憎しみや疑念に埋もれた希望をテーマに書いております。
今回、一話は主人公のハオのイラスト添付を最後にさせて頂いてます。今後も新キャラが出る度ある程度は張りますのでそこも見て頂けたら嬉しいです! イラスト、題名作成者ちゃむり様。※カバー絵が証明写真みたい……。
ぐしゃり――。ぐしゃり――。
なんでこうなった……?
仮想世界が俺達の言うリアルとなった現代。住む人間は各々に『リンクシステム』という緑に光る腕輪を身に着けている。それは通話、メール、そして転送システムという便利な機能のお陰で職場や旅行先、そしてゲーム世界に好きな場所から自身を転送する事が出来る。この世界を人々はヴェガスと呼ぶ――。
約三年前からそんなヴェガスではオーガナイズゲームというMMORPGが流行りだしだ。それは他のゲームデータを必要とし、そのデータをコンバートする事で始められる。コンバートしたゲームデータの進行具合、主要素に従い、自身のステータス、スキルに影響が出るという珍しいゲームだ。
ぐしゃり――。ぐしゃり――。
なんでこうなった……?
――俺がオーガナイズゲームを初めてプレイした日、市街地という大きな街にあるクエスト受注所で俺は入り口にあった全身が確認できる壁付けの大きな鏡に目を向けていた。
白と黒の混ざった髪に赤いコートは淵が黒く、シャツ、ズボン、ブーツまでもが黒い。両目の黒い眼でその姿に、腰に身に着けた初期装備の刀を見ては、これからの冒険に期待と夢を膨らませ微笑んでいた。
一時間も掛けてこの服装を作り上げたんだ。自分の中でもかなり気に入っている。コンバートしたゲームは一年前までやっていたMMORPGで毘沙門天の眷属、羅刹という種族。
羅刹は惑わす能力、ドレインが主で扱いが難しかったけれど、唯一、レベルも固有スキルレベルもすべてカン凸している分、強さに自信があるものだ。これなら大分上位までやっていけるんじゃないのかな。
そんな始めて間もない癖に生意気な事を考えていると、鏡に映る俺の後ろ姿に、華奢な体つきをした白のシャツと短パン、木の弓を背負った短い赤髪の男が映り込んでいた。振り向くと突然俺に対し初心者かと尋ねる。
「初めまして! 俺も……初心者でライムってんだ! よろしくな」
勿論俺はその問いかけにただ頷くと、茶色の瞳を細め、照れくさそうな笑顔を見せて男はそう答えた。手を差し伸ばされ、初めてこのゲームで仲間と呼べるべき存在と出会えた瞬間に、微笑み返しながら差し伸べられた手を握り、口を開く。
「俺はハオ。よろしく……!」
――それから通っている高校が夏休みという事もあり、俺は大学生のライムと数日間密に共にクエストをこなしていた。
そんなある日の夜の事だ。白く輝く満月の下、一面の草原に仰向けに寝そべり、心地よい風を頬に感じているとライムは照れ臭そうな声で呟く。
「俺さ……その、あれだ。夢があんだ」
ぐしゃり――。
「夢? その割には曖昧な言い方するのな」
「こっぱずかしいんだよ! ……俺さぁ、大学卒業していつか自分の飲食店開こうと思ってんだ」
「急になんだよ。ってか、それだから市街地の飲食店でバイトしてんのか」
満月を見ながら俺はそう言って、ライムの話の続きに耳を傾ける。
「まぁな。飯ってさ。人を幸せに出来るものだと思うんだよ。食ってる時、うまい物だと幸せー! ってなるだろう?」
「まぁ、確かに」
「俺は与えたい側になりたいんだ。多くの人に幸せを届けられるような料理人になりてぇのよ。……ハオは夢とかあんのか?」
ライムの質問に暫く考えるが、彼が言ったようにはっきりとした目標すら寸分もない俺には、夢のゆの字もないくらいに浮かばず、軽い吐息と共に目を閉じる。
「……ねーよ」
「そうか。ハオはまだ無いのか……。まぁ! 俺と違ってまだ高校生だしなー」
「高校生とか関係あんのかな? ライムはすげーな。全うな理由もあってさ」
「だろ!? オーガナイズゲームでは実際に飲食店を開いて、市場に出る前の実験処ってのも有名でよ! ここで売れる店はヴェガスのどこでも成功するらしいんよ! だから店を見て回ってバイトしながらゲームも楽しもうってわけよ! まさに一石二鳥!」
ライムは上体を起こし、目を輝かしては商売文句のようにつらつらと、満天の星空を見上げ、にこやかに答えた横顔に自然と目がいく。
ぐしゃり――。
「……そうだな、このゲームってNPCが居ない所もすごいよな。ゲーム内はヴェガスと同じ通貨で飯も食えて装備も買える。しかもモンスターを狩れば多少のお金も貰えるから、それ目的で稼ぐ人達が多いし。というかゲームしながら小遣い稼げるってので、俺もこのゲーム始めたきっかけなんだけど……その内俺も見つかるかな。夢」
「見つかるって! ハオなら何にでもなれる!」
風に赤毛を揺らしながら彼は即答し、笑顔が弾ける。その表情に面映ゆい感情が俺を微笑ませた。
「まったくライムはいつも大げさだな――」
ぐしゃり――。
「そう言えば、ハオ。コンバートスキル覚えたんだろ? どんなスキルなんだ?」
「……内緒」
「なんでだよ……」
ジト目で俺を睨み、何か思い出したかのように目を見開き、また笑みを溢すライムに俺は首を傾げる。
「あ、そう言えば、明日は俺のバイト早く終わるからさ。前から行こうって言ってた地下教会のお宝を取りに行こうぜ! 昼過ぎには終わるからよ!」
「おう!」
――そう。俺達は次の日に地下教会のクエストを受けたんだ。なのになんでこうなった?
教会の地下にある広間の真ん中にぽつりと立ち、吐き気に襲われながら、肩を震わして俺は佇んでいた。
苔が生えた石畳と、ざらつくコンクリートの壁に包まれた大きな円状の広間の辺りには、これと言ったオブジェクトは無く殺風景で、崩れかけている天井からは幾つもの地上の光の筋が差し込み、地下の広間は辛うじて薄暗い。
頬から伝う汗は、己の輪郭すら感じ取れる程にゆっくりと垂れ落ち、背中にじわりと広がる汗は広間に入る道から吹き抜ける風で悪寒にすら感じ取れる。
——そして目の前には虫の息の男に、鉈を何度も降り下ろし返り血を浴び、笑みさえ浮かべる大男の姿……虫の息の男——それはライムだ。今も血だまりの上に、半分白目を剥いて倒れていた。それをただ見詰め、震え、掠れる声で俺は尻すぼみする。
「やめ……ろ」
ライムの武器である弓は、本人からかけ離れた場所に転がっているのを俺は一瞥し、またライムに視線を戻す。彼の白いシャツと短パンは今や赤く染まり、短い赤毛はもはや血なのか、髪なのか分からないほど赤黒く、四肢は辛うじてまだ繋がっている。
次第に半分白目である目の端には差し込む光に反射し、きらりと雫が垂れ落ちた。そんなライムの上に跨る大男の長髪はフケが目立ち、黄ばんだ白いシャツに、汗が乾き白い線がうねる黒いズボンに裸足と不潔さが滲み出ている。
「そんな……訳ないだろ。出来るわけない」
右手に握りしめている赤く染まった鉈は、俺の小さな声に見向きもせず、何度もライムの腹部に振り落とし振りかぶる度、ライムの体は少し跳ね、鉈からは幾つもの血の線が曲線を描き飛び散り、不快な音が耳に張り付く。そんなライムを見降ろし、荒い鼻息に血走った眼と笑みを浮かべる大男を見るだけで慄然とし、鼓動を速めた。
約一時間前の事だ――。
教会のクエストに出発する前、俺は市街地の飲食店が立ち並ぶ通りでライムがバイトしている魚介料理を専門とする店に出向いた。丁度お昼の十二時前で、店の中も混雑している中、ライムの姿を探そうと大衆酒場のような店内を見渡していると、急な怒鳴り声で俺は両肩を跳ねる。
「ばっかやろう!! また塩と砂糖間違えたな! お前料理人目指してんだろ!? 見ろ! 魚介塩ラーメンのスープが砂糖でどろどろじゃねーか! つうか塩でもここまで来たら入れ過ぎだわ!!」
「す、すすすす、すみません!!」
「めっちゃ、すを連呼するなお前……。ったく、接客だけが良くても、料理人は務まんねーぞ! 今日はもう上がれ!」
店の入り口から開けた店内の奥にはオープンキッチンとなっており、ライムはそこで店長にこっぴどく怒られている。その姿に俺は苦笑いしながら頭を掻いていると、気を落し眉を下げるライムがキッチンから店内へと重い足取りで出てきた。
「よ、よお」
「……!? げっ! ハオじゃねーか。うわぁ……まさか今の見てた?」
「人を見て最初に、げって。見てたけど……。まぁ、そのー。あれだ。そう言う日もあるだろ」
「出来れば今後一切なくていい日だなー。というか! これくらいの事で諦める程、俺のメンタルは弱くないからな!? 俺は必ず有名な料理人になって世界中の人達にうまい物食べてもらって笑ってもらうんだ!!!!」
右手を握り拳に変えて、顔の近くまで持ち上げてはそう大きな声で言い放つ姿に俺は自然と笑みを浮かべた。
「うるせーぞ!!! 営業妨害するなら今すぐここでクビにするぞ!!」
「ひっ! すみませんでしたーーー!」
慌てふためくライムに、なぜか俺まで店長の怒鳴り声から逃げるように店を飛び出し、そのまま市街地から外へ草原まで息が切れるほど走る。
「はぁ、はぁ、まじ店長怖えよ。ってそういやここまで走ってきちゃったけど、クエスト受注まだだよな?」
「はぁ、はぁ、お前のバイト先行く前に俺が受けたからパーティーに参加すれば大丈夫だよ」
「お、おう。それはありがたい。今また市街地に戻ったら命ねーからな」
汗を掻いた額に俺は手で仰ぎながら答えると、青ざめた表情のライムはそう言って苦笑した。
ハオ【寺島 薫】
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次回 夢追う者
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