右手に持った槍を中段に構え「それ」と声を出し、横に振るう――。
「うおっ!」
強風に顔を腕で覆い、自然と両足に力が入る。
振り切った瞬間、目の前に広がった樹海の木々は突風と共に、広範囲に粉々に砕け散り、半径五百メートル程の大きな開けた場所が作られた。
うっそうとしていた地面でさえも、すべてが刈り取られ草でなく土が剥き出しになっている。薄暗かったはずが、木々が無くなり空が顔を出したことで、昼間の明るさを取り戻す。
「こんなもんでいいか」
「おい……潜伏期間なんじゃねーのかよ?」
クトスは俺から距離を取るように開けた場所の中心まで歩くと、溜息を吐きながらジト目で俺を見た。
「まぁ、細かい事気にすんなよ。禿げるぞ」
「そんな事で禿げてたまるか!」
前のめりで答えると声を上げて笑ったクトスは、槍の矛先を俺に向けて柄を両手に握り、態勢を低くする。遂にこれからクトスとやり合うという雰囲気に、少し驚いた俺は手に汗を握り、笑みを浮かべる。
「さぁて、構えな。 本気で来ていないと俺が見なす事があれば、その時はまた串刺しにするからよ」
「もう御免だね」
これが初めて使う神器……。前の感覚通りで使えるのか?
そう考え、天叢雲剣の柄を握り、後ろに佇むミーコを一瞥し、クトスに視線を戻す。
「ミーコ。今は偽ライムの事よりも、イワスヒメだろ?」
「そうじゃな……」
弱り切った声が返ってくるのに、俺は深呼吸をし、目を見開く。
「なら、力貸してくれ」
「……ふん。仕方ないのう」
少し調子が戻ったのか、それとも俺に合わせてくれたのか。ミーコの笑みと溜息を混ぜたような声が耳に入った瞬間、刀を勢いよく引き抜いた。
今の俺にはコンバートスキルが使える状況じゃない……。敢えて前みたいにクトスの攻撃を受けて、ドレインするのもいいかもしれない。でもクトスがどんなコンバートスキルを持っているのか……。知らない状態で使うのにはリスクもあるだろう。だから今は――。
「んじゃぁ、行くぜ!」
「うんうん。来いよ!」
一直線に走りだす俺に矛先を逸らし、柄で攻撃を弾こうと振り上げた刀に、迎え撃つように真横に持った槍を持ちあげる――。振り下ろした刀と持ち上げられた槍の柄がぶつかり、小さな火花が目に映る。クトスの思惑通りか、振り下ろした刀は弾かれるが、すぐに体を回転させ、左真横に刀を振るうがそれも簡単に防御される。
「いいね。前のゲームである程度、剣捌きは覚えたって動きだな」
「これくらいでお世辞かよ。そういうクトスだって、一歩も動いてないじゃねーか」
「おいおい。ちゃんと俺の動きも把握してるのか。なら少しは動かしてみろよ!」
片目の緑に輝いた目を細め、にやりを笑うクトスに笑みを返し、三十メートル程後ろに下がった俺は両手で刀を持ち、左下段に構えて再度向かって走り出す。
「少しで済む……かな!」
「――!」
下段から上段辺りまで斬り上げようとする俺の刀に対し、クトスは真っ向から攻撃を押し返そうと刀に柄をぶつけた時……。クトスの体がほんの少し浮き出し、目を見開いたと同時に真横に吹き飛んでいく。さすがに樹海までは吹き飛ばせなかったが、吹き飛ぶ勢いを殺そうと槍を地面に突き刺し、二百メートル程離れた所で止まった。
力は込めた。けれど、さっきまでの打ち合っている時と力は大差ないなはず――。
「これは……喜びの力か?」
「おいおい。ある程度は踏ん張ってたはずなのに、どんな馬鹿力だよ。……そんじゃぁ、俺からも行かせてもおうか」
すぐに態勢を立て直したクトスは、流れるようにそう言って空高く飛び上がると、矛先を地上の俺に向けて、垂直に落下し出す。喜びの力でどれだけの力が付いているのか知りたくなった俺はぎりぎりまで見極めて、刀を横に構え槍の矛先を刀身で受け止める――。
しかし思った以上にクトスが飛んだ高さのせいか、瞬間的に刀身に触れた矛先を前に突き出した力のせいなのか、足元の地面から広範囲にひびが入り始める。
「う、お!」
「相手の力量を図ろうとしたのか知らんが、避けずに受け止めたのは褒めてやる。けど、そのままだと生き埋めだぞ?」
「なん、のーーー!」
刀身を垂直にし、槍を捌き、地面に深く矛先が突き刺さると耳元でクトスは笑みを含んだ声で囁く。
「それで? その後はどうすんだ?」
「くっ……」
咄嗟にまずいと判断する体に抵抗することなく、俺はまたかなりの距離を取るように後ろに引いた。
「おいおい。相手の攻撃を受け流したんだ? 引くのは違うだろ」
さっきまでの楽しんだ顔から、興が冷めたような顔を見せるクトスは地面から軽々しく槍を引き抜き、肩に乗せる。
「いや、引かないと出来ない事もある」
「ほー。じゃぁ、見せてみろよ」
「言われなくても――そうするさ!」
次は右片手で刀を上段に構え、態勢を低くし走り出す。肩に乗せた槍を改めて矛先を向け、構えたクトスに飛び上がった俺は、体を目一杯に捻じらせ、六回転しながら右肩目掛けて、斜めに刀を勢いよく振り下ろした。
「っておいおい! それ刀の使い方あってん――」
「俺流の剣技だ!」
慌てる表情で肩に迫る刀身を柄で防御するが、互いの武器が触れ合った瞬間、突風が巻き起こり、互いの服が翻る――。クトスはそのまま真後ろにさっきよりも更に遠くに吹き飛び、樹海の中へと消えていった。
その数秒後――。樹海へと消えていったクトスは、木々を粉砕し、腰を下ろして頭を手で押さえる姿を見せる。
「あててて。俺流か、なるほどな」
「煽る癖にクトスこそ、俺を串刺しにした時の速さではないんじゃないのか?」
「随分と余裕じゃないか。……出すほどじゃねーんだよ」
「相変わらず、イラつかせるよな。あんた」
褒めたつもりはないが、クトスは微笑みながら立ち上がると槍を片手に持ち、左手の人差し指を立てた。
「それも戦略さ。お前の能力を知った奴のな」
「俺の能力?」
「そう、お前はこの戦略を克服してこそ、一歩前に進める」
「克服……」
「今でも……あの赤毛の子を殺した男が憎いか?」
戦略とはなにか。クトスの動きに注意を払い、眉を顰め、刀を中段に構えて苦笑する。
「な、なんだよ急に」
俺が言葉を発した瞬間、クトスの姿は消え、耳元から声が聞こえる――。
「ほら……お前。今どの力を使ってる?」
次回 合流
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