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東方不敗(ひがしかた・まさる)
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羽根突きセット【おせちとダージリン】

公開日時: 2020年12月18日(金) 14:36
更新日時: 2020年12月18日(金) 14:43
文字数:4,305

「はっぴーにゅーいやー!」


「お、来たな。……ってアリスだけか」

「イエス」

「派手な着物だな。『マネ』か?」


「『モネ』デス」


 アリスが扇子を広げ、モデルのように一回転する。

 扇子と着物の柄は名画『ラ・ジャポネーズ』を意識したものらしい。

 天才画家モネが妻の着物姿を描いた、ジャポニズムを代表する作品だ。

 未だにマネとモネが頭の中でごちゃごちゃになる。

「これは何デスか?」


「おせちだ」


 伊達巻、くりきんとん、黒豆、田作りetc

 おやつとしても摘まめる甘いおせちが重箱に所狭しと詰まっていた。

 スーパーなどに売っている安物とはレベルが違う。

 市販されている安物は味よりも長持ちすることを重視しているのでハズレが多い。

 日本人のおせち離れの理由の一端はその手の安物だろう。


「でりしゃす」


 お茶はダージリンのオータムナル。

 意外にもおせちと相性がいい。

 年始はこれに限る。

「2人が来るまで暇だな。羽根突きでもして時間潰すか」

「キツツキ?」


「羽根突き。ジャパニーズバドミントン。これがラケットだ」


「オー、カブキ!」

 浮世絵のあしらわれた羽子板を渡す。

 年末の大掃除で倉庫から発掘した年代物だ。

 適当な棒を立てて網を張り、簡易バドミントンコートを作成。

 お互いに動きやすいよう、ヒモで袖を縛って襷(たすき)掛けをする。

 羽根突きの羽根は三種類あった。

 3枚・4枚・5枚とそれぞれ羽根の枚数が違う。

 少ないよりは多い方がいいだろう。

「行くぞ」

 まずは感触を確かめるように、下から丁寧に五枚羽根を打ってサーブ。


「smaaaash!!」


「いきなりか!?」

 アリスが羽子板を振り抜いた。

 バドミントンは最速で時速400キロを記録するという。

 だが羽根は目にも止まらぬ初速をピークに空中で失速した。

 想像以上に空気抵抗を受けるらしい。

 角度も浅い。

 なんとか食らいついて向こうに返すが、

「smaaaash!!」

 一度崩されると厳しい。

 成す術もなく一点取られる。

「そういえばこれ何ポイントマッチだ?」


「バドミントンは21ポイントの3ゲームマッチですネ」


「長いな。二人がいつ来るかわからん。3ポイントごとに罰ゲームといこう」

「×(クロス)ゲーム?」

「そっちのバツじゃない。ペナルティだよ。墨で顔に落書きする」

「オー、TVショーで見たことありマス」

 むしろアニメやバラエティ番組でしか見たことがない。

 逆に新鮮だ。

「お前のサーブな。今度は三枚羽根で」

 枚数が違うからには変化も違うはずだ。

「saaaaaaa!」

 アリスが卓球のごとくサーブを打ち込んでくる。

 心なしかスマッシュよりも減速しない。


 羽根が少ない分、空気抵抗も少ないということか。


 しかしスマッシュよりも遠い位置から打っているので対応する余裕はある。

 冷静にアリスの後ろを狙って羽根を返す。

 これならスマッシュは打てない。

 逆にこっちのアタックチャンスだ。

「どらあ!」

 アリスのリターンに渾身の一撃。

 アリスは返すのが精いっぱいだ。

 ゆるいリターンをスマッシュで返すこと4回。

 それでもアリスは羽根を落とさなかった。

 しぶとい。

「smaaaash!!」

 逆にこっちのミスを突いて逆襲してくる。

 攻守逆転。

 スマッシュを連続して打ちこまれ、さばききれずに失点。

「……五枚羽根の方がいいな」


 やはり羽根の多い方が失速して拾いやすい。


 アリスも拾いやすくなってしまうが、こちらが拾えなければ始まらない。

 リスクは覚悟の上だ。

「smaaaash!!」

「ぐ」

 しかし羽根を多くしても拾いきれない。

 逆になぜアリスはここまで拾えて、俺は拾えないのか。

「ペナルティですネ?」

「くそ!」


 肉


 ……額にお約束の落書きをされて試合続行。

「smaaaash!!」


 ヒゲ


「smaaaash!!」


 十字傷


 着実に俺の落書きが増えていく。

「ぬふふ、次はライトのほっぺたデス」

「調子に乗るなよ、お前の動きはすでに見切っ……」

「saaaaaaa!」

「た!?」

 俺が喋り終わるより早くサーブを打ち込んできた。

 返すので精いっぱいだが動揺はしない。

 理にかなった動きをすれば必ず拾えるはずだ。


 動いた後はセンターに戻る。


 コートの中央ならどこに羽根が打たれようとも等距離だ。

 戻すのは位置だけではない。

 打ちっぱなしでは次の動作に支障が出る。

 だが羽子板をすぐ構え直せば、アリスの速い打ち込みにも対処できる。

「どらあ!」

「のー!?」

 ようやく反撃開始のスリーポイント。


 念願の落書きタイムだ。


「よーし、顔出せ」

「ぬふふ」

 ペナルティなのに嬉しそうなのが癪(しゃく)に障ったものの、右目を○で覆う。

「次は左目で眼鏡にしてやる!」

 と調子に乗ったがいけなかった。

 ……あくまで基本を重視するようになっただけにすぎない。

 むしろこれでやっと対等なのだ。

 空手で普段から体を鍛えているとはいえ、アリスの運動センスはずば抜けている。

「リターン!」


 羽根を羽子板の真ん中でとらえ、真っ直ぐ俺に打ち返してくる。


 羽根を返す時も山なりは厳禁なのだろう。

 極力羽根を浮かせない。

 強く打たなくても空気抵抗で減速して勝手に落ちる。

 それだけで充分返しにくい。

 リターンするには山なりで返すよりほかなく、

「smaaaash!!」

 アリスがぐふふと笑いながら筆をとった。

「楽しそうですね」

「あ、先生」

 斧・琴・菊のマニアックな柄だ。


 ちなみに斧は『よき』と読み『善き事聞く』にかけている。


 名探偵・金田一(かねだはじめ)の推理小説にも出てくる有名な柄だ。

「書きマスか?」

「書初めですね」

「おい、勝手なことすんな!」

 俺の抗議に耳を貸さず、先生が俺の顔に落書きする。

「ところで今更遅いのかもしれませんけど……」

「なんです?」

「たぶん羽根突きのルール間違ってますよ?」

「ええ!?」

「川崎市の羽根突き大会ではバレーみたいに3回打ってましたから」


「バレミントン!?」


「しかも1人で3回です」

 俺たちが今までやっていたのはなんだったのか。

「あれ、遅れちゃった?」

「カマワヌ」

 とアリスが偉そうに言った。

 かまわぬは瑞穂の柄にかけているのだろう。


 市川團十郎の好んだ鎌と輪とひらがなのぬで構成された紋様だ。


 なお尾上菊五郎がこのかまわぬに対抗して用いたのが斧・琴・菊である。

「ダブルスしましょ」

「もう書く所ないぞ」

「顔洗えばいいじゃない」

 やむなく身を切りそうな冷水で汚れを洗い流す。

 下手したら一日で二度も顔を黒くする羽目になる。

 元日からついてない。


「とりあえず動ける俺とアリスは別々に別れよう」


「そうね」

 俺は先生と、アリスは瑞穂と組んだ。

「無難に瑞穂を狙いますか?」

「そうですね」

 と瑞穂に向かってサーブを打つ。

 しかしアリスがしゃしゃり出てレシーブし、瑞穂がトス、すかさずアリスが天高く舞い上がった。

「smaaaash!!」

「くそ」

 流れるようなコンビネーションに反応しきれない。

 瞬く間に一点取られた。

「saaaaaaa!」


 アリスのサーブを俺がレシーブ、トス、スマッシュと一人で3アクション。


 意表を突いたつもりだったが決めきれなかった。

 続くアリスのスマッシュを回転レシーブで拾うものの、トスに合わせてスマッシュを打てる体勢ではない。

 先生が自分にトスを上げてスマッシュ。

 しかし一人で、その場でトスを上げつつスマッシュを打つのでは、助走を付けて打ちにくいので威力はない。

 簡単に拾われて、アリスにスマッシュを打ちこまれてしまう。

「……一人で連続して叩くのは効率悪そうですね」


「素直にビーチバレー風に戦いましょう。2人でパス、トス、アタック」


「それがベストですね」

 アリスのサーブを先生が拾い、トス、スマッシュ。

 だが先生のスマッシュでは決めきれず、すかさず反撃にあい、辛うじて先生が拾うが同じことの繰り返しだった。

「smaaaash!!」

 2点目。


「……そういやビーチバレーはレシーブした選手がスパイクしてたな」


「スパイクを打つにはレシーブで倒れてはいけないということですね」

 いかにアリスにレシーブさせず、俺がレシーブするか。

 それがポイントになる。

 お互いにエースがレシーブしまくってスマッシュを打ちこむ展開。

 戦況はほぼ互角。

 崩される要素はないが、崩せる要素もない。

 このまま膠着状態かと思いきや。

「リターン!」

 アリスが俺たちの後ろを狙って羽根を返す。


 切れる。


 反射的にそう判断した。

 しかし

「あ?」

 ふっと羽根が急角度で落ちた。

「風か!」

 気づくと風が出てきていた。

 これはまずい。

 羽根突きと共通点の多いバドミントンは室内競技。


 風の影響を受けないように厳格な環境が整えられている。


 アジア大会で空調が操作されていたのは何年前だったか。

 あの時の例でも分かるように、プロでさえ風には苦しむのだ。

 空気抵抗を減らしたいなら羽根を減らすしかない。

 するとラリーが速くなってしまう。

 これ以上速くなってしまうと拾いきれない。

 しかも先行を許し、俺はアリスとシングルスをしていたから事実上の2セット目。


 ガクガク


「……やばい、足に来た」

「こらえてください」

 あらゆる羽根を一人で拾い、なおかつどんな打ちこみに対しても倒れないように下半身を踏ん張らせていたのがまずかった。

 日頃から空手で鍛えているアリスとは違う。

 絶体絶命。


「とりあえずお互いに失点分の墨を塗りあおう」


「いえー!」

 墨の塗りあいで体力回復の時間を稼ぎつつ。


「ん、そういやこれ。結納の時に親父とおふくろが作った飾り羽子板じゃないか?」


「ゆ、結納!?」

「つまり婚約の証だな。交換するか?」

「するする!」

 もちろん真っ赤な嘘だ。

 そんな大事な羽子板で羽根突きなどするはずがない。

 冷静に考えればおかしいとわかるはずなのだが、のぼせ上がった瑞穂はそこまで頭が回らない。

 好機。

「うらあ!」

「あわわ!?」

 飾り羽子板に傷がつくのではないかと、羽根を突くのをためらう隙を突いて形勢逆転。

 このまま逃げ切ろうとしたものの、

「え?」

 アリスが攻撃的に踏み込んで来た。


 こちらのリターンの勢いを利用してカウンターで返してくる。


 かと思えばインパクトの瞬間に手首を使って羽子板を引き、一人時間差でタイミングをずらしてくる。

「smaaaash!!」

 極めつけは自分で横にトスを上げ、空中で華麗に反転しながらバックハンドでスマッシュを打ちこんだ。

「くそ、打ち負けた!」

「ふふーん。勝利の一筆デス!」

「私をダマそうとした罰よ」

 アリスが先生に、瑞穂が俺の頬へさっと筆を走らせる。

「なんて書いたんだ?」

「え!?」


「コレはカタカナの……」


「ダメ!」

 瑞穂が慌ててアリスの口を塞いだ。

 自分で書いておきながら恥ずかしいのだろう。

 正直、複雑な文字ではないし、左右対称だから何を書いたのかわかっていた。

「じゃあ次があったら俺がお前のほっぺに書いてやる」

「な、なにをよ?」


「ホの字」


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