「暗号解読ゲームを作ってみました!」
店内はことごとく改装され、『あんごぅ』という看板がかかっていた。
「……無断で店を改装しないでください」
「マスターには許可を取ってますよ?」
親父は影が薄いくせに余計なことだけはする。
「とにかく暗号をたくさん用意したので思う存分解読してください」
「はーい」
というわけで脱出ゲーム風の暗号解読ゲームが始まった。
4ケタの数字を入力してロックを解除しなければならない。
シンプルなルールだ。
……舞台は喫茶店なので窓を開ければ普通に出られることを突っ込むのは野暮なのだろう。
まずは部屋の探索をする。
目立つものは3つ。
1つ目は碁石が並べられた碁盤、2つ目は大量のプラモデル、そして3つ目はケーキ。
「おいしそう」
「ケーキというかアイスだな。いわゆるボンブだ」
「ぼんぶ?」
「爆弾型アイスって意味だよ。ちなみに第二次大戦で活躍した暗号機『エニグマ』を攻略するために作られた解析機の名前もボンブ。由来はもちろんボンブアイスに似てたからだ」
「へー」
チョコレートでメタリックに装飾されたアイスをフォークで掘っていく。
食べ物の中に暗号が隠れているのは脱出ゲームでよくあることだ。
ボンブアイスにはカスタードクリームが詰められている。
クリームづくしなので渋みのあるディンブラを飲みながら、さらにクリームを掘り進めると、
「あった!」
ビニールで包装された紙が出てきた。
クリームを拭(ぬぐ)いつつ(というか食べつつ)、ビニールから紙を取り出す。
『解除キーは一二三五四にしなければならない』
「なにこれ? 4と5を入れ替えるってこと?」
「いや。アラビア数字じゃなくて、わざわざ読みにくい漢数字で書いてある。それに4と5を入れ替えるだけなら123はいらない。漢字であることに意味があり、4と5だけが入れ替わる。たぶんこれは漢字の画数だな」
「あ、五は4画で四は5画なんだ!」
「そして1・2・3は画数通りに並んでる。ようするに脱出する時に入力する数字は『漢数字にした時に画数が少ない順』ってことだな」
「なるほど」
画数順に並べると一・二・七・八・九・三・五・六・四・零になる。
同じ画数の場合、おそらく数字の小さい順だろう。
「他に気になるのはプラモと囲碁か」
「この盤面、意味わかんないんだけど」
○● ○○
○● ○●
●○ ●●
「たしかに意味がわからんな。この石の並びは囲碁と関係ないってことか」
「たぶんね」
「念のために撮っとこう」
マグネット盤なので磁力で石は固定されているが、なんらかの衝撃で碁石がずれたら困るので携帯で写真を撮っておく。
自力で解くのは無理っぽいので、この謎を解くのはヒントを見つけてからにしよう。
というわけで、今度はプラモに注目する。
おびただしい数のプラモデルが変なポーズで並んでいた。
「ガガガ、ガガガ、ガオガオガー♪」
プラモをいじりながら歌い始める。
どうやら『勇者王子ガオガオガー』というアニメのプラモらしい。
「……ロボが変なポーズしてるのもアニメネタか?」
「一番有名な『勇者パース』がないから、たぶんアニメとは無関係だと思う」
「勇者パース?」
「ロボットが剣を構えてるポーズ。こういう風にテレビ画面の右側にロボットが立ってて……」
壁に立てかけてあったホウキを手に取り、腰だめに構える。
「剣を中央に向かって構えてる感じ。ロボットは画面からちょっと離れて立ってて、視聴者に向かって剣を伸ばしてるから、遠近法で剣がすごく大きく見えるのよ」
「あー、アニメでよく見る構図だな。勇者パースっていうのか、これ」
「制作会社の名前を取って『ライジングサン立ち』とも呼ばれるけどね。個人的には『ゲットドラゴン立ち』のほうが好き。このゲットドラゴン立ちも制作会社の名前を取って……」
「ふむふむ」
長くなりそうなので適当に相槌を打ちつつ、謎を解くためのヒントを探す。
やはりこのプラモもヒントなしではわからない。
ヒントを求めて部屋の物を手当たり次第に調査する。
「あれ、このソロバン。珠が動かない」
「珠が固定されてるのか」
珠がずれないようにしているらしい。
ソロバンが示している数字は『440537』。
ヒントがないのでやはりわからない。
ソロバンは脇に置き、部屋の調査を再開。
すると再び問題の書かれた紙を発見した。
暗号 『HP』
※ブルータスがシーザーを殺した
「ブルータス、お前もか!」
シェイクスピアの戯曲『ジュリアス・シーザー』の有名なセリフだ。
シーザー(カエサル)は皇帝(カイザー)の由来になった男であり、ある意味ローマ帝国の初代皇帝だといえる。
そしてシーザーといえば『シーザー暗号』。
古典的で簡単なものなので、なにかで読んだことがある。
「暗号がHPだからブルータスとシーザーもイニシャルで考えるのか?」
つまりBがCを殺した。
BとCを入れ替える。
いや、一文字ずらすのだ。
同じようにHとPを一文字ずらすとGOになる。
このように文字をずらして表記する暗号をシーザー暗号と呼ぶ。
ABCDEFGHIJKLMNOPQRSTUVWXYZ
たとえばYESを暗号化するとZFTになる
「たぶんこれであってると思うんだが……。そもそもGOってなんだ?」
「ゴーじゃなくて『ご』でしょ」
「でも囲碁とは関連なさそうだぞ」
「碁(ご)じゃなくて数字の5」
「そっちか」
囲碁の印象が強くて深読みしすぎてしまったのかもしれない。
おそらく数字の5だろう。
だが断定はできない。
さらなる問題とヒントを求め、机の引出しを開けてポスターをはがし、絨毯をめくる。
すると難問が次から次へと襲い掛かってきた。
暗号 『ぎぱぬんてごるあにかろぐわげがもぽよもみ』
※アスクレピオスの杖を探せ
暗号 『石啄のー字記川木ロマ日』
※元の姿に戻せ
暗号
『匹
ヲ
玉』
※真実の姿を明らかにする秘宝を探せ
暗号 『寧魚』
※隠された数字を探せ
「こっちは暗号のヒントが書かれた紙ね。『万葉集』『シャーロック・ホームズ』『江戸川乱歩』だって」
「……どれがどれのヒントかわからんな。1つ1つ潰していくしかないのか」
まずは『ぎぱぬんてごるあにかろぐわげがもぽよもみ』だ。
なぜかこの暗号だけ細長い紙に書かれている。
アスクレピオスの杖を探せというのもよくわからない。
「ぐるぐる先生に聞いてみましょ」
困った時のぐるぐる先生で検索する。
「えーと、このアスクなんとかっていう杖。蛇が巻き付いてる杖らしいわよ」
「そういやギリシャ神話にそんな杖あったな。カドゥケウスだっけか?」
「カドゥケウスとは違うみたいね。あっちは蛇が二匹で、羽根が生えてるから。この杖は蛇が一匹で羽根はなし」
「知名度のあるカドゥケウスじゃなくて、あえてアスクレピオスにしてるからには意味があるんだろうな。でも蛇の巻き付いてる杖ってどれだ?」
「杖っぽいのはホウキじゃない? 魔女の必需品だし」
「……うーん。蛇要素はないな。コードみたいな物が巻きついてれば完璧なんだが」
「あ!? もしかしてこの紙を巻きつけるんじゃないの!?」
「なに?」
瑞穂が暗号の書かれた細長い紙をホウキに巻きつけた。
すると、
ぎぱぬんてごるあにかろぐわげがもぽよもみ
↓
ぎぱぬんて
ごるあにか
ろぐわげが
もぽよもみ
「ほら見て、縦読み!」
「おお、手鏡だ!」
我らがぐるぐる先生によると、これは『スキュタレー暗号』というものらしい。
一定の太さの棒に蛇のごとく巻きつけると、暗号が浮かび上がる仕掛けだそうだ。
たしかにアスクレピオスの杖である。
暗号に従い、テーブルに置かれていた手鏡を手に取った。
だが手鏡に不審なところはない。
「もしかして『匹ヲ玉』のヒントにある、真実の姿を明らかにする秘宝ってこれか?」
「鏡文字ってこと?」
「ああ」
「でも鏡文字って左右が逆に書かれた文字でしょ? これ、鏡に映しても読めないんだけど」
「鏡の使い方が違うんだよ。重要なのは匹ヲ玉が縦に書かれてることだ。しかもヲが妙に左へ寄ってる」
「?」
「見てろ」
匹ヲ玉の文字の真ん中に手鏡を立てる。
すると、
『四
天
王』
「あ、文字になった!?」
「左右対称の鏡文字だ」
一番わかりやすいのは玉だろう。
玉という文字の真ん中に鏡を立てると、ヨの部分が鏡に映って王になる。
玉の点が消えるわけだ。
同様に匹の真ん中に鏡を立てると四になる(厳密には四は左右対称ではないが許容範囲だろう)。
一番の曲者はヲ。
文字の右端に鏡を立てると、かなり強引だが天と読める。
「四天王といえばガオガオガーのライバル鬼界四天王ね!」
「……なんで5人いるんだよ」
「『5人そろって四天王!』はお約束でしょ」
おそらく元ネタは戦国時代の龍造寺四天王だろう。
木下昌直、成松信勝、百武賢兼は問題ないのだが、文献によって最後の一人が江里口信常だったり円城寺信胤だったりするのだ。
戦国時代のゲームには5人とも登場するので『5人そろって四天王』とネタにされるのだろう。
とりあえず四天王のプラモデルを手に取って分解してみる。
だが中身には何も入っていない。
「四天王に序列はあるのか?」
「ふふふ、やつは四天王の中でも最弱!」
これもよくあるセリフだ。
どうやら江里口と円城寺に相当するキャラが第4位の座を争っているらしい。
「最弱の2人が同じポーズをしてるのが気になる。やっぱりこの独特なポーズに意味があるんだろうな」
「意味って?」
「さあな。そこはヒントを参考にするしかない」
手元にあるヒントは『万葉集』『シャーロック・ホームズ』『江戸川乱歩』。
ためしに本棚に置いてあった乱歩の短編集をパラパラめくってみるとしおりが挟まっていた。
『算盤(そろばん)が恋を語る話』
短いので読んでみたところ、ソロバンの珠で好意を伝えようとする甘酸っぱい暗号小説だった。
暗号は単純。
五十音に数字を対応させただけ。
あかさたなはまやらわ
1234567890
たとえば1はあ行なので、12ならあ行の2番目、すなわち『い』になる。
23ならか行の3番目なので『く』だ。
「これでソロバンの謎が解けるな」
ソロバンの数字は『440537』。
「44は『て』、05は『ん』、37は……『じ』?」
「展示? あ、展示じゃなくて点字か!」
「点字ブロックとかの点字?」
「ああ。目の悪い人のために設置されてるあれだな。さっきの碁石の配置は点字を表してたんだよ」
点字をネットで調べてみると、
○● ○○
○● ○●
●○ ●●
左は『よ』、右は『ん』を意味するらしい。
「解除キー、ゲットだぜー!」
「さっきのGOが5なら2つ目だな」
次なるヒントを求めてホームズをパラパラめくってみると、またしてもしおりがはさまっていた。
『踊る人形』
「プラモのヒントか!」
「そういえばこれ、暗号小説だったわね。個人的には元ネタの『黄金虫』のほうが好き」
「まあ、同じ暗号ネタを使ってるだけで内容はかなり違うしな」
この暗号は人形の姿がアルファベットに対応している。
たとえば人形が立っている絵ならA、座っている絵ならB、寝ている姿ならCという具合だ。
どの絵がどのアルファベットに対応しているのか知っていれば暗号を読むことができる。
知らなければ意味不明な絵の羅列にすぎない。
その意味不明な絵を解読するのがこの小説の面白さだ。
ホームズの使った暗号の解読方法は『頻度(ひんど)分析』。
どの国の言葉にも文法が存在し、ある一定のルールに従って文章は書かれている。
踊る人形によるとアルファベットで一番使用頻度の高い文字はE。
つまり暗号の中に一番登場する頻度の高い人形の絵はEになるわけである。
プラモと踊る人形のポーズが同じなら話は早いのだが、残念ながら違う。
「え、もしかして頻度分析しないといけないの? 面倒くさ」
「条件を設定すれば候補はしぼれるだろ」
ホワイトボードに条件をまとめていく。
まず四天王なので5文字(我ながら意味が分からない)。
解除キーを探すのが目的なのでプラモが表しているのは数字のはず。
四天王には序列がある。
最弱の2人のポーズが同じ。
つまり5文字の数字で、4番目と5番目が同じ文字の言葉。
この条件に当てはまるものは1つしかない。
『Three』、つまり『3』だ。
「これで3つそろったわね」
「次はこの暗号にしよう」
暗号 『石啄のー字記川木ロマ日』
※元の姿に戻せ
意味不明だが、石・啄・川・木の文字でピンときた。
「これはアナグラムだな。石川啄木だ」
「並び替えればいいのね」
残りの文字を手当たり次第に並べ替えると『石川啄木のローマ字日記』になった。
おそらく『レールフェンス暗号』だろう。
具体的にいうと『石川啄木のローマ字日記』から一文字置きに文字を抜き出して(『川木ロマ日』を抜き出して)『石啄のー字記』にし、石啄のー字記の後ろに川木ロマ日をつけて作った暗号である。
この暗号作りと逆のことをすれば、簡単に暗号を復元できるわけだ。
……まあ、一文字置きに抜き出してることに気付かなかったので、俺たちは自力で並べ替えたわけだが。
文字数が少ないので助かった。
そして解読した通りに本棚にあったローマ字日記を読むと、しおりの挟まっているページにこう書かれていた。
『なぜこの日記をローマ字で書くことにしたか? なぜだ? 予は妻を愛してる。愛してるからこそこの日記を読ませたくないのだ』
当時はローマ字を読める日本人が少なかったので、日本語をローマ字にして日記を書いていたらしい。
ということは、
「ほら。やっぱり『GO』は5だったじゃない」
「だな」
囲碁問題は点字で解決したので、これでGOが5なのは確定した。
残るは1つ。
暗号 『寧魚』
※隠された数字を探せ
「ねいぎょじゃないわよね。寧(むし)ろさかな? 64637ってこと?」
「『か』が足りないし、6463を暗号として読んでも『へふ』で意味不明だから違うだろうな」
読み方を変えてもまったくわからないのでヒントを使う。
残っているヒントは『万葉集』。
万葉集をパラパラめくると、万葉仮名のページにしおりが挟まっていた。
「あ、寧魚って当て字なんだ!」
「そうきたか」
まだ日本にかな文字が存在していなかった時代。
歌人は日本語に漢字を当てはめた。
たとえば『あ』は『安』、『い』は『以』という具合だ。
当時の歌は万葉仮名による当て字で詠まれている。
春過而 夏來良之 白妙能 衣乾有 天之香來山
春過ぎて 夏来るらし 白妙の 衣干したり 天香具山
百人一首では『春すぎて 夏來にけらし 白妙の 衣ほすてふ 天の香具山』
当て字なので正確な読みがわからず、同じ句でも内容が変わることがよくある
やがて安の文字を崩してひらがなの『あ』が、以を崩してひらがなの『い』が作られたという。
かつての歌人のように寧魚を万葉仮名に当てはめると、寧も魚も『な』になる。
つまり寧魚に隠された数字とは7のことなのだ。
これで4つのキーがそろった。
『5437』
画数順に並べると七・三・五・四。
「よろしくお願いしまーす!」
瑞穂が電子ロックに数字を入力してターンと決定ボタンを押す。
すると盛大にファンファーレが鳴り響き、ロックが解除された。
「おめでとうございます! ちょっと簡単すぎましたか?」
「まあね」
「……嘘つけ。ヒントがなかったら解けなかっただろうが」
「ヒントがなくても解けたわよ。……解くのに時間がかかるだけで」
たしかに時間をかければ解けていただろう。
十年ぐらいかければの話だが。
「記念の脱出証明書です」
達筆に『あんごぅ』と書かれた証明書を渡される。
「そういえばこの『あんごぅ』ってなに?」
「岡山弁でバカという意味です」
さすがにこの暗号は解けなかった。
読み終わったら、ポイントを付けましょう!