俺達が目の前にしているのは一つの店だった。退屈そうに口を曲げる店主の前には、りんごを飴で包む菓子が並び、俺は息を吐いた。
「……りんご飴だな」
「ほー! これは菓子なのか! ハオ! わちは今これが食べてみたいぞ!」
「おめー。主食ちげーだろ。つうか、無駄な緊張感を返せ」
飛び跳ねながらせびる幼女を目の前に、周りの目もある上で、りんご飴を買う選択肢以外ない状況だ。渋々一本だけ店主のリンクシステムに俺のリンクシステムをコツンと触れさせ、お買い上げ。商いにしては一言も喋らない店主に首を傾げていると、ミーコの声で視線は店主から外れる。
「んー! にゃぁ!」
「もはや、神という気迫が完全にどっか行ったな」
煌めく両目でりんご飴をかじり、笑顔を咲かす幼女――。後ろから俺の肩を軽く叩いたクトスは、苦笑しながら口を開く。
「まぁ、見た目がなぁ……。俺は泊まる宿を探してくる。ハオ、お前は開けた場所を探してくれ」
「お、おう」
クトスと別れ、あっという間にりんご飴を食べ終わったミーコの口元は、べたつきが見て分かる。仕方なく、嫌々に俺は自分の袖で口元を拭いてやり、早速商いを囲む大樹から外へうっそうとした道に足を踏み入れていった。
歩いてどれくらいだろうか。三十分は経ったか。俺は既に諦めかけ、足を止める。
「って言っても、樹海に開けた場所なんて……てか暑いな」
「——!」
隣に立っていたミーコが一歩後ろに下がりだすのに目が行くと、眉を顰めていた。
「どうした? りんご飴足りないとか言うなよ?」
冗談交じりにそう言うと、ミーコは先を見据え、下唇を噛む。
「まさか、早すぎる……。ハオ! 構えるのじゃ!」
「は?」
「早く!」
焦りに満ちた声を出すミーコから視線を前に向けると、広がる光景はいつの間にかに海の上に立たされていた。前に比べ、霧が濃い。隣に立つミーコを一瞥し、前を見ていると、霧の中から人影が揺らいで見えだす。
「なんで……ここに? 俺らの他に人が――」
「アはハは!! よオぅ。会いタカったゼ……相棒」
両腰には俺と全く同じ刀を身に着け、短い赤髪に、黒いシャツと短パン、両目はすべてが黒く染まり切り、笑みを浮かべ、霧からそれは姿を現した。武器は弓ではないし、姿も白いシャツと短パンでは無いが、明らかにその姿は――。
「……ラ、イムなのか?」
「ヒドいネぇ……。やっとこサ、実態化デキタノニ、俺ハお前ノイチブなのにヨォ。他人ト間違えるナヨ」
「一部? ……ふざけた事言って」
耳クソを掻き出そうと右手の小指を突っ込み、歪んだような声で笑う偽ライムに俺は柄に手を掛けた。
「ふざけてはおらぬ。……奴はおぬしとわちの黒い影のような物じゃ」
「俺とミーコの?」
「ソウ、お前ラが口ニ出さナカった……ステテ、今もオサエこんでいる負や疑念の感情。ソレがオレだ」
偽ライムとミーコの言葉に、柄を握ろうとした手を遠ざけさせ「負の感情?」と俺は声を漏らすと、偽ライムはミーコに指を差し、首を傾げて俺を睨んだ。
「それよりイイのか? 相棒。ソンな奴をと契約シテ」
「お、おぬし! 何を言い出す。 下手な虚言でも吐いてみろ! 一部であるおぬしであろうともそれなりの対処をするぞ!」
先ほどの冷静な声から、前に踏み込んだミーコは恫喝するように声を荒げるのに対し、偽ライムは畏怖する事なく、舌打ちをした。
「アン? 俺はオマエの負や疑念の感情も所有シテるんダゼ? ナニ白を切ろうとシテンだよ。調子がイイこった」
奴は俺達の疑念、負の感情の塊なのか? ミーコは前からの言動に、俺に言えない何かを隠しているのは間違いないのかもしれない。だけど、奴がまず本当にそんな存在なのか不確定要素が多いのも事実。
偽ライムから視線をミーコに変えると、歯を食いしばり、眦を吊り上げている。
「ミーコ?」
「う……くっ」
そんな顔までして……何を隠してんだよ。
「あハはハは!!! 神とシテ生まれ、生後一年半のノウミソには、少々ストレートな言葉だったカ?」
「さっきからお前ら一体何の話をしてんだよ!?」
嘲笑う偽ライムに視線を戻し、眉を顰めると、表情を真似るかのように相手も眉を顰めた。
「アン? 俺カラ言うわケネーだろ。どうせ近いウチに嫌デモ知るダロウしな。ソレニ俺の役目はカギってダケサ」
「鍵?」
「オッと……もう時間カ。また会おうゼ、相棒」
「どうい――!」
霧に馴染むかのように、姿を消し出した偽ライムに触れようと踏み込んだ瞬間、視界は一瞬の閃光に包まれ、聞きなれた声に目を細める。
「おい! ハオ! 聞こえてんのか?」
「クト……ス?」
俺の両肩を掴み揺らすクトスの姿に、元の世界に戻った実感が遅れてくる。クトスは瞬かせている俺の目を覗き込むように見ると、溜息を吐いた。
「おいおい。それ以外でお前はこの顔を知ってるのか?」
「あ、いや……ていうか、もう宿見つけたのか?」
「そりゃぁ、店の数も少ないからな。お前こそ、ぼーっと突っ立ってどうした?」
まだ曖昧な要素が多く、上手く説明が出来ないと思った俺は目を伏せる。下手に言えば混乱を招く間も知れない。今はイワスヒメの事に集中するべき……だろう。
「いや……まだ何て説明したらいいのか」
「はぁ?」
察したのか、両肩を掴んでいた手を放し、背中を向けるクトスを一瞥し、ミーコに視線を向けると「すまぬ」と囁いた。
「そうか……。まぁ、話せるようになったら言えよ?」
「あ、あぁ」
なんのすまぬ。なんだ――。
「しっかし樹海に開けた場所を探すのも一苦労か。 じゃぁ、もうここでいいか」
「え?」
槍をポンチョの下から手品のように、するりと出したクトスは振り向き、目の端で俺を見て笑みを浮かべる。
「見てろ」
次回 克服
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