「何を作っているんですか?」
「『たまごふわふわ』です」
「『東海道中膝栗毛』に出てくる『たまごのぶわぶわ』ですね」
「さすが先生」
ぶわぶわは『ふわふわ』の訛(なま)りだ。
玉子を泡だて器でかき混ぜ、煮たてた出し汁の中に流し込んで蒸したものであり、名前の通りふわふわで不思議な食感がある。
膝栗毛では酒の肴(さかな)だが、袋井では朝食として出されていたらしい。
くんくん
先生が鼻を鳴らす。
「この香りはほうじ茶ですね」
「はい。これは奈良茶飯、期間限定メニューの『東海道の名物セット』です」
川崎名物の奈良茶飯は米や粟、小豆、大豆、栗、その他の野菜などを、ほうじ茶や煎茶で炊いた炊き込みご飯だ。
今回は煎茶の茶葉を炒ってほうじ茶を作り、それで炊き込んだ。
「茶飯にはとろろ汁をつけます」
「鞠子(まりこ)名物ですね」
広重の浮世絵『東海道五十三次』にも描かれており、『梅若菜丸子の宿のとろろ汁』と松尾芭蕉も詠んだ東海道で一番有名な名物だ。
もちろん膝栗毛にも登場している。
ただし夫婦喧嘩に巻き込まれて食べることは出来なかったのだが……。
鞠子では麦飯にとろろをかけるが、奈良茶飯用に味を調えてある。
「それと府中の安倍川餅に藤枝の染飯(そめいい)です」
「まるで小判ですね」
「クチナシの実で着色しました」
染飯はもち米を小判形に伸ばして干したもの。
『染飯や我々しきが青柏』と小林一茶が詠んだことで有名だ。
安倍川餅はきな粉餅である。
市販されてるものだと、きな粉と黒蜜で食べる場合が多い。
「茶飯が炊けるまで安倍川餅でもつまみながら何かしましょう」
「では絵すごろくをしましょう!」
先生が東海道五十三次のすごろくをプリントアウトした。
「サイコロは何個使います?」
「使いませんよ? これはグ○コゲームです」
「は?」
「じゃんけんして勝った手だけ進めます。グーならグ○コで3マス、チョキはチヨコレイトで6、パーはパイナツプルで6」
「ああ、グ○コゲームってそれですか」
『グミ・チョコレート・パイン』とも呼ばれるゲームだ。
「では始めましょう」
「じゃーんけーんぽん!」
グーで俺の勝ちだ。
3マス進む。
次もグーで勝って6マス差をつけるものの、チョキに負けてあっという間に追いつかれる。
しかも、
「じゃーんけーんぽん!」
「またチョキ!?」
まさかの5連続チョキ。
逆に12マス差をつけられた。
「……なるほど、そういうことか」
「気づいたようですね」
「あまりに不自然ですから」
ここまでくればさすがにわかる。
チョキで勝てば6マス進め、負けても相手はグーだから3マスしか進めない。
グー 勝てば3マス、負ければ6マス進まれる
パー 勝てば6マス、負ければ6マス進まれる
チョキ 勝てば6マス、負けても3マスですむ
これはいかにチョキで勝つかというゲームなのだ。
先生がチョキでくるとわかっていても、12マス差だから勝率の高いグーでは4回勝たないと追いつけない。
先生がチョキを多用するからこそ俺もグーが多くなり、パーで狙い撃ちされる。
グーで4回勝つまでに更に差をつけられるだろう。
だがあえてグーで勝ちにいく。
なぜなら、
「グ・○・コ・の・お・ま・け」
「……やっぱりその手できましたね」
「まあ、お約束ですし」
「では、これからグーは全部おまけつきにしましょう。でもおまけつきは正式なルールではありませんから……。グーで勝った場合、次の勝負ではグーを出せないというのはどうでしょう?」
「受けて立ちますよ」
「先生はチョキさえ出しておけば負けません。でもアユ太君がチョキを出し続けると決着がつきませんから。あいこが5回続いた場合、おまけ側の勝ちにしましょう」
駆け引きが要求されている。
これはグーを出せないからといって必ずしも不利ではない。
こちらの出す手は限定されるが、同時に相手も出す手が限定されている。
あいこは4回まで。
先生がグーを出すタイミングさえつかめれば。
「じゃーんけーんぽん!」
……負けた。
さすがにそんなに甘くない。
が、感触はつかめた。
次は負けない。
「じゃーんけーんぽん!」
勝負は普通のジャンケンに戻り、グーを中心に出し続けてリードを奪う。
リードといってチョコ(6)とパイン(6)とおまけ(7)の差である1マスの積み重ねに過ぎないが……。
リードはリードだ。
ゴールまであとわずか。
ここで勝てば一気にあがることも……
「え!?」
できない。
改めてマス目を数え直す。
何度数えても残りのマス目の数は変わらなかった。
「うふふ」
ここでようやく先生の罠に気付いた。
絵すごろくは東海道五十三次。
53というのは宿場の数であり、起点の『日本橋』と終点の『三条大橋』は数に含まれていない。
日本橋をふりだしとするなら、あがりまで54マスということになる。
チョキとパーだけで進み続けた先生は6×9=54でゴールできる。
ではそこにグーの7が含まれたら?
「ぐ! 数字が合わないからあがれない!」
すごろくはゴールにぴったり止まらないとあがることができない。
しかもこれはグ○コゲーム。
グーは全部おまけつきになったから、一度に進めるマスは6と7だけ。
あがるためには何度も勝って数字を調整しなければならず、その間に間違いなく先生にあがられるだろう。
「おまけなんてつけるからですよ? 食玩はお菓子よりおまけの方が高くつくんですから」
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