※イラストはユキノアさんに描いていただきました(転載禁止)。
「バイトしたいんだけど」
アルバイト志望とは思えない態度でカウンターに履歴書を置いた。
天童高校1年、桃園瑞穂(ももぞの・みずほ)。
幼馴染みなので履歴書を見なくても経歴はほぼ把握している。
サラサラの長い黒髪で、和服が似合う大和撫子。
違う言い方をすれば寸胴(ずんどう)体型だ。
胸がない。
成績は中の下。
もしかしたら下の上かもしれない(その下ということもありえる)。
引きこもりがちなゲーマーなので運動神経は皆無。
決して有能ではないが、バイトできないほどの無能でもないだろう。
むしろ問題は、
「うちにバイトを雇う余裕があると思うか?」
「……」
瑞穂が無言で店を見回した。
客など1人もいない。
放課後の稼ぎ時だというのにこの有様。
バイトを雇う以前に、バイトそのものが必要ない。
「私がいればお客さんも増えるでしょ?」
「その自信はどこからくる」
町内なら1・2位を争うレベルの顔かもしれないが、しょせん井の中の蛙。
だがいないよりはマシかもしれない。
「……わかった。実際に客が増えたらバイト代を出してやってもいいぞ」
「やった!」
「増えなかったらタダ働きだけどな」
「お客さんがいないんなら、タダでも働きようがなくない?」
「うるさい」
とりあえずメイド服をチェックしておこう。
学生服やエプロンに比べれば経済効果もあるはずだ。
「……で、どうやって客を増やすんだ? チラシでも配るのか?」
「そうね。ボードゲームカフェとかいいんじゃない? 流行ってるし」
「俺も親父も将棋しか指せんぞ」
「将棋も流行ってるじゃない」
「上辺だけな」
将棋漫画や最年少記録、破天荒(はてんこう)な棋士のエピソード、対局中の勝負飯が話題になっているだけで、指せる人間が劇的に増えているわけではない。
将棋人口も昭和のほうがずっと多いだろう。
なにか武器が必要だ。
そこらの漫画喫茶やボードゲームカフェにはないインパクトのある武器が。
「……古将棋ならいけるかもしれんな」
「江戸時代の将棋だっけ?」
「江戸時代に作られたものもあれば、もっと古いものもある。相手から取った駒を自分の物として使える『持ち駒制度』がないから、今の将棋より強力な駒が多いぞ」
「へー。どのぐらい強いの?」
「ちょっと待ってろ」
「?」
物置をひっくり返し、ダンボールの奥から『6年4組・大城普吉』と下手な字で書かれた箱を発掘する。
保存状態は悪くないらしく、目立った外傷は見当たらない。
安心して箱を開けた。
「え、なにこれ」
「擬人化した駒だ。夏休みの自由工作で作った」
駒には擬人化したイラストが描いてある。
左上から
王将(→自在天王)
歩兵(→金将)
孔雀(→天狗)
獅子(→獅鷹)
砲(→砲車)
水牛(→火鬼)
※()の中は成り駒
左上から
神僧(→聖燈)
鼓(→霹靂)
車兵(→四天王)
酔象(→太子)
記室(→軍師)
無明(→法性)
飛将(→飛鰐)
子供向けだ(子供が作ったのだから当たり前だが)。
「その名もTCG(トレーディング・チェス・ゲーム)。好きな駒を集めてデッキを組む将棋だ!」
「デッキ構築型!?」
「ちなみに将棋盤はこれな」
「でかっ!? しかもこれ平安京じゃない!」
「だから陰陽師が駒を擬人化して、平安京で人間将棋を指すっていう設定だ」
「それ、取られた駒は死ぬんじゃないの?」
「安心しろ。陰陽道には『泰山府君祭(たいざんふくんさい)』っていう死者を生き返らせる儀式があってな。死んでも生き返る」
「……死ぬのは変わらないんだ」
そういう意味では子供向けではないのかもしれない。
まあ、子供にこういう裏設定は伝えないが。
「こいつでゲーム喫茶らしく賭けをしよう。そうだな、店員に勝てば一食無料ってのはどうだ?」
「やってやろうじゃない! もちろん紅茶代も含まれてるのよね?」
「当たり前だ」
「高いの頼まなきゃ」
自分が負けるとはまったく思っていないらしい。
おめでたい性格だ。
こうしてメニューに目を通すこと3分、
「じゃあ、お菓子の家!」
「……また懐かしいものを」
一時期よく作らされたメニューだ。
『ヘンゼルとグレーテル』はドイツの昔話なので、屋根や壁はレープクーヘンで作ることが多いのだが……。
うちの店ではウエハースで土台を作り、薄く壁のように引き延ばしたクッキーで家を建て、アイシングした屋根(クッキー)にマカロンやチョコを乗せる。
これは日曜朝(ニチアサ)のプリティでピュアピュアな魔法少女アニメに登場したものだ。
公式サイトではレシピも公開されている。
ちなみに室内はウエハースだけで、ほとんど空洞だ。
屋根を開けたらマカロンやチョコが入っているという構造でもいいと思うのだが、アニメ的に完成時のビジュアルを重視してデザインされたのだろう。
「お茶はアッサムね」
「あいよ」
バラ模様のカップに氷砂糖を入れる。
「先に砂糖入れるの?」
「ああ。ドイツで紅茶といえば東フリージアのティーセレモニーだ」
これにお茶を注ぐと、
パチパチパチ!
「わ!?」
このように氷砂糖がはじける。
そしてここにミルクを入れると、
「あ、綺麗」
ミルクがバラのように広がる。
だからフリージア産のティーセットにはバラの模様が描かれているのだ。
「ん、すごい濃厚!」
「それがフリージア流だ」
かなり濃く淹れるので、お菓子の家の甘味にも負けない。
これを飲めばドイツがコーヒーやビールだけの国ではないとわかるだろう。
「さて……」
一息ついたところで、適当に駒を並べて対局する。
「まずはこいつから行こう」
『飛将』という駒をシュッと一直線に走らせ、進路上にいた瑞穂の駒を全部取った。
「え、なにしてんの?」
「くくく、こいつは『飛将』。『進行方向にいる駒を敵味方関係なく皆殺し』にする駒だ!」
「はあ!?」
飛将
●
●
●
●●●飛●●●
●
●
●
飛車と同様に前後左右へ何マスでも進める。
※例 飛─金─銀─桂→香
進行方向に存在する駒を、敵味方問わず貫通して取ることができる
「だ、だったらこっちも皆殺しにするまでよ!」
「じゃあ、こっちはこいつを出そう」
新たな駒をつまんで将棋盤に叩きつけ、一気に6枚の駒を奪い取る。
「ええ!?」
「こいつは『火鬼』。『自分の周囲8マスにいる駒を敵味方関係なく皆殺し』にする駒だ!」
火鬼
●●●
●火●
●●●
※●の範囲にいる駒は無条件で焼かれる。
「そばに近づいてきた奴も燃やすし、火鬼が移動した先にいる奴も燃えるぞ」
「……これ考えた人、頭おかしいんじゃないの?」
「安心しろ、まだ頭のおかしい駒がたくさんあるからな」
「あわわ!?」
取られたら『歩』が前に進めなくなる『鼓』、自分を取った駒と入れ替わる『無明』、遠距離攻撃ができる『砲』、1手で2回動ける『獅子』、間にいる駒をすべて飛び越えられる『四天王』、一手で盤上のどこにでも移動できる『自在天王』etc
「ま、参りました」
古将棋の奥は深い。
「どうだ、強いだろ?」
「……もう強いとか弱いっていう次元の話じゃないでしょ、これ」
「たしかに」
我ながらひどい駒ばかり集めたものだ。
しかしこんな意味不明な駒を量産した先人にはかなわない。
俺もこういう駒を作ってみたかった。
「どうせなら自分でデッキ組みたい!」
「本格的にデッキを組むなら、駒は本将棋と同じ20枚だな。そのうち半分は歩と王将だから、10枚好きな駒を選べるぞ」
「オリジナルデッキを組めるんならこっちのものよ!」
嬉々として駒を選び始めた。
「ん?」
しかし様子がおかしい。
明らかに駒がかたよっていた。
『飛将』『火鬼』『飛将』『火鬼』『飛将』『火鬼』『飛将』『火鬼』『飛将』『火鬼』『飛将』『火鬼』
頭痛がする。
「……なんだこのデッキは?」
「力こそ正義!」
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