イラストはおにずさんに描いていただきました。
転載禁止。
「カレンダー将棋はボードが全部で12枚あります。使うのが1枚だけなのはもったいなくありませんか?」
「そういえばそうね。マス目が少ないから、カレンダーを2枚使うのもアリかしら?」
「それでどうゲームをするのデスか?」
「さあ?」
「……少しは考えろ」
「こういうのはどうでしょう」
先生がテーブルにカレンダーを3つ並べた。
「ボード3つ?」
「なにするつもり?」
「名づけるなら『四次元将棋』でしょうか」
「四次元!?」
「オー、ディメンション・4・チェスゲーム!」
略して『D4C』だ。
「四次元から三次元を見ると、三次元空間の時間の流れを俯瞰(ふかん)できるそうです」
「あー、四次元生物には三次元空間の現在・過去・未来が同時に見えるんだっけ? 『ネバー17』でそういうネタがあった気がする」
「縦・横・高さの三次元に時間を加えたものが四次元だからこうなるのもわかるとして、どうやってプレイするんですか?」
「一手でプレイヤーが動かせるのは過去・現在・未来のどれか一つだけ。過去・現在・未来のどの時間軸でもいいので、相手の玉を取れば勝ちです」
ボードの名前は現在(クロートー)、過去(ラケシス)、未来(アトロポス)。
運命の三女神モイライの名前だ。
「過去(ラケシス)の駒(ピース)を取ったら現在(クロートー)と未来(アトロポス)はどうなるのデスか?」
「過去の駒を取れば現在と未来の駒も一緒に取られます。もちろん過去で持ち駒を打てば、現在と未来の同じ場所に持ち駒が現れますし、過去の駒が成れば現在と未来の駒も成ります」
「じゃあ未来の持ち駒を過去に打ったりできるのね」
「それはできません。持ち駒が時間を自由に行き来するとプレイヤーが混乱してゲームが破たんしますから」
たしかに現在・過去・未来で駒が入り乱れるとプレイヤーには把握しきれなくなる。
妥当なシステムだろう。
「現在で玉を取られても、過去で相手の玉を取れば歴史変えられるんじゃないんですか?」
「それだと現在と未来の存在意義がありません。これは『神々が現在・過去・未来を将棋盤にして、先に相手の玉を取った方が勝ち』というシチュエーションを想定したゲームです。玉を取った時点で勝ちなので、歴史改変もなにもありません」
「ナルホド」
とことんカオスな設定のゲームだ。
まあ、カレンダー将棋の時点ですでに神々の遊びなのだが。
「今回はメデューサとペルセウスは使いません。代わりにこれをキングにします」
「? クイーンじゃないんですか?」
「これは『ウィクトーリア』。ローマの勝利の女神です」
「ヴィクトリー!」
「あ、これ知ってる。ギリシャ神話のナイキでしょ」
「ニケです」
某スポーツメーカーの名前の由来にもなった女神ニケだ。
『勝利の女神像を奪い合う』というシチュエーションなら、ニケがキングとして扱われても不思議はない。
「それからポーンがボードの端まで移動すると、ヘラクレスに成れます。チェスのクイーンと同じ動きのできる駒ですね」
ヘラクレスはライオンの毛皮を着ている。
なのでここでいうヘラクレスとは『ライオン殺しの英雄』に捧げる称号であり、ヘラクレス本人ではない。
「そしてヘラクレスが成ると、ディオニュソスかティターンに成れます」
「第三形態!?」
「3つの時間に分かれてますから、駒は3段階に成れるように設定しました」
ルールをわかりやすくまとめる。
過去のポーン
成れない
現在のポーン
過去のポーンが成る位置に移動するとヘラクレスに成れる
未来のポーン
現在、もしくは未来のヘラクレスが成れる位置に移動したら、未来のヘラクレスはディオニュソスかティターンに成れる
「どちらに昇格(プロモーション)するかプレイヤーが選択(セレクト)できるのデスか?」
「はい。ディオニュソスは古将棋でいう四天王、あらゆる駒を飛び越えられる能力ですね。ティターンは飛将です」
「ディオニュソスとティターンには何か意味があるの?」
「巨人の神ティターンがディオニュソスを食い殺してしまったため、怒ったゼウスが雷を落としてティターンを焼き尽くしました。その灰から人間が生まれたといわれています」
「つまり人間はティターンとディオニュソスの細胞から生まれた?」
「そういうことです。ディオニュソス信者は、自分の中に眠るディオニュソスの魂を目覚めさせることで神に成れると信じていました。逆に考えると、ティターンの魂を目覚めさせれば巨人に成れるということです」
「魂なんてどうやって目覚めさせるのよ」
「ディオニュソスはローマ神話でいうバッカス。つまりお酒の神さまです。イラストでも杯とブドウを持ってますよね?」
「あ、これブドウなんだ」
「赤ワインといえば血の比喩。ヘラクレスは人の血を吸ってディオニュソスに成るという設定です」
「ええ!?」
まさかの吸血鬼設定。
「というわけで赤ワインをお願いします」
「古代ギリシャ風に水で薄めますか?」
「そうですね。まだ日も高いですし」
古代ギリシャではワインを水で薄めずに飲むのは不作法だったらしい。
ただ古代のワインに関する文献が少なく、現代とは風味やアルコール度数が違ったのではないかといわれている。
でなければ、わざわざ薄めたりはしないだろう。
なので少し度数の高めのワインを水で割る。
「じゃあ私はネクタルね」
「みーとぅー」
「あいよ」
ネクタルはギリシャ神話に出てくる飲み物だ。
日本ではネクタルにあやかって、『ネクター』という濃厚なフルーツジュースが各社から発売されている。
昔は果肉が一定量以上ないとネクターとは名乗れなかったらしいが、現在ではそういう規格は存在しない。
ブドウをつまみつつブドウでネクタルを作る。
赤くはないが、気分は吸血鬼だ。
「ディオニュソスに成る方法はわかったけど、ティターンに成りたい場合はどうするの?」
「手首を切って、体から汚らわしいディオニュソスの血を排除します」
「いや、死ぬでしょ」
「くれいじー」
「体からディオニュソスという不純物を排除して純度100%のティターンに成れば大丈夫です」
ぜんぜん大丈夫じゃない。
というか純度100%のティターンってなんだ。
しかし古代の魔術師たちなら本当にこういうことをしそうだから困る。
「このイラスト、巨人なのに巨人って感じしなくない?」
「他のティターンでいい素材が見つからなかったので、オケアノスをモデルにしました。大きさを表現するためにこういうイラストもありかもしれません」
わざと枠の外に体をはみ出し、別の方向から体を出して大きさを演出する。
オケアノスだからこそできる表現方法だ。
「じゃあ駒もそろったから指してみましょ」
「そうだな」
今までにないルールなので、さてどうなるものかと試してみたところ、
「二重王手」
「ぎゃー!?」
過去で成れば現在と未来にヘラクレスが現れるので、複数の時間軸で同時に王手をかけるという芸当もできるのだ。
「二重王手かけられたら絶対詰むじゃない!」
「……さすがにこのままだとまずいな。ちょっとルールを変えよう。王手をされた時間軸は無条件で一手指せる。これなら三重王手されていても、一手で全ての時間軸で駒を動かせる」
「あー、それだけで大分違うわね」
「では二重王手(ダブルチェック)ではなく、こういう手(ハンド)が重要(キー)になるわけデスね」
「あ」
横で観戦していたアリスが二重の『詰めろ(一手すき)』をかける。
詰めろとは正しい手を指さないと、次の一手で詰まされてしまう状態のことだ。
王手なら玉を逃がすことができるが、詰めろではできない。
「余計なことしないで!」
「おーまいごっど」
高い位置から見下ろしつつ、人の対局に干渉する金髪碧眼の美女は正しく運命の女神そのものだった。
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