「百人一首(カルタ)をしませんか?」
「アリスには敷居が高いんじゃ」
「そうね。私も有名どころの和歌しか知らないし」
「ワカ?」
「ジャパニーズソングよ」
「おー、JPOP!」
どこから突っ込むべきだろう。
「俳句は知ってるのに和歌は知らないのか」
「外人にとって和歌も短歌も川柳も全部ひっくるめてハイクなんでしょ」
まあ、俺だって和歌・短歌・俳句・川柳・俳諧・狂歌の定義を説明しろと言われたら困るのだが。
「じゃあカルタはやめて『豚の尻尾』にしましょう」
「ポークテイル……。美味しそうデス」
「よだれを拭け」
先生がセキュリティシール付きのトランプを開封する。
セキュリティシールは未開封の証。誰もトランプをいじっていない証拠である。
新品のトランプを豚の尻尾(渦巻き)の形に並べた。
尻尾の中心にはカードを置けるだけの空間がある。
「ルールは簡単。トランプでやるカルタです」
先生が豚の尻尾から一枚カードを引いて、表にして場に置く。
「現在場に置いてあるカードと、次に引いて場に置いたカードの数字が同じならカードの上に手を置く。手を置くのが一番遅かった人が場にあるカードを全部取らされます。引けるカードがなくなった時点で一番カードを持っていた人の負け」
場に置いている札と同じ数字の札なら手を置く
「ミルフィーユカツですネ」
「食いもんから離れろ」
どうやらカードの上に手を重ねる所から、豚スライスを重ねて作るトンカツを連想したらしい。
「豚の間にチーズ挟むと最高よね」
「先生はシソの葉を挟んでいるタイプが好きです」
「……トンカツを作ればいいんだろ」
「よろしく」
やむなく豚肉を出してミルフィーユトンカツを作る。
豚バラ肉を積み重ね、間にチーズやシソ、梅肉を挟んで小麦粉、玉子、パン粉をまぶして揚げる。
「お茶は深蒸し煎茶だな」
製造過程で普通の煎茶より長い時間蒸されたものである(淹れた煎茶を長い時間蒸すことではない)。
深蒸しされると若干香りが弱まるものの、渋味が減ってコクが増し、ガッツリした食事との相性もよくなる。
トンカツだから胃に優しいレモングラスをブレンドしてもいい。
「そういえばトンカツパフェっていうのもあったわね」
「おいやめろ」
「少し試してみるだけよ」
さすがに上には載せないようだ。
トンカツを小さく切り、パフェをすくって一緒に一口。
「……交互に食べるのならアリね」
言わんこっちゃない。
「ではブタの尻尾のルールをおさらいしましょう。数字がそろったら手を置く、一番遅い人がカードを引き取る。ゲーム終了時点で一番カードの多い人が負け。数字がそろってないのに手を置いてしまったらお手つき。最下位の時と同じようにカードを取らされます」
「カードを引く手は左手、勝負に行く手は右手だ。カードが場に置かれるまで右手はちゃぶ台や膝の上、床につけておく」
「一番早く手を置くことができたら持ち札を一枚誰かに押し付けることができるのよね?」
「それはローカルルールですね」
「そういやジョーカーの時に一番を取れたら自分の持ち札を全部押し付けられるってのもあったな」
「じゃあ今回はジョーカーとファーストタッチ制でいきましょう」
「どーじにタッチした場合はどーなるんデスか?」
「手で覆っているカードの面積が広い方の勝ちだ」
先生から時計回りにカードを引いていく。
意外に数字がそろわない。
四人目の俺がカードを置いた瞬間、先生が神速で反応した。
「あ」
っという間に一番を取られ、出遅れたと思った時には最下位だった。
豚の尻尾のコツは誰か一人でも動いたら自分も動くことだ。無理に一番になるよりも、最下位にならないことが重要だからだ。
数字がそろっているのか確認できていなくても動かなければならない。
それがわかっていたのに、先生の反応の早さに驚いて出遅れた。
しかしゲームは始まったばかり。これからいくらでも巻き返せる。
「次いきます」
俺が一枚目を引いて置き、先生が二枚目を置く瞬間。
数字を確認するより早く手を出す。
そして手を置く寸前で数字を確認し、手を引く。
「あ」
瑞穂が俺の動きに釣られてカードに手を置いてしまった。
お手つきだ。
もちろん俺はカードに手を置いていないのでお手つきではない。
「むー」
恨めし気に俺を見る。
こういうフェイントも重要な戦術なのだから仕方ない。
ただし、
「手を突いてなかったのでアウトです」
「ぐ」
フェイントによって手が宙に浮いている間に次のカードが置かれてしまった場合。
『カードが場に置かれるまで右手はちゃぶ台や膝の上、床につけておく』ルールの応用だ。
もう一度手を床につけてからでないとカードに手を置けない。
大きく円形に並べられているカードの外まで手を戻さなければならないわけだから、このタイムロスは致命的だ。
カードを置くタイミングをずらすテクニックもある。
わざと早い段階で数字が見えるようにして、置くと見せかけて置かないのだ。
相手が反射的に手を浮かせてしまったのを見てから置き、先手を取る。
反射神経とフェイント。
それが豚の尻尾の神髄だ。
神髄なのだが……
「たあ!」
それにしても先生の反応が早すぎる。純粋な反射神経勝負なら空手で鍛えているアリスが頭一つ抜けているはずなのに、それよりも早い。
まるでどこに何のカードがあるのかわかっているかのような反応だ。
……怪しい。
念のためセキュリティシールを確認する。
このシールはトランプだけについているものではない。
別売りもされている。極秘書類などを第三者に開封されないよう、封筒に自分で貼るわけだ。
つまり開封したトランプの上からシールを張ることもできる。
「……」
しかしトランプの箱に怪しい点はない。さっき開封されたのは間違いないだろう。
ならば開封した後でトランプを丸ごとすり替えたのか?
いや、イカサマをされないよう手元を注視していたし。トランプの並びを暗記していたとしても、シャッフルしてしまえば意味がない。
「ん?」
違和感を覚える。
そういえば先生はカードをシャッフルしていない。
なぜシャッフルもしていないトランプでのゲームを俺は受け入れたのか。
それは開封したばかりのトランプだったからだ。
イカサマをしている様子が見られなかったからこそ、先生が開封したばかりのトランプを並べるのをとがめなかった。
それが罠だったのだ。
先生はイカサマをしていない。する必要がなかった。
なぜなら、
「引くわよ」
瑞穂が豚の尻尾の先端からカードを引き、裏返して置いた瞬間。
先生の手が走った。
「やりました!」
「お手つきデスよ?」
「は?」
先生が信じられないという顔でカードを確認する。
数字がそろっていない。
驚いて当然だ。
新品のトランプはジョーカーを始めとして、1から13までスート別に規則正しく並んでいる。
トランプをすり替える必要などないのだ。
普通にカードを並べるだけで勝てるのだから。
豚の尻尾は各自が好きな場所のカードを引く。
だから順番に並んでいても意外に気付かない。
その性質を利用したトリックだ。
何も操作していないのだからイカサマではない。
むしろイカサマをしたのは俺だ。
密かにカードを移動させておいたのだから。
先生がお手つきしたのはそのためだ。
「しょうがありませんね」
先生がしぶしぶカードを引き取るものの、無論このまま終わらせる気はない。
左手でカードを引き、置くと同時に右手を走らせる。
「ジョーカーだな。というわけで俺の持ち札を全部先生に」
「え」
因果応報。
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