「え?」
力――? そう頭に過ると同時に、背中を蹴られ痛みを感じた途端。俺は樹海まで勢いよく吹き飛び、樹海に入ったすぐの所で木に腹部を強打し勢いは止まるが、鈍い痛みに呻き、地面へと擦れ堕ちる。
「ほれ。乱れたら、お前はスサノオの力すら発揮できない」
「く、そ!」
「うんうん。お前は一度固めた気持ちがブレない強い意志が必要だって事だ」
「ま、だだ!」
地面に転がった俺はゆらりと立ち上がり、再度構えなおすと穏やかな声が耳に入る。
「派手にやっておりますね」
数メートル先に立つクトスから目を右にやると、フードを深く被った男が開けた場所の端に佇んでいた。
「おう、ノイザじゃねーか」
「クトスさん、お久しぶりです」
ノイザ……? ってあの先に潜入をしている人だよな?
フードは捲り、顔を見せる男――。なんとも美形な顔立ちだ。白銀の両目を細め、笑みを見せる表情は優しさに包まれる感覚になる。長髪の髪色は潜入の為か、艶のある黒い髪を靡かせ、こちらに歩を進めだすと、クトスは槍をポンチョの中に収めた。
「ハオ、今日の所は終わりだ。まずは情報も聞かないといけないしな」
「あらら、修行の邪魔でしたか」
苦笑するノイザという男がクトスの元で足を止めると「いいよ」と答え、俺を見てノイザに指を差す。
「ハオ、こいつがノイザだ」
「初めまして、ヴァイス様からある程度の話は聞いております」
「ど、どうも」
さっきまでの緊張感が一気に解れ、刀を鞘に戻すとミーコが目の前に眩い光を放ち、姿を現した。その大きく伸びをする後ろ姿に少し微笑み、俺達はクトスの元へと歩き出す――。流石に派手にやり合っていた事と、樹海ではイワスヒメが潜み密会している事が気付かれるリスクも考え、ボワに戻り話をする事にした。
大樹の中。部屋に入り、右にベッドが三つ並び、左には木のテーブルと四つの椅子はそのまま大樹の木から作られており、地面に固定されたような状態。まっすぐ歩いた先には小窓があり、樹海の上を一望できる。ここはクトスが見つけた宿泊先だ。その一室に俺達四人は集まり、テーブルを挟んで、四人は椅子に腰かける。
「んで? どうなんだ? 痕跡はあるのか?」
「そうですね。潜伏してから二人の行方不明者が出ております。行方を探る為、先ほどまで樹海を詮索していたのですが……」
「おいおい。相手も警戒してるって所か」
「はい。すみません」
頬杖するクトスに軽く頭を下げたノイザさんを見て、少しの間静寂が訪れると外からも人の声が聞こえない妙に静かな空間に、俺は首を傾げて口を開いた。
「なぁ、前に言ってたこの村の人に干渉しないって、なんでなんだ?」
「それはですね。この村の風習が原因なんです」
「風習?」
微笑み、そう答えるノイザさんは腕を組み、穏やかな声のまま続ける。
「はい。言葉は人を惑わす力を持っている。だから、話もしない。他人の出来事にすら、興味を示さない。示してはいけないっという所ですかね。まぁそれを好んで住み着く人達なんでしょう」
「なんで、そこまでしてこの村に人が住むんだ? だって行方不明者が出てる事は干渉しなくても、分かるだろ?」
「本当にそう思いますか? 彼らは自分の事以外、何も知らないんですよ?」
「そうだけど――」
本当にそう思うのか……。その質問に「うーん」とイマイチな反応を示すと、ノイザさんは席を立ち、小窓に向かって歩き出した。
「自分が穏やかに生活できているのであれば、行方不明者が出てるなんて思いますかね? ただ村から外に出て、別の住みやすい所を行ったと考えるのが普通でしょう。少なからずイワスヒメは、あの商いの関係者には手を出していないようですし、生活には困りません」
「なるほど」
確かに、俺からしてみれば行方不明者が出ているという前提の話だ。何も知らないここの村の人がりんご飴を売る店主のように一切話さず、自分の生活しか見ていなければそうなるのか。
「さて、日が暮れてきたな。情報もないままで話しても無駄だろう。明日改めて作戦を立てよう」
「そうですね」
「分かった」
「のじゃ」
だから……。のじゃってなんだよ。
――――。
「ハオよ! この枝豆というのも美味じゃな!」
「美味って、お前さっきからそれしか食べてないだろ」
「他にも食べたいのじゃが……メニューとやらの品数が多すぎる」
ってなんで居酒屋なんだ。というか周りにちらほら客がいるのにも関わらず、こんな俺達だけが会話してる居酒屋なんて……。なんか気まずいな。
クトスとノイザさんに堀こたつを挟み、俺達は向き合って座る中、ミーコは隣で枝豆片手にメニューと睨みっこしてもう一時間――。隣でこれ以上懊悩されても困ると思った俺は、自分が頼んだ唐揚げをミーコに器ごと差し出すと、こちらを向いて瞬かせながら小首を傾げた。
「仕方ねーな。ほら、これやるよ」
「いいのか!?」
「あぁ、唐揚げっていうんだ」
「ん! にゃー!」
のじゃー。とかにゃー。とか良く分かんねー反応するよな。こいつ。
片手に枝豆、片手に唐揚げを持ち、頬張るミーコの無邪気な笑顔を横目で見ていると、クトスが机にジョッキを強く置く音に俺は肩を跳ねた。
「だはーーっ! やっぱり軽い運動の後の酒はうめー!」
「さらっと俺に喧嘩売るなよ!」
「許してあげてください。この人は前からそうですから」
「俺達―?」
「マブダチ!」
「「イエーイ!」」
既に二人とも頬を赤くし、キャラが壊れ、小さな事でも仲良さ良さそうに笑うようになっている。その状況に溜息を吐いた俺はノイザさんに素朴な疑問を口にする。
「そう言えばノイザさんは、いつからクトスと知り合いなんだ?」
「おいおい。俺は呼び捨てでノイザには、さん付けかよ。こいつと俺の差なんて微々たるものだろうよ」
机に叩きながら、俺に絡むクトスを無視しノイザさんが微笑み、口を動かすのを待っていると、クトスは「くそ」と言って舌打ちした。
ノイザさんの前では言えないけど、そういう所が無駄に距離感を感じず、今の口調にさせている訳だが、本人は気付いていないだろう。
「クトスさんとは一か月程の付き合いですね」
「案外短いんだな」
「それはそうですよ。クトスさんがアウイナイトサーバーに来られたのは、二カ月前の事ですから」
意外だ。ヴァイスとの会話でも、知恵についても、見ていてもっと長くからいるのかと思っていた俺は、信じがたい言葉に更に首を傾げた。
「え? じゃぁ、それまでクトスは何処にいたんだよ」
「……色んなサーバーさ」
さっきまでの陽気な表情が、今の質問で冷めたように萎縮したクトスは静かにそう言い、ノイザさんは苦笑しながら両手を叩いた。
「ま、まぁ今日はもう遅いですし、それぞれの宿泊先の部屋に戻りましょうか」
「あ、あぁ」
俺は場の空気を切り替えようとしたが気後れしていまい、その後ノイザさんと店前で別れ、千鳥足の後ろ姿を見送った。宿泊先に戻り、クトスはすぐに鼾をかいて眠りについた。ミーコもすぐに小さな寝息が隣から聞こえ出し、俺は天井を見上げ、下がりゆく瞼に抗う。
一体――。どいつも――。こいつも何を背負って――俺に隠して――んだ?
「おはようございます」
耳元でそう囁かれた気がした俺は重い瞼を開くと、ノイザさんが目の前に立っているのが目に映り、上体を起こしながら目を擦る――。ふとリンクシステムから時刻を確認すると朝五時を表示していた。
「……ん? ノイザさん? こんな朝早くからどうしたんだ? 」
「ちょっと付き合ってくれませんか?」
次回 らしい事
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