ドット絵の駒は『奈託(七竜)@竜鱗亭』さん、顔グラフィックとメッセージウィンドウはみらんこさんに描いていただきました。
転載禁止。
竜鱗亭【http://ryuurintei.blog-rpg.com/】
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「シミュレーションRPG将棋やりたい」
ピコピコと名作シミュレーションRPG『ファイヤー・エンブレム』をプレイしながらつぶやいた。
「思いつきで言うな。ルールはどうするんだよ?」
「このゲームだと自分のターンの時、自分の部隊の駒(ユニット)を全部動かせるのよね。全部動かし終わったら、次は敵が全部の駒を動かすの」
「……自分の手番ごとに20枚の駒を全部動かす? 手間がかかりすぎるだろ」
「一気に20枚動かせるんだから、うまくやれば1ターンで詰むでしょ。普通の将棋よりスピーディーなんじゃない?」
「そういう考え方もあるのか」
こればかりは実際に指してみなければわからないだろう。
しかし現時点では重大な欠陥がある。
「お前からでいいぞ」
「じゃあ私が先手ね」
俺の提案に釣られ、馬鹿正直に先手で指しはじめる。
こいつ、気づいてないな。
そして鼻歌を歌いながら全ての駒を指し終わる。
「駒を指す順番は自由なんだよな?」
「そうよ」
とりあえず左端の歩から順番に全ての駒を動かす。
お互いに1ターンずつ指した場面(20手×20手で40手)。
そして瑞穂の手番。
「……あれ、私の歩全滅じゃない?」
「ようやく気付いたか」
そう、ここから先手が全ての駒を動かすと、後手の歩の前に9枚の歩がずらっと並ぶことになる。
つまり『9枚の歩を根こそぎ取られてしまう』のだ。
「……『待機あり』にしましょ。『必ずしも全ての駒を動かす必要はない』もの」
「でもこのルールだと、どの駒を動かしたのかわからなくなるんだよな」
「商品化できそうだし、専用の駒を作ればいいじゃない」
「そうだな」
自分たちでドット絵を描き、簡単な駒を作る。
ファイヤー・エンブレムでは蘇生ができない。
つまり『死んだら二度と生き返らない』シビアなゲームなので、持ち駒制度のないチェスをベースにした。
左上から
剣士(セイバー) チェスのキング
弓兵(アーチャー) チェスのナイト
斧兵(バーサーカー) チェスのルック
魔術師(キャスター) チェスのビショップ
槍兵(ランサー) チェスのポーン
盤上の一番奥に進むとライダーにクラスアップできる
騎兵(ライダー) チェスのクイーン
「なんでランサーがポーンなの?」
「チェスのポーンは『槍と盾を装備した兵士』がモデルになってるって説があってな。盾を正面に構えてるから、槍を斜め前にしか突き出せない」
「あ、だからポーンは斜め前の駒しか取れないんだ!」
○×○
ポ
※ポーンは斜め前の駒しか取れない
盾と槍を装備しているのでこのゲームではランサーがポーンであり、ランサーが成るとライダーにパワーアップできる。
わかりやすいようにお互いの駒は青と赤で色分けした。
2Pカラーのようなものだ。
駒を裏返すと、『行動終了』を意味する灰色差分になる。
差分
ファイヤー・エンブレムでも行動終了した駒は灰色で表示されるのでわかりやすい。
ドット絵も味がある。
いかにもレトロゲームという雰囲気だ。
「名付けて『フレアー・エムブレム』よ!」
「……ギリギリのネーミングだな」
「『エンブレム・サーガ』とかあったから平気平気」
「それ訴えられたやつだろ」
ファイヤー・エンブレムの開発者が別の会社でファイヤー・エンブレムそっくりなゲームを出そうとして訴えられた事件だ。
たしか裁判に負けて改名させられたはず。
このゲームを製品化する場合は気を付けたほうがよさそうだ。
「よし、とりあえずこのルールと駒で指してみよう」
必要なものがそろったので、ボードに並べてテストプレイ開始。
「王手」
「ええ!?」
予想はしていたが展開が早い。
「……16枚で総攻撃されたら逃げようがないわね」
「先手必勝になる可能性が高いな。相手のターン中でも、王手をかけられた時は玉(セイバー)を動かしていいことにしよう」
「妥当なルールね」
ルールを整備しなおして第2戦。
「王手」
「詰まないわよ」
瑞穂が逃げる。
だが甘い。
「王手」
「だから詰まないわよ」
「王手」
「う……」
詰んだ。
「やっぱり一度に全ての駒を動かせると簡単に詰むな。ルールを少し変えよう。手番は一手ごとに交代した方がいい」
「それただのチェスじゃない」
「話は最後まで聞け。『指した駒は1ターン経過するまで動かせない』んだ。たとえば初手でアーチャーを動かした場合、残りの15駒を動かし終わるまでアーチャーを動かすことは出来ないわけだ」
「いいとこどりのルールね」
ア
ララララララララ
バアキラセキ バ
※初手でアーチャーを動かした図
他の駒をすべて動かさない限り、このアーチャーを動かすことはできない
「このターン制だとさっきのより動かす順番が重要になりそう。ターンの最初の方で強い駒を動かしちゃうと、逃げられなくなるから簡単に取られちゃうし」
「そうだな。それとセイバーだけはターン関係なしにいつでも動かせるようにした方がいい」
これでだいぶバランスはよくなった。
「でも15枚で1ターンも長くない?」
「……そうだな。セイバーとランサー以外の7枚の駒を動かしたら1ターンにしたほうがいいのかもしれん」
セイバーは動かさなくても1ターン経過し、動かしても行動終了にはならない。
ランサーは動かさなくても1ターン経過するが、動かすと行動終了になり、1ターン経過しないともう一度動くことはできない。
「じゃあ、このルールで指してみましょ」
「その前におやつの準備をしとこう。なにがいい?」
「マドレーヌ」
「あいよ。お茶は玄米茶と紅茶、どっちにする?」
「玄米茶が合うの?」
「焼き菓子といえば玄米茶だ」
「じゃあ玄米茶」
「なら俺は紅茶にしよう」
プチマドレーヌを皿に盛り、玄米茶を淹れる。
俺は紅茶だが、ただの紅茶ではない。
フライパンを温め、紅茶の茶葉を中火で焙(ほう)じる。
「え、何してんの?」
「紅茶のほうじ茶だ。『プルースト効果』だよ」
「ぷるーすと?」
「マルセル・プルースト。『失われた時を求めて』の作者だ」
ほうじ茶を淹れる。
「わ、真っ赤!」
「これがほうじ紅茶の特徴だ。焙じると色が出るんだよ」
「へー」
まずはマドレーヌを一口。
口の中の水分を持っていかれるが、それを紅茶で潤すのが気持ちいい。
焙じると紅茶の渋味が飛ぶので、ストレートでイケる。
紅茶ではあるがお茶漬けにしても美味い。
「小説を読んだことはないんだが、紅茶にマドレーヌをひたして食べるシーンがあってな」
アールグレイにマドレーヌをひたす。
紅茶がマドレーヌに染み込み、ベルガモットの香りが何ともいえぬ味わい深さを醸し出す。
紅茶のマドレーヌは、紅茶の茶葉を使うスイーツでも定番のレシピだ。
このマドレーヌが美味いのも当前だろう。
「主人公はこれを食べて過去を思い出すらしい。要するに味覚と嗅覚で過去の記憶が呼びさまされるわけだが、プルースト効果において最も重要なのは嗅覚だ。匂いってのは人の記憶に強く結びついてるんだよ」
「へー。それでほうじ茶なのね」
焙じれば薫り高くなるのは緑茶も紅茶も同じ。
たとえ遠い未来に俺が呆けても、この匂いを嗅げばきっと鮮やかに今の光景を思い出すだろう。
年老いた俺に紅茶のほうじ茶を淹れてくれる人間がいればの話だが。
「あんたはハンデとして駒を動かす順番固定ね」
「順番固定って、どういう順番だ?」
「大橋流」
「……マジかよ」
大橋流とは駒を将棋盤に並べる時の順番だ。
玉金銀桂香角飛歩の順に駒を並べる。
歩歩歩歩歩歩歩歩歩
角 飛
香桂銀金玉金銀桂香
金銀桂香を並べる時は左の駒から置くのが作法だ。
まず玉の左に金を並べ、次に右の金、左の銀、右の銀……となる。
歩を並べる時もまず5筋に歩を置き、左、右、左、右と並べていく。
このゲームに置き換えると、真ん中のセイバーから始まって、ライダー、キャスター、アーチャー、バーサーカー、ランサーと順番に動かしていくことになる。
「……セイバーとランサーは動かさなくていいにしても、順番が固定されるのは痛いな」
「こっちは手が読みやすいから指しやすいわね」
最強のライダーは早々に行動不能になり、他の駒も攻められたら逃げることもできずに取られてしまう。
このままではまずい。
「王手」
「詰まないわよ」
「これでもか?」
「あれ? なんで?」
詰んだ。
「おかしいわね、あの状態から詰むはずないんだけど……」
瑞穂が問い詰めるような目でジトーと俺をにらむ。
ここで目を逸らしたら負けだ。
しかしその対応がかえって疑いを深めてしまったようで……。
「あ、順番が違う! あんた、この駒ひっくり返したでしょ!」
「ちっ、バレたか」
賭け将棋でよくあるテクニックである。
パチンと駒を強く盤に叩きつけ、相手の意識をそこに集中させておき、逆サイドや対角線上にある駒をこっそり一マス進めたり、横にずらしたりするのだ。
今回はその応用で行動終了の駒を表向きにしたのである。
相手にバレずに駒をひっくり返すことが出来れば、一度動かした駒を同じターンにもう一度動かすことができるわけだ。
「ふふ、反則だから私の勝ち! 駒を引っくり返したのが裏目に出たわね」
表にしたのに裏目とはこれいかに。
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