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東方不敗(ひがしかた・まさる)
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囲碁セット【揚げ饅頭と粉末茶】

公開日時: 2020年11月30日(月) 23:41
文字数:3,489

 攻撃的に瑞穂の石へぶつけていく。


○ → ○●


「安易にツケない方がいいわよ」

「なんでだ?」

「石の多い方が強いからよ。今は一対一だけど、次は私の手番なんだから二対一になるでしょ」


○●

 ○


「先にツケると常に一手遅れるの。ツケる時は味方の石が近くにいる時ね、相手の方が多い時はうかつに近づかない」

「なるほど」


 味方の多い場所へ打つ、味方の多い場所から石を展開する、そして味方の多い場所へ敵を誘導する。

 そういうことだろう。


「自分の石にツケられた時は、相手の右か左のどっちかに打つ。これがハネ」

 瑞穂がホワイトボードに『ツケにはハネよ』と一筆。


○● ツケにはハネよ

 ○


「一番基本的な囲碁の格言よ。ただ石を斜めに打つ場合はキリに注意して」

「きり?」

「石と石の間を切ることよ。例えばこれ」


 ●     ●

○ ○ → ○○○

 ●     ●


 ●○    ●○    ●○    ●○

 ●○ →  ●○ →  ●○ →  ●○

●○    ●○●   ●○●   ●○●●

●○    ●○    ●○○   ●○○


○は●に分断された 石を斜めに展開すると切られやすい


「確かに石と石の間が切られてるな」

「キリを防ぐのがツギね」


 ●     ●

○ ○ → ○●○

 ●     ●


●○ → ●○

 ●   ●●


「自分の石と石の間を繋ぐわけ。これはカケツギ」


●○○     ●○○

 ● ○ → ●1● ○ カケツギ

        2


○が1と切っても●の2で取られる


「切りにいったら取られるわけか」

「こうやって自分の石にツケれば切られない。これがノビ。『ハネにはノビよ』。これも基本の格言ね」


○ → ○● → ○● → ○●●

          ○    ○


        ツケハネ  ハネノビ


「ただツケハネ、ハネノビは脊髄反射になりやすいから注意。たとえばツケられた時、周りに自分の石が多かったらハネだけど、相手の石の方が多かったらノビていいし」


「味方が多ければピンハネしてツケを支払う、と」


「変な覚え方しない!」

 語呂合わせの方が覚えやすいと思うのだが。

「盤の端に向かって伸ばすのがサガリ。サゲて端につければ相手は侵入できないし、外に出ることもできない」


端●    端●

端 ○ → 端○○

端●    端●


○が端を利用して道を塞いだので●は内と外に分断された


「ノビもサガリも一目一目伸ばしていくんだろ? 足遅くないか」

「序盤の勢力争いでは二間ビラキが基本ね。二間開けて打つ」


● → ●12● 二間ビラキ


「勢力争いが一段落したら『一間トビに悪手なし』。一間開けて打つ。これなら間に打たれてもアタリをかけられるし、継げるから安全」

「アタリ?」

「次の一手で石が取れる状態」


●○● アタリ

 ●


「慣れない内はノビ、ハネ、一間トビで展開してツギ。つまり『点を線にする』イメージね。慣れてくれば一間以上離れてても、見えない線で繋げることができるようになるわ」

「将棋でいうヒモみたいなもんか」


 ノビ、ハネ、ツギ、キリ、サガリ、アタリ、二間ビラキ、一間トビ、ツケハネ、ハネノビ。


 ……軽い頭痛がする。

 一つ一つの言葉は決して難しくない。むしろ簡単だ。

 だが簡単すぎるがゆえに返って印象に残らない。簡単であるがゆえにそれ以上噛み砕いた説明をできない。

 一度に覚えようと脳を回転させると糖分も不足してくる。


「おやつにしよう」

 取り出したるはフリーマーケットで安かった陶器。

「いい仕事してるだろ?」

「どこがいいの、そんなの。亀裂走ってるし」

「亀裂じゃない。これはもともと割れた皿だからな」

「は?」


「『金継ぎ』っていう修復技法だ。割れたり欠けたりしたのを漆でくっ付けてるんだよ」


 漆は亀裂に添って黒い線となり、皿を縦横無尽に走って所々で黄金色の線と交差していた。

 漆の上に金箔を張っているのである。

「見た目では補修してあるのも気付かないほど、徹底的に外面を元に戻すのが欧米のやり方だ。当然、外面を直しているだけだから食器として使うと壊れてしまう。あくまで観賞用だ。日本は違う。漆で修繕すれば普段使いしても問題ないし、何度割れようとも金継ぎで修復すればずっと使い続けることができる」

「へー」


 金継ぎは漆にかぶれることにさえ気を付ければ素人にもできるのがいい。場合によっては器よりも漆と金箔の方が高くついてしまうが。

 壊れたことを隠そうともせず、むしろ一度壊れた所が『もののあはれ』を感じさせ、亀裂さえも技術では生まれえない味だと楽しむのだ。


 皿の箱書きには『直死の魔眼』『最強とイナズマ』と書かれている。皿の名前だろう。

 直死の魔眼は漆だけで修復された皿だ。鋭利な刃物で17分割されたような線が印象的だ。

 最強とイナズマは漆と金箔を交互に使っている。イナズマは金箔だろう。

 名前の意味はよくわからないがスゴ味を感じる。


「これが粋(イキ)なの?」

「わびさびだ。まあ、いくら破調の美といっても。古田織部みたいに大井戸茶碗を割るのはいきすぎだが」

「え、自分で割ったの?」

「ああ。金継ぎを楽しむためにな。有名な『十文字』の茶碗だ」

「キリとツギね」

「自分を切るなよ」


 おやつは揚げ饅頭。

 器の線にそって楊枝(ようじ)を走らせ、揚げ饅頭を割って一口。

 上品な揚げ油の匂いに、和菓子らしからぬ食感、口内から全身に染み渡るパリッとした音、ひかえ過ぎない甘さ。


 今日指した将棋を忘れないように五感と記憶を結びつける。


 それが親父に教わった上達法だった。

 それは囲碁にも通じるだろう。


 お茶は粉末茶。

 粉末のお茶というと抹茶だが、抹茶は碾茶(てんちゃ)を、粉末茶は煎茶を粉末にしたものだ。

 抹茶よりも甘味に欠けるが、強い渋味がある。

 それに柚子七味を少々。

 このピリッとした刺激と渋味が、油ものに合うのだ。

 足りない甘味を揚げ饅頭のあんこで補えば完璧だ。


「よし、続きだ」

 味方の援護なしにツケるのは辞めたが、積極的に石を取りにいく姿勢は変えない。

「アタリショック」

「は?」

「安易にアタリをかけるのも駄目なの」

「なんでだ?」

「アタリをかければ次の一手で石を取れるけど。それは相手が何もしない場合」

「でもアタリかけないと石取れないだろ。それにアタリをかければ相手は石を繋いで逃げるしかない。主導権はこっちにあるはずだ」

「馬鹿ね。石の多い方が強いって言ったでしょ。アタリから石を守るために繋いでいくから、下手なアタリをかけると相手の石が増えて守りがどんどん固くなっていくのよ」


「ハズレか」


「そんな言葉ないから」

 だろうな。

「アタリじゃなくても、こういう風に相手が石を伸ばすお手伝いをしてしまうことを『車の後押し』っていうの」


○   ○    ○    ○    ○    ○

  →  ● → ○● → ○● → ○● → ○●

               ●   ○●   ○●

                         ●


「アタリをかけられて後押しをさせられそうだったら、素直に石を捨てとくべきだったのよ。それなら石一つの被害で済んだ。でも初級者は石を取られたくなくて、つい石を繋いでしまう。守るためにじゃなく、逃げるためだけにどんどん石を繋いでいくから、形が悪くなって被害を拡大させる。生かさず殺さず、それが有段者の打ち方よ」

「……生きのびたんじゃなくて生かされてたってわけか」


 将棋は盤上にある駒を『指す(動かす)』ゲーム。囲碁は何もない盤上へ石を『打つ(置く)』ゲーム。

 碁盤を見回せば俺が何手打ったのか数えられる。

 つまり俺が一つの石を助けるため、何個の石を差し出したのか一目瞭然。

 まんまと無駄な石を打たされたわけだ。


「それからもう一つ。初級者は相手の打った石に意識を集中してしまいがちなの。特にアタリをかけられたり、石を取られるとそこしか見えなくなって、相手が石を取って強くなってる場所に打って自滅するのよ」


 『石音の反対に打て』とホワイトボードに書いた。


「相手の石に対応するっていうことは、後手に回るってこと。それじゃあ遅いの。一方で先手を取られたなら、こちらは後の先、石音の反対に打ちなさい。たとえばアタリをかけられたのなら別の場所でアタリをかけかえす。相手が守ってくれればこっちも守る余裕ができるし、相手があくまで石を取るのならこっちも取り返すことができる」


「その辺りの感覚は将棋と一緒だな」

「そうね」

 ただ将棋に慣れているからといって、囲碁でできるわけじゃない。

 将棋と同じ感覚で打てるようになれば、俺も少しは強くなるのだろうか。


「あ、そろそろ帰らないと」

「送るぞ」

「お願い」


 ノビ、ハネ、ツギ、キリ、サガリ、アタリ、二間ビラキ、一間トビ、ツケハネ、ハネノビ、石音の反対に打て。


 今日覚えたことを復習しながら瑞穂を家に送っていると、妙な違和感にとらわれる。


 この違和感は何だろうか、落ち着かない。


 奇妙な感覚の正体を計りかねていると、前から小学生がとてとてと走ってきた。

 ぶつからないよう咄嗟に身を避ける。小学生はすっと俺たち二人の間を通り抜けた。

「あ」

 違和感の正体に気づいた。

 即座に瑞穂の手を握る。

「な、なに!?」


「いや、このままじゃ形が良くないと思ってな。ちょっと継いでみた」


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