「どんな奴でしたか?」
松本が言う。
僕は猪熊という男の相貌を思い出しながら、それを伝えた。
眼鏡の奥は二瞼
鼻筋は取っていて細身の長身。
スーツを着ればどこかのエリート銀行員。
松本は首を傾げた。
「知らないですねぇ~」
語尾を伸ばして僕を見る。
ここは深夜のファミリーレストラン。席についている人がまばらなためか、クーラーが嫌というほど効いている。
僕等はホットコーヒーを飲み、冷えた身体を温めながら話をしている。
「知らないやつ?」
松本が頷く。
「そんな団体、ちっとも知りませんね」
コーヒーをぐっと飲む。
「そう・・でもミレニアムロックの事は知っていたようだけど」
腕を組んで松本が唸る。
「うーーーん・・、そこですよね。そんなこと魔術組合以外知らないんですがね・・」
「魔術組合?」
「ええ、魔術ギルド、簡略してギルドって僕等は言います」
松本が言う。
魔術ギルド、世界に散らばっている魔術書ごとに13のギルドがあり、それは世界各地に存在している。誰もがギルドに加入できるわけではなく、そのギルドを統括している魔術師とその魔術師が弟子と認めたものだけが加入できるーーーー
松本はそう説明した。
「まぁ魔術師の労働組合ですね」
あるんやね、労基みたいな組織が。
「もしかしてはぐれ・・かな、そいつ?」
「はぐれ?」
「ええ、つまり弟子になったが・・、ある理由や事情で破門された弟子のことを言いますが・・まぁその理由というのは色々あるのですが。一般的には魔術師らしからぬ品性に問題があったと思ってください」
「そんな奴おんの?」
僕の問いに松本が言う。
「そうですね、まぁ・・ここ日本では最近はいないですが・・過去には」
「過去?」
松本が言い淀む。
「誰よ?」
少し沈黙して
「天草四郎」
と、松本が言った。
ぽかーんと僕は口を開けた。
「天草四郎って、あの『島原の乱』の?」
「そうですね・・」
僕は松本が淡々と言うのを聞いて、それが事実なのか嘘なのか、全く見当がつかなくなったが、それを信じれば魔術というものは古くからこの日本にも伝わっていたということになる。
「それよりも・・」
松本が言う。
「こだま君、僕は君に大事なことを伝えたくてさっきは電話したんです。魔術書は今ここに?」
僕は頷いてリュックから魔術書を取り出した。
松本がそれを手元に引き寄せた。数ページ捲ると、扉を押さえる手の絵のページを開いて僕に見せた。
ああ、ここ
僕も聞きたかったとこだ。
「ここ?」
「ええ、こだま君・・何か見知ってる感じですね?」
「いや、聞きたくてね。ここってさ。ミレニアムロックを再び封じる方法が書いてあるんじゃない?」
つぶらな目を開いて松本が僕を見る。
「御名答!!」
やはり。
「でもさ、何が書いてるのさ?正直この魔術書、初めて見た時から全然アルファベット翻訳できなかったし、何が書いてあるか全く理解できないし・・」
「ああ、そうですね。確かに、これは分からないですよ。だって・・・鏡文字ですからね」
「鏡文字?」
「そう、鏡に映すと分かる言葉。つまり文字の左右が逆。例えば『かまいたち』は『ちたいまか』」
成程・・じゃ、ここに書かれている文字全て逆さなんだ。
アプリでも翻訳できないはずだ。
「まぁちょっとした簡単な暗号ですがね。直ぐに解読できないようにしているわけです。答えを聞けば簡単明快でしょ?」
YES、THAT‘S RIGHT
僕は心の中で頷く。
「そう、本題はこだま君が言う通り。ミレニアムロック・・実は封印が解放されたらそれを再び封じ込めることができます」
「マジで?」
「YES、THAT‘S RIGHT」
指を左右に振って松本が頷く。
「その為には、『神の手綱』通称ハンドルと言うのですが、そのハンドルを探し、解放されたものを封じ込めるしかありません」
僕は松本の話に聞き入る。
「そのハンドルは、封印が解放された一つに対して一つ必ずあるのです」
頷くと松本が首から下げた懐中時計を僕に見せた。
「これは懐中時計じゃありませんよ。これはハンドルを探すためのルーン鉱石でできた魔道具・・コンパスなのです。それはギルドごとにそれぞれあって別名「十三の書」というこの魔術書にのみ記載されたミレニアムロックのハンドルの場所を示すことができるのです」
松本がテーブルの上にそいつを置いた。そしてコンパスに囁く。
「コンパスよ。台風アッサニーのハンドルはどこだ?」
するとコンパスの針が勢いよく回転する。
すげっ!!
そう思った瞬間、
針がぴたりと止まった。北西を指し示している。
僕は唾をごくりと飲み込んだ。
疑問が浮かんだ。
僕はコンパスの指す方を見る。
深夜の街の通りが見える。
(成程なぁ・・、しかし)
僕は思った。
これ、
ちょっとアバウト過ぎない?
漠然としすぎて、だって北西の何処にあるのさ?
そのハンドルって?
上目遣いで疑い深く僕は松本を見た。
松本は僕の心を読み透かしたかのように頷いて、一言呟いた。
「YES、THAT‘S RIGHT」
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