「変な奴とは随分とご挨拶じゃな」
「ああいう反応も致し方ないと思うよ」
「じゃあ、そんな恰好をさせんな……」
日下部がため息まじりで呟く。
「他にないからしょうがないでしょ。まさかおっさんが乗ることは想定していないし」
「おっさんって言うな、まだ三十路じゃ」
「三十路はおっさんだと思うけどな……ロボットの操縦経験は?」
「昔カチコミで……いや、工業用ロボットのライセンスは持っちょるが」
「また不穏なワードが出たんだけど……まあいいや、このコックピットは……」
「仁尽?とやらのパイロットさんたち? 聞きたいことがあるんだけど?」
アレクサンドラが通信を繋ぐ。
「む、異星人か。あのオレンジ色の戦艦?からか……」
「そう、ビバ!オレンジ号に搭乗しているアレクサンドラよ、この部隊の指揮官のようなものを務めているわ。聞きたいことがあるのだけど、喋るリスさん」
「一応、カナメって名前があるよ、こっちは日下部和志ね」
「それは失礼。カナメ、質問良いかしら?」
「……あまりこちらを見ても動揺しないんだね」
「奇矯な恰好をする人たちには慣れているつもりだから」
「細かいことを言うと、人とはまた違うんだけどね……フェアリーというか」
「フェアリーも間に合っているわ」
「ははっ、間に合っているんだ、世間は広いね」
「貴方はこの透明な生命体についてご存知?」
アレクサンドラはモニターに自身がQと呼称した生命体を映す。
「ああ、これは魔獣だよ。そう、色々な世界を渡り歩いては破壊の限りを尽くす、恐るべき存在だ。もっとも、これらの個体は大分弱い個体だけどね」
「その魔獣の目的はなんなの?」
「……それが分からないから厄介なんだよ」
「ではカナメ、貴方はあの魔獣たちを退治するためにこの世界に来たの?」
「……そう捉えてもらって構わないよ」
「そう……こちらの分析によると、透明な体の中心に黒い球、コアのようなものがある。どうやらそれを破壊すると、奴らを消滅させられるようだけど?」
「へえ、よく気がついたね。その通りだよ」
「とりあえすそれが確認できれば良いわ」
アレクサンドラは通信を切った。カナメは日下部に話しかける。
「話の途中だったね。ええと……そうだ、このコックピットはちょっと特殊でね」
「ちょっとどころじゃないな、シートが無い。立ったまんまでいろってことかいの?」
「動きがそのままダイレクトに反映されると言えば分かりやすいかな」
「ふ~む……」
日下部が仁尽の右手をまじまじと見る。そこには棒状のものが握られていた。
「それはマジカルステッキだね。魔法が使えるアイテムだ」
「ワシは魔法なんか使えんぞ」
「念ずれば使えるよ、火を出したいと念じれば火が出るし、風を起こしたいと念じれば風が起こせる。この機体自体にも同じことが言える」
「走りたいと思えば走れるし、飛びたいと思えば飛べるってことじゃな?……大体分かった。それであの透明な体をした連中をやっつければ良いんじゃな?」
「そうだね。火球を放ってくる個体だから、距離を取って魔法で戦う方が……⁉」
日下部はステッキを腰部のホルダーに納めると、仁尽をおもむろに走らせて、近くの魔獣を豪快に殴り飛ばした。コアを潰された魔獣は消滅する。
「おっしゃ!」
「いやいやいや! 何の為のステッキ⁉」
「男は黙って素手喧嘩じゃい!」
「魔法少女ロボなんだけど⁉」
「カバチタレんなや! どんどん行くでぇ!」
日下部は仁尽を走り回らせ、周囲にいる魔獣を次々と消滅させていく。魔法は一切使わず、ただ拳と蹴りのみで。気が付くと、魔獣はあらかた片付いてしまった。カナメは唖然とする。
「そ、そんな……ま、まさかこんな戦い方で……」
「ざっとこんなもんじゃ!」
「魔法を駆使して戦ってくれないとこちらとしては困るんだけどな……ん⁉」
仁尽やビバ!オレンジ号の部隊に属する機体たちに対し、射撃が加えられる。黒色の機体十数機がいつの間にか、周りを包囲していた。ユエが叫ぶ。
「やつら、『九竜黒暗会』の機体、ヘイスーよ!」
「確か、東・東南アジアを拠点に暗躍するマフィアだったかしら? 何故ここに?」
「私の流した偽情報にまんまと引っかかりましたとは言えないわね……」
アレクサンドラの疑問に対し、ユエは小声で呟く。
「反社会勢力ならば遠慮は要らないわ。皆、連戦でしんどいと思うけど、迎撃お願い!」
アレクサンドラの指示に従い、各機が攻撃してくるヘイスーを迎え撃つ。
「『九竜黒暗会』か……昔を思い出すのぉ!」
「昔って何⁉」
日下部は仁尽を勢いよく走らせるが、数歩程走ったところで急に失速し、バランスを崩して転倒してしまう。カナメが叫ぶ。
「エネルギー=パイロットの体力みたいなものなんだ! 初操縦だし、体力を思った以上に消費したんだよ!」
転がった仁尽を見て、ヘイスーが二機素早く接近し、ライフルを構える。
「くっ……動けん! いきなりタマを奪られるとはな……」
「ちょっと諦めが早すぎない? 魔法少女さん?」
「⁉」
女の声がしたかと思うと、赤白の機体が長い鞭を鋭く振るう。鞭を三度叩き付けられたヘイスーは頭部と右腕部と左脚部を破損し、たちまち行動不能になる。それを見たもう一機のヘイスーが慌てて距離を取ろうとするが、その先に青白の機体が回り込み、クローで機体を切り裂く。別の女の声がする。
「むしろ、無法中年って言った方が良いかも……」
仁尽のモニターに赤白の機体と青白の機体が映し出される。
「だ、誰じゃ……?」
首を傾げる日下部の耳に別の女たちの声が聞こえてくる。
「『エテルネル=インフィニ』⁉」
「海江田さんと水狩田さんか~」
「あらあら、久しぶりだね~ジュンジュンにオーセン」
「こんなところで会うとはすごい偶然……」
「いやいや! 絶対偶然やないでしょ!」
「すごい棒読みみたいな台詞~」
そんなやりとりを聞きながら、カナメが呟く。
「助かったみたいだね……」
「こんな危なっかしい場所に女が多いな……世も末じゃな」
「そういう日下部が誰よりも女の子っぽい恰好しているけどね」
「くっ、意識が遠なってきた……」
日下部は眠るように目を閉じる。数十分後、ビバ!オレンジ号の格納庫でアレクサンドラが戦場への闖入者、もとい乱入者たちと対面していた。
「あらためて、お礼を言わせてもらうわ、高島津幸村さん」
「礼には及ばんでごわす」
「ロボチャンの大会に出るんでしょ?」
「ええ、その為に山陰地方の方で武者修業を積んでおりもうした」
「武者修行ね……それは御苦労さま。それで、貴女たちは熊本の一八テクノ所属のパイロットさんたちね。赤白の機体、『エテルネル=インフィニ一号機』搭乗の海江田啓子さんと青白の機体、『エテルネル=インフィニ二号機』搭乗の水狩田聡美さん」
「どうも初めまして」
「よろしく……」
ともに整った顔立ちと無駄のない髪型をした女性二人がアレクサンドラに一礼する。
「貴女たちはどうしてここに?」
「ロボチャン出場の為に淡路島へ向かっていました」
「会社の皆さんとわざわざ別行動を取っている意味は?」
「……ふん、なかなかの情報網……」
アレクサンドラの問いに、水狩田が小さく呟く。
「腕利きの傭兵コンビの狙いはなにかしら?」
「……」
「カ~ナ~メ~‼」
そこにフリフリのドレスを着た日下部が割り込んでくる。カナメが驚く。
「ど、どうしたの? そんな大声出して」
「ど、どうしたもこうしたもあるか! ワシはいつまでこの恰好なんじゃ!」
「ああ、半日はその恰好のままだね」
「はあっ⁉ 後十時間以上もこんな恰好でおれっちゅうんか⁉ あのロボットに搭乗時だけならばまだ我慢出来たが……」
「……日下部さん」
アレクサンドラが声をかける。
「なんじゃい! ワシは今機嫌が悪いんじゃ!」
「貴方とカナメ、そして仁尽の力を貸してくれないかしら?」
「ああん⁉ なんでそんなことをワシが……」
「貴方が命より大事にしている愛犬、アンちゃんを保護したわ」
「‼ おお~アンちゃん無事じゃったか~」
セバスティアンが犬を運んでくる。日下部は犬を抱き上げ、頬をすり寄せる。
「力を貸してくれるわね? ギャラは弾むわよ」
「お、恩義があるとはいえ、それとこれとは……」
「……仕方ないわね、玲央奈! ちょっとこっちに来てくれる」
「ん? なんだよ、オーナー? って、おい!」
アレクサンドラは玲央奈の頭をおもむろに撫で回し、ライオン耳を露にする。
「⁉ そ、それは……」
「この部隊には後三人、ケモ耳の持ち主がいるわ。一機撃墜につき、一撫ででどう?」
「この命、姐さんにお預けします!」
「ふふっ、交渉成立ね」
「勝手に決めんな!」
笑顔で頷き合うアレクサンドラと日下部の間で玲央奈が叫ぶ。
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