャ神話にも時間の神クロノスや、運命の三女神モイライがいるので、時間を俯瞰して人間将棋を指すというシチュエーションもありえなくはない。
「神々が名前になってるのは6月までですね」
先生がホワイトボードに羅列していく。
1月 ヤヌス
2月 フェブルウス
3月 マルス(ギリシャ神話の軍神アレス)
4月 アプリリス(美の女神ヴィーナス、ギリシャ神話のアフロディーテ)
5月 マイア
6月 ユノー(ギリシャ神話の女神ヘラ)
「ギリシャ神話をローマの伝説に組み込んだのがローマ神話だっけ?」
「はい。なのでギリシャ神話の神はだいたいローマ神話にもいます。7月のジュライはローマ帝国の礎(いしずえ)を築いたジュリアス・シーザー、8月のオーガストはアウグストゥス帝です」
「へー」
「現在の暦(こよみ)には残っていませんが、ドミティアヌス帝が10月を自分の名前に、9月をカリギュラにしたとされています」
7月 ジュリアス・シーザー(ユリウス・カエサル) 皇帝(カイザー)の由来になった偉人
8月 アウグストゥス 皇帝
9月 カリギュラ 皇帝
10月 ドミティアヌス 皇帝
「でも11月と12月だけはどうにもなりません。仕方ないのでトランプにしましょう」
「は?」
「フランスのトランプでは11にギリシャ神話のヘクトールが、12にアテナが描かれています」
11月 ヘクトール
12月 アテナ
かなり強引ではあるが12月そろった。
「カレンダーにはこの12人のイラストを載せましょう」
「駒のイラストはどうするの?」
「ギリシャの古美術がいいと思います」
「名画を駒に貼り付けるんですか? 等身が高いから駒の左右がスカスカになりますよ」
「いえ、使うのは黒絵です」
「クロエ?」
「古代ギリシャの甕(かめ)やツボなどに描かれている絵のことです。これをイラストとして使えるように調整しましょう」
ツボ絵をトレースし、駒に載せられるものとして調整していく。
「時間かかりそうだから何かつまみながら作業しよう」
「古代ギリシャの食事というとドライフルーツでしょうか」
「生じゃなくてドライフルーツなの?」
「生だと水分が多すぎてお腹を壊すので、ドライフルーツを食べていたそうです」
「へー」
「というわけで、イチジクをお願いします」
「あいよ」
ギリシャ神話では女神デメテルが地上にもたらした果物だ。
ディオニュソスという説もある。
ちなみに旧約聖書に登場する禁断の果実もリンゴではなくイチジクらしい。
飲み物は何にしようと迷っていると、
「『メリドラトン』でございます」
瑞穂が謎の飲み物をテーブルに置いた。
……不安しかない。
だが色は薄いし悪臭もしないので、毒ではなさそうだ。
先生がちょろっと水を舐める。
「ハチミツっぽいです」
「水で薄めたハチミツだもの」
「……本当にただのハチミツかよ」
いかにも古代にありそうな、素朴な飲み物である。
簡単に古代ギリシャ気分が味わえるのでオススメだ。
「さて……」
カレンダー将棋のデザインを進める。
とりあえず駒の数も減らし、チェスでも遊べるようにシステムも変更した。
「イラストにするならこのあたりでしょうか」
「味があるな」
「なんでビショップは全裸なの」
「古代オリンピックは不正防止のために全裸で競技していたんですよ?」
「へー」
「王不見王(ワンプージエンワン)を導入しても面白いかもしれません」
「シャンチーの特殊ルールだっけ?」
「はい」
王不見王(ワンプージエンワン)、またの名を対面笑(トイメンシアオ)。
間に何の駒もいない状態で玉同士が向かいあってはいけないルールだ。
将 将
│ │
│ │
兵 │
│ │
│ │
師 師
○ ×
※素で向かい合ってはいけない
玉同士が向かい合う手を指したプレイヤーの負け
「ギリシャ神話ならメデューサがいますし」
「なるほど、向かい合ったら石にされるわけか。でもシャンチーでは向かい合う手を指した方の負けですよ」
「あ……」
「睨んだ敵を石にするんだからこのルールはおかしいわね」
「……では逆に『睨まれた後に後に動かなかったら負け』ということにしましょう」
「睨まれてもすぐ視界の外に出れば石化しないってこと?」
「はい。でも邪眼なら相手の玉だけ死ぬのもおかしいですね」
「たしかに。メデューサと目を合わせた駒は例外なく死ぬ、あるいは動けなくなるっていうルールにするべきか?」
「それが無難だと思います」
「メデューサがいるならペルセウスもいないとおかしいでしょ。邪眼を跳ね返す鏡の盾!」
「鏡で邪眼を反射したわけではありませんよ?」
「え、違うの?」
「直接メデューサの目を見たら石化するから、鏡に映ったメデューサを見ながら戦ったんだぞ」
「あー、そういう説もあったわね」
神話を詳しく調べたわけではないので原話がどうなっているのかわからないが……。
邪眼反射はたぶん後世のネタだろう。
だがネタとしては面白いので、鏡で跳ね返せることにする。
「キングをゴルゴン、真ん中のポーンをペルセウスにしましょう」
メデューサはゴルゴン三姉妹の一人だ。
ペルセウスはキングと同じく全方向に1マスだけ動ける。
ちなみにペルセウス本人ではない。
ここでいうペルセウスとは、鏡のように磨き上げられた青銅の盾とハルペーという鎌のような武器を装備したゴルゴンスレイヤーの称号である。
「これ、自分からゴルゴンの前に移動した場合はどうなるの?」
「即死だ」
「ええ!?」
「ゴルゴンに睨まれたまま動かなければ石になるんだぞ。自分からゴルゴンの前に飛び出して、次はゴルゴンの手番になるんだからそりゃ死ぬだろ」
ペルセウス以外の駒で正面から攻めるのは危険だ。
「自軍のゴルゴンの前にペルセウスが立った場合、鏡で横に邪眼を反射できるってのもありかもな」
「それだと2人同時に殺せることにならない?」
「もちろん反射できるのは一方向だけだ。プレイヤーの指定した方向へ反射できる」
「ではペルセウスの駒の裏に左右反転したイラストを描きましょう。ペルセウスの向いてる方向に邪眼を反射できます」
これで反射できる方向がわかりやすくなった。
「駒がそろったからボードも仕上げるか」
カレンダー将棋イメージイラスト
「カレンダーから神さまが出てきてゲームするイメージね」
「ああ。もちろん将棋盤として使う場合は、ただの神様のイラストになる」
カレンダーは横7マスしかないのでチェスより1マス少なく、クイーンの駒はない。
「じゃあ、これで指してみよう」
ルールもほぼ整ったのでテストプレイ開始。
「……初手からなかなかの地獄っぷりね」
カレンダーは縦5マス(多くても6マス)しかない。
しかもチェスルールだとポーンは斜め前にいる駒を取れる。
最初にポーンを動かしたら、周りのポーンも次々に動いて殴り合いになるだろう。
RKBGBKR
PPPPPPP
□□□□□P□
PPPPP↑P
RKBGBKR
※先手のポーンが前に出た場合、後手のポーンがそのポーンを取り、先手が取り返し、後手がさらに取り返し、先手がさらに取り返すことになる
RKBGBKR
PPPP□P□
□□□□□P□
PPPP□□□
RKBGBKR
チェスの『ポーンは最初の一手だけ2マス動ける』ルールを導入したら、さらにひどいことになる。
カレンダーのマス目を端まで下げて、他のカレンダーと重ねることができるようにしたほうがいいのかもしれない。
これならボードを大きくできるし、チェスボードの大きさに近くなって指しやすいだろう。
4月と5月のカレンダーを重ねたボード
だがボードが大きくなってもゴルゴンがやばいことに変わりない。
「ここでゴルゴン」
「あ、ピン!?」
ゴルゴンに睨まれた駒を逃がしても、その後ろに味方の駒がいればさらに邪眼の標的になってしまう。
次はゴルゴンの手番なので、この場合も即死である。
K
B
↑
ゴ
※ビショップが逃げたら後ろのナイトが石化する
「ペルセウスでカバー!」
「ちっ」
逆にペルセウスが後ろにいる場合、前の駒が邪眼から逃げるとペルセウスに反射されてしまうので、その駒を睨むことはできない。
ペ
B
↑
ゴ
※ペルセウスの前にいるビショップを睨むと、そのビショップに逃げられたらペルセウスに反射される
ペルセウスを使いこなせばもう無敵だ。
「ペルセウスで左に反射する」
「左っていうことは過去にさかのぼってこっちに向かってくるわけだから……。なにこれ、どうやっても石化するじゃない!」
土日は繋がっているので、鏡で横に反射すると横並びの駒をまとめてターゲットにできるのだ。
ゴルゴンの邪眼は縦方向だけなので避わすのは簡単だが、ペルセウスの反射邪眼は避けても別の駒がほぼ確実に石化する。
←━━━━
━━ペ
|
ゴ
「ならペルセウスを取るまでよ!」
「じゃあポーンを奥まで進めよう」
「え、ちょっと待って。まさか……」
「そのまさかだ。ポーンをペルセウスにプロモーションする!」
「ぎゃー!?」
ボードが狭いので、ポーンはすぐにボードの奥へ到達してペルセウスに成れるのだ。
「……突き詰めていくと先手必勝になりそうですね」
ルールをもっと調整するべきかもしれない。
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