午前の授業が終わり、昼放課に入った。
生徒会副会長の乃呑と、鴇 愛歌は、いつも中庭のベンチでお弁当を一緒に食べるのが習慣になっていた。
「愛歌、今日は先に行ってて。私も後で行くから」
「乃呑ちゃん……? うん、分かった」
愛歌は疑問符を浮かべながら、お弁当を持って校内の中庭へと向かった。
二年B組の教室から乃呑が廊下に出ると、徳井が待ち伏せるように立っていた。
「やぁ副会長。僕に言いたいことがあるんじゃないかな?」
「一体何を企んでいるの?」
「おいおい、礼を言うのが先だろう?」
「………ありがと」
乃呑は吊り眼で徳井を睨みながら、小さな声で言った。
「それで、アンタの目的は何?」
「僕のことはいいさ。それより、副会長に一つ頼みたい用があるんだ」
「頼み? そのために借りを作ったわけ?」
「好きに捉えてくれていいさ。用と言うのは、黒城 弾についてだ」
徳井は乃呑を連れて、学校の階段を登っていく。
「この時間、彼が何処にいるか知ってるか? 学校の屋上だよ。一人で貸し切り状態さ。いい御身分だと思わないか?」
徳井は独り言を続けた。
「除名処分が生徒会の決定とはいえ、最終的に決めるのは教師陣だ。そこで、彼に問題行動を起こさせ、印象を悪くする。そうなれば教師陣も有無を言わないだろう」
「それで、私にどうして欲しいの?」
「なぁに、簡単なことさ」
乃呑が聞くと、徳井は帽子を目深に被り直した。
「校内で黒城に秘宝バトルをさせるんだ」
「黒城を悪人に仕立てるってことね」
「そういうことさ。既に根回しもしてある。上手くやってくれよ、副会長」
屋上の扉の前まで来ると、徳井は乃呑の肩をポンと叩いて、階段を降りていった。
(あいつの言いなりになるのは癪だけど、愛歌が黒城のことを意識してるのは確かだ。黒城がいなくなれば、私と愛歌の距離が、もっと縮まるかもしれない)
乃呑はスカートのポケットから、手のひらサイズの銀色の宝箱を取り出した。
そして、屋上の扉を開けると同時に、銀色の宝箱を開けた。
「開宝、セルフィ!」
【Bランク秘宝獣―アカハラツバメ―】
放たれたツバメの秘宝獣が、屋上で寝ていた黒城に襲いかかった。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
「さてと、僕は本命のもとへ向かいますか」
徳井はニヤつきながら、階段を降りていた。
「秘宝大会七位の副会長が、あれだけ御執心なんだ。鴇 愛佳もきっと腕の立つ秘宝遣いに違いない」
徳井はズボンのポケットから、銀色の宝箱を取り出した。
「キミも早く戦いたくてウズウズしているんだろう?」
銀色の宝箱は応えるように、カタカタと揺れ動いていた。
校舎を出た徳井は、ゆっくりと中庭へと向かう。
「乃呑ちゃん、なかなか来ないなぁ……」
中庭のベンチでは、愛歌が一人でお弁当を食べながら待っていた。
「やぁ、お嬢さん」
「あなたは……?」
「僕は生徒会書記の徳井。副会長の友人だよ」
「乃呑ちゃんの……?」
愛歌はきょとんとした表情で、状況を呑み込めずにいた。
「もしよければ、僕と秘宝バトルをしてくれないか?」
「私、乃呑ちゃんを待ってるんだけど……、きゃっ!?」
徳井がやや強引に愛歌の手を掴むと、膝に乗せていたお弁当を落としてしまった。
愛歌は泣きそうな顔でウルウルし始めた。すると……、
「秘宝遣いィ、見ィつけたァ♪」
中庭の木の陰から、黒塗りのサングラスを掛けた赤髪の男性が姿を現した。
「な、誰だ、お前は!?」
「俺の名は金剛 宇利亜。お前と同じ秘宝遣いだ」
「金剛 宇利亜だと?」
徳井はその名前に聞き覚えがあった。そして、真剣な表情で言った。
「嘘をつくな。金剛 宇利亜は、屈強な肉体のハゲ頭野郎のはずだ!」
徳井は今日の会議の資料を見せつけた。そこには金剛 宇利亜のプロファイルと顔写真が載っていた。
「……ちッ、騙せると思ッたんだがな」
サングラスの男性は大げさな身振りで落胆を表現し、サングラスに手を掛けながら続けた。
「俺は人狼キラーだ。Jとでも名乗っておくか」
「何なんだ、こいつは……」
徳井は、今まで会ったことがない人種を前に、冷や汗が止まらなかった。
「くっ……開宝、ガンドック!」
「開宝、カマイタチ!」
そして、徳井は銀色の宝箱を、Jは金色の宝箱を、同時に開けた。
【Bランク秘宝獣―ガンドック―】
【Aランク秘宝獣―カマイタチ―】
◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆
「乃呑ちぃ、ちょっとタイム!!」
ツバメの秘宝獣が黒城に襲いかかる直前、生キャラメルを口に頬張った、ボーイッシュな少女が現れて言った。
「なによ麻美!? 今から黒城を倒そう(物理的に)っていうときに!」
「そうなの? でもさっき、徳井くんが愛歌ちゃんと秘宝バトルするんだーって息巻いてたよ?」
「愛歌と秘宝バトル!? 徳井のやつ、そんなこと一言も……」
乃呑は屋上から、中庭の方を見下ろした。そこには、秘宝バトルを繰り広げている徳井と、見知らぬ人物がいた。
そして、お弁当が地面に散乱して哀しみに暮れる愛歌の姿があった。
「黒城、今日のところはこの辺にしといてあげる。待ってて、愛歌ーーーっ!」
乃呑は学校の屋上から飛び降りた。ツバメの秘宝獣に片手を掴ませ、静かに中庭に着地して、愛歌の元へと駆け寄った。
「あっ、そういえば、今のは言わない約束だった。……ま、いっか」
中八児は、ケロッとした表情をしながら言った。
黒城は「……なんだったんだ」と言いたげに、寝ることにした。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
「ハハハハ、切り裂け! カマイタチ!」
「やめろ! もうやめてくれぇ!!」
そこでは、刃の尻尾を持つイタチの秘宝獣が、猟犬の秘宝獣を一方的に切り裂いていたのだ。
「馬鹿かお前。秘宝バトルなんてのは、闘犬と同じ類なんだよ」
闘犬とは、血の闘いと呼ばれた中世ローマ時代の娯楽の一つだ。中でもどちらかの犬が死ぬまで闘うデスマッチ形式はとても凄惨で、現代では倫理的な観点から、法の裁きを受ける。
「違う! 秘宝バトルは……、」
ルールのある『競技』だ。そう言おうとしたが、徳井はショックのあまり、声を出すことが出来なかった。
「とはいえ、痛めつけるのも飽きた。カマイタチ、トドメを刺してやれ」
イタチの秘宝獣が尻尾の刃を振るった。斜めに斬りつけられた猟犬の秘宝獣は、白い球体となり、銀色の宝箱へと還っていった。
「……ごめん、ガンドック。……痛かったな」
「大げさだなぁ。いいだろう? どうせ死なないんだから」
普通の動物と違い、秘宝獣は死ぬことはない。
不老不死。いや、もっと近い表現で秘宝獣を言いあらわすなら、【質量を持った霊体】と言える。
「戻れ、カマイタチ」
イタチの秘宝獣を金色の宝箱に戻し、J|《ジェイ》がその場を立ち去ろうとした時、屋上から一人の少女が降ってきた。
「あ? どけ、邪魔なんだけど」
「……ゆるさない」
茶髪のポニーテールの少女は、Jに向かって言った。
「こんなの秘宝バトルじゃない! アンタは秘宝バトルを穢したんだ!!」
乃呑は今すぐ殴りたい気持ちを抑え、力強く叫んだ。
「アンタは私がぶっ倒す!」
「…………へー」
Jは、威圧されながら感嘆の声を漏らした。
「じゃあ後で、陽光公園の北東にある廃墟のビルに来い。それと……」
Jは去り際に、徳井にこう言った。
「さっきの人狼キラーってのは嘘だ。俺は、殺人鬼だ……!」
徳井は改めて感じた。コイツは、関わってはいけないタイプの人間なのだと……。
役職説明:【サイコキラー】
人狼に味方する超攻撃的な人間。
誰が人狼か知らない。
超攻撃的な性格のため、夜の行動でサイコに関わったプレイヤー(人狼、占い師、狩人など)を全員死亡させてしまう。
ただし、怪盗に盗まれた場合は、怪盗を殺すことができず、役職を盗まれる。
非常に強力な能力の役職ではあるが、仲間のはずの人狼をも死亡させてしまうため、その振る舞いには注意が必要だ。
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