ロゴは雨々(ゆーやん)さん、マーダーは道草なずなさん、サバイバーはタケノニジコさんに描いていただきました。
転載禁止。
「非対称性将棋やりたい」
「は?」
「非対称性ゲーム流行ってるでしょ」
「殺人鬼(マーダー)と生存者(サバイバー)たちが戦うあれか?」
「そうそう、それそれ」
非対称型対戦ゲーム、すなわち『対戦するプレイヤーの数が非対称(1対多のように人数がそろっていない)』ゲームだ。
だいたい強力な殺人鬼と無力な一般人たちが戦うものが多く、殺人鬼は一般人を皆殺しにすれば勝ち、一般人は殺人鬼を倒すかフィールドからの脱出に成功すれば勝ちだ。
「ようするに『駒落ち将棋』だな。それならわりと簡単に作れるぞ」
「やった!」
駒落ち将棋は歩三兵のようにハンデとして駒を落とす(自分の飛車や角、香車などを将棋盤からとりのぞく)将棋だ。
初級者が有段者やプロと指す場合は駒落ちである。
普段とは違う立ち回りが求められるので、駒を落とすほうも落とされるほうも指しにくい。
だがゲームとしては、それが普通の将棋にない面白さになる。
「とりあえずホラー路線でいこう」
売り物になるように専用のイラストも用意する。
テレビから這い出してくることで有名な『輪』の『爽子(さわこ)』、巨大なハサミを持ってどこまでも追跡してくる『クロノタワー』の『シザーハンズ』、そしてホッケーマスクとチェーンソーで有名な『ジョンソン』をモチーフにしたキャラだ。
左・爽子(古将棋の駒でいう獅子)
真ん中・シザーハンズ(古将棋の駒でいう飛将、進行方向に存在する駒を敵味方関係なく皆殺しにする)
右・ジョンソン(古将棋の駒でいう火鬼、自分の周囲8マスにいる駒を敵味方関係なく皆殺しにする)
「まあ、ジョンソンは作中でチェーンソー使ってないんだけどな」
「ええ!?」
「同時期の映画で『魔王のいけにえ』っていう人の皮で作ったマスクとチェーンソーがトレードマークの殺人鬼が出ててな、なぜかこの2人のイメージが混ざってしまったんだよ」
「へー」
なのでホッケーマスクにチェーンソーを持たせたキャラを出しても、権利的には問題ないだろう。
……ただジョンソンをモチーフにしたキャラはいろんな作品に登場するので、ジョンソンではなくそのパロディキャラの権利に触れてしまう可能性はある。
これだから権利関係は難しい。
ちなみにシザーハンズが持っているハサミも、実はクロノタワーのものとはデザインが違う。
これは推理小説『シザーマン』の表紙に載っているハサミがモチーフで、ハサミを喉に突き刺す連続殺人犯シザーマンのハサミだ。
自分でイラストのデザインをすると、こういう小ネタを仕込めるので楽しい(ほとんど気づく人はいないだろうが)。
そして殺人鬼(マーダー)以外の駒は一般人のサバイバーだ。
サラリーマン、ニート、コック、科学者、自衛官、女子高生、アイドル。
基本的にやられ役なので、あまり強そうなイラストにはできない。
まともに戦えそうなのは自衛官ぐらいだ。
ただサラリーマンのモデルは『徐々に奇妙な冒険』に登場する殺人鬼(ラスボス)なので、マーダーのイラストとしても使える。
「商品化するならロゴも入れとこう」
『天童自主制作ゲームサークル・非電源遊戯研究会』略して『天童寺秘伝拳』だ。
ゲーミング製品のように蛍光色で光っている。
天童はうちの店名『スターチャイルド』の由来であり、将棋の駒の生産で有名な土地なのでロゴの寺の点が将棋の駒になっている。
我ながらなかなかいいデザインだ。
「まずは爽子で『獅子王』をやろう」
「ライオンキンg……」
「違う」
夢の国も権利関係に厳しい。
「源頼政?」
「その獅子王でもない」
源頼政は皇居に現れたヌエという化物を退治し、獅子王という刀を賜った人物だ。
ただの伝説ではなく現存する刀であり、重要文化財にも指定されている。
「獅子は『一手で2回動かせる』駒だ。『玉の動きを2回』だから『元いた位置に戻る』ことも含めて都合25マス動ける」
●●●
●獅●
●●●
2回動かせるので、
●●●●●
●●●●●
●●獅●●
●●●●●
●●●●●
実際の獅子の移動範囲はこうなる。
「玉を獅子にして指す変則駒落ち将棋。それが『獅子王』だ」
「王さまが獅子ってことは、獅子を取られたら負けってこと?」
「ああ」
「移動範囲も広いから、なかなか強そう」
「なかなかなんてレベルじゃないぞ。なんせ獅子王側は10枚落ちだからな」
盤上から自陣の駒をゴソッと落とす。
○獅子王の初期配置
9 8 7 6 5 4 3 2 1
・ ・ ・ ・ 獅 ・ ・ ・ ・ 一
・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ 二
歩 歩 歩 歩 歩 歩 歩 歩 歩 三
・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ 四
・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ 五
・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ 六
歩 歩 歩 歩 歩 歩 歩 歩 歩 七
・ 角 ・ ・ ・ ・ ・ 飛 ・ 八
香 桂 銀 金 玉 金 銀 桂 香 九
「歩しかないじゃない!?」
「これが獅子王だ」
「……いくら私が初級者でも、これなら負けないわよ?」
「なら賭けるか?」
「もちろん」
「オーダーは?」
「バケツプリン!」
「……大きく出たな」
でかいので1つでも3人分ぐらいある。
値段もバカにならない。
「直接食べていい?」
「……最初の一杯だけにしろよ」
「うん」
バケツプリンのど真ん中にスプーンを入れた。
誰もが一度はやってみたいことだろう。
「んー、プルンプルンで美味しい!」
「カラメルと生クリームもあるぞ」
最初はプリンそのものの味を楽しみつつ、飽きが来ないようにカラメルと生クリームで味を変える。
これぞバケツプリンの醍醐味。
「醤油は?」
「やめろ」
だが調子に乗りすぎると大変なことになるので注意。
「お茶は玉露(ぎょくろ)にしよう」
玉露は直射日光を遮って栽培された煎茶で、渋味が少なく旨味成分が多い。
小さめの器に玉露を注ぐ。
「これ『ぐい呑み』よね? お酒を飲む時に使う」
「ああ。唐津焼の『皮鯨』だ」
器にかけられた釉薬がまるで鯨のような色合いをしていることからそう名付けられたという。
「なんでこんな小さいの使うのよ」
「舌先にぽたりと一滴一滴垂らして、旨味と匂いを味わう。それが玉露だ。これぐらいの大きさが丁度いいんだよ」
「へー」
夏目漱石の『草枕』いわく、
『濃く甘く、湯加減に出た、重い露を、舌の先へ一しずくずつ落して味わって見るのは閑人適意(かんぜんてきい)の韻事(いんじ)である』
『普通の人は茶を飲むものと心得ているが、あれは間違だ。舌頭へぽたりと載せて、清いものが四方へ散れば咽喉(のど)へ下るべき液はほとんどない。ただ馥郁(ふくいく)たる匂いが食道から胃のなかへ沁み渡るのみである。歯を用いるは卑しい。水はあまりに軽い。玉露に至っては濃まやかなる事、淡水の境を脱して、顎を疲らすほどの硬さを知らず。結構な飲料である』
「あ、ぬるいけどすごい甘い」
「温度が高いほど渋味が出て、ぬるいほど旨味が出るからな」
「ぷはー、もう一杯!」
「もう少し味わって飲め!」
これだからお茶を飲みなれてない奴は困る。
やむなく二番煎じを淹れた。
二番煎じとは同じ茶葉で二杯目の茶を淹れること。
玉露の旨味は一煎目でほとんど出てしまうものの、
「あれ、さっきよりいい香り?」
「『覆い香』ってやつだ」
二番煎じは一煎目よりも高い温度で淹れるのが基本であり、熱くなれば香りも高くなるのだ。
玉露はプリンとの相性もいい。
生クリームやカラメルでプリンの風味を変えつつ、一番煎じと二番煎じで甘みと香りの両方を楽しむ。
理想的なおやつだ。
「さて、一息吐いたところで始めようか。ハンデ戦だから先手はもらうぞ」
「どーぞ」
こうしておやつ代を賭けた世紀の一戦が始まった。
まずは5筋の歩を突き、爽子を中央へ進出させる。
歩
歩歩歩歩 歩歩歩歩
爽
※中央の歩を一歩進めて、その隙間から爽子を中央へ送り込んでいく
一手で2マス進めるからスピードは桂馬と同じ。
しかも小回りが利く。
「あれ? もしかしてこれタダ取り?」
「気付いたか」
金に背中を支えられた歩。
普通ならその歩を取ると、次の一手で金に取り返されてしまうわけだが。
・ ・ ▼
・ ・ ▼←たとえば銀でこの駒を取ると、
・ 銀 ・
・ ・ ▼
・ ・ 銀←後ろにいた▼に銀を取られる
・ ・ ・
二度動ける爽子は、歩を取って何事もなかったかのように元の位置へ戻れる。
場合によっては、
「もらうぞ」
「ぎゃー!?」
一度に2枚の駒を取れる。
「ぐぬぬ、だったらこれでどう!?」
飛車・角を前線に送りこんできた。
「爽子がどんなに強くても、王さまなら取ってしまえばそれでおしまい。ハサミ撃ちにすれば恐くないわ!」
さらに桂馬を跳ねさせ、四方から爽子へ襲い掛かる。
「怨霊が簡単に捕まると思うなよ?」
「あわわ!?」
飛車・角によるハサミ撃ちを軽くいなし、次々と瑞穂の駒を捕食していく。
たった1人の怨霊と侮(あなど)るなかれ。
爽子は完全に敵陣を翻弄していた。
これが変則将棋・獅子王の恐さだ。
本来なら守らなければならない王さまを最前線に送り込み、猛攻を華麗に避わしながら逆に敵を食い殺す。
「これでチェックメイト」
「え、そんなはずは……」
「『一間(いっけん)獅子』だ。普通なら王を詰ますのに最低2枚の駒がいるが……。獅子なら話は別だ。2回動かせるから、後ろに下がれない玉はどう動かしてもライオンに食われる」
端 端 端
・ 玉 ・
・ ・ ・
・ 爽 ・
※一間獅子の例
盤の端っこなので後ろに下がれない
敵の玉はどのマスへ逃げても爽子に取られる
「……爽子つよい」
「ポイント制にしたほうがいいのかもしれんな」
「ポイント?」
「この手のゲームは駒を落とせば落とすほどポイントが高くなるだろ。まあ、ゲームに勝たないとポイントにならないから、勝てるか勝てないかギリギリのラインの駆け引きになるんだが」
「つまりこういうことね!」
盤上にぎっしり駒を並べた。
「駒を落として高ポイントよりも、駒を限界まで増やして確実にポイントゲットよ!」
「……お前はなんでそんな極端な戦術ばっかり選ぶんだ」
もはや非対称性ゲームじゃない。
数に差がありすぎてマーダーとサバイバーの立場が完全に逆転していた。
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