――その頃、陽光中学校の生徒会室。
生徒会のメンバーは各々資料を眺めながら、縦長の机を囲んでいた。
学生帽を目深に被った少年が、生徒会書記の徳井 秀。
黒い短髪のボーイッシュな少女が、会計の中八児 麻美だ。
定刻より少し前に、誰かが生徒会室の扉を開けた。
中八児は「あわわっ」と驚き、こっそりと食べていたガムをゴクリと飲み込んだ。
生徒会室に入ってきたのは、茶髪のポニーテールの少女だ。
「おはよう。生徒会長はまだかな?」
「なーんだ、乃呑ちぃか。びっくりして損しちゃった」
麻美は安堵の息を漏らすと、すかさず飴玉を自分の口に放り込んだ。
茶髪のポニーテールの少女は席につくと、自分の机に置かれていた資料をペラペラと流し読みした。
彼女の名は、菜の花 乃呑。生徒会の副会長だ。
「ふあっ……。皆さん、おはようなのです」
直後、生徒会長の白樺 イヴが、眠気眼を擦りながら生徒会室に入ってきた。
「んんっ!? ムグ〜!」
余裕の態度で飴玉を頬張っていた中八児は、驚いて飴玉を丸ごと飲み込んでしまった。
銀色の長髪をなびかせ、学ランを袖を通さずに羽織った生徒会長は、最奥の席に座った。
「? どうしたのです、中八児 麻美」
「あー、彼女のことは気にせず本日の議題へ遷りましょう」
乃呑はそう言って、生徒会長にマイクを手渡した。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
「兼ねがね説明している通り、今日の会議では本校から除籍する生徒を決めようと思うのです。異議のある方は挙手を」
イヴは手慣れた様子で会議を進行していく。
「まず一人目、金剛 宇利亜。入学当初から素行が悪く、止めようとすると暴れまわり、全教室の窓ガラスを破壊してまわる始末。彼の除籍処分に異議を唱えるものは挙手を」
生徒会室は静寂に包まれていた。手は一つも挙がらない。
「では金剛 宇利亜を、全会一致で除籍するのです」
イヴは、次の資料に目を通すように指示した。顔写真は、特徴のない黒髪の少年だ。
「二人目は黒城 弾。寡黙で挨拶すらろくにしない。最近では授業中に教室を出たり、授業をさぼり屋上で寝ていることも多い。彼の除籍処分に異議を唱えるものは挙手を」
手は一つも挙がらない。
「では黒城 弾を、全会一致で除籍するのです」
イヴは最後の資料を読み上げた。顔写真には、栗毛色の髪を上部で編み込んだ少女が映っていた。
「最後に、鴇 愛歌……」
その名を読んだ途端、乃呑は激しく動揺した。
「彼女は、一年生の時に虐めを受けていたのです。虐めゼロを掲げる本議題において、虐められる側にも原因があるはず。彼女の除籍処分に異議を唱えるものは……」
「面倒だなぁ、全員除籍してしまえばいいんだ」
静まっていた生徒会室に、学生帽を目深に被った男の声が響いた。
「火のないところに煙は立たぬ。候補に上がる時点で、全員【黒】なんだよ」
徳井は不敵な笑みを浮かべながらそう言った。
イヴは、無視して続けた。
「鴇 愛歌の除籍処分に異議を唱えるものは挙手を」
戸惑いを見せつつ、乃呑の手が挙がった。
「愛歌はもう虐められていません。クラスにも馴染めています」
「乃呑ちぃがそう言うなら私もー」
便乗するように、麻美が笑顔で手を挙げた。
「僕の意見はさっき述べた通りだ」
「……賛成二票、反対二票、ですか」
「ちょっと! 勝手に終わらせないでよ!」
イヴが早々に会議を終わらせようとすると、乃呑は席を立ち上がった。その様子を、徳井は驚いた様子で眺めていた。
「どうしたのです、菜の花 乃呑」
「どうしたもなにも、勝手すぎる!」
資料を片付けて退室しようとしていたイヴは、眉を潜めた。
「……気が変わった。僕も鴇 愛歌の除籍には反対だ」
殺気立った空気の中、徳井はヒラリと手のひらを返した。
「……徳井、どういう風の吹きまわし?」
「まぁまぁ乃呑ちぃ、何だっていいじゃん!」
賛成三票、反対一票。鴇 愛歌の除籍処分は保留になった。
「……以上で本日の議会は終了なのです」
他の生徒会メンバーも生徒会室から出ていく中、乃呑は徳井のことをずっと睨んでいた。
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